第78話 生徒会長の思惑

コンコンコン。

俺は、生徒会室の分厚い壁をノックした。






「1年の糸谷です。」

俺は、全身の空気を吐き出すようにそう言った。


どうぞ。と、入室が許可される。





「失礼します。」

俺は、少し渇いた喉を唾で潤した。










扉を開けると、部屋の正面。

アンティークの机の前に座っている人影が目に飛び込む。





纐纈紫音。

第二高校の生徒会長だ。





「はじめまして。

こうして、面と向かって会話をするのは初めてですね。」



美優よりもっと、純黒の髪。

艶やかだが、呑み込まれてしまいそうな色味。

髪よりも黒く澄んでいる瞳は、全てを掌握しているようである。

お嬢様より御令嬢といった言葉が似合う。

そんな彼女が立ち上がり、挨拶をしてくれた。









「...。」

俺は、彼女の不適な笑みに言葉に詰まる。




「えっと、あの...。初めまして。」

一応、挨拶。



そんな俺を見て、彼女は笑った。

「ふふ。

初めての場所に、緊張していらして?」




安心しろ、そう言われてもこの状況では無理だろう。

こんな学園生徒の上層部が出入りする場所。

普通の人でも緊張する。





幸い、校舎棟から少し離れた特別棟で、

その為ここまで来るのに、変に目立つことは無かったのだが...。







いったい、何の呼び出しだ。

出来れば、顔を覚えられる前にずらかりたい。





俺は、そう思いながら、ようやくまともに動くようになった口から言葉を発した。

「生徒会長様が、1年c組の代表者を呼び出し.............。

今日は、どういった御用件でしょうか。」

敬語を慎重に選んでいく。





「今、ここには私しかいませんから、そんなに堅苦しくなくてもよろしいのですよ?」





俺はこの時、上目遣いには天然と計算があるのだと知った。

この生徒会長の上目遣いは、計算されているとしか言えない。



彼女の瞳が一番輝く顎の角度、そして、蛍光灯が頬を照らす入射角バッチリな淡い光り、桜でもたまにしかやらない、人差し指を顎の下に添える仕草。

この全ての動きと位置が完璧である。

綺麗すぎるほどの上目遣い。





これはこれで、俺は好きかもしれない.............。




コホン。


「いえ。

先輩方に失礼なことは出来ません。」

俺は丁寧に答える。









生徒会長以外に誰もいないとなると、俺を呼び出した人物は、会長本人であると言うことになる。


いったい、何の用だ。






「さて、今日貴方を呼び出した理由は2つあります。」


会長は、俺をソファーに座るよう促すと、本題に入った。










「まず、1つ目。

1年c組が、立入禁止の屋上を使用しているとの報告がありました。

校内の秩序を保つため、定められたルールには最低限、則って頂きたいのです。」


うわっ。

俺達だ。

最近、騒がしい妹達が、あれこれ考えず騒いでるから....。

俺一人なら、校舎棟じゃないから、バレないとふんでいたのだが......。




おい、妹よ。






「何か思い当たる節はありますか?」




まあ、この質問段階で、1年c組の誰か分かっていないのだろう。


ここは、知らないと嘘をつくしか.....。


いや、生徒会長だぞ?

全てを知っていて、なお俺を試そうとしているのかも....。


いや、それは無いか?






「ふふ。

しっかり考えて発言なさって下さいね。

私は、生徒会長ですから。」

再度、不敵な笑みが襲う。







やはり、この学園の生徒会長だけあって、そこらの生徒とはかなり違う。

下手をすれば、何か、職権乱用でもして、俺が、悪目立ちしそうだ。





はぁ。

どうすっかなぁ〜。





「すみません。

屋上を使っているのは俺達です。」

俺は、考えた末に、腹を割った。






「正直にお答え頂き、ありがとうございます。

虚偽の申告をされた時は、他の対応を考えていたので、そうならなくて良かったです。」


会長は初めて、ホッとした顔をした。




やはり、俺が張本人であることも確認済みか。

下手な嘘を付かなくて良かった。


俺も胸を撫で下ろす。




「すみませんでした。

静かな場所で休憩したくて....。

以後、気を付けます。」





「ふふ。

そこで、2つ目の質問です。

校内で、誰にも邪魔されない場所を糸谷くんが所有したくはないですか?」




「え?」



「静かな場所を手に入れたいですか?」


そりゃもちろん。

願ってもない提案だった。





俺は、自分でも目が輝いていくのが分かった。

さすが、生徒会長。

生徒一人ひとりに寄り添ってくれるのかも....。



「はい!」

俺は、そんな都合の良い話はないと食い気味に返事をした




「では、提供致しますね。」

随分、あっさり俺の学校での安住が手に入った。


これで、学校に居ても、仕事が出来るかもしれない。

ラッキーだ。

俺は、心躍らせ期待を膨らませる。





「では、これを‥。」


会長は、机の上にずっと置いてあった鍵を俺に手渡した。





「これは?」

随分、年季の入った鍵だった。

学校の校章が刻まれてある。




「この生徒会室の鍵です。

いつでも使っていただいて結構ですよ。

お弁当を食べたりとか.............。

明日から、生徒会副会長として私と協力して、より良い学校造りを目指しましょう。」





鍵を受け取ると、俺は自分の耳を疑った。

「はい?」




「今日から、生徒会副会長ですね。」



「誰が?」




「糸谷くんです。」








はいーーーーーーー?










俺は、盛大に叫んだのであった。




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