第71話 仕田原理子の告白
はぁ。
どうしてこうなってしまうのだろう。
「うわー!メガネ君!ヤバイよ!魚!」
「糸谷君!すごいです、魚のトンネル。」
俺は、右腕をがっちり、仕田原理子に拘束され、左側に微妙な距離感の伊世早美優にサンドされていた。
ここは、水族館の名物、トンネル型の水槽である。
通称、アクアゲートと呼ばれる場所は、四方八方が自由な魚で埋め尽くされている。
透明な海底トンネルに一面ブルーの世界。
「美優~。細い魚がいっぱいあるね!」
「はい。
おそらく、チリの岩礁地帯を再現しているのでしょう。
あの細い魚の群れはイワシですね。」
「すごい。さすが、博識だなー。」
うりゃ、うりゃ。
仕田原理子は、伊世早美優の頭をなでくりまわす。
「ち、違います。このパンフレットに書いてあるじゃないですか。」
照れながらも、嬉しそうにする。
「あ、この水槽、蟹だ!」
「深海の生き物みたいです。
水深200~400mって深いですね。」
どうやら、伊世早美優は深海の生き物に興味を持ったらしい。
あれが、世界最大のカニ、タカアシガニなんですね。
3mって、大きいです。
ゾウギンザメ。
小さなイルカみたいで可愛いです。
一人で、水槽に張り付いて離れなくなってしまった。
はぁわわわ。
ユメカサゴさん、体が真っ赤で少し怖いですね。
一人で楽しむ姿、俺の妹は、ジンベイザメやエイなんかより、深海魚を好むらしい。
その時、俺の右にいた仕田原理子が俺にしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
「深海のカニたち、生きづらくないのかな?
息苦しそう.............。
抜け出す相談が出来たら良かったのに.............。」
「え?」
その横顔は、あまりにも彼女らしくなかった。
あ、何でもない、何でもない!
柄でもないこと言っちゃった。
つい、魚の気持ちを考えちゃって.............。
バシバシ。
もー、恥ずかしいとこ見られちゃったな~。
ちょっと、トイレ行ってくるよ。
トイレから戻ってきた彼女は、いつもの彼女に戻っていた。
「写真!写真撮れるって!」
俺たちは、その後も、アシカショーをみたり、ペンギンと散歩をしたり.............。
一通りのイベントを楽しんだ。
「ちょっと、休憩してから、お土産でも見る?」
今日、これなかった人たちにも何かあげたいしね。
「そうですね。」
俺たちは、エントランスの方に行く。
ドリンクスタンドで飲み物を買い、近くの席に座る。
「いやー、思ったより楽しかったね。」
「はい。このチケットをくれた佐々木くんに感謝です。」
一息ついていると、
チャラリラン、
誰かのスマホが鳴った。
なぜか、仕田原理子の体がビクつくのが分かった。
「あ、すいません。私です。少し、失礼しますね。」
そう言って、伊世早美優は、スマホ片手に席を外した。
チャンスだ。
俺は、今日のメール文について聞く。
「なぁ。相談したい事ってなんだ?」
「んー。やっぱ、何でもない。」
なんだそれ。
相談事があるのかと思ったから来たんだぞ。
なのに、水族館とか行くから。
そう思っていると、彼女がポツリと話し始めた。
「メガネ君はさ、本当の自分って分かる?」
「それはどー言う?」
意味?
「私さ、その場しのぎで生きてきたんだ。
小さいときから、後先考えず.............。
まぁ、いっかって。
嫌なこと頼まれても、頷いた。
私が我慢すれば、事は収まるし。
これやってって、言われて、嫌って言う方がめんどくさいじゃん?
だから、性格もねじ曲げた。
昔は多分、こんなに明るくなかったんだと思う。
内気で、何かといちゃもんつけて.............。
でも、その性格はあまり好かれなかった。
今は、明るい元気な女の子。
いったい、どれが私の本当の私なのか分からなくなった。
私って我が儘なんだよね。
振り向いてくれないって分かっててもさ、ちょっと頑張っちゃうっていうか.............さ。
多分、皆から誉められたいだけなのかも知れない。
「仕田原理子はすごいねって。」
だから、私は、その時、自分の称賛を天秤にかけちゃったんだ。
今日、ずっと後悔してた。
ごめん。」
いきなり、そう告白され、全く話が見えてこない。
「あの.............。
意味が分からないんですけど.............。」
俺は、理解不能と彼女の顔を見る。
「ごめん。
全部、私が悪いんだ。
本当は、今日、青山君や桜たちを誘ってないんだよ。」
私は美優と2人になれれば、それで良かった。
「でもさ、本当にやって良いのかなって、怖じ気づいたっていうか.............。
やっぱり、誰かに止めて欲しかったんだと思う。
その時、たまたま、メガネ君の誕生日と連絡先を知ったんだ。」
ごめん。
本当にごめん。
そう何度も謝る。
こう彼女が涙ながらに言ったとき、俺のスマホがけたたましくバイブした。
白いスマホ。
電話だ。
「ごめん。」
折角、彼女が何かの悩みを打ち明けようとしていたのに、何事だ。
このまま、無視する手もあるが、俺はまだ生きていたいからな。
そう言って、耳に近づけた。
「もしもし。」
「もしもし、大将?今どこ?」
「あれ?優。それ、ミコトのスマホじゃ.............。」
鳴神だと思っていたから、随分、素っ頓狂な声になってしまった。
「ミコトは飛んで出ていったよ。
バカは何度生き返ってもバカなんだわ。
とか言ってさ.............。」
「何かのあったのか?」
「うわ!
大将、もしかして自分の仕事忘れてんの?」
「仕事?」
は!!
ヤベ!!
俺は時計を見る。
伊世早美優が電話だと言って席を外したのが20分前。
まだ、彼女の姿が無い。
まさか。
慌てて、黒のスマホを耳にあてる。
お掛けになった電話番号は…。
伊世早美優に繋がらない。
「ミコトと繋げるから、スタンバっといて。」
俺は急いで、耳にインカムをつける。
ジジジ。
少しの間のあと、俺に静な雷が落ちる。
「辞書に馬鹿以上の用語が欲しいわ。
あれだけ、伊世早美優を一人にするなと言ったでしょう?」
さーせん。
普通に拉致られました。
「仕田原理子は?」
ここにいるけど?
「彼女がおそらく噛んでるわ。
何か話さないの?」
「ごめん。
さっきまで泣きながら話してくれて.............。
今、寝てる。」
彼女は、俺に話したことで緊張の糸切れたのか、机に顔をうずめて、静かな寝息をたてていた。
最近、あまり寝れていなかったのだろう。
メイクで気付かなかったが、薄っすらと隈がついている。
「じゃぁ、起こしてでもいいから聞き出しなさい。
あの子に何かあったら、あなたも嫌でしょ?」
「問題ない。
大体、話しは見えた。
ミコトは今から俺と合流しろ。
優。」
俺は、優を呼ぶ。
「はーい。」
「仕田原を頼む。」
「了解っす!」
そして、俺は急いで水族館の出口に走った。
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