第52話 前触れ
『じゃ、適当にブラブラしてみるか。』
お馴染み、カメラマンの茂木涼太さんに言われ、俺と井勢谷桜は、駅前通りを少し外れた裏路地にいた。
「ゲホ、ゴホ。」
人気がなくなると、周囲に気付かれない程度に、抑えきれない咳をする。
はぁ。
これ、多分、風邪引いたな。
体も熱ってきた。
だが、こんなことで、根を上げるわけにはいかない。
俺は、自分の体調管理に不甲斐なさを感じながら、目の前をうろちょろする井勢谷桜の後ろを追いかける。
写真は、テレビと違い、音声がない。ただの紙にものを写すだけだ。
だが、デートの雰囲気が出るように、普通に会話をして、芝居をしながら撮る。
これが茂木さん流だ。
だから、写真撮影と言っても、毎回エチュードを要求される。
『付き合いはじめて2回目のデート。今は、目的地まで二人で歩いている途中。
まだ初々しさが残るデートで、恋人らしいことをしたくて張り切る彼女。そんな彼女を見てつい笑ってしまう彼氏。こんな感じでよろしく。』
茂木さんが言っていたことを思い出しながら、大型ショッピングモールへ続く道を歩く。
◼️◼️◼️◼️◼️
『ねぇ、やっぱりデートって楽しいね。絃千くんとずっと一緒にいられるもん。今日も楽しいこといっぱいしようね!』
『あ、ああ。』
『ふふ。デートって言葉、口に出して言うのってなんか恥ずかしい。』
顔を赤らめる彼女に、つい、頬が緩む。
2回目デート。
ただ、なんとなく初回をクリアしてるから心に少し余裕があった。
今日は彼女の顔が見れる。
デートの響きに、ふわふわしながら、俺の顔色を窺ってくる彼女を見る。
今日、待ち合わせの駅で会ったとき『楽しみ?』と聞かれ、『まぁ、普通。』と格好つけて返事をしてしまったが、正直なところ、昨日は眠れなかった。
初デートと違い、色んな事が分かってきたから余計。
どこまで出来て、どこから無理なのか。
だから、妄想しすぎてベッドの上でゴロゴロして朝を迎えたのだ。
並んでショッピングモールへと続く小道を歩く。
まだ手は繋げない。
手を掴みかけてはみるものの、恥じらいが先行して負けてしまう。
彼女が横にいるからこそ、彼女の顔が見られない。
俺が彼女を見つめている事がバレてしまうから。
余裕があると思ってたが、もう会話のネタが尽きそうだ。
昨日のテレビ。
夏休みの課題。
友達の部活の夏合宿。
今日の朝ごはん。
たいした話題が出てこない。
けれど、他愛もない話で2人で笑う空間が好きだったりする。
その焦れったい距離感が心地い。
そんな時、横にいた彼女が足早に俺の前に現れ、クルッとこちらを向いた。
その反動で、スカートが風に回った。
『どうかな?』
『何が?』
『何がって、もう。』
彼女は、ぷくっと頬を膨らませ、抗議しながら、抱き寄せるように、俺の腕を掴んだ。
上目遣いからの催促顔だ。
『分かってるよ。いつもより、気合い入れてお洒落したんだろ?』
俺は、編み込んだ髪に、フレアスカートがよく似合っている彼女を眺める。
『そうだけど...。』
まだ、何か物足りなさそうな顔をした。
たぶん、あれか。
『か、可愛いと思うぞ。』
俺は、少し目をそらしながら、彼女に言う。
『ほんと!?』
ビンゴだ。
どうやら、この言葉を待っていたらしい。
パァーっと輝く目が、正解と言っていた。
俺はそんな彼女の顔を全部脳裏に焼き付けておこうと、そう思って、勇気をだし、彼女の手、人差し指をそっと握った。
◼️◼️◼️◼️◼️
「おけー。」
茂木さんの合図で、エチュードが解ける。
俺は手を離す。
井勢谷桜も、俺の横から離れる。
撮影チェックをするから、と、一旦、休憩になる。
だが、ここは屋内のスタジオとは違い、公共の道な訳で、休憩と言っても、折り畳み式の簡易的な椅子が1つあるだけだ。
いつもなら、他のモデルに譲っている休憩席。
だが、今日ばかりは...。と、その椅子を陣取った。
「いとせ君。おつかれー。」
先にメイクを直していた井勢谷桜が近寄ってくる。
「いとせ君と、一緒にお仕事出来るの嬉しいなぁ。」
いつものように、井勢谷桜は、優しく微笑む。
今、この状況で人に無駄な体力を奪われるのは避けたい。
まぁ、世間話程度なら...。
「井勢谷は、昨日まで泊まりで学校行事があったんじゃないのか?」
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