旅立ち

冒険の選択


 

 荒野が広がっている。またゲームの世界に戻ってきたみたいだ。


「今,月を破壊した」


 また声がする。声は明瞭に聞こえるのだけれどもいっている内容が理解できない。


「月を破壊した?」

「どこまでも分からないやつだな。分からないから見せてやったのにそれでも分からない。いったい何から学べるのだ。今見たとおりだよ」


 確かに月は壊れていた。でも,それを受け入れることが出来なかった。そんなことが,現実に起こるはず無い。


「分かった。どうせお前はあの世界に戻らなくて良いんだ。この素晴らしき世界にずっといたらいいんだよ。ただ,一応前もって知っていてくれ。お前がゲームをする至福の時間を邪魔する母親、あいつも殺してしまうからそこだけは了承してくれ」


 いったい何を言っているんだ。適当なことをいっているに違いない。そう言い聞かせようとしたが,さっきみた映像が徐々に現実を帯びたものとして感じられてきた。あの月を破壊した生き物が地球に送られる? そうして母さんも殺される。


「選べ。全ては自由だ」


世界を守るための冒険に出ますか?



→ 冒険する

  冒険しない



 なんだこれは? 目の前に選択肢が表示された。ここから自分で選択しろということだろうか。まるでコントローラーでコマンド操作をするみたいに。

 学校では何も出来ない。力も無い。発言力も無い。でも,コマンド操作ならできる。地球を守りたい。母さんを守りたい。

ぼくは迷うことなく,冒険することを選択した。


 目の前に表示された選択肢は脳内で操作できるようだ。思った通りにカーソルが動き,選択することが出来た。

 文字がポチッと反応すると,後ろからしゃがれた声がした。


「・・・・・・ほしい」


 どこからとも無く現れた老人は今にも倒れそうなほど疲弊している。何かのイベントだろうか。伸ばした手を取り,自分の肩に乗せて支えてあげた。


「何が欲しいの?」

「・・・・・・水。のどが渇いて死にそうだ」


 かすれた声で訴えた後,咳き込みだした。とにかくこの人を救わないと。でも何も持ってきていないしどうしよう。あたふたしていると,身に付けた覚えのないポーチが腰に巻かれている。その中に手を入れると,水筒が入っていた。

 中を開けて念のため匂いを嗅いでみる。腐ってはなさそうだ。手のひらに少しだけ垂らして,口に含んだ。大丈夫。普通の飲み水だ。

 どうぞ,と水筒を差し出すと,目に涙を浮かべてお礼を言った。いいから早く,と急かすようにして水筒を口元へ押しやると,水筒を垂直にして音を鳴らしておいしそうに飲んだ。


「助かった。・・・・・・すまない。全部飲んでしまった」

「良いんだよそんなことは。それより,どうしたの?」


 よく見ると老人の服装はどころどころに砂が付いており,上質そうなスカーフは橋の方が割かれている。それに,こんな砂地のど真ん中で身一つで行動しているのはおかしい。


「追い剥ぎに遭った。最近悪い噂はしていたが,まさか自分がこんな目に遭うとは」

「けがはないの?」

「命だけは見逃してやると。村へ商品を届けるところだったが,物も食料も奪われてこんなところに放り出されては,死ねといっているのとおんなじ事だ」


 深いため息をつきながら老人は語った。大変な思いをしてここまで歩いてきたのだろう。


「それでも,生きている。これも神のご加護か。あなたにもお礼申し上げたい」


 老人は深々と頭を下げた。水をあげただけだ。やめてくださいと伝えて顔を上げてもらった。


「村まで行くなら,一緒に行きませんか? ぼくも道が分からず困っていて」

「おお! それはありがたい。こんなに強そうな青年と村まで行けるなら心強い。何から何まで世話になって悪いが,道案内だけは任せてくれ。わたしは見ての通り戦えないから,モンスターが出たら頼むぞ」


 モンスター? そんな物がいるのか。まるでゲー身の世界じゃないかと思ったが,ここはまさにその世界だ。キョロキョロと周りを見渡しながら,老人と村への道を進んだ。


 突然,ひっ,と裏返った声と共に老人が腕に抱きついてきた。その声と感触に反応して思わずギャーッと飛び上がると,ぼくのその悲鳴にさらに驚き,老人が腰を抜かして尻餅をついた。ぼくはしばらく見えない恐怖に全身を包まれて身体を震わせて声を上げた。こんな勇者がいるものか,と冷静な気持ちを取り戻してやっと,老人が口に手を当ててガタガタと震えているのが目に入った。

どうかしましたか? と尋ねるぼくの声は真冬のロシアをコートも着ずに歩き人のように震えていた。もちろんそんな人を見たことはないのだけれども。

騒人はぼくよりももっとおびえていた。とにかく落ち着かせようと近づいて背中をさすろうとすると,地面について射楯を挙げてぼくの後ろを指さした。アルコール中毒者のように震える指が指す方向を見ると,思わず目をむいた。

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