16:少年たちの休憩

 カケルとピケルは何事もなく坑道の出口にたどり着き、外は相変わらず活気に包まれていた。

 夜も深まっているというのに人の気配は増えるばかりで、坑道から二人の少年が出てきたことなど、気にとめる者は一人もいなかった。

 数時間ぶりに地上の空気を吸った二人は握った拳同士を軽くぶつけ合い、熟練の採掘者のようにニヤリと笑い合った。

「さてピケル君。これからどうしよ……まずは、この土を売りに行く?」

 カケルの問いにピケルは少し考えてから首を横に振る。

「それも良いが、少し飯を食いに行かないか?」

「こんな遅い時間に……そうだね。僕達、採掘者だもんね!」

 カケルとピケルはそのまま建物も通り抜け、屋台が密集する区画へと足を運ぶ。

 人混みをかき分けながら進むと、だんだんと肉や魚や野菜の焼ける芳しい香りが漂ってきて、それに呼応するかのように二人のおなかが「きゅうぅ」と鳴った。


 屋台街についた二人は適当に店を回って食料を買い集め、空いているテーブルを見つけてそこに陣取った。

 ナイフもフォークも用意されていないことにカケルは戸惑っていたが、ピケルや周りの採掘者達が手づかみで料理を口に運ぶのを見て、恐る恐るつまみ上げた肉を口に運ぶ。

 肉に香辛料をかけて焼いただけの粗野な料理をよく噛んでから飲み込んだカケルは、薄く果実で味をつけられた水を一口含み、キラキラした瞳をピケルに向けた。

「……お、おいしい! おいしいね、ピケル君!」

「そうか? こんなの、普通の肉だろ?」

 同じように肉を貪っているピケルが、特に感動した様子もないことにカケルは少し驚いて、少し恥ずかしそうにしてから言い直した。

「そうじゃなくて……仕事終わりのお肉は、こんなにおいしいんだねってこと。僕はこの味を一生忘れないよ!」

「なるほど、確かにそれは、そうかもしれないな」

 ピケルにとっては食べ慣れた料理だったこともあり、感動するほどではなかったが、楽しそうなカケルの様子を見た彼は、同じように楽しそうな顔をしていた。

 そのまま二人は夢中になって食事を続け、山のように積まれていた料理が半分ほど消えたとき、カケルが「そういえば」と、ピケルにチラリと視線を向けた。

「ところでピケル君。この後はどうするの? モスさんのところに行くの? その後は……」

「そうだな。ネズミから出た魔石はジイさんのところで売るつもりだが……土はどうしようか」

「え? 土もモスさんに買い取ってもらえば良いんじゃないの?」

 カケルが首をかしげて問うと、ピケルは食事を続けながら「そうだな……」と続けた。

「ジイさんのところみたいな『裏の店』では、土はほとんど買い取ってもらえないんだ。かといって、普通の店に俺達みたいな子供が行っても門前払いだろうし……だから今日採掘した土は、採掘者協会に持っていくのが良いと考えている」

「そうだったんだ……協会に? 協会でも買い取りをしているんだ。知らなかった……」

「普通の店より安くなるから、あまり使われないんだけどな……その代わり、人によって差をつけたりすることはないって、聞いたことがある」

 ピケルの言葉を聞いて、カケルは「ピケル君は何でも知ってるなあ」と、ひたすら感心した様子だった。

 採掘者協会は、採掘者のサポートだけでなく、土の仕入れと販売も行っている。

 ピケルが言ったとおり、土の買い取り金額はかなり安く設定されているのだが、坑道を出てすぐの場所に買取所が設置されていることと、そもそも土の買取額自体が魔石などと比べれば圧倒的に低いこともあり、実はベテラン採掘者などにもよく利用されていた。

 土を高く買い取ってもらえる店を探すより、その時間で坑道に潜った方が儲かると考える者が多いのだろう。

「まあ、土の買取は今日じゃなくても良いんだけどな。例えば明日とかに、坑道に潜る前にでも……」

「いやピケル君。今日、この後すぐに行こうよ!」

「まあな。明日坑道に潜る前に、売ろうとして、行列とかができてたら嫌だもんな……」

「そうだよ! 今日できることは今日やってしまいましょうって……姉さん達がよく言ってたから」

 カケルは、姉たちのことを思い出して黙り込んでしまった。

 ピケルもそんなカケルを見て、理由は知らなくてもその雰囲気を察して言葉を失ってしまう。

 二人は黙って食事を続け、皿が空になっても数秒後、ピケルが思い切って顔を上げた。

「カケル……その、よくわからないが、元気を出せよ!」

「ピケル君……そうだね。ごめん、僕のことで心配かけたかも。もう、大丈夫だから!」

「悩みがあるなら、相談してくれれば良いからな?」

「それはそのうち……それよりも、土を売りに協会に行こうよ!」

 悩んでも仕方がないと割り切ったカケルは油に汚れた口と手をちり紙で拭って、勢いよく椅子から立ち上がった。

 ピケルはそんなカケルを見て「しょうがねえな」と呟いて、カケルに続いて立ち上がる。

 二人はそのまま、ついさっき通ったばかりの道を反転し、採掘者教会の建物へと向かって元気に駆けだした。

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