11:少年の買い物

「なあおい! 待てよカケル……本当に、オレの装備なんていらないんだって……」

「ねえピケル君。そういえば、気になることがあるんだけど」

「だから、お前の袋だけ買ってそれで終わりで……ん? 気になるって、なんだ?」

 慌てて追いかけてきたピケルに、カケルは話の中で気になっていたことを質問する。

「えっと……さっきモスおじさんが言ってたことだけど、鉱石って普通のお店よりもモスおじさんみたいな人の方が、高く買い取ってくれるものなの?」

「まあ、大体はそうだな。当たり前だろ?」

「ふうん……じゃあなんで、他の人はモスおじさんのところに行かないの? 知らないだけ?」

 この質問は、ピケルにとっては「当たり前」で済ませていたことだったようで、改めて書けるに聞かれたことで「確かに……なんでだ?」と頭を抱えることになった。

「ピケル君にもわからないの?」

「いや、待て……ちゃんとした店は、嘘をついたりすると客が来なくなるから、ちゃんと一定のルールを決めて買い取りをしている……要するに、騙したり、騙されたりってのが少なくて安全なわけだ。あとは、あいつらは政府ともつながってるから、店に売ればその分は実績として反映される。だが、モスみたいな裏ルートでは、実力の評価にはつながらないから……かな」

「なるほど。難しい坑道に入るには、損をしてでも表で売らないとなんだ。それに、ピケル君みたいに自分でも鑑定ができる人じゃないと、結局は損することになるのかな」

「まあ、そういうわけだ! カケルも、簡単な鑑定ぐらいは自分でできるようになっておいた方が良いぜ!」

「うん、今度教えてね……あ、ついたよ! このお店でお買い物をしよう!」

 二人が並んで歩いていると、気がついたらカケルの目的地に着いていた。

 ピケルは、説得しようと思っていたはずなのにいつの間にか普通に雑談をしてしまっていたことに気がついて「うわあ〜」と頭を抱えていたが、カケルはそんなことは気にもせず、ピケルの手を引いて店の中に足を踏み入れる。

 店内は、床も壁も天井までも綺麗に磨かれており、いかにも高級店のような雰囲気が漂っていた。


 すでに日が沈んでいるにもかかわらず、照明のおかげで昼間のように明るい店内のまぶしさに目を細めながら、ピケルは今更になって心配そうな顔をカケルに向けた。

「お、おい、カケル……こんな店、本当に入っても大丈夫なのか? 俺たち少し、いや、かなり場違いじゃないか?」

「この店には何回も来たことあるから大丈夫だよ! お店の人は、僕のことも覚えていてくれてるはずだし……」

「こんな高級店の常連とか、やっぱりおまえ、何者だよ……」

 ピケルのつぶやきはカケルの耳には届かなかったようで、二人はそのまま入り口付近で待っていると、店の奥から一人の青年が顔を出した。

 店のロゴが入った制服を着ていることから、この店の店員で間違いないだろう。彼は、カケルの姿を見て「おや?」と驚きの声を上げながら近づいてきた。

「もしや、あなたはカケル様ではございませんか? その装備……ついに採掘者になられたのですね。おめでとうございます!」

「う、うん。ありがとう! えっと、今日は坑道探索用の土袋と、あとはこの子の装備をそろえに来たんだけど……」

 カケルがピケルのことを紹介すると、店員はボロボロの姿をしたピケルを見ても嫌な顔一つ浮かべずに、笑顔の仮面を貼り付けたまま視線をカケルに戻した。

「かしこまりました……失礼ですがカケル様、そちらの方は?」

「うん! えっと、この子はピケル君って言う子で、ついさっき友達になったんだよ!」

「左様ですか、お友達ができたのですね、重ねておめでとうございます!」

 店員は、もしかしたらカケルが騙されているのではないかという懸念を持ちつつも、カケルの前でそれを言うのは逆効果だと判断して黙ることにしたようだ。

 もし不埒な者がカケルを騙そうとしているのだとしても、彼の姉たちの手にかかればどうにでもなると判断した。というのもあるのかもしれないが。

「カケル様、ピケル様。本日は、当店をご利用くださいましてありがとうございます。カケル様は、採掘土回収用の土袋。ピケル様は、採掘者装備一式でございますね……失礼ですが、ご予算はいかほどでございましょう?」

「えっと、ピケル君の金貨で支払うんだっけ? それともやっぱり、今日は僕がお金を出そうか?」

「馬鹿言え、それじゃ本末転倒だろうが! ほら、店員さん、これでお願いするぜ」

 ピケルがポケットから丁寧に取り出した金貨をテーブルの上に置くと、店員はそれを手に取って確認して、目を丸くして驚いていた。

「ほう、金貨でございますか! 素晴らしい! これ一枚あれば、並みの装備ではおつりが来てしまいますよ! ささ、まずは早速、カケル様の袋から選びましょうか! こちらへお越しくださいませ!」

 高給取りと言われる採掘者でも、初級から中級レベルであれば、一ヶ月に稼げるのは銀貨3枚が限界と言われている。金貨の価値は、銀貨10枚と同等なので、ピケルが取り出した金貨一枚の価値は、採掘者の平均月収3ヶ月分以上ということになる。

 そんな大金が、ボロボロの服を着たピケルの手から出てきたことに店員は驚きつつも、良いものを紹介することに遠慮をする必要がないと分かってテンションが暴走しかけていた。

「カケル様、こちらなどはどうでしょう。こちらは最新式の土袋となっています! 採掘物の自動回収機能が付いていて、鉱石類を分離して補完する機能までついております。保管可能な容量も一般製品と比べて10倍以上になっており……」

「えっと、お兄さん。僕の装備はもっと普通のやつで良いよ。それよりも、ピケル君の装備にお金を使ってあげて? だってこのお金はピケル君のお金、みたいなものだから……」

「馬鹿、だからおまえ……店員さん、それが一番おすすめなんだよな? だったらカケルの装備はそれで決まりでいいから、後は俺のを適当に決めるぞ!」

「え、でも、これ、銀貨二枚もするんだよ? いくら何でも高級すぎじゃない?」

「いいから! 金を出すのは俺なんだから、カケルは文句を言わずに受け取ってくれ!」

「うん……ありがとう」

 やりとりを眺めていた店員は、二人の間に漂う甘酸っぱい青春のような雰囲気に和まされそうになり、仕事中であることをようやく思い出して「お買い上げ、ありがとうございます!」と言って、次は装備が並んでいるコーナーへと二人を案内した。

 ここには、大人用から子供用まで、様々な基本装備が飾られている。そんな宝の山のような光景を見て、カケルもピケルも、心を弾ませながら目をキョロキョロとさせていた。

「ピケル様、採掘装備にこだわりなどは、ありますか?」

 店員に声を掛けられると、ピケルはハッとしたような顔をして、すぐにその場でうつむいた。

「俺は、こだわりなんてなにもない。一番安い装備を頼む……」

「そんなんじゃ駄目だよ、ピケル君! でもそっか、ピケル君は、服装の見た目はどうでも良いっていうタイプなんだね。気持ちは分かるよ。だったら……えっと、店員さん! ピケル君の装備を、僕とおそろいにすることってできますか?」

「カケル様の装備は、採掘者の基本セットと呼ばれる物ですね……もちろんご用意できますよ! ただしその……カケル様が身につけているツルハシだけは見たところ特別製のようなので……」

「確かに、これは職人さんに作ってもらったやつなんだよね。ピケル君、どうしよう。ツルハシだけは、おそろいにできないんだって……」

 カケルが不安そうに聞くと、ピケルはあきれたように軽くため息をついて「別に、そもそも合わせる必要なんてないだろ?」と言いながら、店の中から最も値段が安いツルハシを見極めて指さして、店員とカケルに向かって言った。

「そうだな、俺はあのツルハシが良いな! なんて言うか……そう、デザインが良い! 店員さん、さっきの装備と、あのツルハシを、俺に売ってくれ。おつりは、カケルに渡してやってくれ!」

「まあ確かに、あれも格好良いよね! でも、おつりはピケル君が受け取って……」

「それじゃあ俺は、早速ためしに装備してみるから、カケルはここで待っててくれ! おつりは、ちゃんと財布に入れておけよ! 店員さん。それじゃ、そういうわけで!」

 ピケルは、採掘者装備とツルハシを受け取ると、試着室へと飛び込んでしまった。

 残された店員は、二人の関係をなんとなく察したようで、ニヤニヤと笑いながら装備のおつりである銀貨と銅貨をカケルに手渡した。

「カケル様、なかなか面白い……いえ、素晴らしい方とお友達になられたのですね!」

「うん! ピケル君は、優しくて頭も良くて、しかも優しい。僕の自慢の友達なんだ!」

 更衣室の中で発せられた「聞こえてんだよ……ったく、恥ずかしいな」というつぶやきは、カケルの耳には届かなかったようだ。

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