第34話 三途の川とライフジャケット
「……大人はいつだって忙しい。その通りだな」
白い玉砂利の上を歩きながら、男はそう話し始めた。
「子どもの頃、不思議に思ってたんだ。漫画やアニメではさ、いつも年端もいかない少年少女たちに地球を守らせがちだろ? あれって、何でだろうって。そのうち、商業的な理由だろうと見当をつけたんだけどさ。主人公は見てる年齢層に近い方が好まれるんだろうから………でも、言われてみればたしかに、大人って、忙しさにかまけて大事なことを見過ごしがちだよな。まぁ、護るものがあるから働かなきゃいけないんだけどさ」
話す、というより、それは独り言に近かった。男は何かを思い返しながら、ここに居ない誰かに向けて話し続けているようにも見えた。
「でも世の中には、常識じゃ考えられないことが、たしかにある。俺にも覚えがあるよ。どんなに非常識でも、誰に笑われても、やらなきゃいけないことが、あるもんだ」
背の高い男は、大きな歩幅でザクザク歩いてゆく。子供達は半分走りながら、黙ってついていく。この大人は信頼できる。言葉にはしなかったが、皆そう思っていた。
「仕事で忙しい大人の俺は、ここを離れられない。もうすぐお客さんが来る予定なんでね。だからせめて……」
川岸に、木製の小舟が停まっていた。川の中ではなく、白い砂利の上に。男は船へ飛び乗ると、床に固定された箱を開けた。取り出したのは、目に突き刺さるような蛍光オレンジのライフジャケットだ。
「君、由良ちゃん? 泳ぐの苦手なんだよね、これ着て」
由良にベスト型の救命胴衣を手渡すと、箱から次々に同じものを取り出した。
「ほい、全員分あるぞ。あとで返せよ」
「……三途の川を渡るのに、救命胴衣ですか?」
徹の尤もな疑問に、男は苦笑した。
「一応、決まりでね。実は俺も、シャレかなんかだと思ってたよ。まさか、実際に使う時が来るなんてな」
結局5人は、全員が救命胴衣を装着した。エマトールとハスミュラは泳ぎが得意だったが、大人しく男に従った。
「くれぐれも、無茶はしないように。それといいか、もし川に入ることになっても、絶対に向こう岸には上がるなよ。渡っちゃったら、戻れないからな」
男は何度も念を押した。特に莉子に向かって「言っとくけど、これはフリじゃないからな」と。莉子のお笑い好きが見抜かれていたらしい。
そして、川の先を指差した。そんなに遠くまでは見渡せない。青と白で構成された不思議な景色は、しばらく先でぼんやりとかすんでしまい、どう目を凝らしても見えないのだ。
「濁った水は、あっちから流れてきた。この川は、どこにも繋がってないし支流もない。川伝いにずっとずっと歩いていくと、いつかこの場所に戻ることになる。時間を無駄にしたくなかったら、いいか、川の中をよく見て進めよ」
駆け足で去っていく5人に手を振り、その背中がうんと小さくなるまで見届けると、男は小舟の縁に腰掛け長い足を投げ出した。太陽のない柔らかな色合いの青空を見上げ、ため息をつく。
「ライフジャケット、無断で貸しちゃったよ。
遺してきた家族を思い、切なくなる。もうじき、入学式シーズンだなぁ……
新たな白い靄が現れた。どうやらお客さんだ。家族への守護を強化するため、減ってしまったかもしれない
男は気持ちを切り替え、腰を上げた。
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