第12話 秘密の洞穴


「そんなの、チチオヤもさぁ、話ぐらい聞いてあげればいいのにね。頭ごなしに否定しないでさ」


 肩から斜めに下げたバッグのストラップにオルゴールキーホルダーを付けた由良は、そのオルゴールをいじりながら口を尖らせた。今日は新品のワンピースではなく、いつものパーカーとスカートにレギンス、スニーカーという格好だ。


「わたしはスカート好きだから、その子の気持ちはわかんないけど。でも、嫌なことを無理やりやらされるのは、やっぱ誰だってヤダよ」


「……うん」

「当たり前じゃん」


 徹と由良は、駄菓子屋を目指して歩いていた。洞穴へ向かう前に食糧補給をするためだ。

 徹の小さなバックパックには、水筒と懐中電灯、ミニタオル。由良のバッグの中には、ペンライトとハンカチ、ウェットティッシュが入っている。探検というよりは、ピクニックと呼ぶ方が相応しい装備だ。


「いくらコドモだからってさ、嫌なことを嫌だっていう権利ぐらいあると思う。どうせ希望は通らなかったとしても、自分の意見を言うぐらいは、いいじゃん」


 徹は妙に感心してしまう。この町を離れた時はお互いに6歳ぐらいだったのに、今の由良といったら「権利」とかいう言葉を普通に使っているのだ。なんだか不思議な気分だった。そして、由良には話して良かったと感じていた。



「それに制服って言ったって、たかが服じゃんねぇ。好きにさせてよ」


 由良の言い草に、徹は少し頬を緩めた。

「でも由良は、制服好きなんだろ?」

「うん。だってちょっと大人になった気がするし、だいたい生地が上質で気分がいいよ」


「生地って、布のこと?」

「そう。ちゃんと仕立ててある上質な生地の服を着ると、背筋がピンってなる……気がする」

「……なるほど」


「しかも、自分専用の服だよ? 自分の体にしか合わない、自分専用の服。嬉しくない?」

「たかが服とはいえ?」


「そう。まあ、今はまだ、ちょっとぶかぶかだけどね」と笑う由良の横顔を眺めながら、徹は(女の子って、やっぱり考えることが違うなぁ……)と考えていた。



 さて、駄菓子屋を出る頃には、メンバーが一人増えていた。

 岸根莉子キシネ リコ。近所に住む、一つ年下の幼なじみだ。彼女も洞穴探検についてくることになった。

 昔はちっちゃくて、洞穴の中では兄の背中に張りついていたものだ。そのちびっこが、6年ぶりに再会してみれば由良の身長を追い抜いて、徹と肩を並べるくらいだ。

 綺麗に日焼けして髪を短く刈り込んだ彼女は、昔徹もよく遊んでいた彼女の兄にそっくりだ。わかりやすい違いと言えば、短い前髪をヘアピンで留めていることぐらい。

 その外見からわかる通りスポーツ全般が得意で、今もテニスクラブのラケットを担いでいる。今日も橋の下で壁打ち自主練をした帰りに駄菓子屋へ寄り、偶然徹たちと会ったのだ。



「この洞穴、あの頃はあんなに怖かったのになぁ」


 昨日徹が抱いた感想と同じことを、莉子は呟きながら歩いている。殿しんがりを務める徹は、笑いをこらえていた。さっきまで気づかなかったのだが、莉子のパーカーのフードの中に、テニスボールがたくさん詰まっていたからだ。バッグなどに入れて持ち運ぶのを横着したのだろう。


 先頭を歩く由良のペンライトが、光の行く先を右へ振った。

「ここだよ。この上に何かあったの」


 徹は莉子と由良を追い抜かし、その場所へ行った。懐中電灯を窪みの床へ置き、昨日と同様に木箱に乗って窪みへよじ登る。


 中をぐるりと照らしてみると、そこは3畳ほどのスペースだった。昨日徹が躓いた岩と、昨日は気づかなかったが、その奥に布に包まれた円板状のものが立てかけてある。

 安全を確認し、徹は手を伸ばして二人が上がってくるのを手伝った。


 「これは……」


 古い布を外してみると、それは丸い鏡だった。直径1メートル足らずの鏡は、所謂アールヌーヴォーというのだろうか、曲線を多用した装飾の額に縁取られている。だが、鏡面はところどころ錆び、全体的に汚れて曇っており、映りが悪い。

 懐中電灯で照らしながら、由良が持っていたウェットティッシュで擦ってみたが、曇りは取れなかった。


 莉子は早々に鏡に飽きてしまったようだ。今度は鏡の裏を調べはじめた二人をよそに、足元に転がっている大きな石を見分している。半円柱状に近いその大石は長さ50センチ前後、太さは電柱ぐらいだろうか。上になっている面は比較的平らだが底面はデコボコしていて安定感がなく、簡単にぐらつく。

 しばらくその表面を撫で回していたが、試しに縁をつかんで力を込めると、わずかに持ち上げることができた。


「わ。ねえこれ、動かせそう。ひっくり返してみようよ」

 そう言うが早いか、莉子は腰を低く落として縁をつかみ直し、脚力を使って一気に大石を持ち上げてひっくり返した。


「……怪力かよ」

「いや、見た目ほど重たくなかったよ」


 懐中電灯とペンライトが、その大石を照らす。デコボコした形が、何かに似ていた。


「なにこれ。彫刻、だよね?」

「浮き彫り。レリーフ……ってやつだね」

「この形、なんだろう……」


 素朴、を通り越して、もはや稚拙と言ってもよさそうなレリーフだ。それでも、何かをかたどったものなのはわかった。S字に体をくねらせた、頭の大きな不恰好な生物……


「うーん……ツチノコ?」

「食べ過ぎのトカゲ? ヤモリ?」

「いやこれ……オオサンショウウオ、じゃないかな?」


 徹は数日前に見たテレビ番組を思い出していた。

 この形、肌の質感の表現。一見普通のサンショウウオにも見えるが、その番組で見た感じではもっとツルッとしていた。この彫刻には無数の小さな突起があって、それは同じ番組で紹介されていたオオサンショウウオの肌に、より近かった。たしか、天然記念物だったはず。


 とはいえ、この場では答えが出るものでもない。鏡と布を元どおりに立てかけ、彫像を隅に寄せて、3人はここでおやつパーティーを始めた。

 互いの近況報告などは一瞬で終わり、そのあとは流行りのゲームや漫画、好きな動画の話など様々に話題は移り、懐かしい再会の時を楽しく過ごす。


 おやつをあらかた食べつくすと、徹はポケットからオカリナを取り出した。紐を首にかけ、そっと息を吹き込む。思ったとおり、おもちゃのオカリナとは思えないほど綺麗に、音が響く。


 その素朴で温かな音色は洞穴の外へも微かに届き、鳥や虫たち、樹々や草までもが静かに聞き入った。


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