第3話 今日の朝食は鳥と豆のシチューです
その村は「崖の村」と呼ばれている。
あまりに険しい岩だらけの山中にあるため、人はおろか、野生動物さえも限られた種類しか登ってこられない場所に在る。水は清く、下界には無い珍しい植物が生い茂り、山に棲む者たちに豊かな恵みを与える。
その村に住む人々は、まるで猿のように身軽に樹々の間を伝い、獣のような素早さで地を駆けることができた。高い身体能力を持つが故にそうした環境に棲むことを選んだのか、また、そうした環境で生きなければならなかったために、長い歳月を経て能力を身につけたのか。それはわからない。
彼らは厳しくも恵まれた環境の中で身を寄せ合いながら、何世代にもわたり平和に暮らしていた。
ハスミュラ一行は山の上の方にある炊事場へ向かう。村では基本的に家で煮炊きはしない決まりなので、食事時は皆それぞれ炊事場へ集まるのだ。
普段なら木々を伝って近道するのだが、今日は荷物を抱えているのでそうはいかない。
山の斜面伝いに小道を歩いて広場へ入ると、朝食当番の子どもたちが次々に祝いの声をかけてくる。それに応えながら二人は炊事場を通り過ぎ、マガリの木を
大人たちは山を降りて方々の町で仕事をしているか、山の中の別の場所で、子供には任せられない仕事をしている。だから、炊事場で立ち働いているのは子供たちばかりだ。
この村では、身の回りのことはうんと小さな頃から身につける。午前中は掃除や洗濯、水汲み、鶏や畑の世話などを持ち回りで行う。昼食を挾み午後になると、小さな子供たちは読み書きや初歩的な算術を習い、大きな子供たちは野草や木の実を採り、狩りをし、その他の手仕事等、その時に必要なことする。
炊事場へと戻った二人が覗くと、2つある
「おはよう、お二人さん。ハスミュラ、誕生日おめでとう」
「ありがとう。キシネリコ、タフタフ」
「性別はもう決めたの? って、聞くまでもないか」
「ふふ。あなたも次の誕生日までには決めなきゃよ」
キシネリコは大鍋をかき混ぜる手を止め、「ん~」と天を仰いだ。たいていは子供の頃になんとなく決まっているものなのだが。
「なかなか決めらんないんだよね。狩り自体は身軽な女の方が向いてるし、獲物の運搬や力仕事には男の身体が有利だ。正直、あんたらが羨ましいよ。生まれた時からの運命の相手がいるなんてさ」
あやめ色のマガリコ、” タフタフ ” がその肩から飛び降り、ハスミュラの腕を駆け上る。
タフタフが手を伸ばし、ハスミュラの首にかかった石に触れた。雫型の石が揺れてきらりと光り、ハスミュラとエマトールは手をつないで微笑みあった。
突然、炊事場に小さな子供がパタパタと走りこんできた。
「おはよう。ハスミュラ、エマトール。聞いて、あのね、ぼくのマガリコの実がなったよ」
「あら、おめでとう。楽しみね」
キシネリコが声を上げた。
「こら、そこのおチビ。火のそばで走り回るんじゃないよ。危ないだろ。もう出来上がるから、向こうで食べながら聞いてもらいな」
簡素な木の壁と茅葺屋根のついた炊事場の外には、大ざるの上にたくさんの豆殻が干してある。カラカラに乾燥させた後に、煎ってお茶にするためだ。
ざるをひっくり返さないよう、一同は少し離れた場所を選んで腰掛ける。
「ぼく、名前に迷ってるの。二人はどうやってマガリコの名前をつけたの?」
舌足らずな口調で、でも真剣に尋ねてくる。
丸太を切ったベンチに腰掛けたエマトールは、その質問にシチューの椀に息を吹きかけながら真面目に答える。
「僕のマガリコの実は、綺麗な瑠璃色だったんだ。それに似た色の『ルリビタキ』って可愛らしい鳥がいてね、そこから取って『ヒタキ』にしたんだよ」
「私も、実が『メジロ』って鳥の色に似ていたから。あ、でも別に、鳥の名前じゃなくてもいいのよ。好きにつけていいの」
子供は朝食などそっちのけで、真剣に聞いている。生涯を共にする相棒の名付けなのだから慎重になるのもわかるが、村中の全てのマガリコの名の由来を聞いて回りそうな勢いだ。
「ウチなんかは完全に響きで付けたな。『タフタフ』って、かわいいでしょ? うちの兄さんは『チガヤ』って付けたよ。その草の若穂が、マガリコの体毛の感触に似てるからってさ」
キシネリコが、集まってきた皆の椀にシチューを取り分けるために炊事場に戻りながら叫ぶ。
「何にせよ、呼びやすい名前が一番だよー」
瑠璃色、草色、あやめ色。3匹のマガリコたちがそれぞれ、彼らのために作られた小さなお椀に口をつけ、シチューの熱さに驚いて同時にひっくり返った。
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