第95話 シルバーオーブ

「卑弥呼、もしかしてあれが……?」


「そうじゃ。あれこそがウロボロスの封印に使用されたシルバーオーブじゃ。しかし、大分陰りが強くなっているのう。既にオーブの輝きも失われておる。だがまだ間に合うのじゃ。」



 卑弥呼は俺の質問に答えると、台座に置かれた二つの玉の内、銀色の玉を指して言った。どうやらあれが俺の求めていたシルバーオーブらしい。


 第二の守護魔獣を討伐した後、俺達はそのまま封印の間に進んでいくと、しばらくしてここに到着する。どういう訳かそこまで行く間に魔獣が現れることもなく、ここまですんなりと来れた。


 この封印の間は、広さにするとマグマ将軍がいた大広間と変わりない程広いのだが、あそことは大分様子が違う。


 何故ならば、広いといってもそのほとんどに地面が無いのだ。下はまるで奈落を思わせるほどの吹き抜けとなっており、歩けるのは中央の台座が置かれた広間につながる一本道だけ。


 だが幸いしにして、その一本道の幅は広かった。大体人が横に十人位並べるほどだろうか。そしてその先にある台座の周りは更に広い。見た感じはコロシアムと同じ位だな。


 それなので戦闘でもない限り落ちる事はないだろう。


 とはいえ、ちょっと好奇心に駆られて下を覗いたのは失敗だった。


 まじで下は真っ暗で何も見えねぇ。


 ここは火山なのだから、一番下はマグマで溢れているだろう。にもかかわらず、それが見えない程崖の下は深い。


 落ちたらタダではすまないと思うと、背筋がゾクっとしてしまう。



 そして今、無事誰も崖から落ちる事なく台座のある広間まで辿り着いたのだが、そこには二つの玉が置かれていた。


 一つは、今卑弥呼が指していたシルバーオーブ。


 もう一つの黒い玉は、ウロボロスを封印した核らしい。


 その核と呼ばれる玉は、見るからに禍々しい雰囲気を纏ったドス黒い色をしている。


 卑弥呼が言うには、この核は今回いじらず、ハンゾウが持ってきた封魔石とシルバーオーブを取り換えるそうだ。


 ただ封魔石一つでは到底シルバーオーブの代わりにはならないらしく、封印核とする封魔石一個と吸収核とする封魔石十個を使用するらしい。


 これから卑弥呼はその封魔石に印を結ぶ儀式を行い、それが終わり次第、シルバーオーブを回収する算段だ。


 シルバーオーブさえ回収すれば、そこで俺の目的は達成する。


 現在マーダ神殿には四つのオーブが集まっているので、今回のと合わせればこれで五個目だ。



 残すところ、後一つ。



 ちなみにだが、現在マーダ神殿にあるオーブは、



 イエローオーブ(アバロンでガンダッダから奪った)

 レッドオーブ(ちびうさから貰った)

 ブルーオーブ(マーダ神殿に保管)

 グリーンオーブ(マーダ神殿に保管)


の四つであり、今回のを抜かすと最後の一つはゴールドオーブだ。


 その在処はまだわからないが、女神の導べを使えば見つけることは可能だろう。


 だがその前に一つだけ大きな問題が残されていた。



 それは……妲己だ。



 当初の予定では、卑弥呼がこの場所にいる事を既に知っており、必ずここに妲己自らが現れるとハンゾウは言っていた。


 しかしどういう訳か、ここまで来たにも関わらず、未だ妲己はその姿を見せない。


 俺達を襲うチャンスなら沢山あったはずなんだ。


 一番のチャンスは第二の守護魔獣を討伐し、その後ここに向かう間である。


 当然休憩中にその話にもなったので警戒していたが、杞憂に終わってしまった。


 それならそれで、戻ってから妲己を探し出して倒せばいい話なのだが、何故か嫌な予感が消えない。


 このまま難なく卑弥呼が封魔石に印を施し、再度封印を強めることができるとは俺には思えなかった。


 そんな不安を他所に卑弥呼は粛々と台座に封魔石を並べ始めている。その様子は正に巫女と呼べる姿であった。



「それでは始めるのじゃ。皆の者は少し下ごうとれ、集中せねばならないのでのう。」


 

 卑弥呼はそういうと全員を下がらせ、台座の前に一人立ち、呪文を唱え始めた。



 すると今度はハンゾウが口を開く。ここまでほとんどしゃべらなかったハンゾウだが、何か話すことがあるようだ。



「全員できる限り端に寄るでごじゃる。周囲の邪念が少しでも卑弥呼様に伝わると失敗する可能性があるでごじゃるよ。」



 俺達はその指示に従って、崖に落ちない程度に端に下がった。



「その位で大丈夫でごじゃる。一応サクセス君にはその使い魔を抱いていてもらうでごじゃる。あとそこの回復術師もサクセス君にもっと近寄るでごじゃるよ。」



 ハンゾウがそう言って仕切り始めるも、卑弥呼は何も言わない。


 集中していて聞こえないだけなのかもしれないが、シルクも何も言わないのだからそういうものなのだろう。



「わかりました。失礼します。」



 そういいながらシロマは俺の肩に触れる位まで近づいて横に並んだ。


 なんだかわからないけど、ちょっとだけドキっとしたぜ。



「よろしいでごじゃる。では皆様、邪念を捨てる為に目を瞑り心を無にするでごじゃるよ」



 目を瞑るのか……。大丈夫かな? 

 未だ現れない妲己が心配なんだが……。


 本来なら安全を期す為に、この場所にライトプリズンを張っておきたかった。


 しかし、これは卑弥呼とハンゾウに反対され、やむなく通路の向こう側に張る事になってしまう。


 やはり二人が言うように、印を組むのに余計なものがあるとうまくいかないらしい。


 少しだけ不安は残るが俺は言われた通り目を瞑る事にした。


 すると数秒後、俺は何故か浮遊感を感じる。まるでどこかに落ちていくような……。



「血迷ったでござるか! ハンゾウ!!」



 その瞬間、イモコの叫び声が聞こえたので目を開くと……なんと俺は崖の下に落ちていた。


 どうやったか知らないが、俺はハンゾウによって崖に落とされたらしい。


 そして俺の目に、イモコの刀がハンゾウの首を刎ねた映像が映る。


 だが不気味な事に、斬り飛んだハンゾウの蛙顔が笑ったような表情になると言葉を発した。



「もう遅いでごじゃる。これで作戦は成功でごじゃるよ。」



 ハンゾウはそう言葉を残すと、それ以降口を開くことはなかった。



 しかしそんなことよりも……



「キャーーー!!」



 シロマは今目を開けたようで、落下している事に気付いて叫んだ。


 俺はその手を何とかつなぎとめると二人して落下していくが、その刹那、ゲロゲロにテレパシーを送る。その方が言葉にするより早いからだ。



(ゲロゲロ! 変身して飛んでくれ!)



 俺がそう伝えると、ゲロゲロは俺の腕から離れて古龍狼姿に変わった。



 落下しながらもシロマを抱き寄せてその背に乗った俺は、再びさっきの広間まで上昇していく。


 しかしその途中で、頭にゴツンという衝撃を受けた。ゲロゲロも同じように頭が何かにぶつかったらしく、それ以上、昇ることが出来ないでいる。



「ゲロロン(ここ何かある! 上がれない!)



 それを聞いた俺は頭上に手をあげて触ると、不可視な壁のような物を感じた。



「結界か? なぜ? いや、そんな事よりも……」



 俺がどうするべきか悩んだ瞬間、上空に誰かが浮かんでいるのが見えた。



「コココココ、こんにちわ。妾は妲己でありんすぇ。ハンゾウには感謝でありんす。」



 俺はどこか聞いた事があるような、最初の話し言葉に一瞬記憶を探ろうとするが、今はそれどころじゃないと思い中断する。



「お前がハンゾウを操っていやがったのか! 早くこの結界を解け! さもなくば……お前を殺す!」


「ほほほほほ……威勢が良いでありんすぇ。しかし妾は誰の指図も受けないでありんす。いえ、あのお方だけは別でありんすが。」



 口元に扇子を当てて話すその姿は、聞いていた通り絶世の美女である。しかし何故か俺の美女センサーが発動しない。


 まるで俺の本能があいつを拒絶しているようだ。

 

 そして俺は妲己がしゃべる間にも、全力で不可視の結界を攻撃するがびくともしなかった。



 このままでは、みんなが危ない! 

 あいつは危険だ。

 なぜかわからないが、相当ヤバイ予感がする。



「クソ! そうだ、シロマ! ゲートを使えるか?」



 俺はシロマの能力を思い出す。それがあれば向こうに行けるはずだ。



「ダメです。既にやっています。どういう訳か次元ルートが認識できません。何らかの影響で阻害されている可能性があります。」



 どうやらシロマは既に行動していたらしい。しかしそうなると……いや、まだ方法はある。



「だったら結界ごとこの空間に穴を開けられないか? シロマならできるだろ?」


「わかりました。やってみます!」



 シロマはそう言うと、即座に魔法を発動させる。



【ディメンションアロー】



 シロマが次元を斬り裂く矢を放つと、確かに空間に穴が開いた。


 しかしその瞬間、ものすごい轟音が鳴り響き、頭上から岩が崩れ落ちてくる。


 どうやら矢は火山の上の壁まで貫通してしまったらしい。もしこの山が崩れてしまっては全員生き埋めだ。しかも封印ができなくなる。


 更に最悪な事に空間に開いた穴は小さかった。


 当然矢の大きさで穴が開いただけなので、まだ人が通れる大きさではない。そしてゲロゲロが通れるほどの大きさとなると、最低でもあと千発は必要だった。


 であればそれが可能だとしても、そのころには火山自体が崩れているだろう。



(クソっ! どうしたらいい!)

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