第27話 手を取り合う二人

「カリーお願い! お兄様達を連れて逃げて! 私は大丈夫だから!」



 再び自分のピンチに現れたカリーを見て、ローズの胸は熱くなった。

 しかしながら、その心境は極めて複雑である。

 

 カリーが強い事は当然知っている。

 だが敵が悪すぎた。

 兄であるシルク、そしてこの国最強の戦士と言われているゼンは既に倒れている今、流石にダークマドウ相手に一人でどうにかできるはずもなかった。


 そんな状況で、どうして助けて欲しいと言えようか。

 自分を助ける為に、既に大切な人が二人も倒れてしまったいる。

 ここにきて、自分の愛する男まで殺されてしまうのには耐えられない。


 故にローズの口から出た言葉は、「自分を見捨てて、逃げて欲しい。」という言葉だった。


 しかしそう言われて逃げるカリーではない。

 カリーはローズを守る為に強くなろうとしたのだ。

 例え勝てない相手を前にしても逃げるという選択肢は存在しない。



「大丈夫、何も心配すんな。そいつは俺が倒して全員助けてみせる。」



 ローズの不安を他所に、カリーは自信をもってそう返す。

 だが、それを聞きダークマドウは笑い始めた。



「くくく……。ふはははははっ! これは驚いた。ただの金魚のフンでしかないお前如きが私を倒せると? そんなボロボロの状態でよくそれだけの大見栄を張れたものだ。」



 それもそのはず。

 カリーの全身はボロボロであり、所々から出血している状況だった。

 ここに来るまで死闘を繰り広げていたのだからそれは当然の事。

 

 だがしかしカリーは、それでもこの状況に抗う。

 大切な者を守る為に……。



「誰が俺だけで戦うって? 今だ! フェイル! 姉さん!」



 カリーは突然仲間への合図を叫ぶと、視線をダークマドウの後方に向けた。

 


 現在フェイルは遠く離れた戦場で化け物と対峙している。

 当然バンバーラもカリーに追いついているはずがない。



 そう、つまりこれは完全なブラフ。



 しかしこの言葉は、カリーが想像するよりも絶大な効果を及ぼした。


 なぜならば、自分を殺しえる勇者がいるという言葉は、ダークマドウにとって絶対に無視できない言葉である。

 例え勇者の力を使えない勇者でも、そのステータスは規格外。

 その上あの状況から勇者が抜けてきたのであれば、それは驚愕を越えて恐怖である。

 それが意味するのは、勇者の力を使わずして太古の化け物を倒したということ。

 そうであれば、勇者の力は既に崇拝する大魔王様を凌駕していることになる。



 その恐怖に一瞬だけ固まるダークマドウであったが、直ぐに次の行動に移った。



 当然逃げの一手。



 カリーが見ている後方を確認している余裕はない。

 そんな事をしていれば、振り向いた瞬間に首と胴が離れてしまうだろう。

 なれば、やれる事は一つしかなかった。



 それは……ローズを連れて上空に逃げる事。


 

 だが、当然カリーもその状況を黙って見ているはずがない。

 ダークマドウが一瞬固まった隙に接近すると、全ての力を込めてローズを掴んでいるその腕目掛けて斬りかかる。



 何かをぶった斬った斬鉄音と共に、何かが地面に落ちた。

 その直後に、上空を見上げるカリー。



「なんだとっ!?」

「なんだとっ!?」



 奇しくもその瞬間、二人は同時に同じセリフを叫んだ。



 ダークマドウは勇者が現れた事、そして腕を斬り落とされた事による鋭い痛みに。

 カリーは、ダークマドウから切り離したと思ったローズが離れていなかった事に。



 両者は全く違う意味で驚いている。



 そして突然の事に焦ったダークマドウは、空に舞い上がると直ぐに防御を展開しながら周囲を見渡した。


 自分の腕を一瞬で斬り落とす事ができるのは勇者しかいない。

 つまり、確かに勇者は近くにいるという事。


 それであれば空に逃げたとはいえ、油断などできるはずもない。

 勇者がいるという事は一緒にいた賢者もいる事を意味する。

 魔法のスペシャリストの賢者であれば、自分を撃ち落とす事も可能だった。



(どこだ! どこにいる、勇者!?)



 ダークマドウは地上を視認できるギリギリの高さまで逃げると、血眼になって勇者を探し始める。

 しかしいくら探しても地上にいる勇者と賢者は見つからなかった。



 今回ダークマドウが犯したミスは、カリーという存在を侮った事。

 まさか自身の腕を斬り落としたのが、金魚のフンと侮ったカリーだとは夢にも思わなかった。

 実際、普通に相対していればカリーの一撃でダークマドウが腕を斬り落とされるなんて事はありえないだろう。

 しかし今回は、恐怖したダークマドウが防御を完全に解いて無防備だった事、それに加え、全力で斬りつけたカリーの攻撃が会心の一撃となった事により、千載一遇の奇跡を起こしたのだった。



 一方、カリーもまた予想外の結果にその目を大きく見開いていた。

 目の前に映るは、自分が斬り落としたダークマドウの腕……そう、腕しかない。

 本来ならば、その手で掴んでいたローズを救出できたはずだ。



 カリー自身、ダークマドウがこれ程うまくブラフに引っかかるとは思っていなかった。

 そして腕を斬りつけた事も、痛みでローズを掴む手を離せばその隙にローズを奪え返そうと考えていた。


 しかし、実際にはいい意味でそれは予想を覆す。

 まさかダークマドウの腕ごと切断できるとは想像もしていなかった。



 ……にもかかわらず、ここにローズはいない。


 ダーウマドウを斬りつけると同時に、ローズの体はダークマドウに吸い寄せられてしまったのだ。

 そしてそのまま空に逃げられてしまう。


 理由は簡単だった。

 カリーはダークマドウによる呪いの鎖の力を知らない。


 最初にダークマドウからローズを救出した時、そんな事をされる様子もなかった。

 その為、この状況はなるべくしてなっているとも言える。

 だが、たとえそれを知っていたとしてもできる事は変わらなかっただろう。

 むしろダークマドウに大きなダメージを与えた事を賞賛するべきだ。


 しかし、カリーはそんな事を求めてはいない。

 ただ欲しかった結果は、【ローズを助けた】という事実のみだった。



 現状は最悪の一言と言えるだろう。

 上空に逃げられた今、カリーにはどうすることもできない。

 姉のバンバーラがいれば追撃することはできたかもしれないが、いない者を期待する事は無意味である。

 ここまで奇跡を起こし続けたカリーであったが、これはどうすることもできなかった。


 さらに追い打ちをかけるように最悪な事が起きる。

 上空に退避したダークマドウは、遠くで見えるエンシェントドラゴンゾンビが暴れている状況を視認すると、カリーのブラフに気付いてしまった。


 騙されていた事を知ったダークマドウは、腸が煮えたぎるほどの怒りを覚えるが、逆に怒りが高まりすぎて冷静になる。



「いやはや、まさかこの私があんなフンに騙されるとは。この怒り100倍にして返してやりたいが……それは後にとっておくとしよう。勇者……そう、まずは勇者の息の根を止めねばならぬ!!」



 ローズを再び手に入れた事でダークマドウは気づいた。

 今やるべきことは、目の前のゴミ共を殺す事ではなく、恐怖の対象である勇者を殺すであると。

 今ならばエンシェントドラゴンゾンビと召喚したアンデッド集団で確実に勇者を殺す事ができる。

 それであれば、下にいる雑魚に構っている暇はない。



 そう結論を出したダークマドウは、カリー達をその場に放置して勇者のところへ向かい始める。



「クソやろぉぉぉっ!! 逃げるんじゃねぇぇ!」



 自分達を放置して逃げるダークマドウを見て、カリーは叫んだ。


 その怒りに満ちた激しい声にシルクが意識を取り戻して目を開いた。

 目を開いた先には、ローズもダークマドウもおらず、カリーだけが立っている。それを見ただけで、ここで何が起きたのか想像がついた。



「すまない! カリー!」


「気が付いたか?」


「あぁ、私が一緒にいたにも関わらず……」


「あ? そんな事は今更どうでもいいんだよ。それよりも急がないとまずい!」



 シルクはカリーに謝罪をするが、カリーはそんな事を全く気にしていなかった。

 それよりも遠くに逃げたダークマドウを今すぐ追いかけようとしている。

 当然、それに気づいていたシルクだが、上手く言葉を話せない。



「私は……」



 私はどうすればいいか……?



 全ての自信を失ったシルクは、そうカリーに尋ねそうになるも、途中で口を噤んだ(つぐんだ)。

 今まで自分の意思を貫き通してきた自分が、今更そんな情けない事を聞けるはずもない。

 

 本当なら、「私も一緒に向かう!」と叫びたいところだが、どの口がそんな事を言えるだろうか。

 自分は無力であり、約束一つも果たすことができない、口だけの人間だ。

 それであれば、最初から全て勇者達に任せていればよかったのではないか?


 自分を疑い、自分を信じられなくなったシルク。

 故に、このままカリーに付いて行っても邪魔になるだけだと思ってしまった。


 

 自分の力で妹を助けたい……。



 その思い上がった気持ちが、今の状況を引き起こしていることは、もはや明白の事実。



 悔しい……自分を許せない……何が命を懸けて守るだ……。



 自分の情けなさが悔しく、その目には涙さえ浮かんできた。


「反省も後悔も後にしろ……だっけか。その通りだな。お前がもう動けないでそこにいるってんなら、それでも俺はかまわない。だが、お前は俺に言ったよな? 命を懸けてローズを守ると?」



 そんなシルクを見て、カリーはローズの下へ駆けつけたい気持ちを堪えて尋ねる。

 その情けない姿は、正に自分を映す鏡だった。

 シルクだけではない。

 自分もまた、これまでに如何に無力であったかを痛感している。

 だけど、自分は立ち止まっている時ではないのだ……もちろんシルクだって……。

 


「あぁ……私は無力だ。できもしない事を口にして……。」


「そうじゃねぇだろ!! まだ何も終わってねぇ! ローズは生きている。そしてお前も生きている! ならやる事は一つだけだろが! 男が一度口にした約束は命に代えてでも守りやがれ、クソ王子!」



 その言葉は、まるで頭をハンマーで強く叩かれたかのように脳に響き渡る。



 そうだ……ローズはまだ生きている。

 そして自分も生きている。

 なら、何も終わってなんかいない。

 自分に力が無い事がどうした?

 無いなら無いなりに頭を使って動くしかない!

 妹を救うのは俺だ!!



 その瞬間、死んだ魚のような目になっていたシルクの目に光が戻る。



「すまない! 後悔も反省もローズを助けて城に戻った後にする。無力な俺だがそれでもついて行かせてくれ、カリー!!」


「はん! 無力なのはお互い様だ。だがな……無力な俺達でも、力を合わせれば奇跡は起きる。いや、起こすんだよシルク!」



 へたり込んでいたシルクに、カリーは手を差し伸べた。

 シルクはその手をとって起き上がると、倒れているゼンの横にあった大剣を手に取る。



「借りるぞゼン。お前はここで休んでてくれ。そして……今までありがとう。」



 未だに意識の戻っていないゼンに向けて、シルクは感謝の言葉を述べた。

 ゼンの状態を見るに負傷は激しいが、ゼンならばこのままでも死ぬことはないだろう。

 むしろ回復させてこの後の戦いに参戦させるほうが死ぬ危険性は高い。


 シルクはこの戦いで死ぬ事を本当の意味で覚悟した。


 故に、ありがとうの言葉はゼンには聞こえていないがそれでいい。

 もしゼンにその言葉が聞こえていようものならば、無理矢理引き留められていただろう。



 だから、これでよかったのだ。



「覚悟は決まったようだな。急ぐぞ、シルク!」


「あぁ。ローズを救うぞ、カリー。」



 お互いがお互いの名を初めて呼び合った瞬間。

 相反する性格の二人であったが、その場面だけは戦友のようにすら映った。

 お互いが自分の無力さを理解した上で、お互いを信じて手を取り合う。

 ローズを愛し、ローズに愛された二人は、この時初めて心を通じ合わせた。



 向かうは、フェイルが戦っている戦場。

 そこにダークマドウとローズがいるはずだ。



 そして戦いは、遂に最終局面へ突入するのであった。

 




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