第19話 イーゲとイーゼ

 俺達は、テーゼの町に向かって歩き始めると、まず初めにリーチュンがイーゲの変化に気付いた。



「うっそぉ! アンタ本当にイーゲなの?」


「はい、昨晩は皆さまにも大変ご迷惑をお掛けしてすいませんでした、これからは心を入れ替えていきたいと思いますので、どうか今後ともよろしくお願いします。」 


 

 イーゲがリーチュンとシロマに頭を下げる。 

 こんなこと、今までなら考えられない。 

 どうやらイーゲは、性格まで完全に女性に変わってしまったようだ。 



「あの、ちょっとよくわかりませんが……。あの呪いの誓約書で女性になるということは書いていなかったはずです。」 



 シロマはその変化への疑問が拭えず、イーゲに向けて言った。 

 すると、イーゲはあの時何があったのかを事細かく説明し始める。 



「はい。呪いというのは精霊を媒介して、対象の者に影響を与えるものなのはご存じですか? 今回私は、呪いの誓約をかけた精霊に一つだけ強く願いました。どうかサクセス様への気持ちだけは変えないでほしいと……。すると精霊様は、誓約を変えることはできないが、一つだけ願いを叶えてくれるとおっしゃられたので、女性になる事を願った次第です。精霊様はそれを叶えてくれました。もともと私は女性としての機能も有しておりましたので、男性としての機能を全て消したといった方が正しいですが。」 



 ん? そう言えば、さっきは突然過ぎて反応できなかったが、こいつは男の娘だったな。


 マジで、衝撃的だわ。



「そうでしたか。勉強になります。呪いとは精霊によるものだったのですね。精霊はもっと神聖なものと思っていました。」 



 シロマは別の事に感心している。 

 イーゲの変化はどうでもいいらしい。 



「とりあえず、その話はその辺でいいだろ。それよりも今後の予定を聞かせてくれ。」  


 

 俺はイーゲの事も気になるが、それはもういいだろう。

 今更何を聞いても同じだ。 



「そうですね、まずは一度テーゼに戻って食料品等を補充するべきかと。その後、テーゼから東に進んで行くと南側に山岳地帯が見えてきますので、岩場を通って南下していきます。しばらく進むと、そこに小さな祠があるのですが、そこにワープ装置があるそうです。」 



 俺の質問にシロマが答える。 

 なぜシロマがそんな詳しい事を知っているのかは謎だが、これで目的地がはっきりした。 



「なるほどな。その祠でワープすると、マンダ神殿に着くって事か。」 



 ワープか、なんだかワクワクするな。 



「詳しくは行った事がないのでわかりませんが、多分そうだと思います。」 



 今度は、少し自信なさげに説明するシロマ。


 まぁ、なんでも知っている訳ではないよな。 

 するとイーゲが口を開く。



「サクセス様、私からも詳しく説明してよろしいでしょうか?」 


「あぁ、いいよ。むしろ頼む。あとそんなに気を遣わないでくれ。ある程度今まで通りにしてもらわないと調子が狂う。」 


「わかりました。それでは少しシロマさんの説明に誤りがあるので訂正させてもらいます。まず、祠からのワープでマーダ神殿には行けません。マーダ神殿がある大陸には行けますが、そこからマーダ神殿まではかなり距離がございますわ。ワープした先で一番近いのはアバロンという国です。そこから更に北に進むといくつかの町や村を挟んで、マーダ神殿に到着します。」 


「そうでしたか! さすがはイーゲさんです。」 


 シロマの顔が明るくなった。

 どうやらやっぱり自信が無かったようだ。 

 シロマは正確な情報がわかってスッキリした顔になっている。 



「それと話は変わりますが、私の中でイーゲという存在はいなくなったつもりです。それなので、よろしければ、私に新しい名前をくれないでしょうか? サクセス様につけてもらいたいのです。」 



 え? いきなりどうした?



「名前ってそんな簡単に変えられるのか? というか俺がつけていいのかよ、悪いけど俺はネーミングセンスがないぞ。」 



 俺がそう言うと、さっきまでただひたすら、フンフンと聞いていただけだったリーチュンが割って入ってくる。 



「はいはーーい! じゃあアタイがつけてあげる! えっとね、ゲーイ! ゲーイはどう?」 



 まんまかよ! 

 俺よりセンスない奴がいたわ。

 

 イーゲは、鋭い目つきでリーチュンを睨みつける。 



「あなたには聞いてませんわ。私はサクセス様にお願いしているのです!」 



 お? なんか少し前の雰囲気に戻ってきたな。


 いい事なのか……。

 悪い事なのか……。 



「わかった、じゃあお前は今日からイーゼだ。あんま変わらないけど、そっちの方が女性っぽい気がするからな。」


「イーゼ……イーゼ……悪くないですわ……。」 



 イーゲはボソボソと俺がつけた名前を繰り返している。 



「気に入りましたわ! 今日から私はイーゼです! 流石サクセス様ですわ!」 



 そう言うと、イーゲは冒険者カードに自分の血を一滴垂らす。 


 すると、冒険者カードが光った。 



「実は冒険者カードも精霊の力によるものなのです。これで私は完全にイーゼになりましたわ!」 


 

 冒険者カードってそういうもんなの? 

 伊達に125年生きてないな。 



「おぉ! よかった……のか? まぁなんにせよ、これで心機一転だな。」


「はい! これで私の呪いが消えました。イーゲは消えましたので!」 


「……え?」 



 3人の声がハモった。 



「安心してください、私が女であることには変わりません。あれほど強い呪いだと名前を変えたくらいでは全部解呪はできませんわ。1メートル以内の接近禁止のみが解けただけです。これで堂々とサクセス様に……ぐふふふ」 



 しまったあぁぁ!

 やられた!! 

 抜け穴があるのではと思ってはいたが、やはりあったか! 

 恐るべし、エルフの知恵! 



「おいおい、本当に他の2個は消えてないんだろうな?」 


「はい、嘘はつけませんので間違いありません。それに最初の2個は、そもそも呪いがなくても害を与えたり騙したりするつもりはありませんから、関係ありませんわ。」 


「いや、これも一種の騙しのような気がするのだが……」 



 すると突然イーゼが俺の腕に抱き着いて来た。 



 ムギュっ! 



 昨日まで無かったはずの柔らかいマシュマロが、俺の腕を刺激する。 



「ちょっ! おま、何すんだよ! 離れろよ。」 



 と言いつつ、離れて欲しくない俺。 



「これでもう離れませんし、放しませんよ!」 



 イーゲが元の変態に戻った。

 いや、今はイーゼか。 

 だがしかし、いいだろう。 

 あのままではちょっと違和感が凄かったからな。

 こっちの方が妙にしっくりくる。 

 

 それに女というならば、俺もこれ以上拒否する必要もないわけだ。 

 むしろよくよく考えると、これはこれでラッキーじゃないか! 



「ちょっと! いい加減離れなさいよイーゲ! 違ったイーゼ! んもう! 紛らわしい! とにかくサクセスから離れなさい!」 


「い~や~です!」 


「ぐぬぬぬぬ……」 


 リーチュンは、俺からイーゼを必死に引き離そうとするが、イーゼも顔を真っ赤にして抵抗している。



「でもなんだかホッとしました、やっぱりイーゲさんは……イーゼさんはそっちのほうがいいです。見ていて安心します。」 



 シロマは静観しつつも、はにかんだ笑みを浮かべているが、一体どの辺が安心なのだろうか? 


 この子の基準も他と大分違うな。 


 とはいえ、俺も案外このポジションが最高なのでは? 


と思い始める。 



 こうして男の娘のイーゲは死に、美しいエルフの女性イーゼが仲間に加わるのであった。 

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