第93話 義信自覚する。

織田から逃げた義信は行き先が無かった・・・

三河はヒロユキの領内にて獣が徘徊する魔境である。

敵対している義信が無事に通れる保証はなかった。

それにくわえ、敗走した時に五千からいた兵は既に四散しており、周囲には六百程しか残っていなかった。

「義信様、此処はヒロユキに降りましょう。」

飯富虎昌が降伏を進めてくる。


現在共に敗走している将は飯富虎昌と三枝昌貞の二人のみであった。

他の奴等は知らぬうちに何処かに消え失せていた。


「しかし、ヒロユキが許すと思うか?私のクビを取って終わりになるまいか?」


「ヒロユキは話のわからぬ男にございません。頭を下げ謝れば命までは取らないかと。」


「だが、この私があのような男に頭を下げねばならぬのだぞ!」


「義信様、何故ヒロユキを嫌うのです。

ヒロユキの何処に非が有ると言うのですか?」


「虎昌何を、ヒロユキのせいで武田は今川を滅ぼす事になってしまったではないか!」


「それを決めたのは信玄様にございます。ヒロユキは関係ありません。」


「だが、奴が勝手に織田との友好を探ったせいでは!」


「いえ、義信様が今川の間者に毒されてしまった為にございます。

次期当主に調略をかけてきたのです。

武田としては攻めるに充分な理由にございます。」


義信は虎昌の正論に反論が出来ず、論点を変える。


「それにだ、上野、三河、遠江、駿河と近年多くの土地を得たが家臣に分配されたのはわずかではないか!

家中の多くが不満を持つと聞くぞ。」


「上野、三河、遠江はほぼヒロユキの手で落としておりますがヒロユキ自身がろくに恩賞を受けておりません。

それなのに何処の者が恩賞に預かれるのですか?」


「しかし、板垣や甘利が言うには、甲斐にいる譜代の重臣に一国を与えるべきだと・・・」


「功も無いのにですか?

その方が間違っております。

板垣や甘利は戦場にも出ず、どのような功績で城を求めるのですか。」

義信に言葉が出なかった、確かに板垣、甘利は甲斐におり、戦場に出ておらず、特段内務に活躍したわけでもなかった。


「はっきりと申して、ヒロユキは自身の力でいくらでも国を取ることが出来る男にございます。

それが武田の為に働いてくれたお陰で一気に武田は豊かになりました。

信玄様の上洛も夢ではなかったでしょう。

ですが、義信様の行いで信玄様の上洛は不明になりました。

これを如何にお考えなさいますか?」


「なっ、上洛が不明とは無礼ではないか?

父上なら必ずや上洛を果たす事が出来よう。」


「如何にして?此度の戦で多くの兵を失いました、駿河、遠江の国人は支配したてですからな、この敗戦で様子見しかねません。

そして、ヒロユキが武田から離れたらどうするのですか?」


「裏切り者は始末すれば良いだけだ!」


「それが出来ますか?

ヒロユキは三河を完全に手中におさめております。

一国を従えるヒロユキを征伐するのにどれだけの兵がいると思いますか?

そして、馬場殿の処分も家中に伝われば、ヒロユキに味方するものも出ます。

武田は内と外に敵を持つことになるのです。

義信様はどうなされるおつもりか?」


「父上なら・・・」


「信玄様でも出来ぬ事はあります。

ましてや、ヒロユキの戦は信玄様以上の強さにございます。」


「虎昌、父上以上とは許せぬ発言だぞ!」


「事実にございます。

信玄様は長年かけて信濃一国を落としました。

しかし、ヒロユキは数年で三国落としております。

しかも、片手間で上杉を防ぐ働きもしております。

どちらが戦上手か火を見るより明らか。

信玄様も気付いておいででしょう。」


「ならば・・・私はこれからどうなるのだ?

どうしたら良い?」

義信は改めて虎昌に諭され、ヒロユキの価値に気付く、そして、父なら・・・自身の未来が闇に包まれていることに気付いた。

すがるように虎昌に聞く。


「まずはヒロユキに謝罪なさることかと、後は信玄様に言われる前に跡継ぎを辞退したら命までは取られないかも知れません。」


「・・・跡継ぎを辞退するのか?」


「どちらにしても廃嫡になると思われますので、それならば先に辞退なされた方が印象にいいと思います。

後は他の重臣に助命嘆願書を出して貰うよう頼みましょう。」


「・・・わかった、虎昌に従う。」

義信は力無くうなだれる。

翌日、義信達一向はヒロユキに降伏するのであった。

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