第6話

 しかし、騙りであるならあれは一体何者なんだ? アドルフの態度を見る限り〈サークレット〉はぼくたちとウォルターの関係性にまだ気づいてないようだった。いいや、少し違うか。〈ミグラトリー〉は狭いし、その全土のセキュリティシステムを掌握するあいつらなら、ウォルターが何者かなんてことはすぐに分かったはず。〈サークレット〉はウォルターのことなんて相手にするつもりがなかった。ウォルターにまつわるぼくたちの経緯なんて調べたところで、事態を解決しないと解っていたからだ。住民票を検索すれば一般市民にもすぐ解かること。

 あいつは……ウォルター・ロバーツは……もう、死んでいる。

 だから余計に意図が見えてこない。どうしてアドルフの上司らしいあの機械は、ウォルターのことを引き合いに出した?

 まさか……あれは本当にウォルターだったのか?

「……馬鹿々々しい」

 思わず口にした言葉に、フランシスが反応した。

「苛立っても仕方ないでしょう?」

「その話じゃない。……厄介ごとはまだあるんだ」

「話してみろよ」とエディ。「国家転覆容疑をかけられたこの状況じゃあ、一つ二つ問題が増えたところで大した違いはない」

 ぼくは艦橋を見渡す。フランシスとエディ。それから、ぼく。クレアは贅沢を満喫中らしいが、それでも、もう一人欠けている。暗がりを見つめたところで、そこにぬっと人影が現れる……なんてこともない。

「出かけているって、いっていたな。マクスウェルは」聞くとフランシスはエディを見た。「どこで何をやってんだ」

「まだ当分戻って来ない」

「聞かれたくない話?」とフランシス。

 二度手間は嫌なだけだが。「そう聞こえたか?」

「顔に書いてある」

 まあ、聞かせたい話でないのは確かだ。……それでも、いわなきゃならないが。

 ぼくはマクスウェルが戻ってくるまで酔い潰れる気でいたが、エディとフランシスが聞く姿勢でぼくを待つので、しばしの逡巡のあと、根負けして口を開いた。

「……自分のことをウォルターだって名乗る奴が現れた」

 フランシスは目を見開き、エディは眉をひそめた。

「まさか、そんな与太話を真に受けちゃいないだろうな」

「当たり前だ。だけど……声が同じだった」

「声くらいどうにだって再現できる」

「この船のことも知っていた。〈ファントム〉は『あの日』からずっと〈ミグラトリー〉の周りを回遊していたけれど、今日まで隠密装置(ステルス)を切ったことは一度だってないだろう? それなのに――」

「いるだろう。ぼくたち以外にも知っていて可笑しくない奴が」

「心当たりでもあるの?」フランシスが聞く。

「まあ、な」エディはぼくを見る。「それで、カイル。どうしてマクスウェルに話そうと思った?」

「ウォルターの最期を見届けたのがぼくたちだからだ」

「だから?」

「……確証が欲しかった。あれが、ウォルターじゃないっていう」

 頭では解っている。死人が蘇るなんてことはないって。でも、大事な仲間を……家族みたいに思っていた奴を失くしたことがあって、死んだと思っていた奴が生きているかもしれないだなんて可能性を目の前にぶら下げられたら、誰だって同じことを期待してしまうはずだ。もう二度と会えないと思っていたそいつが、なんてことない顔をして自分の前に現れるその瞬間を。

「くだらない」エディはそう言い放った。「君は担がれたんだ。カイル。ちょっと声色を変えて死人の名前を持ち出せば、動揺してついうっかり秘密を漏らすかもしれない。どうせ、その程度の考えさ。連中のいうことなんて、真に受けるなよ」

「まあ」とフランシスが続く。「その声にしたって、聞いたのはカイルだけだもの。ここで言い争ったって、審議に決着なんてつけられないでしょうね」

「いや、だけどあれは――」

 あれは確かにウォルターの声だった。だが……だから、何だ? 二人の言い分に反発したところで、フランシスのいう通り決着は見えないし、何よりぼくたちの前に並ぶ諸問題を解決する手立てにはならないだろう。

「そうだ。……そうだな。解かった」ぼくは足元が覚束ない中立ち上がる。「この件は保留だ」

 瓶を煽って中身を空にして、傍のテーブルに置いた。

「いいや。全部保留だ」

 通路に繋がるドアの前で立ち止まり、ぼくは壁にもたれかかる。

「一眠りするから、あいつが帰ってきたら起こしてくれ」

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