凄まじき、恐ろしき、黒き呪蜘蛛1

「集まったな」


最上級生の担当、一部の単独者が緊急の教職員会議の名目で学園長室に集められていた。


「単刀直入に言おう。非鬼……非鬼以上の式符が学園に寄付された」


「は?」


誰が呟いた言葉だろうか。しかし咎める者は誰もいない。学園長を除く全員が何を言われたのか分からなかったからだ。


「非鬼……? 大鬼でなく?」


「そうだ非鬼だ。非常に危険。非鬼」


聞き間違いだろうと聞き返した教員に、学園長は丁寧に間違えない様はっきりと発音する。


「実在したのか?」

「一体どこで?」

「寄付? タダって事か?」

「土御門家からか?」

「安倍晴明の?」

「いや、前鬼と後鬼を両方失伝しているあそこが、そんな物手放すとは思えん。ましてや寄付なんて」


「学園長、それは一体どうやって入手されたのですか?」


「それは言えない。はっきりと宣言しておくが、この件は私の裁量と命を遥かに超えている。だから私が言えるのは、訓練用に調整された非鬼が我が学園に寄付された。それだけだ」


意を決して一人の単独者が式符の出所を質問するが、学園長は世界でも有数と呼ばれる実力者の顔でそう宣言し、教職員たちは息をのんでそれ以上の追及ができなかった。


「で、では教材として利用する。という事でよろしいでしょうか?」


「その通りだ。これで学生達に危険意識を持たせることができる」


多数の単独者達が頷いている。彼等も実際の非鬼と、学園の式符非鬼の乖離に頭を悩ませていた。それに伴う学生達の危険意識の低下も。


「非鬼以上と仰いましたがどういう意味です? 学生の安全は確保できていますか?」


鬼気迫る顔で出所は明かせないと言われ、一異能者としての興味を抑え込んで教職者としての意見が活発になり、学園長は教員の意識の高さに満足しながら質問に答えていく。


「先だって私自身で戦闘試験をしたが、非鬼の中でも最上位、ひょっとしたら特危の下位に当たる可能性がある。安全面では我が学園の安全基準を満たしている。ありがたい事に一定以上の戦闘ダメージを受けても、単に吹き飛ばされるだけだ。戦闘不能はそれでいいだろう。最上級生がそれで怪我を受けるとは思えんが判定上だ」


「特危って……」

「もう俺変に関わるの止めとく」

「絶対ヤバい案件だよ……」

「なんかその符にあったら首飛ぶんだけど……」

「触るのも怖くなってきたぞ」

「生徒のための教材。それだけ。教材教材」


教員達が一度封じた好奇心だが、学園長の説明にそんな物が吹き飛ぶほど危険な案件だと察知し、見る見る萎んでいく。


「う、運用はいつからにしますか?」


「単独者全員が総当たりし、安全面の最終確認が出来次第だ」


「確認されたなら、最初は一度慢心している者達の鼻を折るという事でよろしいか?」


「言葉は悪いがそう思っている。教えた生き残る術というものを再確認してもらう事になる」


「学生に乗り越えさせる壁としてですか? それとも壁は壁としてですか?」


「壁は壁としてだ。厳しい事をするが現実を見せねばならない」


その後も話し合いは続き、安全面で不備はないか最終の確認が行われ……。





「全員集合!」


それから数日、最終学年の推薦組、つまりこの学園のエリート達が訓練場に集合していた。


「おい見ろよ。学園長だけじゃねえ。ここの単独者全員いるんじゃねえか?」


「言えてる。なんたって俺らも単独者だしな」


「違いねえ」


伊能学園が誇る単独者達の教員が全員集結していても、彼等には余裕があった。何と言っても最終学年に上がる試験で、全員が式符非鬼の単独撃破を成し遂げていたのだ。そのため今は多少経験の差で劣っているかもしれないが、すぐに追いつくと思っている者達ばかりだった。


「今日の戦闘訓練だが……。我々は普段本当の非鬼は違うと何度も言って来た。それをようやく諸君達に教える事が出来る。話を戻そう。今日の戦闘訓練は非鬼との戦いだ。先ほども言ったが、本当の非鬼とのだ」


「でも非鬼は非鬼だろ?」

「だな」

「私は現場研修で相対しましたが、学園のとそう変わりませんでした」

「俺も」


この時点では彼等の余裕は全く崩れていなかった。まだ。


上級生と呼ばれ始めてから負けた事などなかったからだ。まだ。


「最初に言っておくが、非鬼と言っても普段とは逆。おそらく特鬼の下位に分類されていると我々は思っている。現に私以外の者は複数でしか対応できなかった。私も勿論訓練とは言え半死半生だった。気を引き締めて欲しい。そのため今回はまず全員で当たってもらう事になる」


「は? 特鬼って単独者が複数当たる前提だろ?」

「いやふかしすぎだろ。そんな式符聞いた事ねえよ」

「いや、実際あったと仮定して、俺らが複数当たるって考えれば丁度の訓練なんじゃないか?」

「だな。連携面での不安定さが我々にはまだある」

「現場で特鬼相手の連携が出来ませんじゃ話にならないわよね」


彼等生徒の現在の懸念は、単独者が複数当たる前提と言われる特鬼に対する経験の不足である。と言っても特鬼なんて存在は、数年に一度出るか出ないかで、招集される単独者はベテランばかり、それを補佐する大勢の者も単独者に限りなく近い者達ばかりなのだ。彼等が想定する相手としては些か早いとしか言いようがない。


「それでは全員訓練場に。常在戦場と教えた筈だ。最終学年なら当然準備はいらないな?」


「おお!」


それぞれの得物を構えた勇ましい生徒達の応えに、それは心構えの問題で、実際には幾つもの準備をするものだと教員達はこの場で言わない。確かに教えた事だからだ。だからもう一度思い出してほしかった。油断するな。慢心するな。必ず情報を集めろ。


「それでは開始する! 起動!」


そして





非鬼を前にして馬鹿正直に突っ立つな。


『キイイイイイイイイィィィィィィィ死死死死死死死死!』


耳障りな何かの鳴き声。しかし何故かはっきりと死と聞こえた生徒達は動きを止めてしまう。そしてあまりのも呆気ない…………死……。


「ぐあっ!?」

「ぎゃあっ!?」

「きゃあっ!?」

「ごほっ!?」

「っ!?」


「非鬼と相対するときは五感全てを自分の力で守れと言ったはずだ! お前達は戦う前に鳴き声だけで殺されたぞ! それも力を弱めて非鬼に収まる程度にしているのにだ!」


訓練ステージから弾き飛ばされた生徒達に担当の教員が叱咤する。


「さあ構えるんだ! 五感を守れ! もちろん目もだぞ! 起動!」


『キイイイイイイイイィィィィィィィヤアアアアアアアァァァァ死死死死死死死死!』


「ぐうううううっ」


先程よりも長い金切り声が式符から響き渡るも、今度は全員が耐える事に成功する。


本番


「あっ」

「ひっ」


「目もと言ったはずだ! 耳ばかりに集中して御座なりにしたな?」


8人の生徒が吹き飛ぶ。

目にしてしまったのだ。


『キイイイイイイイイイイイィィィィィ!』


巨大な黒い体。

ではない。


何か黒い、泥の様な物が蠢いていた。


滴っていた。


ポツポツとではない。


ベチョリ。ベチョリ。


泥から何かが突き出てきた。


数は全部で8つ。


大地にしっかりと立つ。


『キャアアアアアアアアアァァァァァァ死死死死死!』


今度も8人が吹き飛ぶ。


泥の下から赤い目が8つ。


ルビーの無機質な目がまるで品定めする様に残った生徒を見ていた。


凄まじき、恐ろしき、黒き呪蜘蛛が

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