白衣の先輩

23話 閉じ込められた!

「さて、この状況を打破するには如何なる手段を取るべきか。キミはどう考える」


「…………」


「まさかボクもうたた寝していたら、こんな展開になるとは思ってもいなかった。落ち度はボクにあるさ。……いや、無くないかい? この部屋の設計ミスだよね? でも、この状況を楽しんでいる側面も存在しているんだ。側面というかすまない。正面だ。いま最高に気分がイイ!」


「…………」


「そう冷めた表情をするもんじゃないぞ。頭を使え。考えるんだ。あ、でもキミは何も考えなくていいよ。アインシュタインが天才は99%の努力と1%のひらめきだと言ったがありゃ嘘だ。天才がそんなこと言っても説得力がないからね。え、何が言いたいのかって? 無理なものは無理ってことだよ。いま直面している問題も、そう、ボクっていう天才じゃなきゃ答えを導き出せない。一般人には無理な話さ」


「…………」


「この密室にはボクとキミの2人きりだ。この後に理科室を使う授業は予定がない。科学部はこの学校に私しか存在しないからね。担当の先生もボクが自由人であるから様子を見に来ることもない。つまり、誰かが救出に来てくれるのは最低でも生徒が帰った後に先生が見回りする時。しかし、理科室を見たとしても奥にある小部屋まで確認するだろうか。そうなると残念だが、明日まで理科室にやってくる者は皆無。んー実に残念だ!」


「…………」


「外からの助けはしばらくやって来ない。ならば、中からの脱出を考えるのが一番だろう。さて、どのようにして脱出しようか。化学薬品でも上手く使って扉を爆発させようか!」


「…………」


「ドッカーン!――なんてね!」


「…………」


 よくもまぁ1人でペラペラと喋れたもんだ。こんな状況でなければ「永遠にしゃべり続けることが可能で賞」でも授与させてあげたいぐらいだ。


 そんなくだらない賞が、俺の頭に生成されるまでマシンガントークを炸裂させている白衣を着た彼女は、結賀崎ゆいがさきつむぐ。先生ではない。2つ上の先輩らしい。出会って間もない関係ではあるが、彼女が「変人」の部類であることはすぐに分かった。


 さらに驚きなのが、彼女は彩華の姉なのだ。こんな姉を持てばしっかりした妹にもなると感心する。


 そんなバランスのとれた関係にどこか既視感があると思えば、犬星姉妹のことだった。暴走する姉に抑制する妹。どこの姉妹でも起こりうる現象なのか、と1人で納得していたのは置いといて……。


 前例を知っている俺が、好き好んで変人と2人きりの部屋にいるわけではない。


 事の発端は、7時間目の授業後まで―—いいや、ある意味では今日起床した時刻まで遡る必要がある。




     *




「――ご主人様、いま何時か分かりますか?」


「うわ! もう8時じゃん!」


「昨夜、ご自身で起きれるようになるから起こさないでくれと仰られたので放置したら、このザマです」


 スマホに設定したアラームは3分毎に異なる音でセットしていたが、どれも効果が無かったのか。枕元に手を伸ばしてスマホを確認すると事態はより深刻なことが判明した。いや、アラームは問題なく機能していたので問題はなかったが――いやいや、問題ではあるけれど、は現代の若者にとっては死に直結する事態だ。


「あー、やったなこれ」


 こともあろうか、スマホの充電を忘れていたようでバッテリーは残り15パーセントを切っていた。


 昨夜の時点で残量は50%ほどだったが、複数回のアラームでバイブレーションも多く作動し、バッテリーの減りに追い打ちをかけたようだ。


「地獄を見たような顔をしてどうしたんですか?」


 そう言って珠李がスマホの画面を覗き込んだ。


「なるほど。バッテリーが低下しているんですね。ご主人様はモバイルバッテリーという便利な電子機器はお持ちでないんですか?」


「残念ながら持っていないんだ」


 そもそも中学校ではスマホの使用は禁止だったので、充電不足になることはなかった。それに、バッテリーは出かける時に重い荷物になりがちなので不要だと思っていたのだ。


「現代に生きる若人わこうどがそんなものも持っていないんですか」


「それを言ったら珠李はスマホを持っていないだろ」


「あんなものは不要です。ろくに処理することも出来ない必要過多の情報が目に飛び込んでくるだけですので、ガラケーさえあれば事は足ります」


 なんとも珠李らしい回答だ。


「それでどうしますか? コンビニに寄ってモバイルバッテリーを買いますか?」


「うーん、15%あればどうにかなるから別にいいかな」


「かしこまりました」




―———この選択が、最悪の一手だったと気づいた頃には全てが遅かったのだ。




     *




 そして、7時間目化学の授業終わり。化学担当の笹井先生が俺に声をかけてきた。


「君、帰りのホームルームが終わったら、片付けを手伝ってもらえない?」


「わかりました」


「このビーカーを準備室に入れてくれればいいから。急ぎで光橋先生に呼ばれているからもう行かなくちゃ! 部屋の鍵も閉めてくれ。任せた!」


 先生は、俺に答を出させる暇もなく、右手に化学室の鍵を握らせて足早に教室を出て行った。恐らく席が一番前だったからという雑な理由なのだろう。


「ご主人様に雑用を押し付けるとは、いい度胸していますね。どう落とし前を付けていただきましょうか」


「怖いこと言わないでよ」


「ご主人様の代わりに私がお手伝いします」


「いいよ。俺が頼まれたことなんだし、これぐらい何の問題もない。先に帰ってもいいぞ」


「ご主人様の側でお仕えするのが私の仕事です」


「今日、スーパーの特売じゃなかったっけ?」


 珠李は、俺とスーパーの特売を天秤にかけてウーンと唸る。


「…………では、お先に失礼いたします。何かありましたらすぐに連絡を入れてください。必ずご主人様の元へ戻って参ります」


 結果、珠李は俺のことを気にしつつも急ぎ足で教室を出た。



      *




 準備室の中は四方に横長の棚と、中心には机が置いてあった。ビーカーは入ってすぐ右の棚に陳列してあった。


 扉は勝手閉まる仕様だったので、中にあった椅子を使ってストッパー代わりに扉を止める。


 ビーカーの大きさや種類を揃えてすべて戻したところで事件は起こった。


――バタン。ガチャ。


 嫌な音を聞いた。 


「マジか……」


 勝手に扉が閉まったようだ。しかも、鍵も回った音がした。


 慌ててドアノブに手をかけるが、扉はピクリとも動かない。


「と、閉じ込めたられたのか?」


 冗談だろと思いながらもう一度扉を開けようとドアノブを強く引く。だが、やはり動じない。


「おーーい!!! 誰かいませんか!!!」


 扉を叩きながら叫んで助けを呼ぶが返事は一切ない。


「誰かあああ!!!」


 理科室にはもう誰もいないようだった。


 その後も定期的に叫んでみたり扉を叩いてみるが、一切反応はない。


 腕時計に視線を向けると、午後5時を周っていた。


「どーすっかなぁ」


 こうなると、施錠確認でやって来た先生に見つけて貰うか、珠李が異変に気付いてここに来てくれればラッキーと言ったところか。


 他にここから脱出する方法はないか、部屋の中を捜索してみることにした。


 四方の棚の各所には薬品の入ったビーカーやホルマリン漬けのカエルやヘビが置かれていた。後は中央にテーブルと椅子。奥には人体模型が立っていた。


 奥に何かあればと、進んだ瞬間――――ガラガタガラガタ! と人体模型が音を立てて崩れ落ちた。突然の出来事に、心臓が止まったのではないかと錯覚してしまった。


 閉じ込められた部屋で、唐突なホラー演出は勘弁してほしい。


 探索の邪魔になるので、崩れた人体模型は片付けることにする。俺が壊したようなものだし。


 と言っても、臓器の配置は微塵も分からないので、机の上に並べるだけだ。


 数分後、いたるところへ転がってしまった手足や臓器たちをすべて集め終わった。簡単な手足だけは修復成功。これにてひと息付けると思いきや、視線を下に向けたところ、床にまだ部品が残っていたようだ。

  

 潰れた段ボールの下で、覆いかぶさるように脚が隠れていた。


 どのようにして、こんなところに脚が転がり込んだのか。それに、これでは数が合わない。人体模型の脚はすでに2本揃っている。


 恐る恐る段ボールを剥がすと、正体が判明した。


 なんとそこには、まるで猫のように身体を丸めた少女が縮こまっていたのだ。一瞬、死体かと勘違いしてしまうが、小さな寝息を立てていたので生きている判断は出来た。しかし、どうしてこんな場所に生徒が寝ているのか。しかも、制服の上には白衣を着ている。頭の中に多数のクエッションマークが浮かび上がる。


 一体、何者なんだ。


「……ん~、なんだ、もう朝か?」


 僕が動揺して動けない間に、白衣の少女はのそのそと机の下から這い出てくると、弱々しく立ち上がった。その姿は生まれたばかりの小鹿を彷彿とさせる。


「も、もう夕方になりますけど」


「そうか。うん、よく寝た」


 腕を上げて大きな伸びをすると両腕を胸の下で組んだ。


「それで、キミは何者だい?」


「か、冠城学と言います。1年生です」


「冠城…………ほぅ、何かの因果だね。ボクは3年生の結賀崎紡。1年生に妹がいるんだけど知ってる?」


「妹?……結賀崎…………あ、結賀崎彩華の!」


「おっ、知り合いだったか。苗字が同じだと面倒だし、偉大なる紡先輩とでも呼んでくれ。それにしてもどうだい、妹と全然似てないだろ? 特にこのおっぱいとかね」


 そう言われて彼女の胸に視線がいく。白衣から覗いている2つの丘は、制服を着ていてもそれを破らんと自己主張をしているかなりなモノをお持ちだった。妹のはどうだったかと思い返せば、慎ましやかで強調することのない控え目なモノを携えていたと記憶している。


「た、たしかに………」


「ははっ! 正直な人だね。その発言は後で妹に報告しておくよ」


「前言撤回です、失言でした! やめてください!」


 僕の発言が彼女の元に届いた日には、安直な想像を遥かに超える酷い逆襲にあうことだろう。たぶん。きっと。


「それで、ボクに何か用事でもあるのかい?」


「いえ、先輩を見つけたのは偶然でして……」


「ほう」


 紡先輩に閉じ込められた旨を説明すると、口を大きく開いて大笑いされた。


「うっひゃひゃひゃ! うっそ! こんなところに閉じ込められる人なんているんだ! うーん、お馬鹿!」


「先輩も閉じ込められているんですけど」


「ひゃひゃひゃー、あー、あーっと…………そうだった」


 



<あとがき>


 おはこんハロチャオ〜!

 最近執筆ペースが落ちてるなぁ

 もしかして、ボクの目玉がエレキネットされたかなぁ

 どうしてなんだぁ〜????

 


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