第113話 エピローグ

 第二王女ソフィ主導によって共同開発された世界初の魔導飛行船。

 高密度魔力結晶体フィリアルディーバを動力源とした技術が組み込まれた画期的な空を往く船に乗船していたのは、設計・開発を担当したソフィと――――ノエル、マリエッタ、リアトリスといったイヴェルペ王国の者たちだ。


「わぁ~……! ノエルも見なよ! すっごい景色だよ!」


「あ、あぁ……見た。見ている。というより、オルケストラから帰ってくる際にも見ただろう……」


「あの時は疲れとか色々あって楽しめる余裕なかったし!」


「オレはその時に楽しんだ…………楽しんだ。だから、リアトリスだけで……」


「こういうのは婚約者で一緒に楽しむものでしょ? せっかくソフィ様のご厚意で、イヴェルペ王国まで魔導飛行船で送ってもらえてるのに」


「ふふふ。リアトリス様。その辺りにした方がよろしいかと」


 外の景色を見ようとしないノエルにやきもきしているリアトリスに、マリエッタは悪戯っ子のような笑みを零す。


「お兄様は高いところが苦手なんですから」


「おい、マリエッタ……!」


「そうなの!? えー、知らなかった! じゃあ、オルケストラに乗り込む時は……」


「あの時は、それこそ目の前の戦いに集中して景色を楽しむ余裕はありませんでしたからね。あとは愛の力でしょう」


「えへへ……そっかぁ……愛かぁ……」


「マリエッタ。あまり勝手なことばかりいうな……!」


「おやおや。お兄様は婚約者への愛はないと?」


「あの時はあんなにも情熱的に愛を囁いてくれたのに~」


「愛しているに決まっているだろう!」


「「………………………………」」


 ノエルの真っすぐな言葉にリアトリスは頬を赤くしながら黙り込み、マリエッタは「これは黙っていた方が面白そうですわね」と見守りモードだ。


「ただ高所からの眺めは少し待ってくれ! 正直まだ怖い!」


「お兄様のヘタレ」


「…………うん。でも、助かったかも。あれ以上迫られると心臓に悪かったし」


 それぞれが一息をついた三人のもとに、ソフィが姿を見せる。


「……三人とも、飛行船はどう?」


「とても素晴らしい乗り心地ですわ、ソフィ様」


「うんっ! もっともっと乗っていたいぐらい!」


「……………………そう……だな…………」


「……よかった」


 約一名なんとか言葉を絞り出している者がいたが、王族たちの好感触にソフィは安堵する。


「それにしても……相変わらず凄まじい技術力ですわね」


「オルケストラの技術を解析したといっても、まだ夜の魔女との戦いから一ヶ月程度だ。たったこれだけの期間で、飛行船の完成度をここまで高めるとは」


「……マキナちゃんも手伝ってくれたから」


「でも本当によかったんですか? あたしたちを送るためだけに動かすなんて。この魔導飛行船、各国から乗船の申し込みが殺到しているって聞いてますけど」


 魔導飛行船への乗船の権利は、今や各国の貴族たちが喉から手が出るほど欲しがっているプラチナチケットだ。ノエルたちを送っていくためだけに動かすのは、『フィリアルディーバ』の消費量を考えてもあまり効率的とはいえない。


「……イヴェルペ王国の王族たちに貸しを作れる。それを考えれば、悪くない」


「それは……どういう?」


「……わたし、王様になるって決めたから。手札はできるだけ揃えておきたい」


 いつもと変わらぬ無表情のまま、淡々と爆弾発言をするソフィに、三人は面食らって固まった。


「失礼かもしれませんが、ソフィ様はそういった王位継承権についてはあまり興味がないものかと思っていましたわ」


「……前まではそうだった。わたしは今まで自分がよければそれでよかった。にぃにがよければそれでよかった。でも、あのオルケストラでの戦いの時…………怖かったの。王宮が落下するって分かって、止めるための手段が思い浮かばなくて……たくさんの人が死んじゃうって思うと……怖くて怖くてたまらなかった」


 ソフィは今でもたまに見ている。自分が成す術もなく時間だけが経ち、オルケストラが王都に落下していく悪夢を。


「……あの時になってようやく気付けたの。わたしはこの国のことも家族のことも好きだって。失うことが怖いって。今のわたしには力が足りないって。だから、わたしは王様になるの。みんなを守って、幸せにできるような王様に」


「……アルフレッドと争うことになってもか?」


「……にぃにが敵でも、わたしの思いは変わらない。わたしが王様になって、にぃにも守ってあげたいから」


     ☆


「おぉぉおおおおおおおおおおおおッ!」


「はぁぁああああああああああああっ!」


 訓練場に二人の男の声が轟く。火花を散らす拳と剣。

 無数の火花が散り終えた頃。王子の拳は刃を弾き、がら空きになった頭部へと吸い込まれ……僅か手前でピタリと止まる。


「……お見事です」


「はっはっはっ! お前も中々のものだったぞ!」


 一人は第二王子ロベルト。そしてもう一人は――――


「腕を上げたな! ナナト!」


 ロベルトによってナナトと名付けられた金髪の人造人間ホムンクルス


「ありがとうございます。ロベルト様に鍛錬をつけていただいたおかげです」


「鍛錬も結構ですが、仕事の方もお忘れなく」


 鍛錬を終えた二人のもとにやってきたのは、呆れ顔のクリフォードだ。


「今頃ソフィ様たちは、魔導飛行船で国境を越えたあたりでしょうかね。……恐らく狙いは、イヴェルペ王国の王族と『彫金師』との親交。やはり王位継承争いを視野に入れた……」


「はっはっはっ! いいじゃないか! 神童たるソフィが更にやる気を出せば、より多くの民が救われていくだろうからな!」


「いいわけはないでしょう。単純な実績だけでいえばソフィ様は十二分過ぎるほどの脅威となります」


「それを真っ向からねじ伏せてこその王というものだろう! いや、それがオレの目指す王の在り方というものだ!」


「アナタが王位を狙う気になったことは、私としても嬉しいことですが……少しは立ち回りというものを気にしてほしいものですね」


「はっはっはっ! 大丈夫だ! オレにはお前がいるからな、クリフォード!」


「…………まったく。そう言えば何でもかんでも許すと思わないでください」


     ☆


「ねぇ。今、ロベルトのバカでかい声が聞こえなかった?」


 第一王女ルーチェは牢の中に繋がれている女へと声をかける。

 そして女――――重罪人用の『魔力封じ』の首輪をつけられたロレッタ・ガーランドは乾いた笑いを漏らす。


「………………幻聴だろ。ここをどこだと思っている? 重罪人を収監する『深獄の間』。オルケストラの技術を用いて王宮の地下に新たに造られた、声はおろか光すら届かぬ深淵だ」


 夜の魔女との決戦の後。ネネルやリアトリスを除くかつての『六情の子供』――――ルシルとロレッタから、魔女の力が喪失することはなかった。

 それを封じ込めておくための手段としてオルケストラの技術を用いたこの『深獄の間』を作り上げた。場所が王宮の地下になったのは、設計通りの出力を発揮するため強い地脈の力が必要だったことと、万が一に備え、唯一の対抗手段である『第五属性』の魔力を持つ王族たちがいつでも押さえつけられるようにするためだ。


「そもそも……どういうつもりだ? なぜこうも頻繁にこんな場所を訪れる」


「あんたのことを諦めてないから」


「…………諦めればいいものを」


「あたしは王様になる女よ。友達の一人すら諦めてたら、この先大勢の人を救えやしないわ」


「…………愚かだな」


「唯一無二と言いなさい」


「…………君らしい」


「…………ねぇ、ロレッタ。あんたは大きな罪を犯した。償い切れる罪じゃないのかもしれない。一生、死ぬまで恨まれて責められる。許されることも無いのかもしれない。けどね。それが償うってことだと思うの」


「何が言いたいんだ」


「あんたが覚悟を決めて、自分の罪と向き合う日を……あんたがもう一度、歩き出す日を。あたしはいつまでも待ってる、ってこと」


「………………………………」


 まだロレッタの中にある様々な感情が整理しきれているわけではない。

 しかし、それでも――――少しずつ近づいている。以前のような友達には戻れないけれど、以前とは違う友達にはなれる。ルーチェには、そんな予感が確かにあった。


(さて、と……あっちの面会は、どうなってるのかしら)


     ☆


 ロレッタが収監されている階層から、更に下の階層。『深獄の間』の最深部。


「調子はどうだ? ルシル」


「いいように見えますか?」


 牢の中にあるベッドに腰かけながら、ルシルはレオルに向けて皮肉気な声を漏らす。

 その首にはロレッタと同じく重罪人用の『魔力封じ』の首輪。更に手足には、首輪と同じ効果を持つ手枷と足枷がつけられている。


「息苦しい上に動きづらいことこの上ないですよ。……皮肉ですね。シャルロットさんを嵌めて首輪をつけさせたわたしが、こうして首輪をつけることになるなんて」


「元気そうで何よりだ」


「……人の話、聞いてました?」


「聞いていたとも。そうやって不満を漏らしているということは、オレに甘えてくれているのだろう?」


「……フン。アナタも暇ですね。毎日こんなところに足を運ぶなんて」


「デートだと思えば楽しいさ。本来なら、見晴らしの良い場所に連れて行きたいのだが……こればかりは仕方がないな。いつかの楽しみにとっておこう」


「くだらない。わたしは一生ここから出ることは叶わないんですよ。……ま、それも当然ですけどね」


「それを当然と言えるようになったのだから、君も変わったな」


「…………」


 以前のルシルなら考えられなかった言葉。それは紛れもない、ルシルの変化だ。


「お母様との戦いでの功績が認められたのでしょう? こんな悪魔女のことなんか放っておいて、さっさと王様にでもなったらどうですか」


「…………そうだな。それも悪くはないかもしれん。オレが王になれば、君をここから出してあげられる」


「バカじゃないですか?」


「なにせオレはワガママで愚かな第一王子だからな。惚れた女のためなら、いくらでもバカになれるとも。とはいえ、今は王位継承争いも熾烈なものになるだろうがな」


 レオルは吹っ切れたように言い、牢の中にいるルシルと真っすぐに向き合った。


「オレは君を諦めない。もう以前のようには逃げられんぞ」


「……………………」


 しばし沈黙が流れた後、ルシルは根負けしたように、かつてのような少女としての笑みを零した。


「……………………変わったね。レオルくんも」


     ☆


「ほれ、調整完了だ」


 王家の専用工房。エリーヌから調整を終えたばかりの魔指輪リングを受け取ったネネルは、それを大切そうに両手で包み込んだ。


「ありがと、エリーヌ。お父さんの魔指輪リングを調整してくれて」


「気にするこたぁないよ。あんたとの親父とのよしみだ……で、あんたの調子はどうだい」


「魔法の練習は順調だよ。それより大変なのは勉強の方かなぁ……頭がパンクしそう」


「せいぜい頑張りな。来年からは学園に通うんだろう? 自分の夢を叶えるために」


「……うん」


 手の中にある魔指輪リングを握りしめる。

 ガーランド領の『彫金師』だった父が、ネネルのために造り、遺してくれていた魔指輪リングを。


「お父さんが作ってくれた魔指輪リングで、たくさんの人を助ける。それがあたしの夢だもんね。もっともっと頑張らないと。……エリーヌやアルフレッドたちが協力してくれてるんだし」


「せいぜいあのクソガキ王子を利用してやりな。あんたの面倒見るって決めたのはあいつなんだからね」


「言われなくてもそのつもり。……あれ。そういえば、今日はまだアルフレッドを見てない気がする」


「ああ、あのクソガキ王子なら――――」


     ☆


「へい、アル様。お届け物でーす」


 と、いつものような軽い調子で部屋に入ってきたマキナが厚い書類の束を俺の机の上に置いた。


「こっちは『影』を中心とした調査隊によって作成された『オルケストラ』の資料です。技術関係はソフィ様を中心とした魔導研究所のチームと人造人間ホムンクルスたちで解析を進めてますが、全体でまだ三割ってとこですかね」


「お前に王女としての権限が戻ってる割に解析が進んでねぇのは、あの時の負荷が原因か」


「ですねー。ルシルが結構強引に使ってたのと、最後の瘴気がトドメでした。飛行魔法を維持するための術式は厳重に守られてたので無事なんですが、研究情報を保存している情報管理術式の方には不具合が出ちゃって……人力で地道に解析していくしかなさそうです。まぁ、そっちはわたしとソフィ様で進めておきますよ」


「……分かった。報告ご苦労。で、一つ質問いいか」


「ほいほい。なんでも答えちゃいますよー」


「……なんでお前、まだメイド服着てんだ。王女の服装じゃないだろ」


 夜の魔女との決戦の後。始まった事後処理の中で最も大きな問題がオルケストラをどうするか、といった点だった。あの機械仕掛けの王宮は、いわばかつての超魔導技術の宝庫。更には製造された多くの人造人間ホムンクルスたちも保管されており、放置しておくわけにもいかなかった。どうしても管理する人間が必要で、その役目をマキナが担うことになった。


 王女としての権限によって、マキナはオルケストラの全ての情報にアクセスでき、機構やシステムも扱える。ソフィを含めたとしても、管理者としてマキナ以上の適任はいない。裏切りの件もあるので、その贖いとしてオルケストラの管理をすることに落ち着いたのだ。


 そして最終的にはオルケストラを一つの国とし、その王女にマキナを据えて、レイユエール王国との同盟を結ぶことになった。つまり今のマキナは名実ともにオルケストラの王女である。メイド服を着るような身分ではないはずだ。


「そりゃ勿論、この服装が一番落ち着くからですね。マキナちゃんは王女様になっても、心はアル様のメイドですから。あ、何なら今から身も心もアル様のものにしちゃってオーケーです!」


「そっ……そもそもっ、書類を運ぶなら部下に任せとけよ。なんで王女自ら雑用みたいなことしてるんだ」


「そんなの決まってるじゃないですか」


 マキナは俺の耳元に口を近づけ、甘い言の葉を囁く。


「愛しのアル様に少しでも逢いたいからです」


「…………お前、結構吹っ切れたよな」


「そりゃあもう。色々あってどこかの誰かさんのおかげで諦めないことにしましたから」


 勝手に吹っ切りやがって。こっちはまだ色々と複雑な感情を抱いてるというのに。


「ホントは王女やりながらメイドでもいたかったですよ。あなたのお傍にいたかったです。正直毎日がめっちゃくちゃ辛いです……国王陛下はその辺も含めての罰として、わたしに王女としてオルケストラの管理をするように命じたんでしょうね」


「…………マキナ」


「あ、メイドは引退しちゃいましたけど、アル様の側室ポジは諦めませんのでそのつもりで!」


「逞しくて何よりだよちくしょう」


 こいつの気持ちを知った俺はどう接していいか未だにちょっと迷うというのにこいつときたら……。


「大丈夫ですよ。ちゃーんと正妻はたてますから。マリエッタ王女ともその辺は話をつけてありますので」


「おい待てお前今サラッととんでもないこと言わなかったか」


「そんなことよりアル様。そろそろシャル様との待ち合わせのお時間では?」


「うわっ、マジだ! ……って、なんでお前それを知ってんだよ」


「シャル様に教えてもらいました」


「シャルに!?」


 どういうことだ。確かにシャルとマキナはここ最近は特に仲が良くなった気はしていたけれど、そんなことまで教え合う仲になっていたとは。


「ほらほら、早く行ってくださいな。わたしもすぐオルケストラに戻りますので。あ、今度わたしともデートしてくださーい。オルケストラ王女としての正式ルートでお手紙送りますので」


「……お前、俺より権力の使い方が上手くね?」


     ☆


 クローディア教会。

 かつて夜の魔女と戦ったとされる偉大なる聖女クローディアを讃えて造られた教会。天を衝かんばかりに聳え立つ鐘楼。その頂上には先客がいた。太陽のように眩い黄金の輝きを放つ、長い髪を風で揺らしながら。


「悪い、シャル。待たせたか?」


「いいえ。私も今、着いたばかりですから」


 シャルと肩を並べ、鐘楼から街を一望する。一時期は混乱に包まれていた王都だが、今ではその混乱から立ち直り、以前よりも力強い活気に満ち溢れている。


「どうだった? 貴族令嬢たちとのお茶会の方は」


「収穫がありましたよ。予想はしていましたが、やはり今はロベルト様が最も支持を集めていますね。ですがルーチェ様は女性たちの支持を水面下で高めているそうです。ソフィ様は若い世代から支持を集めていますが、古くからの貴族派閥からはあまり良く思われていないようですね」


「言い換えると、新しい技術に馴染めてない層ってことか。けど、その辺のやつらが技術を受け入れ始めたら一気に巻き返してくるかもな」


「ですね。それと、アルくんですが…………」


 俺のことになった途端、シャルは俯きがちになって黙り込んだ。


「黒髪黒眼の王子は支持率サイアクだって?」


「…………違います」


 違う? どういうことだろう。

 首を捻っていると、シャルは少しだけ頬を膨らませながら……。


「皆さんアルくんに興味があるみたいです。カッコイイかもとか、会わせてほしいとか、そういうことを貴族令嬢らしい迂遠な言い回しで言ってきました」


「…………もしかして、嫉妬してる?」


「してますよ。アルくんは私の婚約者なんですから」


「お、おぉ…………」


 こうまできっぱりと言われると逆にこっちが照れてしまいそうになるな。


「アルくんがみんなに良く見られるようになってきたのは嬉しいですけど、ちょっと都合が良いとは思います。……マキナさんやマリエッタ王女ならともかく」


「なんでそこでその二人が出てくるんだよ」


「お二人とは話を済ませてますから」


 何の話かは分からないが、当事者おれ抜きに話を進めないで欲しい。

 その場に呼ばれても困るんだけど。


「ま、いいんです。そのことは」


 よくない……って言ったら藪から蛇が出てきそうだから黙っておこう。


「……一応、探ってみた感じでは貴族令嬢たち以外にも、アルくんのことを支持、あるいは評価しはじめている貴族たちもちらほらと出てきているようです。やはり『夜の魔女』を討ち取ったという実績はかなり大きいですね」


「俺一人の力じゃないからちょっと複雑だけどな」


「あの場にいた人たちは皆が評価されてますよ。ノエル王子やマリエッタ王女も、国に戻ればその実績が評価されることは確実でしょう。レオル様だって今回の一件は大きく評価されてます。それに……」


 シャルは悪戯っ子のような微笑みを浮かべた。


「実情はどうあれ実績は実績。上手く使っていけばいいんです」


 ある意味で以前までのシャルらしくないその言葉に、俺は思わず呆気にとられてしまった。


「……シャルも変わったよな」


「おかげさまで。それに、アルくんだって十分に変わったと思いますよ。良い意味で」


 思わず二人で笑い合っていると、その間を涼やかな風が吹き抜けた。


「……あの時、アルくんが私の夢を拾ってくれたおかげで、ここまでこれました」


 その言葉で脳裏に浮かび上がったのは一冊の絵本。それを抱えた一人の小さな女の子の姿。


「あの時に諦めてたら、きっと今の私はここにはいません。どこかで現実と折り合いをつけて、今もどこかで俯いていたと思います。あなたがいたから、私の運命は変わったんです」


「そりゃこっちのセリフだよ。シャルがいたから、俺は諦めることをやめられた。自分の運命を変えられたんだ」


 きっと、どちらかが欠けていたらダメだった。二人揃っていたから変われた。


「「――――ありがとう」」


 最愛の人への感謝の言葉が重なって。俺はシャルに向けて手を差し出した。


「……たぶん。これからもっと大変なことも辛いこともあると思う。何度も絶望するんだと思う。それでも――――俺はその度に立ち上がるよ。諦めず最後まで。だから……一緒に、歩いてくれるか?」


「勿論。喜んで」


 差し出した手は重なって、指が絡まり握り合う。


「歩き続けましょう。私たちの綺麗事ゆめを叶えるために」


――――――――――――――――――――――――――――

「悪役王子の英雄譚」完結です!

力不足な面も多々ありましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました!


書籍版第3巻は五月発売予定となります。


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悪役王子の英雄譚 ~影に徹してきた第三王子、婚約破棄された公爵令嬢を引き取ったので本気を出してみた~ 左リュウ @left_ryu

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