第111話 最後の一撃

 皆が切り開き、繋いでくれた道の先。そこにいた夜の魔女は、その姿を変質させていた。

 容姿はシャルに瓜二つのまま。しかしその身に纏っているものは、レオ兄の『レグルス』を彷彿とさせる漆黒の鎧と大剣。


「奴め……ルシルの力を……!」


 恐らくはレオ兄と戦ったルシルが使っていた『混沌指輪カオスリング』の力か。


「ようやく馴染んでくれたよ。我が娘の力がな」


「ルシルを返せ! 魔女風情が!」


「レオ兄!」


 激昂と共にレオ兄が加速し、俺もそれに合わせるようにして仕掛けるが――――俺たちの振るった刃は空を切り、魔女の身体が霞となって消え失せた。


「…………っ! ちぃっ!」


 背後に現れた魔女からの一撃。

 いち早く反応したのはレオ兄。そして俺はレオ兄に合わせることで何とか反応し、振るわれた大剣を二人で防御する。


「ルシルより速いだろう?」


「よくも……!」


「レオ兄、落ち着け!」


 ルシルを取り込んだというだけのことはある。あの人を翻弄するような技は、確かにあいつのものだ。


「シャル様、今度はわたしたちで!」


「仕掛けましょう!」


 次いで飛び掛かったのはシャルとマキナの二人だ。魔女を左右から追い込む形で仕掛け、更にシャルが先手をとった。発した力は『絶望』。魔女が纏う霊装衣を『停止』し、『喪失』させるつもりなのだろう。


「愚かだな」


「『絶望』の魔法が効かない……!?」


 魔女は確かにシャルが放った『絶望』の影を浴びた。しかし、魔女の力が失われる気配はない。


「ルシルを取り込んだとはいえ、私から力が消え失せたわけではない。全身に『絶望』の力を纏えばお前の力も相殺できる。シャルロット。『絶望』の力を無効化できるのはお前だけではないということだ。そして……」


 魔女が持つ大剣に獣が如く魔力が迸る。その技は、見覚えのあるもの。

 レオ兄の『レグルス』と似た力をルシルが持っていたということは、当然……!


「シャル、マキナ! 避けろ!」


「私はルシルの力も行使できるようになった。こんな風にな――――『黒獅子の咆哮カオスロア』」


「「――――――――っっ!?」」


 シャルとマキナの攻撃が届くよりも先に、獅子の咆哮が如き斬撃が二人を襲った。咄嗟にマキナが防壁を展開し、シャルが自分とマキナの全身に『希望』の力を付与していたのがかろうじて見えたものの、漆黒の奔流に飲み込まれて二人は床に叩きつけられた。


「あぁ……ルシル。素晴らしい。お前が勇者として積んだ経験はまさに百戦錬磨。過酷なる戦いの最中で磨き上げた技や体術が、私を救ってくれる」


 魔女一人に対して、こちらは四人。にもかかわらず押されている。

 ルシルを取り込んだことで、あいつの動きが完璧にコピーされたと見ていいだろう。事実、魔女の身体捌きがさっきまでとは別物だ。


「…………シャル。マキナ。お前らは援護にまわってくれ」


「アルくん……?」


「アル様……一体、何を……?」


 どうやら隣で立ち上がった人物も、同じ考えに至ったらしい。


「レオ兄。行けるか」


「当然だ。後れを取るなよ」


 レオ兄と共に、肩を並べて目の前の魔女へと集中する。

 魔女の魔法がルシルのものを取り込んでいるとすれば。それがレオ兄のものと同じだとすれば。今の魔女に対抗するにはパワーとスピードが必要だ。そして俺とレオ兄は、そのどちらも強化する魔法を持っている。


「『昇華リミテイジング』!」


「『獅子の心臓レグルスハート』!」


 魔法が全身を包み込むと同時、俺とレオ兄は同時に仕掛けた。


「『黒獅子の心臓カオスハート』」


 やはりか。分かっていた。こいつが『獅子の心臓レグルスハート』に相当する強化魔法を有していたことは。だからこそ、俺たちから先にカードを切った。あいつに主導権を握らせないために。


「強化すれば私の動きを上回れると思ったか? 愚かにしても度が過ぎる!」


 極限まで高められた脚力による高速戦闘。三つの輝きが複雑な奇跡を描き、激突を繰り返しながら周囲の空間の至る場所で火花を生み出す。やがて幾つもの激突の末が、結果となって床に叩きつけられた。


「がはっ……!?」


 受け身すらも取れず床を転がっていくのは、夜の魔女。俺とレオ兄は傷一つなく健在している。


「なぜ……なぜだ、貴様らは……なぜ、私の動きを…………!」


「ルシルを取り込んだのが仇になったな」


「どういう、意味だァッ!」


 再度、激突。繰り広げられる刃の応酬。だが魔女の攻撃は一度として当たらず、いかに瘴気を用いた体術で霞の如く姿を消そうとも――――俺たちは二人。現れた瞬間、もう片方が対処する。


「当たらぬ……! なぜだ! なぜ!」


「俺がルシルと何回戦ってると思ってやがる。何よりレオ兄も、さっきルシルと戦ったばかりだ。あいつの動きは掴んでる」


「確かに貴様はルシルが持つ勇者としての経験と技を得たのだろう。……だが、使い方があまりにもお粗末だな。これならルシル本人の方がよほど手強かったぞ」


「ルシルの強みってのはあの性格の悪さだ。相手の心と向き合い、嫌なところを的確についてくる。あいつは自分の経験と技を、そういう使い方をしてくる」


「夜の魔女。先ほどから我が物顔で行使しているお前の経験と技には――――心というものが足りていない」


「…………!」


 逆にシャルとマキナが魔女に敗れたのは、ルシルとの戦闘経験が不足していたからだ。……シャルの場合は、何回かルシルと戦ってはいただろうが、単純にそれを活かせるだけの技術が現時点では足りていないだけのこと。


「アルフレッド。オレの魔法を使え!」


「ああ、使わせてもらう!」


 レオ兄が持つ半ばから折れた大剣に迸る咆哮が如き魔力を、『予告する右剣セルニーヌ』と『頂戴する左剣ペレンナ』で二度斬る。これによって発動するのは、魔法の簒奪。


「『怪盗乱麻』――――!」


 託された魔法を届かせるべく、決意と共に駆ける。進む。


「アレを……喰らうわけには……躱して…………ぐっ!?」


 無数に放たれる魔力の弾丸が魔女を襲う。正体はマキナが操る機構の銃撃『機械仕掛けの女神コード・デウス・エクス・マキナ』による援護射撃。


「アル様、進んでください! あいつはわたしが押し留めます!」


「ふざ……けるな! こんな攻撃、すぐに『絶望』させて……!」


「あなたが『絶望』を与えるなら、私が『希望』を示します!」


 魔女が『絶望』の影を発してマキナの銃撃を『停止』させようとした瞬間、シャルの『希望』がマキナの魔力に新たな力を与えて『再起』させる。


「なら、ば……! その『希望』ごと薙ぎ払うまでだッ!」


 迸る膨大な漆黒の魔力。魔女は銃撃の最中、闇の輝きを纏いし大剣を振り切った。


「『黒獅子の咆哮カオスロア』ァァァァァァッ!」


 希望の力を纏った銃撃をも飲み込む、魔力の暴力。

 目の前に迫る漆黒の一閃に躊躇なく体ごとぶつかってきたのは――――レオ兄。


「おぉぉおおおおおおおおおおッ!」


 いかに『獅子の心臓レグルスハート』で強化されているとはいえ、あの一撃を正面から受け止めるのは誰もが無茶だと言うだろう。だけど俺は歩みを止めない。緩めることはない。ただ、目の前の背中が道を切り開いてくれることだけを信じて疾駆する。


 だって今、俺の目の前にいるのは――――


「オレの弟の……邪魔をするなぁああああああああああああああ!」


 ――――世界一カッコイイ、俺の兄貴だから。


「バカな……! 強引に軌道を変えただと……!?」


 道は開かれた。俺の足は一瞬たりとも止まっていない。瞬きすら許されぬ刹那の瞬間――――この一撃は届かない、と。俺の勘が告げた。


 魔女が強引に放った『黒獅子の咆哮カオスロア』によって、マキナの弾幕がほんの一瞬だが途絶えた。そしてその一瞬を利用して、魔女の身体は弾幕の領域から抜け出し、既に二度目の『黒獅子の咆哮カオスロア』を放つ体制に入っていた。人体の構造では考えられぬほどの可動速度。


「私の勝ちだ! アルフレッド!」


 ここで俺の方も攻撃を放つか。いや。恐らく、相手の方が速い。

 何よりこの場にいる全員、既に魔力の消耗が激しい。恐らくこれが最後のチャンス。


黒獅子カオス――――……っ!」


 瞬間。魔女の全身が硬直する。何らかの意志が、その身体に干渉しているかのように。


「ルシル……! ルシルかッ!? 貴様! なぜこの母に逆らう! 愛情をくれてやっただろうが!」


 魔女の叫びが何を意味しているのか。俺は考えることしかできない。

 それでも。あれだけ憎々しいと思っていた、あの悪魔のような女が頭の中を過ぎった。


「…………ありがとよ」


 ――――別に。ただの反抗期ですよ。


 声の主の顔は分からない。どこから聞こえてきた声なのかも。

 それでも俺は感謝を胸の中で告げて。みんなで繋いだ刃を――――振るう。


「『昇華リミテイジング獅子の咆哮レグルスロア』!」


 希望の力を纏いし獅子が咆える。

 王道邪道入り混じる一閃が、魔女の身体を打ち砕いた。


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