第88話 機械仕掛けの女神

 瘴気が溢れ、無数の『ラグメント』が暗闇から姿を現出させる。


「雑魚は任せて」


 先陣を切ったのはソフィだった。


「『烈風魔法球シュート』。『烈風魔法矢アロー』。『烈風魔法斬クレセント』。『烈風魔法槍スパイラル』」


 放たれる無数の攻撃系魔法が嵐のように吹き荒び、次々と『ラグメント』を蹂躙していく。

 瘴気より這い出し軍勢はその出鼻を挫かれ、勢いを削がれた。


「はっはっはっ! 相も変わらず器用だな、ソフィ!」


「暑苦しいから近寄らないで」


 ロベ兄じゃないが、相変わらずソフィは器用だな。

 両手の魔法を同時に発動させ、制御も完璧。ソフィの天才性が為せる技といえよう。


「多人数を相手にするのは得意。だから、にぃにたちは大物に集中して」


「ありがたい!」


 次に飛び出したのはノエルだ。その標的は言うまでもなく、兜の少女だ。


「アルフレッド様。わたくしは兄の支援に参ります」


 そんな兄に続いたのはマリエッタ王女。


「ふむ。で、あるなら。オレが相手にすべきは……」


 ロベ兄が視線を向けたのは、勝機の最中に花の如く佇むロレッタ。


「ロレッタ嬢か」


「構いませんよ、私は」


「慈悲は期待するなよ?」


「期待してませんよ。私が期待しているのは――――その自信に満ちた貌が歪むことです」


「その期待には応えられんな」


 歪んだ悪意と堂々たる暴威が激突する。

 ロベ兄の鉄拳とロレッタの剣。二つの力は大地をも振動させるほどの衝撃を生み出し、幾度となく衝突していく。


「『昇華リミテイジング』!」


 そして俺はアルビダをまとい、同時に『昇華リミテイジング』も発動させる。

 ルシルを相手にするとなると出し惜しみはしていられない。

 最初から全力で、最大加速であの悪魔の女へと刃を振るう。ルシルもまた対抗するように瘴気の刃を生み出し、正面から受け止めてみせた。


「ルシル! 今、ここで、今度こそ! お前をぶっ潰す!」


「今ここであなたが戦うのは、わたしじゃあないでしょう?」


「なにを……!」


「言ったじゃないですか。すぐにでも、と」


 ルシルが何かを感じ取ったのだろうか。彼女の歪な笑みに呼応するかのように、周りの瘴気が蠢いた。


「――――『機械仕掛けの銃撃型コード・エクス』」


 金色の閃光が、戦場を奔った。

 俺とルシルの間を狙いすましたかのような細長い魔力光の熱線が大地を撫で、射線上にいた『ラグメント』を焼き払った。


「今のは『第五属性』の……!?」


 シャルが言った通り、今の魔力は『第五属性』によるもの。

 そして、暗闇からその姿を現したのは、左半身に機械仕掛けの鎧と長い砲身の魔導砲を装備している一人の少女だ。


「マキナ……!」


 機械仕掛けの鎧と武装を解除し、上品なドレス姿になろうとも、見間違えるはずがない。


「アル様……」


「無事だったんだな」


 なぜマキナが『第五属性』の一撃を放つことができたのか。

 なぜ俺とルシルの間を牽制するような一撃を放ってきたのか。

 そもそもなぜマキナが俺たちのもとから離れたのか。


「はい。わたしは大丈夫です」


「そうか……そうか。よかった、本当に……」


 それ以外にも色々と、数々と、浮かんだ疑問はあった。だけどそんなことはどうでもよかった。無事だったという事実だけで安堵が全身に満ちる。


「よかったですね、無事に再会できて。わたしも嬉しいです」


「…………っ……ルシル、お前……!」


「あはっ。怖い顔しないでください。むしろわたしは、マキナさんの助けになってたんですから」


「ふざけたこと言ってんじゃ……!」


「アル様」


 マキナは俺の言葉を遮ると、一歩、前に踏み出した。


「ねぇ、見てください。わたし、やっとアル様の隣に立てます」


「マキナ……?」


「やっとアル様に言える。言いたいことがあるんです」


 一歩。また一歩。器の水が少しずつ溢れ出すような足取りで、マキナは俺に近づいてくる。


「どうした、お前……やっぱりルシルに何かされたんじゃ……!」


「好きです」


「…………っ……!?」


 燃え盛る大地。『ラグメント』の咆哮と断末魔。戦闘の音。

 マキナの口から紡がれた言葉はあまりにも場にそぐわないもので、だからこそというべきか、ハッキリと耳に入ってきた。


「アル様のことが好きです。大好きです。愛してます。わたし、ずっとずっと……アル様に、好きって言いたかったんです」


「待て。お前、なに言って……」


「本当です。ルシルに洗脳されてるとか、そういうのじゃないんです。わたしは……アル様のことがずっと前から好きでした。言うつもりはありませんでした。でも、今のわたしは、オルケストラの王女だから」


 瞬間。マキナの全身から輝きが迸る。

 金色の光。紛れもない、『第五属性』の魔力。


「見てください、これ。わたし、人間になれたんです。オルケストラの王女の身体がある。これはもうわたしのもの。わたしは王族だから、アル様の隣に立てます」


「人間に……なれた?」


「マキナさんは、オルケストラの技術によって生み出された人造人間ホムンクルスなんです」


「なっ…………!?」


 ルシルは俺の驚愕すらも、くすくすと嘲笑いながら、マキナの傍に寄り添った。


「つまり、造られた命ということですね。ですが今はもう違います。保存されていた『本物のマキナ・オルケストラ』の遺体に記憶……つまり魂を移植させたんです。今のマキナさんは人造人間ホムンクルスじゃあない。王女の肉体を獲得した、正真正銘の人間です」


 何だ。ルシルは一体、何を言ってるんだ。

 マキナが人造人間ホムンクルス? 王女の遺体に魂を移植した?


「全てはアルフレッドさん。あなたへの愛。それ故にです。素晴らしいじゃないですか」


「ふざけんな……! マキナを元に戻せ!」


「無理ですよ。既にきおくの移植は完了しています。それに……」


「ああ、ずっと言いたかった……」


 ルシルが促す先。そこではマキナの瞳が揺れていた。


「隠してた。言うつもりはなかった。困らせたくなかったから。だってわたしはただの捨て子で、アル様とは釣り合わなくて……でも、でもでもでもっ! 今なら言える! だって今のわたしは――――オルケストラの王女だから!」


 そしてその顔は歓喜に塗れていた。今にも涙を零しそうなほどに。


「『第五属性』の魔力! 王族の身分! これがあれば、アル様の隣に立てますよね? この想いを伝えてもいいですよね?」


 堪えきれないとばかりにマキナは走り、俺の胸に飛び込んだ。

 抱きしめてくる少女の身体は、思っていた以上に華奢で、繊細で。俺の知っているマキナじゃないような、そんな気すらしてしまう。


「わたしはもう、アル様に触れていい。好きって伝えていい! わたしは……わたしはもう、人間だから! ただの紛い物じゃない! 作られただけの存在じゃない! 人間の身体を持っているから!」


 マキナから向けられている感情ものは、愛や恋といった類のもの。

 それは解る。伝わってくる。思いもしてなかった。考えもしてなかった。

 動揺していることは否定できない。だけどそれ以上に、マキナの様子がおかしいことが気がかりだった。


「マキナ! しっかりしろ! おいっ!」


 洗脳されているわけじゃない。そういう類のものじゃないことは解る。

 だけどなんだこれは。


「あーあ。肉体と魂の結合が揺らいでますねー。やっぱりバグっちゃいましたか。いけると思ったんですけど、残念」


 ルシルは肩をすくめていた。心底残念そうに。期待外れだというかのように。


「『マキナ・オルケストラ』とその人造人間ホムンクルス。ほぼ同じ肉体とはいえ、死体は死体。そんなものに魂を移して――――安定するわけがないですよね。魂に負荷がかかって、壊れちゃって当然ですよね。ていうか、そんな方法が使えるなら、死人が出たぐらいでどいつもこいつもしくしく泣き喚きませんし」


「こうなると……分かって、マキナを唆したのか……!」


「酷いこと言わないでくださいよ。ほら、人間がよく描いてる、くっだらない絵本にもあるじゃないですか――――『愛の奇跡』ってやつに賭けてみたんですけど」


「ふざけんな!」


「ふざけてませんよ。わたしは『六情の子供』の中でも『愛』を司る者ですよ? 愛の力を信じてますとも。それにそういう話、みんな好きでしょう? 『愛の奇跡』に賭ける展開。けど……あはっ。ダメでした。いやー、ギャンブルって難しい。『雪国の妖精』さんに習いたいぐらいです」


 殺したい。目の前にいるこの女を、今すぐに八つ裂きにしてやりたい。

 頭の中が埋まる。激情が嵐の如く駆け巡り、殺意と憎悪で塗れて埋まる。ルシルを睨む眼から今にも血潮が噴き出しそうだ。


「『火炎魔法槍スパイラル』ッ!」


 渦巻く魔力の業火が一槍と化し、ルシルを強襲した。その一撃は瘴気で遮られてしまったものの、業火を突き破るようにして剣の一閃を強引に叩き込む人影。


「アルくんはマキナさんを!」


「シャル……!」


「ルシルさんは……私が――――!」


 シャルの全身から『第五属性』の魔力が吹き荒れる。

 消耗を厭わない、超短期決戦を前提とした全力解放。だがシャルの持つけた外れの魔力量で力押しにした方が、下手に小細工をするよりも効果的だろう。『第五属性』の暴力とも呼ぶべき力の猛威に、さしものルシルも圧されている。


(マキナをなんとかするなら今しかない……! だが、どうする?)


 ルシルの言葉が真実であるならば、マキナを救う方法は恐らく一つしかない。


「にぃに!」


 周りの『ラグメント』を蹴散らしながら、ソフィが合流してきた。その表情には焦燥が滲んでいる。


「ソフィ! マキナが……!」


「状況は把握してる。だいたいの話は聞いてたから」


「……お前の意見を聞かせてくれ」


「にぃにの考えてることに賛成。わたしもそれしかないと思う」


「ありがとよ。お前も同じ意見なら、自信が持てる」


 眼の焦点が合わず、感情が落ち着かないマキナの肩を掴み、強引に目を合わせる。

 ……冷たい。こんなにも冷たい身体が、どうしようもなく悲しい。


「マキナ!」


「アル様…………わたし、王女に……アル様の、となりに……」


「マキナ――――その身体を捨てろ!」


「えっ……?」


「心が壊れてしまう前に戻の身体に戻れ! そうすれば、お前は助かるはずだ!」


 今のマキナはきおくを無理やり死体に移植したことで、魂に負荷がかかっている状態。だとすれば、魂を元の身体に戻せばいい。


「……まだ元のマキナちゃんの身体と魔力経路パスが繋がってる。その肉体を放棄すれば、元の身体に帰れる。今なら間に合うよ。だから、早く……」


「いやです」


 ソフィの言葉を遮るように、マキナが口にしたのは拒絶の言葉だった。


「いや、です……いやです。いや。いや。ぜったいに、嫌だ……」


 マキナは自分の身体を抱きしめる。


「わたし……人間になれたんです……王女様になれたんです…………あんな体に戻るなんて、嫌だ……嫌だっ!」


「「…………っ……!?」」


 全身から暴威が如く魔力が溢れ出し俺とソフィの身体が吹き飛ばされる。


「あんな体に戻ったって……人形の身体じゃ……アル様に触れない……愛してもらえない!」


 その叫びは慟哭だった。悲鳴だった。

 秘めた想い。造られた命。きっと、様々な事実と真実がマキナを追い詰めた。


「この身体だけは……手放さない! 絶対に!」


「お前自身が壊れるぞ!」


「それでもいい! わたしはもう、人形に戻りたくない!」


 マキナの嗚咽のような叫びに応えるように、高密度の『第五属性』の魔力が徐々にそのカタチを為していく。


「あれ? なんで? わたし、どうして? アル様に? でも……ああ、嫌だ……嫌だよぉ……もう、あんな体に戻りたくない……だから、だから、だから……!」


 不安定な魔力の揺らぎが、マキナに集約され――――弾けた。


「『機械仕掛けの女神コード・デウス・エクス・マキナ』」


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