第87話 開戦
魔導飛行船。
話し合いの結果、ソフィが自ら設計・開発を手掛けた最新魔導技術の結晶たる船が、空飛ぶ機械仕掛けの王宮へと向かう手段として採用された。
ソフィがサラッと持ってきてはいるが、これは世界を揺るがすほどの大発明である。
元より飛行魔法はかなり高度な魔法ではあるが、それを魔道具に落とし込むことは不可能とさえ言われていた。
大きな壁の一つが、動力源たる魔力である。
通常の魔道具は魔力を消費することで動くが、飛行魔法の魔力消費量は膨大だ。
人が飛ぶだけでも長時間の飛行は難しい。しかもそれが船ほどの巨大なサイズになると更に魔力の消費量は尋常ではないほどに膨れ上がる。
飛行船のサイズだと、たった一分の時間、飛ばすだけでも一ヶ月ほど魔力を溜め込む必要があった。逆に言えば、一ヶ月分の魔力がたった一分で空になるほど燃費が悪い。魔力を貯めこむ魔力貯蔵タンクの改良で容量を増やすなどの研究は進められていたが、それでもチャージにかかる時間は変わらない。
そういった諸々の問題があり、魔導飛行船は現在の技術では不可能とされてきた。
だが、『鋼の神童』ことソフィはその不可能を可能にした。
魔道具の動力源に魔力を使用する。それが常識だ。
人が息をするのと同じぐらい当たり前のこと。心臓が動いているから生きていられるというのと同じぐらい当然のこと。
しかし、ソフィはそういった常識に着目した。
飛行魔法の劣悪な燃費にも耐えられる新たなる動力源を生み出したのだ。
それこそが、高密度魔力結晶体――――『フィリアルディーバ』。
地脈に流れている高密度の魔力を結晶体に加工したもので、単なる魔力の塊ではなく、特殊な加工を施したことで魔力の質を極限まで高めることに成功したという代物らしい。
これによって、通常は一ヶ月チャージして一分しか飛ばせなかった魔導飛行船が、たった数日のチャージで数日単位での飛行が可能となった。
画期的な発明であり、後世に残る偉業であることは間違いない。
しかしソフィ本人はというと――――
「留学中、にぃにに会いに行きたいなーって思ったから、作ってみた」
王都の研究者たちが聞けば卒倒しそうなことを、けろっとした顔で言っていた。
ちなみに、その時たまたま傍にいたネネルが、
「『フィリアルディーバ』ってどういう意味なの?」
「この結晶体を作るのに協力してくれた人と、わたしと、にぃにの名前を入れてみた」
「……協力してくれた人と、ソフィ様はわかるけど……なんでアルフレッドの名前が入ってるの?」
「わたしの将来の旦那様だから……♪」
「……………………」
俺はその時、ネネルとまともに目を合わせることができなかった。
ソフィ……『フィ』リ『アル』ってそういう意味だったのかよ。できれば知りたくなかった。
「じゃあ、『ディーバ』の部分は?」
「結晶体の魔力を消費してる間、歌声みたいな綺麗な音が聴こえてくるから」
「そっちはまともな理由だね……」
そう言ったネネルに、俺は心の中で激しく同意した。
ソフィがこれだけの発明を為して、俺たちは空へと飛びたてる。
しかし、機械仕掛けの王宮はあれから常に空に君臨し続けており、その事実だけでオルケストラの持つ技術が常軌を逸したものであることがうかがえる。
あの得体のしれない超技術を持った機械仕掛けの王宮に対し、ソフィが作り上げた魔導飛行船と『フィリアルディーバ』だけが、俺たちが持つ対抗手段。
つまり、これを失えば俺たちはただ敵の出方を窺うことしかできなくなるとうことであり、それは俺たちの明確な弱点だ。
地脈から高密度の魔力を吸い上げる機材と、急ピッチで行われている飛行船の組み立て作業をしている間、俺たちは現場に張り込んで守りを固めることになった。
敵は第六属性の力を用いてくる以上、防衛として俺たち王族がまわることは必然だ。
「シャル、ここにいたのか」
「アルくん」
防衛のために組んだ野営施設の外で、周りを警戒し続けているシャルを見つけた。
「そろそろ中で休んだらどうだ? 警戒し続けてるともたねぇぞ」
「大丈夫です。体力なら自信がありますから」
「…………」
どうやら休んでくれる気はないらしい婚約者の隣に座り込む。
「アルくん?」
「俺はこっち側を見張るから、シャルはもう半分を頼む」
「…………はい」
周囲は『影』も放っているので俺たちだけで気張る必要はない。勿論、いつどこから襲撃があるのかは分からないので、常に戦える状態でいる必要はあるが。
「…………俺が言えることでもないけどさ。あんまり一人で抱え込むなよ」
「――――っ……どうして急に、そんなこと」
「今のシャルを見てると、なんかそう言いたくなった」
「…………がんばるためのおねだりをしちゃいましたから」
「がんばるのもいいけど、あんまりがんばりすぎるなよ。俺がシャルに追いつけなくなっちゃうだろ」
「えっ……?」
意外そうな顔をして、シャルは俺の顔を見つめる。
「シャルの諦めない強さに俺はずっと憧れてた。その強さが、間違った道を進み続けていた俺を引っ張り出してくれた。俺はいつか、シャルに並べるぐらい強くなりたいって思ってるよ」
影から光へ。舞台裏から表舞台へ。
踏み出すための勇気をくれたのは他でもないシャルであり、その眩しい強さは今でも憧れだ。
「諦めない強さ……」
「だからさ――――」
その先の言葉を紡ぐことはできなかった。
「――――……!」
魂の芯から凍えそうになる冷たい気配。周囲に漂う瘴気の霧。
「きたか」
俺たちが陣取っているこの場所の、真正面から瘴気が押し寄せてくる。
闇の奥底からは『ラグメント』の群れとも呼ぶべき塊が進軍しており、その中心より歩みを進めてくる人影が三つ。
一つは兜の少女。
一つはロレッタ。
そして最後の一つは――――
「ルシル……!」
「ご機嫌よう、皆さん。お元気そうで何よりです」
「真正面から来るとは余裕だな。舐めてんのか?」
「まさか。むしろ評価しているからこそ、こうして戦力を惜しげもなくつぎ込んでいるんですよ」
オルケストラは今も尚、空に君臨している。それでもルシルたちは、こうしてわざわざ地上から侵攻してきた。
それが意味するところは、少なくともあの機械仕掛けの王宮には空から地上を一方的に攻撃できる兵器が備わっていない。もしくは、まだ使用することができないということだ。
「しかし驚きましたよ。空に手が届くだけの力が、この時代にあるなんて。それに危なくもありました。『オルケストラ』の機能を使って地上を調査していなければ、もう少しでその設備を見逃すところでしたから。まぁ……こんなところに戦力を集約させていれば、何かあると言っているようなものですが」
「お前らに見つかることは承知の上だ」
地脈から魔力を吸い上げるという行為は当然、気配的には大きく目立つ。
だからこそ、最初から見つかる前提で、攻められる前提で護りを固めている。
「『ウンディーネ』!」
その時、氷結の一撃が閃光のように奔った。凍てつく魔力が届くよりも先に、兜の少女が刃を以てソレを切り裂き、ルシルを護る。
「乗り込む手間が省けた」
「同感だ」
気配を察知してきてくれたであろうノエル。それに続くようにして、待機していたロベ兄やソフィ、そしてマリエッタ王女が駆けつけてきた。
「久しいな、ロレッタ嬢。敵になったというのは真だったか」
「お久しぶりですロベルト様。正直、私としては敵になったつもりはないんですけどね。私は私の喜びの為に生きているだけですから」
「はっはっはっ! そうか、喜びか! うむ。何を喜びとするかは人によって違うからな! そもそも、オレは難しいことはよく分からん! 分からんが――――」
ロベ兄の鋭い眼光が、静かにロレッタを捉える。
「貴様は無関係な民を、そしてオレの家族を傷つけた。戦う理由などそれだけで十分だろう」
臨戦態勢に入ったロベ兄から迸る魔力が肌にビリビリと突き刺さる。
こと膂力、純粋なパワーだけならば俺たち家族の中ではトップクラスだ。
「……あれが、ルシル。にぃにの敵」
「『鋼の神童』。それに『雪国の妖精』たるマリエッタ王女まで。……ふふっ。よかったですね、アルフレッドさん。今回は随分と戦力が揃っているじゃないですか」
「そういうことだ。前までのようにはいかねぇぞ」
「かもですね」
それでもルシルの余裕は崩れない。
何か策があるのか。……あるんだろうな。あの悪魔女のことだ。どんな企みを引っ提げてきているのかも分からない。
「マキナはどうした」
「気になりますか?」
「当たり前だろ。俺の部下だ」
「部下、ですか……ふふっ。可哀そうに」
「可哀そう?」
なんだ。何を言っている?
「いえ。こちらの話ですよ。……ええ、もちろん。マキナさんも来ていますよ」
「……っ! どこに……!」
「ご安心を。会えますよ。きっと、すぐにでもね」
それよりも、と。ルシルは全身から瘴気を迸らせる。
「はじめましょうよ。わたしたちとアナタたち。魔女と王族。家族と家族の滅ぼし合いを」
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