第34話 レオル・バーグ・レイユエール
今でも覚えてる。
「見ろ。第一王子のレオル様だ」
頭の中にこびり付いている。
「陛下もさぞ鼻が高いことだろう……王家から神童が生まれてきたのだからな」
忘れるはずがない。
「なんと素晴らしい。我らが王国の未来も安泰だ。生まれてきてくれたことに感謝しなければ」
物心ついた時から、称賛と尊敬は常に向けられていた。
レイユエール王国の第一王子。生まれた時から王となることを定められた者。
王としての在り方を期待された存在。
生まれた時点で、オレの役割は決まっていた。
抗うことなど許されず、ただその役割を演じ続けることが、この命の存在意義。
故にオレは強くならねばならなかった。王に相応しい者にならなければならなかった。
…………だがオレは、自分が王に相応しいと思ったことなど、一度も無い。
「ルーチェ様が単独で魔物の群れを殲滅されたらしいぞ」
「あれだけの魔物をたった一人で?」
「とんでもない魔力だな。まだ幼いというのに……」
ルーチェ・バーグ・レイユエール。
この国の第一王女であり、オレの双子の姉。
あいつはオレたち兄弟の中でも突出した魔力を有していた。得意とする雷魔法は絶大で、レイユエール王国でも随一の火力を誇るとされている。
それに比べて同い年のオレは……単体の魔物にすら苦戦するというありさま。一人で魔物の群れを殲滅する芸当など、とても出来なかった。
…………そう。ルーチェには才能があった。
オレと同じ歳でありながら、同時に生を受けていながら。常にオレよりも、遥か先へ、遥か高みを進んでいた。
ではなぜ、才能あるルーチェが王にはなれないのか?
答えは簡単だ。女として生まれたからだ。
ではなぜ、ルーチェに劣るオレが王になれるのか?
答えは簡単だ。男として生まれたからだ。
仮に古くさくかび臭いしきたりがなかったとしたら。
王となっていたのは、ルーチェだった。
自分で自分を、王として認められなかった。
王の器ではないと。他に相応しいものがいるという考えが、頭から離れない。
そんな考えを振り払うように一層の努力を重ねた。
毎日血反吐を吐くまで鍛錬に励んだ。手が血染めになるまで剣を振るった。睡眠時間を削り、膨大な量の書物を読み漁った。魔力切れで倒れるまで魔法を使った。
それでもルーチェには勝てなかった。
「別にいいじゃない。なんでもかんでもあんたがやる必要はないんだし。家族がいるんだからさ、互いに足りないところを補い合って、助け合えばいいのよ」
ルーチェの言葉は何の慰めにもならなかった。
むしろ、見下されているとさえ。
……やがて時が経ち、他の家族もまた才能を開花し始めていた。
第二王子のロベルトは、オレを遥かに上回る膂力の才を。
第二王女のソフィは、オレを遥かに上回る技術力の才を。
オレの後に生まれてくる家族は皆、それぞれが素晴らしい才能を持っていた……オレが欲しくてやまない『才能』という名の力を持っていた。
どれだけ努力を重ねても、オレはその『才能』を超えられなかった。
「素晴らしい! レオル様は才能に溢れておられますなぁ」
「王たる者として、貴方ほど相応しい人物は他にいませんよ」
心無い世辞が耳障りだった。
オレの機嫌をとるためだけの口当たりの良い言葉を並べる有象無象が、煩わしくて仕方がなかった。
本物の才能を目の当たりにしたオレには、全てが空虚に聞こえてきた。
やがて王となることを定められたオレが、誰よりも王に相応しくなかったのだ。
――――オレには才能というものがない。
悟るには十分すぎるほどの時間が流れていた。
……そんなオレにとって、弟のアルフレッドは唯一の救いだった。
アルフレッド。呪われた魔力を持って生まれてしまった、オレの弟。
生まれた時から侮蔑と嫌悪を定められた、オレの家族。
他の家族に対しては憎悪にも近い感情を持っていたが、アルフレッドの前だと優しくなれた。家族として大切にすることが出来た。
同時に、この哀れな弟を守らねばと思った。オレが王になって、家族を蔑む愚か者から守ってやらねばと思うと、奮い立つことが出来た。
そして――――
「咆えろ! 『レグルス』!!」
――――十二歳の頃。オレは、精霊と契約した。
歴代の王族でもこの歳で精霊と契約できた者はいないという。
当時ルーチェですらまだ契約できていなかった。
「やった……やったぞ…………!」
オレはついに、手にすることが出来たのだ。
ルーチェにも。ロベルトにも。ソフィにも負けない、オレだけの『才』を。
(これでみんなが、オレを見てくれる!)
嬉しかった。晴れ晴れとした気分だった。心に突き刺さっていたか細い針が全て抜け、どす黒いものが全て消え去ったかのような。
「おめでとう、レオ兄っ!」
いつからから、プレゼントした絵本に出てくる登場人物の口癖を真似はじめたアルフレッドが、真っ先に祝ってくれた。
オレは心の中で決意した。この『才』で弟を守ると。呪われた魔力を持って生まれてしまった、可哀そうな弟を守るのだと。
そう。決意したのだ……………………あの瞬間までは。
「来い――――『アルビダ』!」
見てしまったのだ。
アルフレッドが、二体の精霊と契約した瞬間を。
ようやく見つかったと思ったオレだけの『才』を嘲笑うかのように。
歴代最年少記録を容易く塗り替え、挙句の果てには
このような前例は過去を遡っても存在しない。王家に深く刻まれるであろう歴史的快挙であり、紛れもない
「………………っ……!」
目撃したくなかった。見たくなどなかった。いっそ見なければ、こんな――――。
「…………ぅ……うぅぅぅ……ッ……!」
視界が歪む。心に亀裂が入り、どす黒い何かがじわりとは這い出そうとしてくる。
(違う……違うだろう!? オレは兄として……アルフレッドを、讃えてやらねば……!)
不吉の象徴たる魔力をその身に宿し、生まれながらにして過酷に曝され続けてきた弟が、やっとの思いで手にした実績を。才能を。
「――――この
…………………………………………は?
「この契約も
「……よろしいのですか?」
「いいに決まってるだろ。俺は……レオ兄の影になると決めた」
こいつは、何を言っている?
「レオ兄が歩む王の道。その妨げとなる事実は、全て抹消する」
アルフレッドは物陰で息を殺していたオレに気づくことなく……二体同時契約という偉業にも歓喜すらせずに。どこかへと消えた。
「影だと?」
その言葉通り。アルフレッドは自分の『才能』が成し遂げた偉業を表に出すようなことはしなかった。一度や二度ではない。あいつは幾度となくオレを影から支えて、己の功績を全て抹消していた。
独自部隊の設立。それを運用しての秘密裏の『ラグメント』討伐。不穏分子の発見と排除。あいつと、その部下たちの活躍によって阻止された陰謀は片手では数えきれないほど。更にはオレや騎士団が行った戦闘においても裏から支援し、勝利に貢献していたことも少なくない。
その度に弟が持つ『才能』を、オレはまざまざと見せつけられた。
それどころか……あいつは、オレが欲してやまなかったものを全て持っていたにも関わらず、そんなものに価値などないと言わないばかりに……全てを、影の中に葬った。
全てはオレという『王』のために。オレを確固たる『王』にするために。
――――そんなこと、誰が頼んだ?
「………………は。ははっ……」
自然と、乾いた笑いが漏れた。
「なんだ…………結局……オレだけが、出来損ないか……」
同時に気づいた。
オレは心の奥底で、アルフレッドを見下していたのだと。
哀れだと。可哀そうだと。自分より明確な『下』だとしか認識していなかった。
とんだ勘違いだ。あいつには『才能』という力が備わっていたというのに。
よく貴族共は、アルフレッドを異物だと言う。
そしてアルフレッドは、自身を影だと言う。
…………逆だ。
才能ある家族の中で、唯一の異物がオレだ。
そしてオレこそが、影なのだ。光り輝く才能たちの――――影。
途端に、オレという命の意味が分からなくなった。
家族の中でも居場所がなくなったように感じ、足元に穴が空いて、奈落の底に落ちていくような……そんな感覚。
「レオル。お前の頑張りはよく知っている。努力を重ねるその背中に、勇気づけられている者も多いことだろう。きっとお前は、素晴らしい王となる」
違う。オレのような出来損ないが、素晴らしい王になれるわけがないだろう。
「レオ兄は凄いよ。強くて、優しくて、人望もあって」
違う。オレは弱い。優しくなんかない。心の中でお前を見下していたんだ。周りの人間だって、『王』という肩書きに寄せられているだけだ。
(誰も…………オレを見てくれない)
オレは正真正銘……独りになった。
誰か。誰でもいい。オレを見てくれ――――オレを独りにしないでくれ。
「レオルくん」
――――そんな時に出会ったのが、ルシルだった。
「……辛いよね。頑張ってるのに、才能のある人たちに勝てないなんて」
彼女はオレを見つけてくれた。
「レオルくんは一人じゃない。わたしが傍にいるよ」
オレの孤独を知ってくれた。
「貴方の弱さも、わたしは知ってるから」
暗闇の底から、オレを救い出してくれた。
オレを見てくれたのは――――ルシルだけだった。
☆
「……レオ兄を、見ていない?」
「ああ、そうだ。貴様は知らないだろう――――」
見上げるレオ兄の顔。そこにはやはり、憎悪が色濃く滲み出ていて。
「――――オレが家族を憎んでいるということを」
その言葉が嘘ではないことを物語っていた。
「家族を憎むって……なん、で……」
「『なんで』? ……ハッ。貴様には分からんだろうな!」
「…………っ……! 分かんねぇよ!」
薙ぎ払う刃を
「『才能』という力を持ちながら! 王座につくこともなくのうのうと生きている貴様らが、オレは憎い……!」
「才……能……?」
「ルーチェのような魔力も! ロベルトのような膂力も! ソフィのような技術力も……お前のように、二体の精霊と契約できたこともない!」
間髪入れずに襲来する一太刀。魔力を捻出して『
「何も無いんだよ! オレには! 貴様らのような『才能』を持ち合わせていない! だが、オレがいつか背負わなければならない! 王家の歴史、国の未来、民の命を!」
「…………っ……!」
「それがどれだけ恐ろしいことか、分かるか? 分からんだろうな、貴様には! 『才能』のある貴様には!!」
強引に振り落とされた太刀筋に身体が弾き飛ばされ、息を突く暇もなくレオ兄の追撃が来る。火花散らせる刃の応酬。獣が如き荒々しさに、俺は防戦一方だ。
「なぜオレなんだ!? なぜオレだけが、この恐怖を背負わなければならない!?」
レオ兄からここまで感情を剥き出しにされたことなんてなかった。それだけに、言葉の全てが心に深々と突き刺さっていく。
「答えろ……答えてみせろ! アルフレッドォォォオオオオオッ!!」
叫びと共に、再び膨大な魔力が吹き荒れる。
魔力が空気を、この空間全体を振動させることによって響き渡る音が、俺にはまるで泣き声のようにも聞こえた。
爪牙が如き魔力の斬撃。より強大な破壊力を宿した『
「…………っ……! 『
咄嗟の迎撃。だが距離が近すぎた。互いの魔力が激突し、爆発し――――視界が真っ白に染まった。衝撃を殺しきれず、身体が地面に叩きつけられる。肺の中の酸素が押し出され、景色がグラつく。それでも意識だけは手放さなかった。手放すわけには、いかなかった。
「はっ……はっ……これでもまだ、憧れだの、
拳を握る。土を握りしめて。身体を起こし、足を地につけ。
「あぁ……何度でも言うよ」
立ち上がる。
「レオ兄は俺にとっての憧れで、目標で……
そこだけは、曲げるつもりはない。
「ふざけるな! オレはお前を見下していた! 不吉の象徴であると、周りから蔑まれるお前を見下していたんだぞ!」
「それでも、俺には優しかった」
「そんなものはただの哀れみに過ぎん! お前を見下すことで、優越感に浸っていたんだ!」
「それでも、俺は嬉しかった」
レオ兄は表情を歪ませながら、俺の胸ぐらをつかむ。
感情の置き場を失くしたような形相が目の前に広がり、互いの瞳が交錯した。
「…………っ……! 何なんだ……何なんだ、お前は! オレは
「確かに俺はレオ兄のこと、ちゃんと見てなかったのかもしれない……レオ兄の綺麗なところしか見ようとしてなくて、みっともないところとか、醜いところを見ようとしていなかったのかもしれない。……でも俺は、それがレオ兄の全てとは思わない」
たとえ哀れみだったとしても。
俺が救われたあの時間は――――確かに存在したのだから。
「確かにレオ兄はルチ姉みたいな魔力はないのかもしれない。ロベ兄みたいな膂力もないのかもしれない。ソフィのような技術力もないのかもしれない。でも……たとえどんなに苦しくても、努力だけはやめなかった。絶対に諦めなかった。『忌み子』の俺はその背中に、勇気づけられたんだ」
だから俺はルチ姉でも、ロベ兄でも、ソフィでもなく……レオ兄に憧れた。
他の兄さんや姉さんにはない、レオ兄だけの光だ。
「…………ごめん。気づいてあげられなくて」
「…………」
「レオ兄が苦しんでることに、全然気づかなかった」
「…………黙れ」
「今なら分かる。俺がやってたことは……ただの独りよがりだ。夢を勝手に諦めて、レオ兄に押し付けて、傷つけた……。ごめん……レオ兄……」
「黙れ!!」
全てをかなぐり捨てた剥き出しの拳が頬を抉る。
口の中に血の味が広がったけど、傷よりも心の方がずっと痛かった。
「オレを憐れむな! 見下すな! 才能のある者が……オレを……!」
「…………俺は、自分に才能があるなんて思ったことないよ」
「なんだと……!? 貴様……!」
「だってそうだろ? 在るのは呪い。不吉の象徴。周りのみんなは俺がいなくなることを望んでた。むしろ何もないって思ってた。俺には……何も……」
――――紹介しよう、アルフレッド。オレの婚約者のシャルロットだ。
最初は、綺麗な女の子だな……それだけのことだった。
でもそれからたまに姿を見かけるようになって、努力家な姿がレオ兄とダブった。
好きな絵本も同じで親近感が湧いて、夢を諦めようとする姿を見て勿体ないと思ったんだ。シャルは俺と違って色々なものを持ってた。綺麗な魔力を、持ってたから。
――――現実なんてのは、ただの現状維持でしかないんだよ。世界をより良くしてきたのは、いつだって綺麗事を並べた挑戦者たちだ。
――――挑戦……。
――――……実現するなら、現実よりも理想が一番いい。だから期待してるよ、
諦めてしまうのは勿体ない。そんな気まぐれが起こした行動がきっかけで、次第に言葉を交わすようになった。
次第に、彼女に惹かれるようになった。
自分の心に正直になれるシャルが羨ましかったし、何よりその輝きを愛しいと思った。
だけど、その恋心は奥底に閉じ込めた。
こんな『忌み子』じゃあどうひっくり返っても……振り向かせることなんて出来ないから。それに相手はレオ兄だ。諦めもついた。
けれど。あの婚約破棄がきっかけで、シャルが傍にいるようになって。
「……何もなかった。でも
こんな俺を慕ってくれる部下がいる。婚約者がいる。もう一人じゃない。未だに夢を見ていると思う時がある。でも紛れもない現実なんだ。
「もう逃げない。諦めたりはしない。向き合うよ。レオ兄にも……自分にも」
今まで散々逃げてきた。諦めてきた。目を逸らし続けてきた。もう、終わりにしよう。
「……レオ兄が背負っていたものも、俺が背負うよ」
――――私は、綺麗事を実現させる王妃になります!
「それが俺の……俺たちの夢だから」
靄が晴れたようだった。頭の中がクリアになって、自分のすべきことをしっかりと見つめられたような。
「だから勝つ。今ここで、アンタを超える」
変身を解除し、精霊となった『アルビダ』を放出する。
「ぐっ……!?」
不意を突かれたレオ兄は、『アルビダ』の突進を喰らってのけ反った。その隙を逃さぬように、左手に装備した『
「来い――――『アルセーヌ』!」
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