第24話 二代目の話【★改稿済】
「シャルは、エヴラール……このバカ弟子と会うのは初めてかい?」
「はい。思い返してみれば王家工房の方に直接お会いするのは初めてでした」
「会えなかった理由はもう分かっただろ。こういうやつなんだよ」
第三王子との約束を取り付けておきながら女の子とのデートに現を抜かす。
そんなやつだよ。そりゃ会えるわけがない。普段からフラフラしてんだから。
「はー……まさか師匠が戻ってくるとはねぇ……アルフレッド様、どんな魔法を使ったんですか?」
「居場所を見つけ出したのは俺の部下で、説得したのはシャルだ」
「ふむふむ。つまりアルフレッド様は椅子の上でふんぞり返って陰気なお顔を晒し続けていただけだと」
「右か左、好きな方を選べ」
「ははは。やだなぁ、アルフレッド様。腕の骨をへし折ろうだなんて怖いこと考えてませんよね?」
「ははは。何を勘違いしてるんだよ、エヴラール。そんなこと考えてるわけないだろ?」
「ですよね! 勘違いですよねぇ!」
「腕だけで済むわけないのに」
「足もってことですか!?」
こいつはちょっと目を離すとシャルとマキナに手を出しそうだからな。へし折っておくぐらいが丁度いいのかもしれない。
「はー……相変わらず怖いなぁ、アルフレッド様は。もうちょっと優しくしてくれたっていいのに」
だったらその見境なく女の子に手を出す癖を直せ。
「エヴラールさん。一つ、質問してもよろしいでしょうか?」
「はい! なんでもどうぞ! 綺麗なお嬢さんからの質問は大歓迎です!」
「エヴラールさんはアルくんのこと、その……あまり悪く言わないんですね?」
シャルよ。『椅子の上でふんぞり返って陰気なお顔』とかぬかした時点で、こいつは俺のことを悪く言ってると思うぞ。
「……あぁ、アルフレッド様の評判の話ですか? そーいえば婚約破棄がどうのとか、レオル様と御前試合だとか、そんなのがありましたねぇ」
シャルの急な質問に、エヴラールは明らかにテンションを下げた。
「ボクからすると、どーでもいいですからねぇ。アルフレッド様の評判が良かろうが悪かろうが。それは、他の王家の方にも言えることですけど」
「どうでもいい……?」
「そのままの意味ですよ。王家のことなんてどうでもいい。心底、どうでもいいんです。善人だろうが悪人だろうが、知ったことじゃない」
「それは……どうしてですか? 貴方は王家専属の工房を束ねる『親方』の立場なんですよね?」
「噂のシャルロット令嬢。ボクはエルフ族なんですよ? 寿命は長い。とても長いんです。たった一世代のことなんてどうだっていいし、知ったことじゃあない。その時その時の世代にいちいち構ってたら、疲れるじゃないですか。人間なんてどーせ、すぐに死んじゃうんですから」
エヴラールは最初に会った時からずっとこうだ。
王家の人間……いや、人間という一瞬の命しか持たない者に対して、どうでもいいというスタンス。
「人間は一瞬。人間は刹那。だからボクは楽しむんです。その心底どうでもいい一瞬と刹那をね」
語るエヴラールの顔は笑ってはいるが、それは決して親愛の意味ではないのだろう。
「デート優先はそーいうことです。だって人間の寿命は短いんですから。見つけたらすぐに楽しんでおかないと勿体ないですよ。……まあ、師匠から親方なんて肩書きを押し付けられたんで、この工房も守っちゃいますがね」
……今なら分かる。こいつはある意味で、真逆だ。エリーヌとは。
エリーヌが人間の一瞬に、唯一無二の価値を見出したのだとしたら。
エヴラールは人間の一瞬に、有象無象の価値しか見出していない。
だから、どうでもいい。王家も平民も彼にとって等しい。言葉としては綺麗だが実態はそんな綺麗なもんじゃないだろう。
「そういうわけですから。ボクはアルフレッド様のことなんて、どうとも思っていないので、ご安心くださいね。そもそも男に興味ないですし。……あっ! でもシャルロット令嬢は興味ありますよ! どうせそのうち死んじゃうんですし、その前にデートでも一つどうでしょうか!」
「……すみません。お断りさせていただきます」
「そこをなんとか!! できればマキナちゃんもセットで!」
「そこを諦めろよ!?
「このバカ弟子が。シャルに手ぇ出したら容赦しないよ」
今日こいつと接して改めて思ったが、やっぱりエルフ族の考え方は俺たち人間と違って、やけにスケールが大きい。いや、気が長いとでも言った方がいいのか。
「怖いなぁ、もう……はいはい分かりましたよ。それで? 今日は一体何の用件でしたっけ?」
「……ワケあってこのクソガキ王子を手伝ってやることになってね。別に今更になって工房に戻ろうってわけじゃないが、一応は顔を見せておきたかっただけさ。ま、勝手に消えちまって、何様ってもんだがね」
「いやいや。何だかんだボクという後任を用意した上での失踪でしたしね。別に気にするこっちゃないですよ。相変わらず真面目ですよねぇ~」
「あんたよりはね」
思っていたより二代目からの反応は悪くない。本人的には気にしていたようだが、別に恨まれてもいないようだな。辞める時もそれなりに筋は通したみたいだし。
「むしろ意外っていうか……あんなにも『王族嫌い』だった師匠が、アルフレッド様の側につくなんてね。そっちの方が驚きですよ」
「……色々あってね。今だって王族はそんなに好きじゃない」
「ふーん? 色々、ねぇ……」
エヴラールは、しげしげとエリーヌを眺める。
「……辞める直前の師匠は、この世の終わりみたいな顔をしてましたからねぇ。何があったのかは知りませんが、元気になったのならよかったですよ。見たところ、シャルロット令嬢のおかげかな?」
「……そうさ。シャルのおかげで、あたしは大切なことに気づけた」
「大切なことねー……」
エヴラールは少し考え込むようなそぶりを見せる。
そして、
「……アルフレッド様は今、地盤を固めておられるんでしたっけ? 師匠を連れ戻したのもその一環ですよね?」
「そうなるな。ぶっちゃけ今日ここに来たのも、それをアピールためでもある。……心配しなくても、工房を乗っ取ろうなんて気はない」
「いや、乗っ取っちゃいましょうか」
…………は?
「初代を連れ戻した実績だけで満足するより、王家工房そのものを味方につけた方がいいでしょ。そうですねぇ……いっそ『特別顧問』という形で戻ってくればいいんですよ。ついでに、ボクもアルフレッド様を支持しますから」
「そりゃ助かるが……何が目的だ?」
「アルフレッド様もご存知かと思いますが、師匠の『彫金師』としての腕は最高峰なんですよ。未だに追い越せた気がしませんし、もっと学びたい。工房の子たちの実力を伸ばす良い機会でもありますし、ボクとしてもメリットが多いんですよ」
「はい嘘」
「お前がそんな真面目な理由で動くわけないだろ」
「ひどっ! せっかく人が力になろうとしてるのに!」
「ま、まあまあ。お二人とも。せっかくエヴラールさんがこう言ってくださってるんですし……」
お人よしのシャルが、疑いの眼差しを向ける俺とマキナを嗜める。
だが俺としては、あまりにも話がうますぎて逆に疑わざるを得ないぞ。
(アル様。信じられます?)
(ぶっちゃけ信じられん)
(ですよねー。エヴラールさんにしてはやる気がありすぎっていうか……偽者とかスパイだと言われた方がしっくりくるぐらいです)
スパイねぇ……わざわざそんなことをする意味も薄いと思うんだけどな。
今から地盤を固めようが、レオ兄派閥が最大最強である事実は揺るがないわけだし。
仮に裏切られたとしても当初の目的であるエリーヌはこちらが確保している以上、致命傷は避けられるが……。
「エリーヌはそれで構わないのか?」
「ああ。それでシャルの役に立てるのならね。それに、勝手に失踪しちまった身だ。工房の連中を見てやることで少しでも償いが出来るなら、やってやるさ」
本当にシャルが好きだなこいつは。
似たようなことを思ったのか、エヴラールの視線はじっとエリーヌへと注がれている。
「クソガキ王子。このバカ弟子は確かに不真面目なやつだが、王族の命令に従ってだまし討ちするようなやつじゃない。それだけは師匠であるあたしが保証するよ」
つまりはレオ兄のスパイではないということであり、この提案はエヴラール自身の意志でもあるということか。気になるところはあるが……エリーヌがそこまで言うなら信じてみるとするか。
「……分かった。その提案、乗らせてもらう」
「はいはい。それじゃあ今日からボクは、師匠と同じアルフレッド様派ってことで」
真面目なのかふざけているかいまいち掴めないニコリとした笑みを浮かべ、俺たちは工房の訪問を終えた。
☆
「――――師匠って相変わらず、人間が好きですよねぇ」
アルフレッドたちが訪問を終えた後、エリーヌは一人工房に残っていた。
大昔のこととはいえ、勝手に二代目を押し付けて、勝手に失踪した負い目がある。弟子に恨みつらみがあるのなら、受け止めるのが師匠としての義務だと思った。
「ネトスちゃんの次はシャルロット令嬢ですか。人間なんて、どうせすぐに死んじゃうのに……また肩入れしちゃって。懲りないですねぇ」
だが弟子から出てきたのは、恨みつらみでも何でもなく。
強いて言うならば――――不満か。
「……分かってるさ。我ながら懲りないとは思ってる。けどね……それでもあたしは、人間が好きなんだ」
「一瞬の命なのに?」
「一瞬の命でもだ」
「分からないなぁ。ほんと、分からない。それじゃあ一瞬しか一緒に居られない」
「いや……そうでもないさ」
胸に浮かぶのは、あの少女が教えてくれたこと。
「命はなくなっても――――その願いや想いは、共に在る」
「そんな目に見えないものがあったって、一緒に居られないことに変わりはない」
エヴラールの顔には露骨な不満が浮かんでいた。
「……ボクじゃダメなんですか」
その言葉はまるで、頬を膨らませた子供のようで。
「ボクならずっと師匠と一緒に居られますよ。貴方を置き去りになんてしない。願いだとか想いだとか、そんな目に見えないふわふわとしたものにもならない。……ボクじゃあ、ダメなんですか」
「あんたらしくもないあの提案も、それが理由かい?」
「ボクは貴方を追いかけて『彫金師』になったんです。貴方がいるなら、どこにだって行きますよ。王族の面倒事にも付き合いますとも。シャルロット令嬢にだって負けません」
「何言ってんだか」
自分は卑怯だと、エリーヌは改めて思った。
慕ってくれていることを知りながら、二代目を押し付けて失踪したのだから。
……そして自分の答えも、二百年前とは変わらない。
「千年早いよ。バカ弟子」
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