第21話 二人きりの時間

 イトエル山からの帰路。順調に道を進んでいた馬車が、急にその足を止めた。


「どうした」


「んー。なんかあったみたいですね。ちょっと御者をやってる子に事情を訊いてきます」


 俺が動かせる人員(厳密には私用にも付き合ってくれる人員)はさほど多くない。必然、馬車の御者も『影』の者が担っている。むしろ戦闘にも対応できるのでその辺の抵抗力もない御者よりは安心できるぐらいだ。


 その『影』が担っている御者が馬車を止めたということは、相応の事情があるということなのだろう。


 マキナが様子を見に外へと出て、気づく。気づいてしまった。


「…………」


「…………」


 室内。密室。そこで、シャルと二人きり。

 ……思えばこうして、婚約者になってからここまで近い距離でシャルと二人きりになんてことは、初めてかもしれない。

 それを意識してしまうと、どうにも……。


 ――――りょーかいです。いやぁ、にしてもよかったですねぇ、アル様。マジめでたいじゃないですか。

 ――――何がだよ。

 ――――初恋の人をカッコよく助け出せて。


 ああ、くそっ。あのメイドめ。お前があんなことを言い出すもんだから、こんな時に余計なことを思い出してしまったじゃないか。

 いくら婚約者になったとはいえ、シャルだって好きでこうなったわけじゃないし。


「…………」


「…………」


 俺が勝手に気まずくなっている間も、目の前の席に座っているシャルは無言を貫いていた。

 まともに顔が見れないのでどんな表情をしているのかは分からないが。

 ……ダメだ。こうしている間にもどんどん俺だけが気まずい。会話。何か気の利いた会話をしなければ。


「……良い天気だな」


「そ、そうですね。良い天気です」


「…………」


「…………」


 はい会話終了。


 無理だ!! 戦闘や魔法ならある程度の経験を積んでいるという自負はあるが、女性との接し方なんて経験積んでねぇし!


 思い返せば俺の周りの女性といえば、マキナや『影』のメンバー……あとはルチねぇ、妹のソフィに、おふくろといった家族ぐらい。パーティーに出ても壁の花ならぬ壁の染みになっている状態なのでマトモに令嬢たちと談笑を交わしたことがない。


 ……そういえば、いつだったか。ルチ姉に忠告されたことがあったっけ。


 ――――あんたねー。もうちょっと女の子を楽しませるだけの会話スキルは磨いときなさいよ。その時になって焦っても遅いんだからね。尊敬できるお姉さまからの忠告よ。ありがたーく受け取っときなさい。


 とかなんとか……ああ、くそっ。なぜ俺はあの時もっとルチ姉の言葉に耳を傾けなかったんだ。どうせ俺には関係ないとばかりの態度をとっていた、怠惰な自分が恨めしい。


「アルくん? どうかしましたか?」


「いや……なんでもない。ただ尊敬できる姉の言葉に耳を傾けなかった自分を恥じていただけだ」


「アルくんのお姉さんというと……第一王女のルーチェ様が何か?」


「本当になんでもないんだ。うん……」


 第二王子のロベルト兄さん……ロベにぃも、何だかんだ言いながら女の子の扱いもそつなくこなせるだろうしなぁ……。いざという時に焦っても遅いということを今まさに身に染みて学んでいるところだ。


「……アルくん」


「ん?」


「私、何か気に障るようなことをしてしまいましたか……?」


 ……なぜそうなる。


「別に何もしてないけど……」


「そんなの嘘です。せめて正直に言ってください」


「嘘もなにも正直に言ってるんだけど……むしろなぜそう思った」


「だって……さっきから、私と目を合わせてくれないじゃないですか」


 おいバカやめろ。そこを突くな。傷つくだろ。


「………………ソンナコトナイヨ」


「せめて窓の外の景色を見ずに言ってください」


 面目次第もございません。


「もう……」


 するとシャルはごそごそと動いたかと思うと……。


「ここなら逃げ場はありませんよ」


 正面から移動して、俺の隣に座ってきた。


「…………っ……」


 近い。顔も。まつ毛の長さもハッキリと見える。

 何やら良い香りも漂ってくるし……仄かに温もりも感じるぐらいに、近い。


「アルくん。これでも無視するんですか」


「いや、別に無視してるわけじゃ……!」


「じゃあ、何なんですか」


 言わせるのか。言うしかないのか。言うしかないんだろうなぁ……。

 せめてここにマキナがいないことが救いだろうか。あいつが居たら確実に最高に面白い娯楽を堪能してますと言わんばかりに見物していただろうから。


「…………緊張してたんだよ」


「えっ? 緊張って……」


「いや、だから……思えばシャルとこんな狭い場所で二人きりとか、そういうの今までなかったし……だから、緊張してたんだよ。俺は婚約者が出来たのだって初めてで、女性の扱いにも慣れてないし」


 なんだこのとてつもない恥を晒している感覚は。言うたびにダメージが入ってくるんだけど。


「俺は兄さんや姉さんたちみたいに、気の利いた会話も出来ないしな。だから俺が……勝手に気まずくなってただけだ。気にするな」


 これ以上ないぐらいの恥を晒したら、しばらくシャルはぽかんとしていて。


「…………ふふっ」


 笑った。というか、笑われた。

 やめろ! 地味に傷つくぞ!!


「……笑うなよ」


「すみません。別にバカにしているわけじゃなくて……」


 シャルは見ているこちらが華やぐような笑顔を見せ、


「……アルくんがちょっと、可愛くて」


「……それはバカにしてると言わないか?」


「だから違いますって。ふふっ……私、アルくんの婚約者になってから色々と貴方には驚かされてきましたけど……こういうカワイイところがあると、安心しますね」


「ああ、そうかい。そりゃー、シャルは? レオ兄との婚約者歴も長いから、さぞ男の扱いには慣れてるんだろうけどな」


「拗ねないでくださいよ。それに、私たちは名前こそ『婚約者』ではありましたが、婚約者らしいことは何一つしてきませんでしたから……今思えばそれが、私の過ちだったのかもしれませんけど」


「そうなのか?」


「はい。馬車の中で二人きりになっても、特に話すことがない場合、レオル様はこちらに構わず黙り込んでいましたから。静かなものですよ」


 シャルは楽しそうに、くすくすと笑う。


「こんな風に楽しい雰囲気になるなんてこと、ありませんでした」


 そりゃ初耳だ。まあ、こっちもわざわざシャルとどんな雰囲気だったとかは聞かなかったし聞こうともしなかったから当然といえば当然なんだけど。


「でも……そうですね。反省して、多少は婚約者らしいことをしておくのもいいかもしれませんね。でないと、今度はアルくんにまで捨てられちゃいます」


「別に捨てやしないし、捨てるようなお偉い立場でもないけどな」


「それでも、です。私もアルくんとする婚約者らしいことに……興味がないと言えば、嘘になりますし」


 …………つまり? それはどういうことですかシャルさん?


「アルくん。疲れはありませんか?」


「えっ? いや……もう休んだし、大丈夫だけど」


「疲れてますよね?」


 なんだこの圧は。頷けということか。頷いとくか。


「そう……だな。なんか、疲れてる気がしてきた」


「だったら……えっと。少し横になって休みませんか?」


 言いながら、シャルはその白くて柔らかそうな太ももに、ぽんと手を置いた。

 それって。つまり。ようは。


「ひ、膝枕ということですか」


「膝枕ということです」


 マジですか。いいんですか。いやそもそも、なんでシャルがそんなことを……。


「……婚約者らしいこと、してみませんか?」


 残念ながら俺にはその提案に抗えるだけの鋼の精神力は持ち合わせておらず、無言でぎこちなく頷くことしか出来なかった。


「では……失礼して」


「はい……どうぞ」


 当のシャル本人も恥ずかしいことには恥ずかしいらしい。俺はそれを見ないふりをしつつ、狭い室内で横になり、頭をシャルの太ももに置いた。

 スカートの布地や伝わってくる感触。仄かな温もりにドキドキと心臓の鼓動が激しく躍動し、休むどころではなかった。


「どう……ですか……?」


「……とても、いいと思います」


「それは、よかったです……」


 さっきから言葉が変だ。敬語になる。いやなんか背徳感が凄くて。

 更には下手にシャルの顔を見ようとしてしまい、視界を遮る豊かな胸の膨らみが目に入る。

 いや、でっ……じゃなくて申し訳ないと思った俺はそのまま首を捩じった。我ながらなんて紳士的なんだろう。欲望という名の獣に打ち克ったのだから。


「あの……シャルさん?」


「は、はい?」


「ここから俺は一体どうすれば……」


「えっ……そ、そういえば考えてませんでした。あのっ。実は私もいっぱいいっぱいで……言われた通りにしてみたんですけど……」


 言われた通り? おいまさか……。


「……これ、マキナの入れ知恵?」


「あ、はい。一緒の部屋に泊ってお喋りした時に、マキナさんからアルくんにはこうしてあげるといいですよと教わって……」


 何変な入れ知恵してんだバカメイド!! いや感謝はしてるよ? 正直な感想を申し上げると、ありがとうだけどな!?


「アルくんの髪……」


 くしゃり、と。シャルの手が俺の髪を撫でる。


「……綺麗ですね」


「そうか? 俺としては、あんまり好きじゃないけど」


「でも、綺麗です」


 シャルは俺の頭を撫でながら、髪を繊細な手つきでいじっていく。どこかこそばゆく、むず痒い。


「…………」


「…………」


 室内がまた無言になる。だけどさっきまでとは違って……少なくとも俺は、気まずくない。

 むしろどこか心地良く穏やかな時間。このままずっと時が止まってほしいと思えるような、そんな――――、


「――――アル様! 緊急事態で……」


「「――――っ……!」」


「…………す」


 止まった。時間がというより、この場にいた全員の動きがだ。

 マキナは俺とシャルを眺めて呆気に取られていた。対して俺とシャルも、いきなりのことで硬直してしまい、三人とも数秒ほど固まってしまったかのように動けなかった。


「…………えーっと……もしかしなくても、お邪魔でした?」


「「お邪魔じゃない(です)!!」」


「あ、そうなんですか? 健気で出来るスーパーメイドのマキナちゃんからすれば、このままご主人様たちでランデヴー&逃避行をキメちゃっても全力でサポートする所存なんですが」


「それよりどうした! 緊急事態なんだろ!」


 まさに目にもとまらぬ早業で、俺は逃げるように跳ね起き上た。

 ……あのスカートの布地を挟んだ太ももの感触が名残惜しくなかったといえば嘘になるが!


「はい。えっと、ここから近い場所で『ラグメント』が出現したようです。現在、騎士団が対応してます」


「『ラグメント』が? レオ兄は」


「んー。まだ到着してないっぽいですね。ここから王都だとちょい時間がかかりますし……対応に当たってる騎士団は、たまたま別件で外に出てたところに出くわしたようです」


 となるともう少し時間がかかるか……仕方がない。


「マキナ。盗賊たちから取り上げた魔指輪リングは」


「こちらにありますよん」


「俺の手持ちは『王衣指輪クロスリング』以外、デオフィルに砕かれちまったからな……それを使うしかないか。寄越せ」


「ほいほい」


「よし。予定変更だ。今すぐ現場まで急行しろ」


「りょーかいしました!」


 マキナは頷き、すぐさま馬車を走らせた。

 室内はもはや先ほどまでのむず痒い空気はどこにもない。シャルの表情にはどことなく険しさが表れている。


「シャルは『ラグメント』を見るのは初めてか?」


「いえ……レオル様の付き添いで、何度か。戦ったことはありませんけど」


「そうか。基本的には俺ら王族が戦うもんだけど……そのうちシャルにも戦ってもらうことになるから、そのつもりでいた方がいい」


「わかってます。それは、私が生まれた時から決まっていたことですから」


 馬車が走っていくにつれ、徐々に戦闘音が聞こえてくる。

 仕方のないことだがやはり苦戦しているらしい。今は確か主力が遠征や緊急の任務で出払ってるからな。いつもより被害が大きそうだ……。


「――――マキナ! 俺は先行する! 後から来い!」


「りょーかいしました! お気をつけて!」


「はっ。誰に物言ってやがる」


 馬車を飛び降りるや否や、俺はデオフィルから取り上げた『加速付与アクセル』を発動させ、そのまま現場まで直行。隙だらけの『ラグメント』を真横から蹴飛ばした。


「なっ……!?」


 騎士団長のグラシアンか。他は新人が多いし……まとめ役には、団長ぐらいしかいないんだろうな。レオ兄がルシルとかいう女の護衛に、隊長クラスを駆り出してるらしいし。


「グラシアン。騎士を連れて下がれ」


「アルフレッド様……!? な、なぜ貴方がここに……」


「用事があって『イトエル山』まで行ってたんだよ。その帰り道の途中、お前らが『ラグメント』と戦ってるのが見えたんでな」


「は……しかし……」


 暗に「お前では頼りない」とでも言っているのだろう。

 この逡巡から見て取れる。けど今はそんなことを言ってる場合じゃない。

 多少は強引に言ってやらないとダメか。ここでうだうだ説得してる場合でもないし。


「……解らないか。このアルフレッド・バーグ・レイユエールが『下がれ』と言っている」


「し、承知しました」


「解ればいい」


 改めて、今回出現した『ラグメント』に目を向ける。

 蜥蜴の形をした人型か。全身に揺らめく炎は空気を焦がし、灼熱の怨嗟をまき散らしている。……なるほど。これはいかに騎士団といえども、新人連中では足止めですら荷が重い。


「こいつは俺が止める」


 指輪リングに魔力を込め、魔法を解き放つ。

 俺が契約した精霊。その名を、叫ぶ。


「来い――――『アルビダ』!」


     ☆


 グラシアンの目の前で――――輝く精霊がこの現世うつしよに召喚され、蜥蜴の『ラグメント』を舶刀カットラスで斬りつけた。


「ギャァウッ!」


 火炎が血飛沫のように舞い、召喚された精霊が世界に舞う。そしてアルフレッドの背後に現れた精霊アルビダは――――第三王子の全身を包み込んだ。


 アルフレッドが持つ『第六属性エレヴォス』。漆黒の魔力が迸り、精霊糸によって編まれた魔力の鎧……『霊装衣』を、彼は纏う。


 右手には舶刀カットラス。左手には拳銃ピストル

 海賊を想起させるそれらの装備と装束は、全て精霊アルビダが齎した『霊装衣』。


 他の王族と同じならば――――衣は鋼鉄よりも硬く、舶刀カットラス拳銃ピストルは魔力によって構成された武具。見た目よりも強靭かつ強力。この形は精霊が持つ力を概念的に再現しているに過ぎない。


 王族でありながら海賊。彼が契約している精霊は、王家の者としてあまりにも邪道であった。


「――――!!!」


 蜥蜴の『ラグメント』が、『霊装衣』を纏ったアルフレッドに警戒心を露わにする。あれだけ必死に攻撃を叩き込んでいた騎士団など、意にも介していなかった『ラグメント』が。


 全身の炎が波打ち、逆立つかのように燃え上がった……が、アルフレッドは構わず左手の拳銃ピストルから魔力の弾丸を撃ち込んでいく。


「――――ッッッ!!?」


 一発、二発、三発と撃ち込まれた弾丸に、蜥蜴の『ラグメント』はダメージを受けながらのけぞった。


「……! 効いてる……!」


 地面に転がっていた新人騎士が驚きの声を上げている。

 そう。四大属性に耐性のある『ラグメント』も『第五属性エーテル』や『第六属性エレヴォス』で攻撃してやれば通じる。


「…………ッ……! 王子! お気を付けください!」


 グラシアンは叫んでいた。根拠はない。それはまさに戦場で培った直感。

 直後、『ラグメント』の全身から無数の火球が噴出し、アルフレッドに殺到する。


「遅い」


 アルフレッドの右手の舶刀カットラスが閃いた。

 的確に、素早く――――自分に迫る火球を、片っ端から切り刻んでいる。


(速い……! いや、それよりもなんだ……!? あの荒々しくも力強い剣技は……!)


 かろうじて型の名残が見られるが、あれは紛れもなく実戦で培われた動き。


「チッ……手間がかかる……!」


 更には左手の拳銃ピストルを駆使し、離れたところにある火球すらも次々と撃ちぬいていく。


(今の銃撃は……)


 アルフレッドが撃ちぬいた火球。その破片がパラパラと落ちる先には、力なく倒れている騎士たちがいる。


(……流れ弾から、味方を護るために?)


 自分に対する攻撃を防ぐだけならば、わざわざ離れたところにあるものを撃ち落とす必要はない。つまりあれは味方を守るための行動。


(本当にあれが……噂の第三王子か? 無能と謳われた、悪逆非道の第三王子だとでもいうのか?)


 舶刀カットラス拳銃ピストルを的確に使い分けていくその様は、とても噂の無能とは思えない。


 唖然としているグラシアンをよそに、アルフレッドはそのまま地面を蹴り、刃の乱舞を見せながらも『ラグメント』との距離を詰めていく。


 迫る火球を斬りつつ接近するなど。そんな芸当、騎士団内でも何人出来るかは分からない。

 『王衣指輪クロスリング』の性能。否。アレは指輪リングだけの力ではない。むしろその力を引き出すだけの、本人の地力。


「は……ははっ……」


 アルフレッドは距離を詰め、舶刀カットラスを連続で斬りつけた。敵の反撃は的確にかわし、手足による打撃も用いながら刃を叩き込む。追撃に流れるような銃撃もお見舞いし、動きと動きの切れ目に隙が無い。


 紛れもなく実戦経験を積んできた者の動き。それも騎士の任務が生ぬるく感じるほどの。

 それを見破れないほど、グラシアンも節穴ではない。


「ははっ……なんということだ……」


 されど、今までその実力を隠してきた第三王子を見抜けなかった自分にも、乾いた笑いが漏れた。


「どうやら私の眼は……曇っていたらしい……」


 何が無能か。何が極悪非道の第三王子か。

 恐らく彼は今までも、人知れず裏で『ラグメント』と戦ってきたのだろう。

 多くの実践と修羅場を潜り抜けてきたことが――――あの戦い方を見れば一目瞭然だ。


 そう。彼は実力を隠していたのだ。

 周囲に無能と蔑まれ、嫌われながらも……人知れず、戦い続けてきた。


「グ……オォッ……!」


 騎士団をあれだけ苦しめていた蜥蜴の『ラグメント』が呻き声をあげている。

 対するアルフレッドは余裕のある顔つきだ。

 その銃口を蜥蜴の『ラグメント』へと向け、膨大な魔力を凝縮させた砲弾を形成していく。


「『荒波大砲ワイルドキャノン』」


「――――――――ッッッ!!!」


 炸裂。

 魔力の砲弾を受けた『ラグメント』は、断末魔と共に砕け散った。


 アルフレッドはそれを何事もなかったかのように――――いつもの日常の一つだとでも言わんばかりに、涼しい顔をしている。


「…………すげぇ」


 ポツリと呟いたのは、アルフレッドに懐疑的な態度を示していた若い騎士だ。

 周囲の騎士たちも同じくアルフレッドの手際の良さとその実力に目を丸くしている。

 あれが本当に、無能と蔑まれ皆から嫌われている第三王子の力なのかと。


(この方は……一体、どれほどの戦いを……)


 思えば今まで、不自然な報告書をいくつか目にしたことはあった。『ラグメント』が現れたという知らせを受けたというのに、いざ現場に赴いていればそのような痕跡は一切なかったことが。


 あれが全て、アルフレッドの仕業だとすれば。


 ……なぜ彼が今になってその実力を露わにしたのかは分からない。

 ……なぜ彼がそれまで頑なに隠していたのかは分からない。


 しかしグラシアンは、同じ戦いに身を置くものとして、心の中で第三王子アルフレッドへの敬意を抱いた。


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