09.差別
「…………成功したぞ!」
周囲から歓声が上がる。
サラは聖女を召喚する魔法陣の上に倒れていた。
ゆっくりと目を開けた。
目の前に映るのは、あの部屋で最後まで蹂躙し笑みを浮かべていたアンジェリカの姿。
そして平気な顔で騙して、あっさりと捨てたカーティスの姿もあった。
横をチラリと見てから、困惑するフリをしながら辺りを見渡した。
(……本当に、過去に戻ってきた)
そして裏切り続けた面々が、此処には全て揃っている。
吐き気と共に、自然と涙が溢れ出た。
嬉しくて笑いそうになる口元を隠すように手で押さえた。
以前は、戸惑いと恐怖から泣いて怯えていた。
何も知らずに異世界に来てからは、ずっと怖くて仕方なかった……けれど。
ーーーー今はどうだろう?
「ようこそ、ライナス王国へ」
泣いていること気づいたアンジェリカは、腕を回してそっと抱きしめる。
全身にぞわりと鳥肌が立ち目を見開いた。
震える手でアンジェリカの腕から抜け出した。
このままだとアンジェリカの腕を引き千切ってしまいそうだったからだ。
「大丈夫かしら……」
「……怯えてるみたいだね」
(気持ち悪い、気持ち悪い……気持ち悪いッ)
今すぐに触れられた部分を拭いたかった。
「とても可愛らしい異世界人ね……大丈夫、怖がらないで」
「さすがライナス王国の聖女だね……」
「お褒めいただきありがとうございます、カーティス殿下」
二人は今、優しい笑顔を浮かべて偽善者の仮面を被って接している。
それが分かるから腹立たしいのだ。
「ここはライナス王国……」
「………」
「女神ライナスに護られている素晴らしい国なのです」
「……家に、帰らせてください」
顔を背けて震えながら、異世界に来た少女が言いそうな言葉を適当に吐き出した。
湧き上がる激情を抑えるのに必死だった。
「……僕達には君の力が必要なんだ」
「カーティス殿下の言う通りですわ……!貴女はわたくし達の救世主なのですから」
どうしても死に際に、嘲笑うアンジェリカ達の顔と重なってしまう。
そしてあの憎たらしい女神の言葉も……。
けれど今、感情を抑えなければ全て台無しになってしまう。
自分自身を落ち着かせるように、下を向いて服を握りしめた。
腹の奥底から憎しみが煮えたぎる。
(…………嘘、うそ、嘘、お前達の言葉、全部がウソだッ!)
今すぐにその顔を地面に叩きつけたい衝撃を抑えながら、嘘に上塗りされた話を聞いていた。
爪が手のひらに食い込むのを感じながら、二人を睨み付けた。
復讐の為ならば、どんな事でも我慢出来る。
その汚い手を、踏みつけるその日まで……!
(………全て、ぶっ壊してやる)
「……どこか具合が!?」
「………大丈夫です。気分が悪くて」
「それは大変だ!すぐに水を……っ」
「……もう、治りましたから」
「そうか……なら良かった」
「それより私は、これからどうなっちゃうんですかねぇ……?」
困惑した笑みを作ってから言った。
このままどうなるのか……嫌というほど知っている。
「申し訳ないが、詳しい話は父上の元に行ってからでいいかい……?」
「父上……?」
「僕の父は国王なんだ」
カーティスに言われるがまま足を進めた。
細心の注意を払って表情を作っていた。
何も知らないカーティス達と、全てを知るサラは国王の前に立っていた。
「異世界の聖女よ……名は何と申す」
「……………サラ、です」
「聖女サラ……いい名前だ」
「サラか、綺麗な名前だね」
そして以前と同じように神官が現れて、二人の額に手を当てる。
聖女としての力を推し量っているのだろう。
あの時と全く同じ……けれどもう『純白の聖女』ではない。
「あぁ、アンジェリカ様の聖女としての力は素晴らしいです……!」
「おぉ……さすが女神に選ばれたライナス王国の聖女だ」
「恐れ入りますわ」
「サラ様は、その……」
神官が口籠もる。
どうやらサラの力は極限まで抑えられているらしく、戸惑う程の弱さなのだろう。
(無能な聖女だなんて……どう考えても)
「……アンジェリカ様、どうぞこちらへ」
「はい」
「アンジェリカ嬢……僕の手を」
「アンジェリカ様は素晴らしいお力が…っ」
人々に群がられて嬉しそうなアンジェリカは、放置されている此方の様子が気になるのか、此方に声を掛ける。
「サラ様……」
「私……聖女の力があまりないみたいですね」
「落ち込まないで、サラ様……きっと何かの間違いよ」
するとカーティスは困ったような表情を浮かべて此方に声を掛けた。
「歴代の異世界の聖女達は皆、素晴らしい力を持っていたんだよ」
「………」
「……なにかの手違いかもしれないね」
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