第89話 アクセサリー職人、マローンの場合 〈三〉

「あなた、りゅんりゅんねっ!? 洞窟から出てきたの?」


 ミミーは長年のともだちと話すように、気軽にりゅんりゅんに話しかけた。りゅんりゅんの方も、まんざらでもないらしく、ひさしぶりーなんてあいさつをしている。


「せっかく和んでいるところを悪いが、一度店を閉めてもらえないか? ミミー様がここにいることがバレると都合が悪いのだ」


 言われなくとも閉めるさ。こんな状況でアクセサリーなんて作っていられるかっての。


 おれは素早くドアに鍵をかけると、あわててすべてのカーテンを閉めた。


「ちょっと男くさいけど、奥に母屋がある。移動するか?」


 ここだと、いつまた警備員に乗り込まれるかわからない。だったらなるべく早く工房の電気を消して、移動するべきだ。


 さいわい、先ほどの警備員は母屋の存在に気づいてなかったからな。


「そうね。それでいいわ。あたし」


 自分にたしかめるように、一言ずつ、区切るようにミミーが言った。


 母屋に移動しても、ぼろ家なもんで、風が吹くだけでガタガタ揺れる。ミミーはそのたびにおどおどしていた。ごめんな、こんな家で。


「それで? ミミーが、いや、ミミー様がどうしてここんなところに?」


 過去の記憶がよみがえった今となっては、名前に様とかつけるのがなんだかこっぱずかしかった。


「つれないのね。前はミミーって呼んでくれていたのに」


 ドレスの上からガウンを羽織ったミミーの前に、ココアを置く。ちゃんとマシュマロ入りだぜ。だが、すねた顔はあいかわらずおさなく見える。


「いただきます。……おいしいっ!! なんて言ったらいいのかしら。えっとねぇ。あたし、やっぱりマローンのお嫁さんになりたいの。その気持ちがあふれてきて、気がついたらカレンにこの場所を聞き出して、連れて来てもらっちゃったの。ごめんなさい。こんなのって、迷惑よね? あたし、なにも考えないでここまで来ちゃった」

「いや。またミミーの顔が見られてうれしいよ。前よりずっと、きれいになったな」


 おれにしては、かなり勇気のいる言葉だったが、まだ緊張が解けないミミーは、そわそわと落ち着かなかった。


「マローンは、あたしのことを思い出せた?」

「ああ。みんなのことも全部な」

「じゃあ、結婚して」

「それは無理だ。ミミーはこうして今はお姫様なわけだから、おれなんかとそういう話になれば、確実に反対される。駆け落ちなんてのも、あんまり乗り気じゃない」


 りゅんりゅんはおれの首にからまったまま、名案ー!! と大声で叫び始めた。


「おまえ、なに言ってるの?」

「マローンはまったくせっかちだなぁ。りゅんりゅんは、ヒルの姿でここにきた時より、ずっと大きくなっているのがわかる?」

「ああ。最初は山ビルだったよな?」

「そう! だけど、みんなの感情を吸収しているうちに、大蛇になっちゃった。あと少しで古代竜になるよ。でも、その前にやらなくちゃいけないことがあるんだー」


 りゅんりゅんはやたらともったいつけて話をつづける。


「今のりゅんりゅんの状態だと、ちゃっかり人間の姿に戻れそうなんだよね。なによりも、古代竜の感情を完全に消すことができているんだから」

「人間? どんな?」

「マローンが望む姿だよ。りゅんりゅんこれから、ミミーの姿に化けて、お城でお姫様をしてあげる」

「そんなすぐバレる嘘、つくなって」

「嘘じゃないよ。できるよ。でも、その代わりミミーに少なからずリスクを負わせることになっちゃうの」

「なら、反対だ」


 即否定したおれの腹を、大蛇のりゅんりゅんが締め付ける。まずい、これは死ぬかもしれない。


「最後まで聞いてよ。たしかにりゅんりゅんはこれからお姫様として暮らしてあげることはできるんだけど、そうするとミミーの姿に化けるために、生命エネルギーを少しだけわけてもらわなくちゃいけなくなるの。DNAってやつをね。じゃないと、バレちゃう。そして、その対価としてミミーの姿は三十代半ばになっちゃうんだ。でもね、たったそれだけでなんの害もないの。これだとみんながしあわせに暮らせるじゃない?」

「そんなヨタ話、だれが信じるんだよ。だいたい、普通に年をとるのと、いきなり年をとるのとじゃ、精神的なダメージが大きいだろうが」


 そんな、悲嘆にくれるミミーを見たくない。そう言いかけたところで、ミミーがおずおずと手をあげる。


「あたし、それでいい。マローンといっしょに暮らせるのなら、それがいい。本当は、りゅんりゅんのことを生んであげたかったのだけれど、これはこれで、生まれ変わりなのだと思えば、たぶんおなじことだと思うわ」

「ミミー、本当にそれでいいのか?」

「うんっ!!」


 ミミーはおれの手を握った。


「これからはマローンといっしょにいられるなんて、夢みたい」


 おれは、まだ夢見がちなミミーの手を振り払った。


「気持ちはうれしいけど、おれは納得できない。それってミミーの寿命が十年近くも縮んじまうってことだろう? そんなの、嫌だっ!!」


 おれは、ミミーにたのしく長生きしてもらいたい。


 たくさんの気持ちが錯綜する中で、ミミーはフードを取り払い、自分の頭に載っていたティアラをりゅんりゅんの頭に載せた。


「これは、あたしの決意。だから、マローンにも反対させない。あたし、マローンのお嫁さんになりたい。いっしょに暮らしていきたい。いっしょに笑いあいたい。そういう関係でいたいの」


 その笑顔はとてもうつくしくて。


 おれは、ミミーの手を取り、試作品の指輪を彼女の左手の薬指にはめた。


「なら、やってみるか?」


 覚悟は決まった。両親に捨てられたおれのために、ここまで深い愛情を示してくれるミミーを突っぱねる理由なんて、もうない。おれは、ミミーが好きだ。絶対にしあわせにしてみせる。


 つづく

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