第56話 救出

 なさけない話がつづくが、おれはこう見えても体をきたえているつもりでいた。今日までは。だが、こうして必死にブロックに足をかけ、そんなおれの背中をカレンの細腕で支えられて、ようやく人ひとり通れるくらいの幅しかない。それでもワッシャンはおれに目の前のブロックを静かに押すようにとささやいた。


 ここが監獄の下なのだとしたら、当然魔族の見張りもついているはず。決して油断してはならない。


 おれはワッシャンに手元を照らしてもらいながら、慎重にブロックを押した。そのわずかなこすれる音の向こうで、人の気配を感じる。ええい、ままよ。


 完全にブロックをひとつ、押し上げたところで、急に視界が明るくなった。


「いいぞ。もう一枚押すんだ」


 ワッシャンに言われて、おれは冷や汗をかきながらブロックを押した。かなり開けた視界の中に、おどろいた顔のミミーと目があう。だが、ミミーは静かに口を閉ざし、なんでもないわとでも言うようにおれに首を左右に振って見せた。


 そして、すぐそばにいる小柄な女の子に、おれのことを視線で伝えた。女の子は最初、おれの顔を見てひどくおびえたが、すぐに察してくれた。


 ミミーは、ひとりずつここから逃すつもりだ。彼女をブロックの時よりさらに慎重におれの肩に足をかけさせ、静かにおろす。そこまで来れば、あとはカレンが助けてくれる。


 ミミーは見張りに目を配らせながら、ひとり、またひとりとか細い女の子たちをおろしていった。


 どうやら衛兵は居眠り中らしく、うまいこと十人ほどを檻から解放することができた。あとは、ミミーだけだ。


 だが、その瞬間、にぎやかな足音が近づいてきた。


「馬鹿者っ!!」


 衛兵は紫色の顔をした、両側の側頭部から角を生やした男に棍棒で殴られた。


「でえっ!? 人質はどうしちまったんだっ!?」


 まだ寝ぼけているのか、状況がわからないまま、衛兵は紫の鬼の足元に額をこすりつけた。


「すみませんっ!! おれのせいで」

「鍵を渡せっ!!」


 紫色の鬼は、強引に鍵をひったくると、鍵穴に鍵を差し込んだ。


「ミミー、早く来いっ!!」


 おれの声が聞こえているのに、ミミーはブロックの穴に蓋をするように体をかぶせた。


「あたしより、みんなを安全な場所へ!! 早くっ」

「ここかっ!!」

「きゃあっ!!」


 紫色の鬼は、乱暴にミミーを蹴飛ばすと、おれの顔めがけてなんだかわからん術を放ってきた。瞬間的に、ダイヤモンドシールドで防ぐ。


「ミミー、必ず助けに行く!! 絶対だからなっ!!」

「そうか、この娘がそんなに大切か。ならば残りの少女たちや女神と交換だ。大広間に来い。聞こえているのだろう? 元国王」


 紫色の鬼がワッシャンに叫んだ。


「この娘はそれまで生かしておこう。さらばだっ!!」


 ブロックがふさがれて、また闇に包まれる。助け出された女の子たちは、一様にざわめいていた。


「あのっ。助けてくださったのはありがたいのですが」


 最初に助けた小柄な女の子がおれへつめよる。


「ミミーさんを助けられなくて、ごめんなさいっ!!」

「ああ、それはおれがやるべきことだ」


 そっけなく言い過ぎたか? いろんな意味で今は余裕がないんだ。


「お嬢さん方は魔族が攻めて来ないよう、ここで待機していてくれ。カレン、たのめるか?」

「ああ。どうかミミーのことをたのむ」

「たのまれた。ワッシャン、すまないが大広間までの道のりを案内してくれないか? その後は、カレンたちとここで待っていてくれ」


 まだざわざわと落ち着きのない少女たちを落ち着かせようと試みるが、どうしてこっちはおっさんだ。ワッシャンを連れて行ってしまったら、暗がりで心配だろう。


「ワッシャン、ここから先は、おれひとりで行く。彼女たちをたのむ」

「マローンよ、それはカッコつけすぎではないか?」


 ワッシャンは羽根を広げた。少々弱ったように見える女神様が、いつものようにあらわれた。


「ごきげんよう。みなさま、どうかこれをお持ちください」


 女神様は、カレンを中心に何人かの女の子にランタンを配った。


「これで少しは不安はやわらぐはず。魔族は、この通路に侵入できない結界を張ってあるので大丈夫です」


 さすがは女神様だぜ。


「さぁ、マローン。行くのです」

「おぅ!!」


 おれはカレンにあいさつをして、ワッシャンが先導する道をひたすらに歩き始めた。


 つづく

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