第19話 アクセサリーの価値
宿屋に直行したおれたちは、宿主におれの手づくりアクセサリーを見せた。
「全部でどのくらいの価値があるんだ?」
宿主は、奥で飲んでいた宝石商の男を呼びよせた。
「この手の話はおれもくわしくないから、詳細はこいつに聞いてくれよ。宝石商のドリーだ」
「よろしく、ドリー」
ドリーは一言も発しないまま、アクセサリーから目を離さず、懐から手袋を取り出してはめた。そしてメガネの上から虫眼鏡を上下させると、ほう、とため息をついてでっぷりとふくらんだ腹をたたいた。
「石はふつうのアメジストだが、ものはいい。なにより土台の金属が上物ときている。あんた、これをどこで手に入れなさった?」
女神から、とは口が裂けても言えない。そんなことを言ったら、これまで以上に盗賊に命を狙われかねない。うっかりジョージが口を挟まないよう、ここでマリンが気を利かせて彼の唇をうばう。あら、とミミーが首まで真っ赤になって、目をそらす。
「出どころは言えねぇが。宿代くらいにはなるのかい?」
「ああ、全員分の宿賃と食費くらいにはなるだろう。あんた、他にもなにか持ってないのか?」
「あったら買ってくれるのかい?」
「ああ。ここまで繊細なアクセサリーは初めてだ」
そうか。この世界では、ワイヤーアートなんてものはないんだな。アクセサリーも、守護魔法をかけたものくらいしか流通してないのか? と、すると、一攫千金も夢じゃねぇってか!?
「おい、趣旨を履き違えないでくれたまえ。ぼくたちは一攫千金ではなく、魔王城奪還に向かっていることを忘れてくれるなよ?」
とっさにカレンに釘を刺されちまった。まったく、心の中までお見通しってわけか。
「そうか。あんたら、魔王城奪還に向かうのか。そういえば、この宿屋に着く前におもしろい話を聞いたな。仲間に裏切られて首を斬られたヒーラーが後ろ前に頭をくっつけちまったなんてまぬけな話をな」
そのまぬけな張本人の前とも知らず、くっくっくっとドリーが喉を鳴らして笑う。当事者であるおれは、なんにも言えねぇ。
「そのまぬけ面、あんたらも見たくないか?」
とたんに酔っ払いどもが結託してがはがはと笑った。おれは、ふるふるとふるえるミミーに大丈夫だと目で合図した。こんな中傷、ヒロユキにはしょっちゅうされていたんだ。大方、あいつが尾ひれをつけてうわさをばらまいているにちがいない。だからっていちいち腹を立てていたんじゃ、こっちの身が持たねぇ。ま、気にしねぇことが一番よ。
「そいつは見ものだな。ところで、今夜中にアクセサリーを作るつもりだが、どんなのがいいんだ?」
「その口ぶりだと、あんたの手づくりかい? あの繊細なモチーフはいいね。ブローチもいいが、指輪やアンクレットなんかも冒険者には人気があるんだ」
「へぇ? そりゃいいことを聞いた。こういったアクセサリーなんかは、その辺でも売れるのかい?」
「それはどうかなぁ?」
ドリーは年相応にせり出した腹をさすってからぽんと叩いた。
「おれなら言い値で買ってやれるがね?」
「だが、次に向かう場所がわからないだろう? まさか、いっしょに魔王城奪還に向かうわけにもいくまい?」
「現場は無理だな。だが、前もって宿屋を教えてくれれば、先回りして行ってやることもできるが?」
「マジか。それストーカーみたいじゃないか?」
「ストーカーってなんだ?」
ドリーをはじめ、一同がざわめき出した。
「いや、なんでもない。それで? あんたは宿屋にもくわしいのかい?」
「ああ。なんなら魔王城近辺までの宿屋の地図をやろうか?」
「ただ? いや、そんなはずねぇよな」
いくらなんでも、宝石商がそんなザルな商売はしないだろう。
「地図はただでやるさ。その代わり、おれとだけ取引すると約束してくれないか?」
「うーん、でもなぁ?」
おれがしぶっていると、ドリーのやつが虫眼鏡をおれに向けてきた。
「じゃあ、相場の二倍で買い取るっ!!」
おや? これは自分で思っていたよりも価値のあるものだったりして? そうなると俄然欲がわいてくるのが人情だ。
「いいや、五倍でどうだい?」
「三倍っ!! それ以上は出せん」
「よし、乗ったっ!!」
そうして契約書にサインしているおれを、カレンとマリンが冷たい目で見ていたことを、おれはまだ知らなかった。
つづく
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