第5話 魔王城とマローンの生い立ち

 それは、今から五年ほど前のことだった。この世界でただひとつしかない城に、突然魔法陣が転移してきた。一説によると、城の関係者が大広間に魔法陣を描いたとかいううわさもある。そして、魔法陣からあらわれた魔族は王族と戦い、魔族が勝ってしまった。そして、王族のためだった城は、そのまんま魔族に乗っ取られちまったのだという。


 以来、みんなその城のことを魔王城と呼ぶことになった。幸いなことに、大魔王は降臨していないようなのだが、なにやら複雑な理由がある模様だ。


 この世界にひとつしかない城にいた王族たちがどうなってしまったのかは、おれには知る由もない。悲しい結末になっていないことを祈るばかりだ。


 今のところ、魔族がどんな連中なのかもわからない。幸運なことに、まだ会ったことがないからな。


 だが、ここ数年で状況は変わり始めている。突如として、年若い女性たちが魔族に連れ去られるという事件が勃発しはじめているのだ。腐ってもおれは冒険者だ。それを黙って見過ごすことはできない。というわけで、魔族をやっつけに行くことに決めたんだ。


 この世界に生まれ落ちて、親に捨てられたおれは、施設で育てられた。十六歳でヒールの力を活かして施設から独立。マッサージ店のアルバイト店員として雇ってもらうも、まだ平和だったこの世界に来る客はなぜかそろってツケでマッサージして帰って、もう二度と来ないという踏み倒しのせいですぐに閉店に追い込まれた。


 その後、ヒロユキにスカウトされたおれは、なんの因果か魔王城奪還のヒール役に抜擢された。なんだかヒロユキは前世からおれのことを知っていたようだが、おれはさっぱり思い出せないままでいる。


 閉店からスカウトまでの間をかなり端折っちまったが、マッサージ店でアルバイトをしてはクビになり、という不毛な時間を繰り返していたわけだ。


 な? これなら魔王城を奪還するしか道がないだろう?


 そんなわけで、おれは魔王城へと向かっているのだとミミーに話した。


 ミミーは、胸元から化粧用のコンパクトを取り出して、これでいつも、おれのことを見ていたのだと言った。なんでも、おれの姿が見える魔法の鏡なのだそうで。それ以外の使い道はないという。


 なんなら魔族が転移してくる前からおれのことを探していたということまでカミングアウトしてくれた。なぜ? そこまでしておれなんだろう。だけど、それを聞いてはいけないような気がして、そこいら辺はミミーもぼかして話していたし、まぁ、そんなこともあるんだなと漠然と思っていた。


 だからミミーがどんな経緯で魔王城討伐に向かうのかなんてことはこれっぽっちも考えてなかった。きっとあの女神様がなにか言ったのかもしれないと、脳裏で思っていたのも一理ある。


 ミミー。猫耳、猫しっぽを持つ、すごい美人さん。わずかにあどけなさも残ってはいるが、成人してはいるようだ。獣人の成人がいくつなのかは聞いちゃいない。そんな無粋な真似、できるわけねぇだろ?


 ワッシャンについても同様で、大賢者様を前に、あなたお年は? なんて聞けるわけがない。


 そうしておれたちは、無謀な旅をつづけるのだった。


 つづく

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