第536話 最後のひと働き

 転職神殿でひと仕事終えたライトは、昼食を摂るべくラグナロッツァの屋敷に移動した。

 二階の自室で着替えてから階下に下りるライト。

 一直線に食堂に向かうも、ラウルの姿が見当たらない。

 はて、ラウルどこに行ったんだろ? どこか出かけてるのかな? とキョロキョロと探し回っていると、外から複数の人の声が聞こえてきた。


 あー、そういえば今日ガラス温室が完成して引き渡されるって言ってたっけ、と思い出しつつ玄関から外に出たライト。

 するとそこには、職人達と早めの昼食を食べているラウルがいた。

 ピクニックよろしく敷物を敷いて、皆で一ヶ所に座って賑やかに会話を交わしながら昼食を食べている。


「あッ、ラウル、ここにいたんだね。今日はお外でお昼ご飯してるの?」

「おう、ライト。ガラス温室の工事も今日で終わりだからな、ガーディナー組の皆といっしょに昼飯食ってんだ。ライトもこっち来ていっしょに食うか?」

「うん!」


 ラウルの誘いに機嫌良く乗っかるライト。早速ラウルの横に座る。

 ラウルの周りにはガーディナー組の職人達が全員揃って座っていて、彼らもライトを快く迎え入れる。


「坊っちゃん、いらっしゃい!」

「皆さんもお仕事お疲れさまですー。ガラス温室が今日完成するって聞きました」

「ええ、後でラウルさんに四棟全部の中を最終確認していただき、そこで問題がなければ本日引き渡しの予定です」

「そうなんですね。ようやくラウルの念願が叶うね!」

「ああ、それもこれも皆のおかげだ」


 ライトがラウルに満面の笑みを向けつつ、ライト自身も喜ぶ。

 思い起こせば、ラウルがこのラグナロッツァの屋敷で家庭菜園を始めたい!と考えている、と初めて聞いたのが公国生誕祭の時。そこから三ヶ月半程度で、ガラス温室の建設が実現してしまった。

 とんとん拍子という言葉ですら足りないほどのスピード実現である。


 その間に、ラウルが資金作りや肥料調達のために冒険者登録したり、その冒険者の仕事でラウルが瀕死の重傷を負ったりなど、思わぬ方向に発展したりもしたが。それも今となってはいい思い出だ。

 いや、瀕死の重傷が良い思い出な訳がないのだが。ここは『良い経験』に置き換えておこう。


 いずれにしても、ラウルの夢が叶って良かったな、と思うライト。

 もともとはラウルの料理という趣味が高じて『料理だけでなく、その素材から自分で作りたい!』という願望から始まったことだ。

 料理一筋のラウルに他の趣味ができるのも良いことだし、何より家庭菜園で美味しい野菜ができればラウルがより美味しい料理を作れるようになって、ライト達も美味しい料理に与れる。

 家庭菜園の成果が得られるのはまだ当分先のことだが、今からとても楽しみである。


 するとここで、とあるものがライトの視界に入る。

 それはガラス温室の向こう側に置かれた、堆く積み上げられた煉瓦の山だった。


「ねぇラウル、あれは何? 煉瓦?」

「正解。ガーディナー組で煉瓦も安く売ってるって聞いてな、思いきって買うことにしたんだ」

「焼窯用のやつ? 煉瓦から作るんじゃなかったの?」

「最初はそのつもりだったんだがな。土の用意はともかく、砂を混ぜる配合とか難しそうでなぁ……それに、ガーディナー組の方でも耐火耐熱の煉瓦を二百個で5000Gで売ってくれるって話だったから、煉瓦だけはもう買った方が早いと思ってな」

「そっかー、そりゃそうだね。それに今のラウルなら、5000Gくらいすぐに稼げるもんね」


 ラウルから事情を聞いたライトも納得し頷く。

 一度は節約のために煉瓦も一から作る予定だったが、ガーディナー組で耐火耐熱の煉瓦を安く売ってくれるならば、それを利用した方がいいだろう。

 煉瓦を一から二百個作る手間や、土と砂の配合比率の研究を重ねる労力。それらを合わせて5000Gで解決できるとなれば断然そちらの方が良いに決まっている。


「じゃあ焼窯もすぐに作れるね」

「ああ、煉瓦を積む目地材のモルタルもガーディナー組から購入したからな。明日からでも早速焼窯作りに取り掛かれるわ」

「え、モルタルも買ったの?」

「おう、煉瓦の積み方や目地材の塗り方のコツなんかも職人から教えてもらったぞ」

「いつの間に……すごいね、ラウル」


 聞けば煉瓦を購入しただけでなく、目地材のモルタルも購入済みで、果ては煉瓦の積み方まで職人達からレクチャーを受けたという。

 しかも煉瓦製焼窯の簡単な図面まで引いてもらったらしく、ホクホク顔のラウル。

 ラウルの抜け目のなさに、心底驚嘆するライト。

 一体どれだけガーディナー組の職人達と仲良くなったんだろうか。

 感心するライトに、職人達が次々と声をかける。


「ぃゃー、工事の間中ずっとラウルさんには美味しいおやつや冷たいおしぼりとか、そりゃもう最高の差し入れをしてもらってたしな!」

「そうそう、その恩返しと言っちゃあ何だが、俺達で分かることやできることなら何でもお返ししたいしな!」

「ああ!しかしそれも今日で食べ納めと思うと、ものすごーく寂しいが……」

「ホントだよ、明日からはもうラウルさんの差し入れがないと思うと、すんげー寂しい……」


 職人達が口々に語る言葉に、ライトは職人達がここまでラウルに良くしてくれた理由を知る。ラウルの美味しい料理は、ガーディナー組の職人達の胃袋をも早々に掌握していたのだ。

 ラウルの料理の美味しさを、身を以て知っているガーディナー組の職人達。ニッコニコの笑顔になったり、かと思えばそれも今日で終わることをものすごく残念がって落ち込んだり。

 皆の表情がコロコロと変わり、なかなかに忙しそうだ。


「ラウルさん、また建設依頼や建材の用命があったら、いつでもガーディナー組に依頼してくれよな!俺達がすっ飛んでくるからよ!」

「そうそう、これから午後はお屋敷の外壁や門の壁などの点検もするから、もし補修が必要な場合は是非ともガーディナー組に任せてくれよな!」

「ええ、その際には是非ともこのイアンをご指名くださいませ。今回同様、誠心誠意お仕事させていただきます」


 職人達の頼もしい言葉に、現場監督を務めるイアンまでもがちゃっかり便乗する。

 涼しい顔でシレッと美味しいところを颯爽と持っていくイアンに、他の職人達が一斉にガビーン!顔でショックを受けている。


「あッ!イアンさん、抜け駆けずりぃ!」

「何を仰いますか。これは立派な営業活動ですよ?」

「イアンさん、そん時ゃ絶対に俺達も連れてってくれよ!」

「もちろんですとも。ただし、受注工事の規模によっては六人も連れていけるかどうか分かりませんが」


 イアンの冷静な言葉に、はたと顔を見合わせる六人の職人達。

 しばし互いの顔を見合った後、何やらゴニョゴニョと話し合いを始める。


「そしたら日替わりで順番に行こうな?」

「おう、行く順番はじゃんけんで決めような」

「最低でも一人一回は行けるようにしような!」


 彼らの中では、レオニス邸からの工事受注が再来することが確定しているようだ。

 まだ外壁点検もしていないうちから、何とも気の早い連中だ。全く以て捕らぬ狸の皮算用もいいところである。


 ラウルにガッシリと胃袋を鷲掴みされた、ガーディナー組の者達。

 その面々の仲睦まじさに、思わずライトも笑みが溢れる。


「ラウルも職人さん達とすっかり仲良しなんだねぇ。工事に来てくれたのがこんなに良い人達ばかりで、本当に良かったね!」

「ああ、これもライトのおかげだ」

「ン? そなの? 何で?」

「だって、職人達に気持ち良く働いてもらうには俺の差し入れがよく効くって、ライトが教えてくれただろ?」

「……ぁぁー、アレね。そんなことも言ったっけね」


 ライトは半ば忘れかけていたが、そういや温室工事が始まる前にそんな話もしたっけな、と思い出すライト。

 何気なく口にしたアドバイスだったが、よもやこんなに効き目があろうとは思いもしなかった。

 周りの職人達も「ラウルさんに差し入れをするように言っってくれたのは、坊っちゃんだったのか!」「おかげで俺達、毎日ここの仕事が楽しみだったよ!」「坊っちゃんのおかげだ、ありがとうな!」と口々にライトを褒め称える。


 皆のあまりの大絶賛ぶりに、何だか気恥ずかしくなるライト。

 照れ笑いしながらラウルに語りかける。


「ぼくはラウルにきっかけを作っただけで、職人さん達と仲良しになれたのはやっぱりラウルが頑張ったからだよ。良かったね!」

「ああ、そのおかげで煉瓦も安く買えたし、いろんなことも教えてもらった。皆ありがとう」

「いいってことよ!」

「さ、皆さん、そろそろ午後の仕事を始めるとしましょうか」


 時刻は午後の一時を回った頃。イアンの掛け声をきっかけに職人達が立ち上がる。

 今日はラウルがお昼ご飯を皆に振る舞い、もう十分に英気を養った職人達はやる気満々である。


「俺達もあと半日、仕事を精一杯頑張るぜ!」

「皆よろしくな。また三時になったらおやつを差し入れするからな」

「皆さんお仕事頑張ってくださいね!」

「やったー!」

「ッしゃーーー!これで勝つる!」


 ライトとラウルの励ましに、職人達はニカッ!と笑いながら大喜びしている。中にはガッツポーズを取る者までいる。

 仕事の合間のスイーツというご褒美は、何よりの励みになるだろう。それがラウル特製のスイーツならば、尚の事である。


「さあ、最後のひと働きです、全員気を引き締めて頑張りますよ!」

「「「おう!」」」


 イアンの昼礼の言葉に、職人達も全員気合いの入った声で応える。

 眩しい笑顔の職人達を送り出した後、ライトとラウルは屋敷の中に入っていった。





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 作中は黄金週間入り直前の四月末ですが、リアルでは梅雨明け直後にとんでもない猛暑日が続いていますねぇ。今日の伊勢崎市は気温40℃を超えたとか。ホントもうびっくりですよ。

 内陸地の某盆地住まいの作者も、例に漏れず家ごと煮えております。もうね、伊勢崎市ほどじゃないけど38℃とかマヂ煮え煮えでチぬ(;ω;)

 もう電気代とかケチッていられません、ガンガンにクーラーつけないと家ン中で熱中症なっちゃう><

 六月末でこの暑さとか、本気でおかしい。やってらんない!><

 読者の皆様も、くれぐれも体調にお気をつけくださいませ。

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