第491話 モテる男の条件

 遅めの朝食を食べ終えたライト。

 今日はこれから何をして過ごそうかなー、と思案する。

 昨日一昨日の遠征でまた新たな素材類をたくさん入手したが、さすがに今日くらいは一日のんびり過ごしたい……となると、さてどう過ごしたもんか……

 ライトはあれこれ考えた挙句、一つ思いついたことがあった。


「ねぇラウル、前に話したオーガの里のことなんだけどさ。今日行ける?」

「あー、料理で酒の使い方を教えるっていう話のことか? もちろんいいぞ、今日は特に予定もないしな」

「ありがとう!……あ、そういえばラウルとマキシ君にもゲブラーでお土産買ってきたんだ、アイテムリュックに入ってるから後で渡すね!」

「俺やマキシにまで土産を買ってきてくれたのか? ありがとうな」


 ラウルからオーガの里へのお出かけに快諾をもらったライト、ふと思い出したようにゲブラー土産のことを伝える。

 昨日冒険者ギルドゲブラー支部で、レオニスが奥の事務室で話をしている間にベンチで寝落ちしてしまったライト。だが寝落ちする前に、ゲブラー支部の売店で皆へのお土産だけはちゃんと買っていたのだ。


「じゃ、ぼくお出かけの支度してくるからちょっと待っててね!」

「おう、そんなに急がんでもいいぞ」

「ラウル、五分後くらいに転移門のある部屋に来てねー」

「了解ー」


 ライトはそう言うや否や、食堂の椅子からピョイ、と降りて自分の部屋に駆け出していった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「じゃあまずはカタポレンの森の家に行こうね」

「おう」


 ライトはラウルを連れて、ラグナロッツァからカタポレンの森の家に転移門で移動した。

 本当はウィカを呼んで目覚めの湖に移動した方が距離的に近いのだが、ラウルの殻粉砕作業の下見のためにカタポレンの森の家を案内することにしたのだ。

 転移門のあるライトの自室から、二人はすぐに玄関に移動し家の外に出た。


「おおお……思った以上にかなり広い敷地なんだな。解体作業場もあるのか、中程度の獲物ならここで捌けるな」

「でしょ? ここなら大きな砂漠蟹の殻も余裕で出せるし、作業もしやすいよね」

「何より騒音で近所迷惑にならないのが一番いいな!」

「ホントホント、それが一番大事だよねー」


 カタポレンの家の周囲をぐるりと歩きながら、ゆったりとした敷地の広さを直に見て回るラウル。

 これだけ広ければ、砂漠蟹の殻を出して叩き割る作業をしても全く問題なさそうだ。


 ラウルの殻処理問題がどんどん解決していく中、そろそろ本日のメインイベントに向かわねばならない。


「さ、じゃあ今からオーガの里に行こうか」

「おう、俺は場所知らんから案内よろしく頼むな」

「うん!ぼくの後をついてきてね!」


 ライトは勢いよく駆け出し、ラウルもライトの後を追ってオーガの里に向かって走り出した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そうしてカタポレンの森の中を駆けること約二十分程度。

 二人はオーガの里に到着した。

 早速中に入っていくライトとラウル。


 家々が密集する場所に近づいていくと、小さなオーガ達の集団を発見したライト。

 小さなオーガということは、オーガの子供達であろうか。

 ライトはその集団に近づき、声をかける。


「こんにちはー」

「ン?……あー、ライト君だぁ!」

「お、ライトじゃないか!」


 振り向いたちびっ子オーガ達の中に、案の定ルゥがいた。しかもジャンもいるようだ。

 二人だけでなく、他の子供達もライトのことはすぐに分かり嬉しそうにライトを取り囲む。どの子達も皆ライトとは単眼蝙蝠襲撃事件の時に出会っていて、ずっと議場で怪我をした大人達の看護を手伝い合った仲だ。

 オーガの里では大人達だけでなく、子供達にとってもまたライトは大恩ある恩人だった。


「ライト君、今日はどうしたの? パパに御用?」

「うん、この間お料理用にお酒をおすそ分けしてもらってさ。その時にラキさんから『料理人を連れてきて』って頼まれたんだ」

「リョーリニン? 何ソレ、美味しいの?」


 ルゥや他の子供達が、きょとんとした顔をしながら首を傾げる。

 やはりオーガ達には料理という概念があまりないのだろう。料理人と聞いても今一つピンとこないようだ。

 だが全く知らぬこととはいえ、鬼人族が『料理人てオイシイの?』と言うと全く別の意味になりそうで、思わずものすごーく怖いことを想像してしまうのだが。


「料理人自体は美味しくないから食べられないよ……料理人というのはね、美味しい食べ物を作れる人のことを言うんだよ」

「美味しい食べ物? お肉よりもっと美味しいの?」

「うん!お肉の食べ方一つだって、焼く以外にもいろいろあるんだよ!」

「そのリョーリニンてのはライトのことじゃなくて、あっちにいる兄ちゃんか?」


 ジャンがラウルのいる方を指差して問うた。


「うん、そうだよ。ぼくとレオ兄ちゃんが住んでいるおうちで料理を作ってくれる、ラウルっていう執事なんだ。人間じゃなくて妖精なんだけどね」

「そうか、妖精か。道理で里に入ってこれる訳だ。俺はてっきり結界が壊れたのかと思ったぜ」

「あ、うん、結界が壊れた訳じゃないよ!そこは安心してね!」


 ジャンの疑念に思わず慌ててフォローに回るライト。

 もともとナヌスの結界は『ナヌスに対して脅威となるかどうか』でその効果を発揮の有無を判定している。

 邪悪な者が多い人族はもちろんのこと、巨大なオーガ族や問答無用で襲撃してくる魔物なども排除対象である。その一方で邪悪な魔物以外の生き物、例えば幻獣カーバンクルのフォルや水の精霊ウィカなどは『森の友』という無害判定のもと素通りできるという仕様だ。


 そしてそれはラウルもまたフォル達と同じで、カタポレンの森の妖精族プーリア出身であるラウルは『森の友』であり無害である存在として、ナヌスの結界は拒否反応を起こさなかったのだ。

 プーリアを厭い飛び出したラウルにとっては、何とも皮肉な判定だ。だが今回だけはその出自が良い方に働いたようである。


「じゃあ、今からパパのところに行く?」

「うん、もともとラキさんに頼まれたお願い事だからね。ラキさんにもご挨拶しないと」

「じゃあ私が案内してあげる!」

「いいの? 皆で今からどこか遊びに行くところじゃないの?」

「大丈夫!そのリョーリニンてのが美味しい食べ物を作るところを私も見たいから!」

「ありがとう!」


 ルゥがニコニコの笑顔でライト達の案内を買って出る。

 おしゃまな世話焼き女の子らしいルゥの愛らしい仕草に、ライトも癒やされつつ礼を言う。

 ライト達はルゥの言葉に甘え、ラキのいるところに案内してもらうことにした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「パパは今日はおうちの裏で薪割りしてるはずよ、朝ご飯食べた時にそんなこと言ってたもん」

「そうなんだー。族長自らが薪割りするんだねー」

「うちのパパは働き者さんだからねー。木を切り倒す他にも、皆のおうちの屋根を直したり井戸の水汲みしたり、何でもするよー」

「ラキさんって、そんなに何でもこなしちゃうんだ……すごいなぁ。とっても頼もしいお父さんなんだね!」

「うん!!私達家族はもちろん、里の皆全員がパパのこと大好きなのよ!」


 ルゥの家に向かいながら、のんびりと雑談するライト達。

 ルゥの話によると、今日のラキは家の裏で薪割りをしているらしい。族長と言えば里の最高権力者のはずなのに、率先して薪割りをこなすとは何とも働き者だ。

 しかも他にも様々な雑用を、里の民達のために精力的にこなしているという。


 もともとラキは、ライトにもいつも優しく接してくれている。ライトにとってもラキは親しみやすくて頼もしい、まさに理想の父親像である。

 ラキを褒め称えるライトの言葉に、ルゥも破顔しつつ肯定する。オーガの里の者達もさぞラキを慕っていることだろう。

 誇りに思える父親がいるということは、何にも勝る宝である。


 そんな話をしているうちに、ルゥの家に到着した。

 時折カーン、カーン、という音が聞こえてくる。ルゥの言っていたように、誰かが薪割りをしているようだ。

 家の中には入らず、裏手に回るルゥ。ライト達はルゥの後についていく。


「パパー、いるー?」

「……おお、ルゥ。どうした? 子供達と遊びに行ったんじゃなかったのか?」

「パパにお客さんが来たから、連れてきたのー」

「俺に客?……ライトか?」


 ルゥの後ろをヒョイ、と覗くラキがライトを見つける。

 ルゥは鬼人族なので、子供と言えどその背丈は既にレオニスと同じくらいの背丈がある。故に人族の子供であるライトは、ルゥの後ろにいるとすっかり隠れてしまい、前から見えなくなってしまうのだ。


 ライトは慌ててルゥの後ろから横に移動し、ラキに挨拶した。


「ラキさん、こんにちは!」

「おお、よく来てくれたな、ライト」

「先日はとても良い物を分けていただいて、ありがとうございました!」

「何の何の。あの程度のものであればいつでも分ける故、遠慮なく言ってくれ」


 にこやかかつ和やかに挨拶を交わすライトとラキ。

 早速ラキの方から本題に入る。


「して、今日はどうした?」

「先日お約束した、うちの料理人のラウルを連れてきました!」

「おお、もう我の願いを聞き届けてくれたのか。……そちらの者が、その料理人か?」

「はい、そうです!ラウル、こっちに来てご挨拶してー」


 ラキが一番後ろにいたラウルをちろりと見遣る。

 ライトが手招きしつつラウルに挨拶するよう声をかけると、ラウルは言われた通りにライトの横まで来てラキに挨拶した。


「初めまして。俺の名はラウル、レオニスに雇われてる使用人だ」

「ラウル、か。オーガの里にようこそいらした。我が要請に応じて来てくれたこと、心より感謝する」

「ライトに頼まれたからな。それにライトがもらってきてくれた鬼人族の酒、あれは実に良い物だ。味や匂いは一癖あるが、その分料理の味が劇的に変わる」

「我が里の酒を気に入ってくれたか、それは重畳至極」

「ああ。今後とも定期的に仕入れたいくらいだ」


 ラキへの挨拶も早々に、先日ライトからもらった鬼人族の酒を褒め称えるラウル。

 超一流の料理人であるラウルが『今後も定期的に仕入れたい』とまで絶賛するとは、よほどのことだ。それほどにラウルは鬼人族の酒を気に入ったのだろう。

 ちなみにラウルの横ではライトが「あのラウルが、自分から『初めまして』なんて挨拶を言えるなんて……ぅぅッ」と涙目で感激している。

 そしてラキの方も、ライトに譲ったオーガの酒を褒め称えられて非常に機嫌が良さそうだ。


「ラウルと言ったな。我が親友にしてオーガ族の大恩人であるレオニスとライトの友ならば、貴君もまた我にとって友である。今後ともよしなに頼む」

「俺は貴君なんて柄じゃないから、呼ぶなら名前で呼んでくれ」

「そうか、ではラウルと呼ばせていただこう。我のことも気軽にラキと呼んでくれ」


 まだ出会って数分もしないうちから、ラウルを全面的に受け入れるラキ。

 それもそのはず、ラウルはラキにとって大恩人であるレオニスやライトの関係者なのだ。しかも単なる知り合いではなく、二人が全幅の信頼を寄せていることがライトの口調からも見て取れる。

 二人の大恩人が身内のように扱う者ならば、それはラキにとっても無条件で信頼に値するのだ。


「敬語も別に要らんぞ。俺はしがない妖精族だからな」

「ほう、妖精族か。単なる人族ではないと思っていたが、妖精族とは思いも寄らなんだ」

「今は人里で暮らしている。レオニスの屋敷に住ませてもらう代わりに、料理やら掃除洗濯なんかの世話を焼く日々だ」

「妖精が人里に住むとは、ますます以て興味深い話だな」


 ラウルが早々に己の出自を明かす。

 鬼人族相手に出自を隠したり誤魔化したりする必要もないからだ。

 ラキの方もラウルが人族でないことは察していたようだが、妖精族とまでは考えつかなんだらしい。


「では早速だが、酒を用いた料理の指南をお願いできるか?」

「もちろんだ。普段料理をする者達を呼んで集めてくれ」

「承知した。子供達よ、各々の家に戻り母親達を呼んできてもらえるか? 母達には『族長の家に集合』と伝えてくれ」

「「「はーい!」」」


 ラキは周囲にいた子供達に、それぞれの母親を呼んでくるように頼んだ。オーガ族も料理を作るのは母親や女性達の仕事のようだ。

 族長ラキの頼みに元気良く返事をする子供達。すぐに各々の家に向かって駆け出した。


「では我が家の厨房に向かうとするか。女衆が来るまでに、何か用意しておくことがあれば何でも言ってくれ。我が妻が補佐しよう」

「承知した。何なら族長も料理を覚えてもいいんだぞ?」

「ン? 我も料理を習うのか?」

「おう。今の時代、男が料理したっていいんだぜ? むしろ料理が出来る男の方がモテるってもんだ」


 ここでラウルがラキにも料理教室への参加を促す。

 思わぬ勧誘に、ラキは思いっきり戸惑いながら答える。


「ぃゃ、我は既に所帯持ち故、今更モテる必要など全くないのだが……」

「嫁さんが病気したり寝込んだりした時はどうすんだ?」

「そういう時は、近所から食事を分けてもらったり、子供達を預かったりしてもらったりだな……」

「嫁さんの看病や料理ができる父親は、子供達に尊敬されるぞ? 何てったって、弱った母親を労り助けることができる父親だからな。尊敬しない訳がないだろう?」

「何ッ!? それは真か!?」


 ラウルの『モテる父親になれる』という話に、思いっきり食いつくラキ。

 ラキもまた娘を持つ父親の一人、そうした口説き文句には滅法弱いようだ。

 ラキはガバッ!と振り返りながら、ルゥの方を見て問いかける。


「ルゥよ、料理が出来る男は好きか?」

「ン?……ンー、どうだろ?」


 ラキから突然話を振られたルゥ、今一つ何のことか分かっていないようだ。

 必死な顔で慌てて娘に問い質す父親に、その意味が分からず頭の上に『???』をたくさん浮かべる娘。なかなかに面白いおかしい図である。


 娘への聞き方が適切でないラキに成り代わり、今度はラウルがルゥに優しく問いかける。


「族長さんよ、そりゃ聞き方が悪過ぎるってもんだ。……ルゥちゃん、パパが美味しいご飯を作れたら、どう思う?」

「パパが作る、美味しいご飯? 何ソレ、絶対に食べてみたい!」

「パパが美味しいご飯を作れるようになったら、パパのことが今よりもっと好きになるよな?」

「うん!今だってパパのことが大好きだけど、もし美味しいご飯作ってくれたらもっともっと大好き!」


 ラウルの質問の仕方の、何と恐るべきことよ。ルゥに言わせたい言葉を見事に引き出している。

 ラウルの思惑通り、明るい笑顔で問いに答えるルゥ。

 そしてその姿を見たラキに、数多の落雷が迸る。ズドギャーーーン!という音がどこからともなく聞こえてきた、気がする。


 ルゥに好かれたい父親ラキが取るべき選択は、この時点で既に一択となった。

 ワナワナと小刻みに震えつつ、ラキが拳を握りつつ高らかに宣言する。


「ならば我も料理を習おうではないか!ラウル先生、ご指南の程よろしくお頼み申す!」

「おう、任せとけ」


 こうして鬼人族の長もラウルの料理教室参加が確定したのだった。





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 ラウルのお料理教室 in オーガの里、族長参加確定です。

 男尊女卑等の意識はありませんが、料理に関しては基本女性陣が行うものという概念があります。

 そしてそれと同様に、オーガの里に法律だの何だのはありませんが基本的に一夫一妻制です。

 夫婦の契りを交わした後に浮気などしようものなら、男女関係なく血の豪雨が降ります。

 故にラキも今更モテる必要などなく、むしろ今からモテる方が危険極まりないのですが。相手が実の娘や息子となると話は別(ФωФ)


 特に娘から嫌われたい父親なんていませんよねぇ。今はまだルゥも幼くて『パパが一番大好き!』なお年頃ですが、いずれは思春期を迎えて親離れしていく運命。

 娘が最も自分を慕ってくれているうちに、少しでもその愛情を欲し絆を深めようと奮闘するラキの姿の、何と健気なことよ。ョョョ…… ←貰い泣き

 モテる父ちゃん目指して、頑張れラキ!

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