第487話 火の女王の願い

 ライト達の目の前に、突如現れた火の女王。

 レオニスから少し離れたところの斜め上に位置し、悠然と宙に浮いている。

 全身が青白く輝いていて、その透き通る見目鮮やかな青さはまるで水属性の女王かと見紛う美しさだ。



『あー……火ってのは、青白いほど高温なんだよな。大昔の理科の実験で先生がそんなこと言ってたっけ』

『バーナーやガスコンロの火が青いのは、ガスといっしょに空気を送り込んでたくさんの酸素を含ませてから燃やすから、ガスが完全燃焼する。その結果、より高温の火を発生させることができる……とか何とか』

『このサイサクス世界にはバーナーだのガスコンロなんてないから、青い火なんて久しく見てなかったけど……ここでもやっぱ温度によって火の色が変わるんだな』



 ライトは火の女王の姿を見上げ眺めつつ、前世での学習内容や一般的な知識を思い出している。

 実際に、今ライト達の目の前にいる火の女王。見た目の色こそ青色だが、その髪は炎の女王と同じくゆらゆらと燃え動く火の形をしている。


 ふわりと広がる青白い髪が煌めいていて、彼女の美しさをより一層際立たせる。

 先程までの、強大な威圧感に押し潰されそうだったライトはどこへやら。三人目の精霊の女王に逢えた感激とその見目麗しさにすっかり釘付けだ。


『其方らは―――人の子か? 何用でこの地に参った?』


 火の女王がライト達に向かって問う。

 よく通るその声は、威厳と自信に満ち溢れている。

 強者がまとう威風堂々としたオーラに、レオニスは怯むことなく平然と受け答える。


「あー、俺の名はレオニス、こっちはライト。お察しの通り人族だ。俺達がここに来たのは火の女王、あんたに会いにきたんだ。炎の洞窟に住む炎の女王に頼まれてな」

『炎の女王に、か? 確かに其方らから邪気は感じぬし、其方らの胸元からも妾と同族の者の気配がしてきてはいるが―――』

「これか? これは俺達が炎の女王や水の女王と知己があることの証として、それぞれ女王達から直々に授かったものだ」


 レオニスはまず名乗り、マントの内ポケットから炎の勲章と水の勲章を取り出し、火の女王に向けて見せる。

 それに遅れること数瞬、ライトも急いで炎の勲章と水の勲章を取り出して手のひらに持ち、火の女王によく見えるように両手を前に差し出す。


 それを見た火の女王は、表情を一切変えずに呟く。


『確かにそれらは妾の姉妹達の勲章に間違いないが……何用を頼まれたのだ?』


 火の女王からの問いに、レオニスはその経緯を話していく。

 炎の女王が穢れという呪いを植え付けられて魔力を簒奪されていたこと、その黒幕は廃都の魔城の四帝であること、その危機を縁あってレオニス達が救ったこと、自分と同じく酷い目に遭わされていないかを炎の女王がとても心配していたこと等々。


 レオニスの話をずっと静かに聞いていた火の女王。

 事のあらましを聞き、目を閉じ少しだけ眉を顰める。


『やはり……彼奴等め、妾のみならず全ての女王達を狙っておるのか』

「ここの有様を見るに、あんたのことも狙って何度か来ているようだな」

『このような不逞の輩如きに妾が屈するはずもないがな』


 レオニスが足元に転がる数多の骨に視線を遣ると、火の女王も目を開けてちろりと地面を見遣り、事も無げに語る。

 やはりこれらの残骸は廃都の魔城の四帝の手先で、火の女王が全て撃退したもののようだ。


「炎の女王のところには、屍鬼将ゾルディスという上位の屍鬼が出向いて直接穢れを体内に埋め込んだらしいんだが。ここにもゾルディスは来たのか?」

『其方の言うそれと同じ者かどうかは分からぬが―――はるか昔に少しばかり強そうな屍鬼が、骸骨の大軍を率いて来たことはあったな』

「その時はどうしたんだ? そいつと直接戦ったのか?」

『其奴にエリトナ山のマグマをかけてやろうとしたら、骸骨兵士を必死に掻き分けて這々ほうほうていで逃げ出しおったわ』

「そ、そうか……」


 火の女王が手のひらを上に向けたかと思うと、その手のひらから真っ赤な粘液状のものが湧き出てきたではないか。

 コポコポと湧いてきたそれを、拳の大きさあたりで留めて手のひらの上に浮かべる火の女王。それはまさしく今もエリトナ山の中で湧き続けているマグマである。


 なかなかに強烈な撃退方法に、思わずレオニスもブルッ、と震え上がる。

 如何に屍鬼の頂点に君臨せし者でも、ぐつぐつと煮え滾るマグマを直接浴びせられてはひとたまりもなかろう。


 レオニスに見せるために出したマグマを、火の女王は再び手のひらに収めて消し去る。


『それ以降も変わらず骸骨の群れは時折送り込まれてくるが、指揮官不在の骨だけの衆が来るようになったわ。よほど肝が冷えたと見える』

「そりゃそうだろうな……マグマなんて浴びたら骨すら残らんだろうし」


 それだけ怖い目に遭っても、未だ侵攻を止めないというのは見上げたものだが。指揮官は出向かずに兵士だけを送り込むとはいただけない話だ。

 果たしてその指揮官がゾルディスだったかどうかは分からないが、もしゾルディスなら屍鬼将の名折れもいいところである。

 ゾルディスは【愚帝】の配下らしいので、もしそんな話が【愚帝】の耳に入ったら間違いなく鉄拳制裁されていることだろう。


『だがしかし、そんな臆病者でもしつこさだけは天下一品でな。未だに年に一回二回は骸骨の群れを寄越しおる。時節の挨拶を交わす仲でもあるまいに、律儀なことぞ』

「はぁ、それでこんなに骸骨が積み重なっているって訳か……あんたも大変だな」

『妾の力を少しづつでも削っているつもりか、あるいは力が弱まって代替わりする瞬間を狙っておるのか。いずれにしてもいつの日か妾を倒すために、あれやこれやと策を練っておるのだろう。ご苦労なことだ』


 火の女王がフン、と呆れ果てたような顔で語る。

 未だに死霊兵団だけでも定期的?に繰り出すあたり、火の女王の隙を狙っているという線は大いに有り得る。

 どれほど臆病者と謗られようが、勝てば官軍。最後の最後に勝てばいいのだ。

 そのためには、惜しむことなく死霊兵団を捨て駒に使い続ける。何とも廃都の魔城に巣食う連中らしいやり方だ。


 それらの話を聞いたレオニスが、はたと何かに気づいたように火の女王に問いかける。


「じゃあ、もしかしてあれか。エリトナ山の方から時折大量の煙が発生しているってのは……この死霊兵団を焼き尽くす際に出る煙か?」

『大量の煙? 確かにこれらの骸骨が押し寄せる度に、毎回妾の業火で直々に退けておるが』

「俺達がここに来る前に立ち寄った街……人里のことなんだが、そこで『エリトナ山から時折大量の煙が発生している、もしかして異変が起きているかもしれないから見てきてくれ』と相談されていてな」

『異変、か……まぁ異変と言えば異変であろうな。妾の住処たるエリトナ山を、妾も含めて全て我が物にしようという不愉快極まりない輩共の侵略であるし』


 ゲブラーの街の冒険者ギルドで、クレンから事前に聞いたエリトナ山の情報。その中の一つ『時折狼煙のような、謎の煙が大量発生している』という話。

 どうやらそれは、廃都の魔城の四帝と火の女王の諍いが原因だったようだ。もっとも、諍いといっても現状では火の女王の方が圧倒的に優位なようだが。


 レオニスとしても、この死霊兵団の残骸を見た時から疑問に思っていた。

 錆びついた鎧や剣、盾などは確かに死霊兵団のものだ。だが、かつて廃都の魔城で戦った時には普通の白骨だったのだ。

 それがここまで黒焦げになっていたのは、火の女王が焼き払っていたからだったのだ。


 しかし、それはそれで謎が残る。

 火の女王の業火で焼き尽くせば、ただの白骨程度ならそれこそ粉々の灰燼に帰してもおかしくないはずなのだが。業火で焼かれた上に、撃退されてから長期間野晒しのままだろうに未だに骨の形を保っているのは何故なのか。


 その疑問の答えは、火の女王がレオニスに持ちかけてきた相談の中にあった。


『のぅ、人の子よ。物は相談なのだが―――ここにある残骸を、其方らで片付けてはくれまいか?』

「それは……骸骨をここに捨て置くことで、何か問題が起きているのか?」


 火の女王からの突然の相談に、レオニスは少しびっくりしながらもその理由を問うた。


『まず、このような不浄の骸をエリトナ山の中に置いておきたくない。此奴等は悪意の塊そのものだからな。だがこの骨どもは、妾の業火を以てしても灰に帰すことができぬのだ』

『灰にまでなれば、風に散るなり土に還るなりで怨念そのものも空に解き放たれようが―――如何せん何度焼こうと黒く煤けるだけで灰にならぬ』

『試しにエリトナ山のマグマを直接かけてみたこともあるのだが、鎧や盾は溶けても骸骨だけは残る始末でな。どうにもならぬ故、ずっとここに捨て置いてあるのだが』


 驚くことに、火の女王の業火やエリトナ山のマグマを以てしても死霊兵団の骸は灰にならないという。

 そもそも死霊兵団とは、廃都の魔城の四帝が生み出すスケルトンが兵士となって団を成している。

 生みの親が廃都の魔城の四帝であることを考えると、捨て駒扱いのスケルトン兵士であっても一筋縄ではいかないようだ。


『灰にならず形を保ち続ける以上、これらの怨念は消えることなくこの地に留まり続ける』

『これ以上不浄の骸を打ち捨てておけば、いつかエリトナ山そのものが不浄の山と化してしまうやもしれぬ。一体一体の骸骨に宿る怨念は小さくとも、塵も積もれば何とやらでいずれ巨大な悪霊に変貌する可能性もある。もしかしたら、奴等が未だに骸骨を送り込み続けているのも、そうした奸計の一つかもしれぬがな』

『ここまでの量となると、もはや妾一人ではどうにもならぬ。襲いくる輩共を返り討ちにすることはできても、その後始末まではしきれぬのだ』


 ここへきて、火の女王が初めて悲しげな表情を見せる。

 確かにこのまま死霊兵団の骸を放置しておくのは、エリトナ山や火の女王にとって良くなさそうだ。

 景観の悪化や環境破壊はもとより、骸骨達の怨念が溜まって巨大な悪霊などに悪化するかもしれない。もしかしたらそれこそが四帝の狙いかも、と火の女王が懸念するのも無理はない。


『此奴等は、もとは人族の骨なのであろう? ならば同族である其方らの手で、これらを弔って天に還してやってはくれまいか』

「んーーー……そうしてやりたいのは山々だが、如何せんこの量は……さて、どうすりゃいいもんかな」


 レオニスが口元に手を当てつつ、前を見据えながら思案する。

 今レオニス達の眼前に広がる数多の屍は、もはや草原レベルに等しい。

 レオニスの空間魔法陣やライトのアイテムリュックを以てすれば、何とか全部収納可能かもしれないが。それでもあまりにも大量過ぎて、収納する作業だけでも日を跨ぎそうだ。


 するとここで、それまでずっとレオニスの横で火の女王との対話を静かに見守っていたライトがレオニスに声をかける。


「ねぇ、レオ兄ちゃん。ピィちゃんからもらった浄化魔法の呪符、あれを試しに使ってみたらどう?」

「ン? 穢れ対策に描いてもらったアレを、か?」

「うん。スケルトンとかアンデッドなんかの不浄には、浄化魔法とか効きそうじゃない?」

「!!……確かにそうだな。教会や神官なんかも上級浄化魔法で呪いを解いたりするしな。それにあれはピースが描いた浄化魔法最上級の呪符だ、もしかしたら死霊兵団の残骸にも効くかもしれん」


 ライトの案にレオニスも同意する。

 アンデッドやゾンビ、スケルトンなどの悪霊系や不浄のモンスター相手には、浄化魔法などの神聖系魔法が効くというのは定番中の定番だ。

 レオニスは脳筋なので、これらスケルトンなどが相手でも殴りつけてバラバラに解体して終了だが、本来なら浄化魔法などを使うのが不浄系の魔物退治の基本である。


 火の女王の火魔法がダメでも、浄化魔法なら効くかもしれない。

 しかもその呪符は、魔術師ギルドマスターであるピースが直々に描いたもの。その効果は絶大で、穢れ祓い同様死霊兵団を祓いその骸を天に還すことにも大いに期待できる。


 レオニスは火の女王の方に向き直り、話しかける。


「ここで試してみたいことがある。答えはそれを見てからでもいいか?」

「もちろん。何でも試してみるがよい」


 火の女王の許諾を得たレオニスは、空間魔法陣から浄化魔法の呪符を取り出した。





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 三人目の属性の化身、火の女王様のビジュアルお披露目です。

 火は赤や黄色よりも青の方が温度が高いってのは、まぁ割と普通に知られた話ですよね。作者自身も学校でそんなん習った記憶ありますし(・∀・)

 おかげで炎の女王と色違い演出できて、完全に見分けもつくので作者的には良いことづくめです。

 ちなみに炎の女王との違いは色だけでなく、やはり能力的にも火の女王の方が上です。青白い火自体が紅い炎よりも高温ですしね。

 その上エリトナ山のマグマまで操れるとなれば、もはや地上では向かうところ敵無しかも。水属性の敵と激突したらどうなるかは分かりませんが。


 そしてライト達の目の前に広がる、黒焦げの骸骨で埋め尽くされた一面の焼け野原。作者がそんなもんを目の当たりにしたら、間違いなく腰を抜かしてチビる自信ありますぅ><

 とはいえ骸骨ならまだマシかな、これが腐肉塗れのアンデッドやゾンビだったらもっと凄惨ですよねぇ。戦国時代の合戦場さながらの死屍累々の地獄絵図。

 そうなったらチビるどころじゃ済まない、エンドレス嘔吐からの心臓麻痺でぽっくり死にそう(;ω;)

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