第486話 無数の屍の山

 夜が明けて、東の空が白んできた頃。

 ライトはテントの中で目が覚めた。

 ふと横を見ると、レオニスの姿がない。寝袋もないので、既に起きていてテントの外にいるのだろう。


 子供用の寝袋が売っていなかったので、仕方なく女性用を購入したライト。それでもまだライトには大きかったので、隙間を埋めるべく毛布を詰めたのだが。そのおかげで、より温かくぐっすりと眠ることができた。

 寝袋から出ると、早朝の山の冷たい空気に思わず震える。

 急いでマントを手繰り寄せて羽織り、魔力を通して温かさを得る。

 冷えが収まってから、ライトはテントの外に出た。


 息が白くなるほどの寒さではないが、それでもやはり山の頂きで標高があるので気温はかなり低い。

 朝の清浄な空気をゆっくりと吸いつつ、思いっきり背伸びをするライト。

 そこに、外にいたレオニスがライトのもとに来た。


「おはよう、ライト」

「おはよう、レオ兄ちゃん。朝の見回りしてたの?」

「ああ。外も明るくなったからな、周辺の探索も兼ねて少し回ってきた」

「朝御飯にする?」

「そうだな、早くに食って早くに出立するか」


 二人揃ったところで、早々に朝食を摂ることにした。

 レオニスは暖を取るための焚火を起こし、二人分の椅子を用意する。

 ライトはアイテムリュックからサンドイッチなどの軽食を二人分取り出す。飲み物はレオニスには珈琲、ライトはお茶、どちらもホット。

 これらを難なく用意できるアイテムリュック、本当にありがたいな!としみじみ思うライト。


「「いっただっきまーす」」


 焚火を囲みつつ、朝食を摂るライトとレオニス。

 今日の行動や予定などについて話し合う。


「レオ兄ちゃん、エリトナ山ではどう動く予定なの?」

「とりあえず中腹辺りを彷徨くつもりではいる。エリトナ山全体が火の女王の縄張りのはずだから、適当に彷徨いてりゃそのうち向こうからお出ましになると思うんだよな」

「でもさー、それだとただの侵入者として攻撃されちゃわない?」


 ライトの心配も無理はない。

 火の女王に敵判定されて問答無用で攻撃でもされたら洒落にならない。


「いや、炎の女王や水の女王からもらった勲章を持っていれば大丈夫だろ。あれをいつでも提示できるように、ポケットに忍ばせておくさ」

「あー、それがいいね。炎の洞窟の時のような、魔物達が狂乱状態とかじゃなきゃ話くらいは聞いてもらえるだろうしね」

「そういうこと。ライトも一応勲章類をポケットに入れとけよ。あと、まずはエリトナ山の魔物達の様子を見なきゃならんから、エリトナ山に入ったら魔物除けの呪符は使わんぞ」

「うん、分かった」


 昨日の昼食後から今いる山頂に到着するまで、レオニスは魔物除けの呪符をずっと使用していた。足場や視界が悪い山中で頻繁に魔物に襲われたら面倒だからだ。

 レオニス一人だけならいくらでも返り討ちにするし、ライトもいつもカタポレンの森で使用している隠密魔法付与付きの腕輪を身に着けてはいる。

 だが平地ならともかく、山の中で背後にいるライトを気にしつつ頻繁に出てくる魔物に対処するのは、如何に相手が雑魚魔物でもさすがに厳しい。


 だが、エリトナ山でそれをしていてはエリトナ山の現状把握ができない。まずは魔物達が状態異常にかかっていないかどうかを確認するために、エリトナ山内では魔物除けの呪符は控えなければならないのだ。

 幸いにもエリトナ山は岩や砂利石でできた山で、大きな木はほとんどなく視界は良い。慎重に進めば魔物に襲われても十分に対処可能である。


「さ、じゃあそろそろ行くか」

「うん!」


 朝食を摂り終わった二人は、テキパキと後片付けを始める。

 ライトはマグカップなどをアイテムリュックに仕舞い、入れ替わりで炎の勲章や水の勲章を取り出してマントの内ポケットに入れておく。

 レオニスは椅子やテント一式を片付け、最後に焚火を消す。


 朝焼けの空が普通の青い空に変わる頃、ライト達は山頂を出立してエリトナ山に向かった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 山頂をゆっくりと下りていくライト達。

 エリトナ山に近づいていくにつれ、木の密集度がどんどん減ってまばらになっていく。

 二人の目的地であるエリトナ山は、もうすぐそこにある。


 下り坂が途切れ、谷間まで下りてきたところでライトはレオニスに声をかける。


「ここからもうエリトナ山?」

「そうだな。ここから先はもうエリトナ山と思って間違いないだろう」


 レオニスも一旦足を止め、二人で改めて眼前に聳え立つエリトナ山を見上げる。

 その雄大さに、ライトは思わず息を呑む。

 前世では超インドア派で、ついぞ登山などしたことのなかったライト。生まれて初めて目にする名峰を前に、感動やら畏怖やら様々な感情が胸の中に沸き起こる。


「もう少ししたら魔物除けの呪符の効果が切れる頃だ。ライトも気を引き締めていけよ」

「うん!」


 山を下る間のため、出立直後に一度だけ使用した魔物除けの呪符。あと十分もすれば効果が切れる。

 そこからはいつ魔物が襲ってくるか分からない。

 エリトナ山の雄姿を前に、二人は改めて気を引き締めつつ一歩前へと足を踏み出した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 下り坂から上り坂に切り替わってすぐの頃。

 特に何もないところでライトは違和感を感じた。

 それはレオニスも同様のようで、ライトとほぼ同時にその足を止める。


「レオ兄ちゃん、今のは……」

「ああ……火の女王の縄張り入りしたようだ」


 その違和感は、例えるなら水の女王の住処の結界に似ている。

 だがそれよりも弱く、他者を弾き飛ばすような強力な結界という感じではない。

 おそらくは他者の侵入を感知するためのセンサーのような働きを持つ、緩めの結界みたいなものだろうな、とライトは内心考える。


 ここから先はレオニスから五歩ほど離れた後ろを歩くライト。

 通常の雑魚魔物ならば、隠密魔法に守られたライトに気づくことなくレオニス目がけて突進していくはずである。

 レオニスが魔物の気を引いて倒すために、ライトは少し離れた位置にいるのだ。


 そしてライト達の思惑通り、一体、また一体と魔物がレオニスに向かって襲いかかっていく。

 エンプレスホーネット、獄炎茸、ボルケーノスライムなどの、炎の洞窟にいる魔物達と似た上位種。その他にも鬼火や荒魂、火山蜥蜴といったエリトナ山固有の魔物達が次々と出てくる。

 山の上の方に行くに従い、その数が少しづつ増えていく。


 レオニスはそれらの魔物達を難なく倒し、後ろにいるライトは倒された魔物達をせっせとアイテムリュックに回収していく。

 ちなみに鬼火や荒魂は、火属性でありながらも実体を持たないゴースト系要素も含んでいるので死骸は出ない。魔石のようや核らしきものが一つ出るのみである。


「レオ兄ちゃん、魔物の様子はどう?」

「ここら辺の魔物はもともと強いことで知られるが、それでも状態異常とかにはなってなさそうだ」

「そっか。じゃあ火の女王様も無事、かな?」

「多分な」


 そんな会話をしながら、ライトとレオニスはさらに山の上を目指して歩く。

 すると、ある地点でレオニスがピタリ、と足を止めた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ライト達の当面の目標である、エリトナ山中腹。

 中腹どころかまだエリトナ山に入って間もない、麓と言っても差し支えないような入口にも近い地点で立ち止まるレオニス。

 一体どうしたのだろう、何か見つけたのだろうか?


「レオ兄ちゃん、どしたの?……って……うわッ、何これ!?」


 急に歩を止めたレオニスの後ろから、ライトが不思議そうに前を見遣る。

 するとそこには、真っ黒に煤けた無数の骨が地表を覆うように一面に散らばっているではないか。

 しかもその骨は明らかに人骨で、頭蓋骨や骨盤など一目見て人骨だと分かるパーツが山ほどあって否でも目につく。

 また、骨の他にも錆びた剣や凹んだ盾、壊れた鎧などがあちこちに転がっている。

 見渡す限りの広範囲に広がる凄惨な光景に、ライトは思わずギョッとした。


「レオ兄ちゃん、これ……人の骨?」

「ああ、間違いなく人骨だな。間違っても魔物の骨じゃあない」

「それにしては、人数多過ぎじゃない? 昔ここに軍隊が押し寄せてきたことがある、とかかな?」

「いや、これは……おそらくアンデッド、それも死霊兵団のものだ」

「!!」


 レオニスの言葉に、ライトはまたもギョッとしつつ固まる。

 言われて見れば、そのボロボロに錆びついた剣や盾にライトも見覚えがある。

 どす黒い血のような赤錆に塗れた、くすんだ銀の鎧や篭手、盾、剣。それらはBCOで廃都の魔城のモンスターとして出てくるアンデッドの軍団『死霊兵団』が装備していて、時折ドロップ品として入手できるものだった。


「死霊兵団って……その残骸がここにあるってことは……」

「間違いなく奴等はここを襲いに来てるな」

「!! ……火の女王様が狙いなのかな?」

「それ以外にないだろうな」


 ライトとレオニスが無数の黒焦げの骨を前に、観察しつつあれこれと言葉を交わしていた、その時。

 周囲の空気が一瞬にして塗り替わり、ライトとレオニスの背筋が凍る。


 その空気は、決して悍ましさや悪意に満ちた類いのものではない。だがその威圧感がとにかく半端ないのだ。

 この手の威圧感に慣れていないライト。瞬時にその額に脂汗が浮かぶ。

 ピリピリとした強烈な視線と圧迫感が容赦なく二人を襲う。重く伸しかかる空気に押し潰されてしまいそうだ。


 そしてレオニスもまたその強大な威圧感に顔を顰める。

 これ程の強い威圧感を放てる者など、指折り数える程度しか知らない。

 その威圧感の主に心当たりがあるレオニスは、つい、と顔を上げて空に向かって言葉を放つ。


「―――火の女王か?」


 レオニスの凛とした声が、辺り一面に響き渡る。

 だが、レオニスが問いかけるも静寂が横たわり何の返事も返ってこない。

 それでもしばらく無言のままでいると、どこからか声が響き渡る。


『然様。妾は火の女王、全ての火を司りし精霊もの


 静寂を破る言葉とともに、何処からともなく火の女王が姿を現した。





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 拙作における三人目の属性の女王、火の女王様の登場です(・∀・)

 前にもどこかの後書きで書きましたが、女王様達はBCOにも出てくるキャラでデザインは基本全部同じです。

 属性によって色塗りやエフェクトを一部変更しているだけで、顔立ちやらボディラインやらは全部同じデータが基になっています。いわゆる流用ってやつですね。


 何気に拙作は女子キャラ少なめなので、作者的には美麗女王様達が出てきてくれると嬉しいー。一気に華やいでキラキラ成分がマシマシなりますよ(*´・∀・)(・∀・`*)ネー♪

 とはいえ彼女達は精霊で人間じゃないから、レオ兄やライトの嫁候補にはならんのですけどね…( ̄ω ̄)…

 でもいいの。たとえ人間じゃなくても、綺麗可愛い成分マシマシの方が作者も作品も潤うというもの。

 そのうちきっと、きっと人間の女の子も増えていく、はず!……多分。

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