第460話 異例の特進

 レオニス達とともにネツァクの街に来たラウル。

 二人と分かれた後、ラウルはネツァク支部内の依頼掲示板を見に向かった。

 ざっと見渡したところ、相変わらずその半分から三分の二くらいが砂漠蟹の殻処理依頼で占められている。

 ラウルがこの街で注文した砂漠蟹丸ごと一匹、それをライトとともに買い取りに来たのが約一ヶ月前。その時よりも若干依頼書が増えて悪化しているかもしれない。


 今にも溢れ出しそうな数々の依頼書の中で、掲示開始日が古いものから順に三枚選んで受付窓口に持っていくラウル。

 どうやらその依頼を冒険者として正式に受けるつもりのようだ。

 ラウルは三枚の依頼書とともに、まだピカピカに新しいギルドカードを窓口にて提示した。


「この三つの依頼を受けたいんだが」

「はい、まずはギルドカードを拝見させていただきますねぇ。……ラグナロッツァ総本部所属のラウルさん、ですね。ネツァクにて依頼を受けるのは初めて、ですよね」

「ああ。この街に住む冒険者ではないが、冒険者ギルドに貼り出されている依頼は基本どこの街のものでも受けられるんだよな?」

「もちろんです。どの街でも、依頼を引き受けてくださる方々の所属地は問いません。冒険者ギルドが発行した正規のギルドカードをお持ちの方ならば、全国どこでも依頼を受けることが可能ですぅ」


 正真正銘初心者のラウルの問いに、ネツァク支部受付嬢であるクレノがにこやかな笑顔で答える。

 爽やかな笑顔のみならず、その答えも実に的確かつ流暢な受け答えで完璧だ。

 ただし、ラウルの顔までは覚えていないらしい。

 ラウルはライトとともに二回、砂漠蟹の注文時と受け取り時にこのネツァクに来ているのだが。


 とはいえ、二回とも窓口でクレノと直接会話したのはライト。ライトがクレノと会話している間、ラウルは売店でカニせんべいを購入したりしていたのでクレノと直接会話はしていなかった。

 それ故に、クレノがラウルの顔を覚えていなくても致し方のないことだった。


「良かった。そしたら今日はとりあえず、この三つの依頼を受けることはできるか?」

「えーと、こちらは……三枚とも砂漠蟹の殻処理ですね。日付もかなり前のものですし、積極的に引き受けてくださるのはとてもありがたいのですが……」

「ン? 何か問題あるのか? この依頼を受ける条件は十分に満たしているはずだが」


 ラウルが持ち込んだ三枚の依頼書を見たクレノが、それらを眺めつつ若干言い淀む。

 それに対し、一体何が問題なのか全く分からないラウルが不思議そうに問う。


 そう、実はラウルの今の冒険者階級は登録直後の紙級ではない。

 先日の下水道北地区でのポイズンスライム遭遇事件により、一番下の紙級から一気に三つ上の青銅級に昇格していた。



 …………

 ………………

 ……………………



 時はネツァク訪問から遡ること数日前。

 ラウルが床屋で髪をバッサリと切り、アイギスにレオニスから譲り受けた装備品類の修復依頼を出した翌日午後のこと。

 ラウルはポイズンスライム変異体遭遇事件の証言のため、冒険者ギルド総本部に出向いていた。


「ラウルさん!お身体の方はもう大丈夫なんですか!?」

「ああ。皆のおかげでこの通り、もう普通に外を出歩けるくらいに回復した」

「良かったぁ……本当に皆で心配してたんですよぅ」

「心配かけてすまなかった」

「いいえ、ラウルさんが謝ることではありませんから……頭を上げてくださいー」


 受付窓口にいたクレナが、ラウルの顔を見るなり心配そうな声で話しかけてきた。

 ラウルはここ最近クレナとも結構仲良くなっていたので、事件を聞いて本当に心配してくれていたのだろう。


「とにかくラウルさんがご無事で良かったですぅ。本日はその件の詳細をお話に来てくださったんですか?」

「ああ、いつでもいいから体調の良い時に総本部で話をしてきてくれ、とご主人様から仰せつかっててな。日が経つと細かいところを忘れてしまうし、思い出せなくなる前に一日も早く話した方が良いと思って今日ここに来た」

「大怪我を負うような大事件でしたのに……ご協力ありがとうございますぅ」


 ラウルの言葉に、クレナが深々と頭を下げて感謝の意を示す。

 実際ラウルが負った大怪我は、本来なら何日間、何週間と寝込んでいてもおかしくないものだった。

 それがこんなに早くに全快し、しかも早々に事件の証言をしに来てくれたのだ。ギルド総本部としては、ただただ感謝である。


「そしたらですねぇ、ラウルさん。ギルドマスター執務室に行く前に、ギルドカード発行部門にお付き合い願えますか?」

「ン? ギルドカードならこないだ発行してもらったばかりだが」

「実はですね。今回の事件で見事にポイズンスライムを撃退したラウルさんは、その功績により階級昇格が確定しておりまして」

「そうなのか?」

「はい!マスターパレンとお話をしている間に、新しいギルドカード発行をしておきますぅ。出来上がり次第私が執務室にお届けに行きますので、是非とも!今すぐ!ちゃちゃっと!発行手続き!しちゃいましょう!」

「そういうことなら行かせてもらおう」


 クレナの強い勧めにより、ラウルは先にギルドカード更新に向かった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「―――以上が、あの日俺が下水道北地区で遭った事件の顛末だ」

「…………そうか、相わかった。ラウル君も大怪我から回復したばかりだというのに、こうして早々に話しに来てくれてありがとう。君の積極的な協力に、ギルドマスターとして心より感謝する」


 ギルドマスター執務室で、パレンに下水道北地区で先日起きた出来事の一部始終を説明し終えたラウル。

 ラウルの話を聞き終えたパレンは、しばしの沈黙の後ラウルに対して感謝の意を伝えた。


 本日のパレンのファッションは『妖精さんが好きそうな水玉模様』がコンセプトである。

 赤茶色の生地に大小様々な水玉模様がたくさん浮かぶ、パフスリーブ型の膝上ショート丈ワンピース。コロンとした可愛らしい色とりどりの水玉は、まるでホワイトデーのお返しに贈るキャンディを彷彿とさせる。

『筋骨隆々の水玉ワンピース』というのもなかなかに奇抜な図ではあるが、赤茶色のワンピース生地とお揃いのロンググローブにサイハイソックス、パンプスなどが統一感を醸し出している。

 トータルコーディネイトの秀逸さは、マスターパレンならではの際立つ技である。


「それにしても、不幸中の幸いというべきか……ラウル君には申し訳ない言い方になるが、下水道北地区に発生していたポイズンスライム変異体に遭遇したのがラウル君で本当に助かった。もし君以外の者が見つけていたら、間違いなく生きて地上に帰ることはできなかっただろう」

「そうだな……実際俺でもあれはかなりキツかった。あの状況からでも余裕で生き延びれる者がいるとしたら、それはご主人様くらいのもんだろうな」

「実力なら黄金級以上とされる妖精の君でさえも、そんなに厳しい戦いだったのだな……今回の件で一人の死者も出さずに済んだことは、ますます以て奇跡的な僥倖という他ない」


 水玉ワンピ姿で真面目に語るパレンの言葉に、ラウルも頷きながら同意する。

 そんな会話をしていたところに、執務室の扉がノックされてクレナが入室してきた。


「お話し中のところを失礼いたします。ラウルさんの新しいギルドカード発行が完了いたしました」

「おお、クレナ君、ご苦労であった」


 クレナがラウルのための新しいギルドカードを持ってきたようだ。

 入室したクレナはパレンの横に来て、出来たてほやほやの新しいギルドカードをパレンに渡す。

 それを受け取ったパレンは、改めてラウルの方に身体を向き直した。


「ラウル君。今回の一件で君が挙げた功績は非常に大きい。その多大な功績により、君の階級は紙級から青銅級に昇格した。これは君が青銅級となった証だ。是非とも受け取ってくれたまえ」

「……あー……青銅級って、紙級のいくつ上だ?」


 パレンがラウルの功績を称えるも、ラウルは今ひとつ理解しきれないようできょとんとした顔で問うた。

 そもそもラウルは冒険者登録してから半月も経っていない。未だTHE・初心者なラウルに、青銅級という階級がどの辺りかなんてすぐに分かるはずもないのだ。

 そんな初心者丸出しのラウルを笑うことなく、クレナが真面目な声で回答した。


「青銅は紙級の三つ上です。本来なら紙、木、石、青銅の順に昇格していきますが、今回は木と石を飛ばして三階級特進となります」

「三つ上!? いきなりそんなに上にいってもいいのか!?」

「問題ありません。評価点など諸々の規定や事件の重大性を鑑みて、マスターパレンが直々にお決めになりました」


 三階級特進という話を聞き、心底驚愕するラウル。

 思わずクレナに問い質すも問題ないと言われ、これまた思わずパレンの顔を見た。

 ラウルのかなり意外そうな表情を見たパレン、爽やかな糸目をさらに細めて真っ白な歯が輝く笑顔でラウルに答える。


「ああ、全く問題ない。君が倒したのは間違いなく災害級のポイズンスライム変異体だ。現場に残されていた二つの大きな赤い核からも、それは確実であることが分かっている」

「そしてその大きさは、長年冒険者稼業に携わってきた我々ですら前代未聞の巨大さだ。ラウル君の全身を飲み込んでなお余りあるという先程の君の証言、そして二つの核の大きさが何よりもポイズンスライム変異体の驚異的な巨大さを如実に示している」

「もしそのポイズンスライム変異体が、そのままずっと放置されていたら……いずれは下水管を通って地上に這い出てきて、未曾有の大惨事が引き起こされていただろう」


 パレンの語り口は淡々としているが、その起こらなかったifの未来話は非常に恐ろしいものだ。

 魔力耐性がかなり高い妖精のラウルですら、身体のあちこちを溶かされかけたのだ。そんな化物が、もし地上に這い出てきていたら―――考えるだに恐ろしい光景が広がっていたに違いない。


「我々の知らない水面下で、着々と育っていた脅威。偶然とはいえそれを未然に防いでくれたのは、ラウル君。他ならぬ君だ」

「ポイズンスライムの討伐報奨金と合わせて、三階級特進を是非とも受けてくれたまえ。ポイズンスライムの変異体に対する討伐報奨金規定はないのだが、通常体には一体につき一万Gが出せる。今回は変異体ということで特別に通常体の十倍、十万Gの報奨金を出そう」


 パレンの十万Gの報奨金という話を聞き、ラウルがまたもびっくりしながら即座に問い返す。


「おいおい、討伐報奨金十万Gって……そんなにもらっていいのか?」

「君がポイズンスライム変異体を撃破してくれたおかげで、このラグナロッツァの平和が保たれたのだ。これを正しく評価せずして、一体何のための冒険者ギルドだというのか」


 戸惑い気味なラウルの問いに、パレンもまた即座に承諾の意を返す。

 マスターパレンの気風の良さは、今日も惚れ惚れするレベルである。


「冒険者ギルドが今回の君の多大な功績、貢献に報いることができるとすれば、それは階級の昇格と討伐報奨金を出すくらいしかないのだ」

「君の働きがなければ、ラグナロッツァに住む多くの民が悲劇に見舞われていただろう。彼らの日々の生活を守ってくれた礼としては安いものだよ」

「そういう訳で、ラウル君には是非とも受け取ってもらいたい」


 熱意に満ちたパレンの言葉に、ラウルもまた静かに頷く。


「そういうことなら、ありがたく頂戴することにする」

「今後ともラウル君の活躍を期待しているぞ」

「ああ。冒険者としてはまだまだ初心者だが、これからも俺のできる範囲で頑張っていく」


 ラウルとパレンは椅子から立ち上がり、固い握手を交わす。

 こうしてラウルは、冒険者登録してから半月も経たないうちに三階級特進という快挙を成し遂げたのだった。



 ……………………

 ………………

 …………



 ラウルが冒険者登録する決意をしたきっかけは、いくつかあった。このネツァク支部の主要依頼である砂漠蟹の殻処理も、その理由の一つである。

 近い将来開始するラウルの家庭菜園の肥料に、砂漠蟹の殻を用いるためだ。

 その計画を実行するには、まず冒険者ギルドに冒険者として新規登録し、そこからさらに階級を依頼受注可能な石級まで上げなければならない。


 唯一の課題だった階級問題は、ポイズンスライム変異体との遭遇事件で一気にクリアすることができた。

 これでネツァクの砂漠蟹殻処理依頼が引き受けられる!ラウルはそう思いながら、意気揚々とネツァクの街を訪れたのだ。

 なのに、一体何が問題なのだろう?


「えーとですねぇ、ラウルさんはご存知ないかもしれませんが……この砂漠蟹というのは『サンドキャンサー』という魔物でして、その大きさはかなりのものなんですぅ」

「もちろん知っている。こないだ砂漠蟹を丸ごと一匹、ルド兄弟のところで買い付けたばかりだからな」

「え? ルド兄弟さんのところで、ですか?? …………あーッ!もしかして何週間か前に、ライト君といっしょにいらしてた方ですか!?」

「正解。思い出してもらえたか?」

「え、ええ……そういえば先程も、レオニスさんとともにお越しになられてましたもんね……」


 砂漠蟹丸ごと一匹買い付け話を聞いたクレノ、ようやくラウルのことを思い出したらしい。

 確かにあの時、砂漠蟹の持ち帰りを心配したクレノにライトが「空間魔法陣持ちのラウルがいるから大丈夫!」と答えていた。

 ルド兄弟のところに直に砂漠蟹を買い付けにくる個人など、滅多にいるものではない。それ故すぐに思い出せたのだろう。


「確かラウルさんは、空間魔法陣をお持ちなんですよねぇ?」

「ああ、殻の持ち運びは全て空間魔法陣で行う。だから何の問題もないだろう?」

「え、ええ、もちろんです!そういうことでしたら、私から言うことはもう何もございません。全くの杞憂でしたぁ!」


 ライトとラウルのことを思い出す前のクレノは、てっきりラウルが砂漠蟹の大きさを知らずに依頼書を持ってきてしまったのだ、と思っていた。でなければ、砂漠蟹の殻処理依頼を一度に三件も引き受けようなどと思うはずがないのだ。

 だが、ラウルが空間魔法陣を持っているならば話は別だ。

 クレノは驚きつつも、一気に安堵の表情になる。


「そしたらこの三件の依頼を受けるから、手続きを頼む」

「ありがとうございますぅ。こんなに一気に殻処理依頼を引き受けてくださって、とっても助かりますぅ!」

「ついでにこれらの行き先、殻の引き取り場所を地図で書いて教えてくれるとありがたい。俺はネツァクには二度来ただけで、まだ地理感が全くないんだ」

「地図ですね、お安い御用ですぅー♪」


 安堵の表情からさらに明るい笑顔になるクレノ。

 相変わらず遅々として進まない殻処理問題に、常に頭を痛めているクレノ。一件でも殻処理を引き受けてくれれば、それだけでもう大喜びの万々歳なのだ。

 その証拠に、ラウルが頼んだ地図についても超ご機嫌の鼻歌交じりで書いている。


 窓口横に置いてある『ネツァク観光&宿泊施設マップ』のチラシを一枚取るクレノ。該当施設三ヶ所を丸で囲み、現在地である冒険者ギルドネツァク支部との道路の線を繋いでいく。

 にこやかな笑顔でテキパキと的確に書き込んでいく様は、実に有能で頼もしい。


「できましたぁ!こちらの地図をお持ちください、三件分の行き先と道順ですぅ」

「ありがとう。殻を引き取り終えたらまたここに来る」

「よろしくお願いいたしますねぇー♪」


 紙級から一気に青銅級に昇格し、念願の砂漠蟹殻処理依頼を引き受けたラウル。

 花咲くような満面の笑みのクレノに見送られながら、早速依頼先に出かけていった。




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 マスターパレンのファッション話。

 今回はレオニスではなくラウルとの対談なので、作中にファッション評が出てきませんが。一応ホワイトデーのお返しのキャンディをイメージした衣装です。

 というか、リアルタイムではない回想シーンであろうと、マスターパレンが登場する際には絶対にファッションショー展開が待ち構えているという…( ̄ω ̄)…

 だって!私の頭の中に御座すパレン様が!絶対に!何が何でも!素敵ファッションを着せろと!仰るんですもの!><

 例えそのせいで文字数6000字を越えようと、作者には抗う術などないのですぅ_| ̄|●


 ……話はホワイトデーのお返しの品に戻りまして。

 今はもうホワイトデーのお返しはチョコでも何でもアリですが、大昔のホワイトデー売場はマシュマロとかキャンディ推しだったですよねぇ。

 でもやっぱりチョコに比べたらウケがイマイチなのか、次第にそうした慣わし?がなくなっていき、今ではバレンタインデーが過ぎても売場の入れ替え一切せずそのまま継続という……手抜き?( ̄ω ̄)

 でもまぁね、作者自身もマシュマロとかはあまり好きではないので、お返しでもらうならチョコの方が嬉しいのですが。

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