第430話 純粋な視点

 砂漠蟹丸ごと一匹の買い付けを無事済ませたライト達。

 ルド兄弟の事務所兼住居を後にし、冒険者ギルドネツァク支部に戻った。

 ラウルは早速ギルド内の売店にネツァク名物カニせんべいを購入しに行く。

 ライトはラウルが売店で買い物をしている間に、受付嬢のクレノと話をしていた。


「クレノさん、一つお聞きしたいことがあるんですが」

「はい、何でしょう?」

「ここの掲示板に貼られている、砂漠蟹の殻の処理依頼のことなんですが。さっき掲示板を見た感じでは、同じような依頼書がかなりの数ありましたけど……何であんなにたくさん同じ依頼があるんですか?」

「あー、アレですか……」


 ライトの質問とは、砂漠蟹の殻処理についてのことだった。

 先程リカルドから聞いた通り、冒険者ギルドの依頼掲示板にらその依頼が数多くあるのをライトは確認していたのだ。

 だが、予想以上に同種の依頼書の数が多い。掲示板の半数以上が砂漠蟹の殻処理依頼という有り様だ。

 クレノが小さなため息をつきながら、その理由を話してくれた。


「仕事の依頼内容は、文字通りゴミ処理です。ゴミ処理といえば魔物を狩るよりも危険度が低いので、報酬額はあまり高くないというか安い方です」

「まぁ、普通に考えてそうなりますよねぇ」

「ですが、処理方法が面倒かつそこそこ危険を伴うものでして……引き受けてくれる人が少ないんですよ」

「面倒で危険、というと?」

「ノーヴェ砂漠の砂中に埋めてくる、というのが砂漠蟹の殻の一般的な処理方法なんです」

「あー……それはー……確かに面倒ですねぇ……」


 眉をハの字にして困ったように語るクレノの話に、それを聞いたライトも大凡おおよそを察する。

 サンドキャンサーの殻はかなり硬く、しかも棲息地がノーヴェ砂漠とあって耐熱性も高い。多少の火で焼いた程度では、表面が少し焦げるくらいでびくともしないのだ。

 燃やしきれないならばどこかに埋めるしかないが、そのままでは大き過ぎて埋めることなどとても無理だ。

 かといって、埋められるレベルまで細かく砕くにしてもかなりの重労働になる。


 また、サンドキャンサーの大きさに比例してその殻の量も多いので、普通の土地に埋めるのも限界がある。故に人が住めない環境のノーヴェ砂漠に埋めてしまうのが一番手っ取り早いのだ。

 それに、灼熱のノーヴェ砂漠の砂中に埋めてしまえば、昼夜の寒暖差により風化して自然分解されるのも早いのだという。

 自然破壊を引き起こさない、ある意味理想的な処理方法といえるだろう。


 だが、ここでまた問題が起こる。

 そもそもノーヴェ砂漠自体が結構な危険地域であり、自ら進んで行きたがる者などいないのだ。

 昼夜の寒暖差の激しさはもとより、魔物と遭遇する可能性だってそこそこある。もちろん運が良ければ魔物に遭遇する前に仕事を終えられるが、毎回そう上手く事を運べるとは限らない。

 もし殻を埋める前に魔物と鉢合ったら、逃げるか戦闘で倒さなければならないのだ。


 このように、砂漠蟹の殻処理依頼とは、受け取ったゴミをノーヴェ砂漠にポイーと埋めて、ハイ終わり!と簡単にはいかない。

 なのに、殻処理の報酬額は最高額で一匹分1000Gだという。しかも依頼内容には、ノーヴェ砂漠に埋める以外にも殻を砕くことも含まれているというから驚きだ。


 いや、レオニスやラウルのように空間魔法陣を使える者ならば、殻を砕かずともそのまま持ち運べる。だが、大抵の冒険者は空間魔法陣を使えないので、ノーヴェ砂漠に運ぶ前に殻をそれなりに細かく砕いておかなければ持ち運びにも苦労するのだ。

 殻を砕く重労働に、ノーヴェ砂漠まで運ぶ重労働。ダブルの重労働の見返りが砂漠蟹一匹分につき1000G。

 これでは引き受け手がなかなかいないはずだ。


「でも、それだと殻が処理できずに殻のゴミが溜まる一方じゃありませんか?」

「ええ……それでもお金に窮した冒険者がたまに依頼を引き受けるので、今のところ何とかなってはいますが……はぁー」


 眉を顰めながら目を閉じ、大きなため息とともにこめかみを押さえるクレノ。

 どうやら冒険者ギルドネツァク支部にとって、砂漠蟹の殻処理問題はかなり頭痛の種らしい。


 砂漠蟹は、ネツァクが世界に誇る一大名産品だ。ツェリザークの氷蟹ほどではないが、食通に愛される珍味として人気が高い。

 ライト達のように砂漠蟹目当てにネツァクを訪れる者も多く、観光資源としてもネツァクに欠かせない重要な品目だ。

 それだけに砂漠蟹の消費量も多く、年々消費量が増えていくにつれ不食部である殻の処理問題もどんどん大きくなっていった。


 ここまでクレノの話を聞いたライトは考える。

 砂漠蟹の殻を円満に入手するには、どうすれば良いか。

 まず、ライトとラウルは冒険者登録していないので、冒険者ギルド経由で依頼を引き受けることはできない。

 ならば冒険者ギルドを経由せずに、依頼者のもとを直接訪ねて殻をもらえばいいかというと、実はそれも違う。

 それでは冒険者ギルドへの依頼を全部すっ飛ばしてしまう。それは即ち、冒険者ギルドへの依頼を取り下げさせてしまうことに繋がるからだ。


 如何になかなか達成しづらい依頼であろうとも、これまで依頼としてずっと引き受けてきた主要依頼が全部取り下げられてしまえば、ネツァク支部に入る仲介手数料が消えてなくなってしまう。

 ネツァク支部の収入源を半分近く断つような真似は、さすがのライトでもそうおいそれとはできない。冒険者ギルドを真っ向から敵に回すことになってしまう。


 そうなると、やはり答えは一つ。

 レオニスにこのネツァク支部の砂漠蟹の殻処理依頼を依頼を引き受けてもらう、これが最善の方法なのである。


 ライトがつらつらと考えていると、売店での買い物を終えたラウルがライトのもとに来た。


「ライト、お待たせ。買い物終わったぜ」

「あ、ラウル。お疲れさまー」

「さ、ぼちぼちラグナロッツァに帰るか」

「うん!……あ、クレノさん、お話を聞かせてくれてありがとうございました!」

「いえいえ、どういたしましてですぅ。お気をつけてお帰りくださいましねぇー」


 ライトとラウルはクレノに見送られながら、冒険者ギルドの転移門を使いネツァクの街を後にした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 冒険者ギルド総本部に戻ったライトとラウル。

 二人はともに受付窓口に行き、クレナのもとに向かった。


「クレナさん、ただいま戻りましたー」

「ライト君にラウルさんもお帰りなさいませー。あ、ラウルそん、例のものは奥の事務所にありますのでお持ちします。少々お待ちくださいねー」

「了解」


 クレナに無事帰還の挨拶を済ませ、クレナもラウルに渡す例のモノぬるチョコドリンクを渡すために一度退席する。

 事務所からすぐに窓口に戻ってきたクレナは、大きなバスケットを持ってきた。生誕祭の際に差し入れで渡したバスケットだ


「お礼の品とともにお返ししようと思っていましたので、バスケットの返却が遅くなりました。申し訳ございません」

「ああ、いや、気にすんな。良いもんもらえてこちらもありがたい」

「ラウルさんの差し入れ、本当に美味しかったですー。他の冒険者の皆さん方にも、それはもう大変ご好評だったんですよぅー」

「そうか、そりゃ良かった」


 ラウルとクレナの和やかな会話に、横で聞いているライトも何だか嬉しくなる。

 いつも買い出しに行く市場の人達だけでなく、こうして他の人達とも仲良くしていけるのはラウルにとっても良いことだ。


 冒険者ギルド総本部を出て、ラグナロッツァの屋敷に歩いて帰るライトとラウル。

 その道中で、ライトはラウルに問うた。


「ねぇ、ラウル。ラグナロッツァの屋敷での家庭菜園の話なんだけどさ」

「ン? 何だ?」

「庭のどこら辺に植える予定なの?」

「そうだなぁ、まずは玄関から門扉までの庭半分くらいに何か植えようとは思っているが」

「…………」


『まずは庭半分』と言うあたり、そこで留まらないことが丸わかりのラウルの言葉。

 ライトの危惧した通り、ラウルは庭の大部分を家庭菜園用の畑に変えるつもりらしい。


「えーとね、ラウル。できればその半分くらいを普通のお花とかの庭園にして、ラウルの家庭菜園はガラスハウスとかの温室にしてくれる?」

「温室? それもまたいいかも知れんが、何で温室?」


 ライトの提案を聞いたラウル、拒否している訳ではないがその理由がいまいち理解できないらしい。


「あのお屋敷ってさ、一応貴族街にあるでしょ? ご近所さんというか、お隣さんの目もあるし」

「貴族ってのは、家庭菜園しないものなのか?」

「うん、多分ね……ていうか、あの辺りのご近所さんで、家庭菜園しているところってある? ラウルも最近ご近所付き合いしてるから、ぼくより詳しいでしょ?」

「ん……そういや一軒もないな。だが、それが何か問題あるのか? そもそもレオニスは貴族じゃないんだろ?」


 あッ、これは駄目なやつだ、とライトは悟る。

 ラウルは妖精族であり、人族特有のそうした柵や世間体などに疎いのも無理はない。

 そもそも貴族街で家庭菜園を営むことは、別に犯罪でも何でもない。言ってみれば少し恥ずかしいだの体面だのの気分的な問題であって、何も法律違反やら他人に迷惑をかけたりする訳ではないのだ。

 いくら人里に住むためとはいえ、人間独自の観点や感覚を妖精のラウルに押し付け過ぎるのはさすがに可哀想だ、とライトは思う。


 そしてラウルの言う通り、レオニスやライトもまた生粋の平民だ。貴族街に住んでいるからといって、何も貴族ぶる必要もない。

 レオニスはもちろんライトも今後何があっても爵位を受けるつもりはないし、どうせこの先一生平民を貫くのだ。

 平民が平民らしく過ごすことの、一体何が悪いというのか。

 ラウルの『レオニスは貴族じゃないんだろ?』という純粋な疑問を投げかけられて、ライトは目から鱗が落ちる思いだった。


 そう考えたライトは、ラウルへのアプローチを別方向から説くことにした。


「えーとね、ガラスハウスの温室にすると鳥に食い荒らされる被害が防げるよ!前にラウルが生誕祭の時に買っていた、虫除けの呪符も貼りやすいし」

「おお、そういう利点があるのか。それはいいな」

「あと、ハウスの室温を調整することで、旬ではない時期の野菜も作れるようになるよ。例えば夏野菜のトマトや茄子は夏が旬だけど、温室の中を夏と同じくらいに気温を上げてやれば冬でも育てて収穫できるようになるし」

「何ッ!? 温室で育てれば旬以外の季節でも収穫できるのか!?……確かに温室内の気温を調節すれば、擬似的に季節を生み出すことができるな……」


 ライトが説く温室栽培の数々の利点に、目を輝かせながら食いつくように聞き入るラウル。

 これは良い感触だ、とライトは内心ガッツポーズをとる。


「ねぇ、ラウル。そしたらさ、庭の全部はさすがに弄れないけど。今ある庭の三割くらいを温室にして、三割は花を中心にした庭園にしない? 家庭菜園もいいけど、花のある生活ってのもまた綺麗で心豊かになれると思うんだ」

「そうだな。俺達妖精も基本的に花は大好きだしな」

「じゃあ、レオ兄ちゃんにも相談してみようね!」

「おう、今日の晩飯はラグナロッツァで皆で食おう。その時にご主人様に話すか」


 自分の中途半端な見栄のためにラウルに不自由を強いるくらいなら、いつものようにラウルに好きなようにさせてあげたい。その方がラウルも今まで通り楽しく過ごせるし、さらには美味しい野菜を食べれてよほど有意義だと思えるだろう。

 誰も損せず皆が得する、完璧かつ円満な理想的関係がそこにはある。


 そんな簡単なことに気づけなかったライトは、己の浅慮さを恥じるとともにラウルの純粋さに救われた思いがした。


「……ラウル。ありがとうね」

「ン? 急にどうした。俺、何か礼を言われるようなことをしたか?」

「うん。ラウルにはいっつも美味しいご飯やおやつを作ってもらってるもん!何度礼を言っても言い足りないくらいだよ!」

「そ、そうか?……まぁな、ライトや皆が俺の作る料理で笑顔になってくれるのが俺にとっては一番の礼さ」


 ここでラウルが突如立ち止まり、ライトを肩車に乗せた。

 それはラウルが今日一日褒められまくったことでご機嫌が良いせいか、はたまたライトにお礼を言われたことで少し照れているのを隠したいせいか。

 突然のことにライトは「キャッ!」と驚くものの、背の高いラウルの肩車は眺めが良くて実に楽しく気持ち良い。


「今度レオ兄ちゃんと行く目覚めの湖の湖底神殿散策ツアー用にも、ラウルの美味しいご飯いっぱい作ってね!おやつもよろしくね!」

「ああ、任せとけ」


 ラウルの肩車の上で、ライトが実にワクワクとした声でピクニック料理のおねだりをする。

 そんなライトの要望に、ラウルもまたいつもより少し嬉しそうな声で頼もしい返事をしたのだった。





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 冒険者ギルドに入る仲介手数料云々のお話。

 まず冒険者ギルドに依頼を出す際に、依頼者は冒険者ギルドに掲示板使用料を払います。現代日本でいうところの、広告掲載料ですね。

 そして出した依頼が達成された際にも幾許かの手数料が冒険者ギルド側に入ります。

 依頼が未達成のまま取り下げられたり、一定期間内に受注されなかった場合は掲示板使用料の半額を依頼者に返還します。

 魔物由来の素材の売買以外にも、こうしたところで冒険者ギルドは運営資金を得ている訳ですね。

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