第391話 自分専用の新しい装備

「あー、水と酒を間違えて飲んじまうとか一生の不覚だわ」

「レオ兄ちゃん、後でグライフにちゃんとお礼しといた方がいいよ? 復帰祝いの主役なのに、わざわざ抜け出してまでここまで送ってくれたんだし」

「そうだな、今度あいつの好きそうな酒でも持っていってやるかぁ」


 朝食を食べながら話をするライトとレオニス。

 ラウルが出した朝食をモリモリと食べながら、体力回復のエクスポーションもグビグビとぐい飲みするレオニス。

 レオニスにとって全く不本意だった二日酔いも、ライトの特製アンチドート水を飲んだおかげですっかり解消されたようだ。


 朝食を食べ終えた二人は、後片付けをラウルに任せて着替えの準備に取り掛かる。

 軽くて丈夫な革鎧、腕当、脛当を兼ねたロングブーツ。これらは全てライトのために用意された新品の装備品類だ。

 レオニスからそれらを受け取るライト、ずっとワクテカ顔でものすごく嬉しそうだ。


「これ、ぼく専用の装備品?」

「ああ。炎の洞窟なんて危険な場所に連れていくなら、ライト専用の装備品を作れってカイ姉からも叱られてな。ま、ライトも将来は冒険者を目指すんだから、今から専用装備を持っていてもいいだろう。これからも俺と素材集めに出ることもあるだろうし」

「……ありがとう!」


 いつものライトなら『ああッ、これ高かったんじゃないの!?』『大金使わせちゃってごめんなさい』と申し訳なさそうに謝るところだが。自分専用の冒険者仕様の服や装備品を見て、謝るよりも嬉しさの方が勝ったようだ。

 珍しく素直に喜ぶライトの笑顔を見て、レオニスの顔も自然と綻ぶ。


 そしてレオニスは最後に今回の調査の必需品、耐熱防火性能のついたコートをライトに手渡す。

 見た目よりずっしりとした重さに、ライトが少しだけ驚いている。


「これが炎の洞窟用に作ってもらった耐熱防火用コート? 炎の洞窟に入る直前に着ればいいの?」

「いや、最初から着ていっても問題ないぞ。魔力を通すことで耐熱防火性能を発揮する仕組みになってるから、魔力を通さないうちは普通のコートとして使えるしな」

「何ソレすごい!」

「それだけじゃないぞ?耐熱防火生地の内側は防寒性能の生地で、寒暖どっちにも使えるリバーシブルってやつなんだ」

「何ソレさらにすごい!」


 新装備の想像以上の高性能さに、ライトも驚きを隠せない。

 暑さ寒さだけでなく普通に着ることもできるとは、一石二鳥どころか三鳥である。ただし、普段着として着るにはインフェルノリザードの革は少々どころかかなりゴツい見栄えだが。


「コートの内側、凍砕蟲糸の生地側にもポケットがいくつかついているから、ここに魔力回復効果のある飴玉なんかを入れておくといい。耐熱防火や防寒で使うには魔力が要るからな」

「分かったー」

「ま、俺もライトも魔力は高い方だから魔力切れなんて滅多に起こさんがな。それでも用心するに越したことはない」


 コートの解説をしながら、レオニスがライトに数粒の飴玉の包みを渡す。

 そういえばだいぶ前に、クラスの皆に市場を案内してもらった時に行った薬屋さんで回復効果のある飴を買ったことがあったなー。エーテル類を飲んで一気に回復するのもいいけど、装備品に魔力を通すことでじわじわ減りそうな場合には飴玉を舐める方が有効だよね。よし、今度また薬屋さんで飴玉買っておこう!


 そんなことを考えながら、レオニスから受け取った飴玉をコートの内側ポケットに入れるライト。

 革鎧やロングブーツを履き、最後の仕上げにコートを羽織る。

 その姿は、身長こそまだ足りていないがそれ以外はどこからどう見ても立派な冒険者だ。


「さ、じゃあぼちぼち行くか」

「うん!」


 準備万端整えたライトとレオニス。

 炎の洞窟調査に行くために、ラグナロッツァの屋敷を出立した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「あら、レオニスさんにライト君じゃないですか。おはようございますぅ」

「クレサさん、おはようございます!」

「よう、クレサ。久しぶり」

「そうですねぇ、去年の暮れ以来ですか。本日も日帰りで?」

「一応そのつもりだが、もしかしたら一泊くらいはするかもしれん」

「あらまぁ、レオニスさんがお泊まりとは珍しい」

「ま、そこら辺はまだ未定だがな。用事が無事済むかどうか次第さ」


 ラグナロッツァの冒険者ギルド総本部から、プロステス支部に転移門で移動したライトとレオニス。受付窓口にいる受付嬢のクレサに挨拶をする。

 レオニスとクレサが和やかに会話している横で、ライトがクレサに気づかれないようにクレサの顔をガン見する。


 うーん、相変わらずクレアさん達と顔の区別がつかん……プロステスに来るのもクレサさんに会うのも二度目だから、まだ分からなくても仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。

 でも、どこかに必ず十二姉妹を見分けるポイントがそれぞれにあるんだよな? どこだ、どれだ? 一体どこを見りゃ違いが分かるんだ!?


 だが、ライトの懸命なガン見も虚しく一向にその違いが見つけられない。

 そうこうしているうちにクレサに気づかれてしまった。


「……?ライト君、どうかしましたか?私の顔に何かついていますか?」


 ライトの強烈な視線を感じたクレサは、ライトに問いつつ己の顔をペタペタと触る。

 クレサの何とも愛らしい仕草に、ライトは慌てて答える。


「あっ、いえ、何でもありません!」

「そうですか?それならいいんですが……」


 結局自力ではその違いを見つけられなかったライト、内心で地味に凹む。

 もうこれ、世界一難しい間違い探しなんじゃなかろうか? もしこのサイサクス世界にギネスブックがあったなら、かなりの高確率でギネス認定されるはずであろう。


「さ、じゃあそろそろ行くぞ」

「あ、うん」

「二人ともお気をつけていってらっしゃいませー」



 クレサに見送られながら、ライトとレオニスは冒険者ギルドプロステス支部を後にした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 プロステスの街を出てから、炎の洞窟のある方角に徒歩で歩くこと約三十分。

 ウォーベック伯クラウスが言っていた、炎の洞窟の監視所と思しき小屋が見えてきた。

 小屋の規模は小さいが、小屋のあるあたりから洞窟のある方に向かうにつれて木々がほとんどなくなっていく。

 ライト達はそれまで林の中を歩いて来たが、どうやらこの辺りが木々と荒野の境目のようだ。


 小屋の横には、火の見櫓のような見張り台が聳え立っている。その見張り台は、遠目から見てもそれと分かるくらいにかなりの高さがある。

 見張り台の天辺に警備兵が一人いるのが見える。炎の洞窟の監視当番をしているのだろう。


「お、小屋が見えてきたな」

「あっ、本当だ。見張り台に人がいるね。小屋の中にも人いるのかな?」

「炎の洞窟を監視するところだから、誰かしら交代で見張っているんだろう。一応挨拶がてら寄ってみるか」


 ライト達は小屋まで辿り着き、レオニスが入口の扉を開いた。


「邪魔するぞ。誰かいるか?」


 レオニスが声をかけながら中を覗くと、そこには二人の警備兵がテーブルでトランプのポーカーをしていた。


「んー? こんなところに何の用だ?」

「ここは炎の洞窟が近くにあって、危険な場所なんだぞ?つーか、あんた子連れか? 何でこんな場所に子供なんて連れて来てんだ」

「そうそう。魔物が出てくることは滅多にないが、それでも絶対にないって訳じゃないからな」

「悪いことは言わん、魔物に襲われないうちにプロステスの街に戻りな」


 警備兵達はトランプに興じていた手を止め、レオニスに向かって口々に忠告する。レオニスの背後に控えていたライトを見て、子連れ冒険者と判断したようだ。

 交代要員で小屋に詰めていて、小屋の中で特にすることもないからトランプに興じるというのは決して褒められた態度ではないが、レオニスに向けて語る言葉に辛辣な棘は感じられない。

 根はどちらかと言えばまだ善良な方だが、監視という仕事に対して緩みきっているのだろう。


「あー、俺達ゃ今から炎の洞窟調査に入るところだ。その前に、一応この監視所にも挨拶しとこうと思って立ち寄ったんだが」

「何!? 子連れで炎の洞窟に入る気か!?」

「ああ、そのつもりだが。何か問題でも?」

「あんた、それ本気で言ってんのか!? 正気の沙汰じゃないぞ!死にたくなきゃやめとけ、本当に危険だぞ!」

「俺もここで死ぬつもりは全くないんだが……つーか、プロステス領主から通達なり連絡なりはここには来てねぇのか?」


 今から炎の洞窟に入ると言ったレオニスに、警備兵達は信じられない!といった顔をしながら必死に止めようとする。

 心配してくれるのはありがたいが、レオニスもここでハイソウデスカ、と引き返す訳にはいかない。


「連絡……? そんなもんあったか?」

「……そういや近いうちに凄腕の冒険者を洞窟調査に派遣する、という話は最近聞いたが……もしかして、その凄腕冒険者ってのはあんたのことか?」

「まぁな」


 片方の警備兵が、炎の洞窟調査に再び人を派遣するという話をどこかで聞いていたようだ。

 ただし、それが金剛級冒険者であることまでは知らないらしく、目の前にいるのがその金剛級冒険者レオニス・フィアであることにも全く気づいていない。レオニスの方もここでいちいち名乗るつもりはないので、お茶を濁しつつ話を切り替える。


「ここ最近の炎の洞窟はどんな感じなんだ? この監視所から見て何か変わった点とかはないか?」

「変わった点、か? んーーー……ここは見張り台から見ることしかできんし、距離もかなり離れているから細かい観察まではできんのだが……ああ、そうだ、一つ気になることがある」

「それは何だ?」

「時折洞窟に何らかの飛行物体が出入りしているようなんだ。ただ、遠目にそう見えるだけでその正体はさっぱり分からん。鳥なのか虫なのか、はたまた全く別の未知のものかもしれんが」

「飛行物体……」


 警備兵の一人の話を効いたレオニスが、少し考え込む仕草をする。

 今の炎の洞窟に出入りするようなものとは、一体何であろうか。果たしてそれが今の異常現象に関わりがあるのかどうか。

 全ては現地で確かめねばならない。


「そうか、分かった。その飛行物体についても留意しておく。現場の話を聞かせてもらって助かる、ありがとう」

「いや、あんた、本当に炎の洞窟に行くのか?」

「ああ。プロステス領主直々にご依頼いただいたからな」

「ウォーベック侯爵様の!? そ、それなら大丈夫、なのか……?」


 変わらずレオニス達を心配する警備兵だが、レオニスがプロステス領主であるウォーベック侯爵から直接依頼を受けたことを聞き驚く。

 それと同時に、領主が直々に依頼を出すほどの人物ならばかなりの実力者だろうことも理解したようだ。


「ま、今日は初めての探索だからそんな奥深くまで潜る予定はないがな」

「そ、そうか……まぁとにかく気をつけてな。無理すんなよ」

「おう、忠告ありがとうな。さ、行くぞ、ライト」

「はーい。警備兵さん達もお仕事頑張ってくださいね!」


 ライトとレオニスは警備兵達に礼を言うと、監視小屋を出て再び炎の洞窟へと向かっていった。





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 いよいよ炎の洞窟探検が始まります。

 拙作で久しぶりの冒険譚!血湧き肉踊る王道ハイファンタジー!……って、こんなこと言うと普段拙作は何書いてんの?とか思われてしまいそうですが( ̄ω ̄)

 というか、血湧き肉踊るような場面になるかどうかすら怪しいもんですが。そこはまぁ探索初回目ということでゴニョゴニョウキョキョ。


 ちなみに警備兵がレオニスの正体に気づかなかったのは、新装備のコートを一番上に羽織っているのでトレードマークの深紅のロングジャケットがほぼ見えなかったせいです。

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