第375話 叶えられた証

 翌日の月曜日。

 ライトはいつも通りラグーン学園に通う。

 午前中の授業を終え、食堂で皆と昼食を摂り、さぁいつものように図書室に行こうとした時。ライトは食堂の入口で、ライトを待っていたイグニスに声をかけられた。


「ライト!先週お願いしたとーちゃんとかーちゃんへの手紙、渡してくれたか?」

「あ、イグニス君。もちろんちゃんと渡してきたよ!お父さんとお母さんからの返事も受け取って、今日持ってきてあるよー」

「ホントか!?そしたら今もらってもいいか!?」

「うん、いいよー。そしたら教室行こっかー」


 ライトはイグニスとともに一年A組の教室に向かう。

 普段のイグニスなら、昼食を食べた後は速攻で校庭に遊びに行ってしまうのだが。外に遊びに行かずに真っ直ぐライトのもとを訪ねてくるあたり、きっと父母からの返事の手紙をものすごく楽しみにしていたに違いない。

 そう思うと、何とも微笑ましく思うライト。


 教室に入り、自分の鞄からイグニスの父母の手紙を取り出すライト。教室の入口で待っていたイグニスのもとに向かい、二通の手紙を手渡した。


「はい、これ!」

「ありがとう!」


 ライトからもらった手紙を、嬉しそうに受け取るイグニス。

 普段から頻繁に手紙のやり取りができる世界ではないので、思いがけずもらえた手紙は本当に嬉しいことだろう。分厚い封筒二通を手にしたイグニスが、一刻も早く手紙を読みたくてウズウズそわそわするのも仕方のないことだ。


「イグニス君、手紙すぐ読みたいでしょう?B組の教室戻って読んできなよ」

「いいのか!?ありがとう!」


 イグニスは先程手紙を受け取った時よりも、さらに輝くような笑顔になる。


「ライト、このお礼は必ずするからな!本当にありがとう!」

「えっ。イグニス君、おおおお礼とか全然!全ッッッ然気にしないでいいからねー!」


 両親の手紙を胸に、早速A組の隣のB組教室に入っていったイグニス。子供らしい可愛さに溢れるその姿は、とても破壊神の化身とは思えない。

 彼の笑顔が守られれば、将来破壊神になることを防げるのだろうか?イグニスの父スヴァロが順当に鍛冶屋を継げば、少なくともイグニスは少年の頃から大鎚ハンマーを握らずに済むはずだ。


 イグニス本人だけでなく、その父スヴァロも見守っていかなくては―――喜びに満ちるイグニスの背を見送りながら、ライトは改めて決心したのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ライトがラグーン学園でイグニスの手紙を渡したり、のんびりとした学園生活を過ごしていた頃。

 レオニスは、アイギスの店の数歩手前で右往左往していた。


「ンぬぅーーーーー……」

「カイ姉にはブローチの礼を言わなきゃならんが……すんげー怒られるだろうなぁ」

「あの有り様を見たら、下手すりゃカイ姉泣いちまうかもしれん……」

「けど、ずっと黙ってる訳にもいかんしなぁ……うーーーん」


 店の前に行こうとしては、足を止めてまた踵を返し数歩戻るレオニス。ずっとうろつく姿は完全に不審者である。

 そんなそころを、店の前を掃除しに出てきたマキシに発見されてしまった。


「あれ?レオニスさんじゃないですか、こんにちは!」

「ン?お、おう、マキシか。こんちゃーっす……」

「アイギスにご用があるんですよね?ささ、どうぞお入りください!」

「ぁ、ぁぁ……」


 アイギスの扉を大きく開いて歓迎するマキシ。その曇りなき純粋な笑顔に、レオニスは抗いきれずにそそくさと店の中に入る。

 中に入ると、メイがいつものようにレオニスを迎え入れた。


「あらー、レオじゃない、いらっしゃーい」

「おう、メイ。こないだの生誕祭はゆっくり休めたか?」

「ええ、おかげさまで三日間ゆっくり家でゴロ寝してたわぁ」


 まずは軽く世間話から会話を交わす二人。

 アイギスは生誕祭の間は完全休業日だ。その理由は主に二つ。

 生誕祭の間に服飾店を訪れる者はまずいないことと、もう一つはその生誕祭の直前までがアイギスにとってはものすごく忙しいのだ。


 まずは建国記念日を祝してラグナ宮殿で開かれる祝賀会、そこに招かれる多数の王侯貴族の礼服やドレス作り。そしてパレードや催し物に出る踊り子や美姫達の煌びやかな衣装。これらの注文を、アイギスでは生誕祭直前までひたすら作り続けるのだ。それはまさしく修羅場と言っても過言ではない。

 もちろん三人がかりで受けられる分だけの注文に絞ってはいるが、それでもアイギスのドレスを!という熱望は引きも切らず注文を頼み込んでくる客は後を絶たないのだ。


 だが、今年に入ってからマキシがアイギスで働かせてもらうことになったことが功を奏した。

 制作工程をマキシに任せることはまだできないが、それでも店の掃除や店番をマキシに任せることで三姉妹はより制作の仕事に注力できたのだ。


「今年はマキシ君がいてくれたおかげでかなり仕事が捗ってね、とても助かったのよー」

「そうか、そりゃ良かったな」

「ところでレオは今日は何の御用?カイ姉さんに依頼?」

「ん?あ、ああ、カイ姉にちょっと報告があってな」

「そうなのね。カイ姉さんは今ちょうどお昼休み入ってるから、奥でお話できるわよ」

「分かった、ありがとう」


 メイとの話を終えて、店の奥に入っていくレオニス。そこには、昼食を摂り終えて一息ついていたカイと世がのんびりと椅子に座っていた。


「カイ姉、セイ姉、お仕事お疲れさん」

「あら、レオちゃん。こんにちは、十日ぶりくらい?」

「ああ、こないだブローチを受け取ってからそれくらいになるかな」

「今お茶を持ってくるわね」

「ありがとう、セイ姉」


 セイが席を立ち、来客たるレオニスのためにお茶を入れるべく部屋を出ていく。

 レオニスはカイの向かいの椅子に座り、間を置かずそのまま全力で頭を深々と下げた。


「カイ姉、すまん!」

「え?ちょ、ちょっと、レオちゃん?いきなりどうしたの?」


 レオニスの突然の全力謝罪に、カイは訳も分からずただオロオロとするばかりだ。

 そのまま十秒ほど頭を下げ続けていたレオニス、ゆっくりと頭を上げて空間魔法陣から例のブローチを取り出した。


「こないだカイ姉に作ってもらった、八咫烏のブローチな……こんなんにしちまった」

「…………!!」


 目の前のテーブルの上にコトン、と置かれたブローチを見たカイが息を呑む。

 漆黒の艶やかな八咫烏の羽根はバサバサに傷み、純銀の繊細な細工はところどころ黒ずみ、多数あしらった大粒の黒水晶が砕けてなくなったり罅が入っているではないか。

 こんな無残な有り様を見て、驚くなという方が無理である。


 カイが絶句したまま動けずにいると、セイが部屋に戻ってきた。その手にはレオニスの分のお茶を載せたお盆がある。


「お待たせー。今日は特別に【Love the Palen】のお茶菓子も出してあげちゃうわよー。…………って、何これ!?」


 お盆に載せたレオニスへのお茶をテーブルに下ろそうとしたセイ、テーブルの上に置かれていた八咫烏のブローチを見て喫驚した。あまりの驚きにお茶をひっくり返すところだったが、ギリギリ寸前のところで零すのを免れたのが幸いだ。


「え、ちょ、待って待って、ホント何?何なのこれ!?」

「これ、こないだレオに作った八咫烏のブローチでしょ!?それがどうしてこんなボロボロになってんの!?」

「レオ、どういうことかちゃんと説明しなさいよ!…………レオ、聞いてるの!?」


 ズタボロになった八咫烏のブローチを見たセイが、激昂しながらレオニスに詰め寄る。

 それに対し、レオニスは俯いたままで口を閉ざす。

 言い訳のひとつも出してこないレオニスに、セイの怒りは募るばかりだ。


「カイ姉さんがあんたのために、精魂込めて作ったのに……どうしてこんな粗末に扱うの!?」

「いや、決して粗末に扱った訳じゃないんだ」

「だったら、何をどうしたらこんな酷いことになるのよ!?」

「……それは……」

「セイ、やめなさい」


 レオニスに詰め寄るセイを、カイが静かな声で制する。

 カイの声にセイは数瞬ピタッと止まるも、すぐに気を取り直して再び抗議する。


「でも、カイ姉さん、これは……」

「いいからセイは静かにしてて。……レオちゃん、このブローチはレオちゃんの役に立てた?」


 なおも抗議するセイを止めたカイ。改めてレオニスに向けて短く問うた。

 その穏やかな声と真っ直ぐな瞳を受けて、レオニスもまたカイの紫色の瞳を見つめながら静かに口を開く。


「……ああ。カイ姉のおかげで、本当に命拾いしたよ」

「そう……それなら良かったわ。また八咫烏の羽根と黒水晶で、新しいブローチを急いで作らなくちゃね」

「そうしてもらえると助かる。……カイ姉には迷惑ばかりかけて、本当にすまない」

「ふふふ、いいのよ。姉さんいつも言ってるでしょう?レオちゃんには、うんとうんと長生きしてもらうんだって」


 ブローチがレオニスの役に立ったことを知り、レオニス自身の口からも『命拾いした』という言葉を聞いたカイは、とても満足そうな笑みを浮かべている。


 そもそもこの八咫烏のブローチは、破邪効果を求めたレオニスのたっての希望で作った品だ。カイの方もレオニスの要望を聞き、『レオちゃんの身を守るように』『邪悪な力を退けるように』と願いながら作った。

 八咫烏のブローチがここまで変わり果てたのは、カイのその願いが叶えられた証。レオニスの身を守るために、このブローチが身代わりになったのだ、ということをカイは察したのだ。


 カイの願いが実現した証である、ボロボロのブローチ。カイがその手でそっと包み込み、レオニスに問う。


「このブローチは、姉さんがもらってもいい?姉さんの願いが叶ったことの証として持っていたいの」

「ああ、もちろんいいさ。カイ姉のおかげで、俺は今こうしてまたカイ姉の顔を見に来れてるんだからな」

「うふふ、ありがとう。次のブローチもまた良い物作っちゃうわよ?」

「カイ姉の作る物はいつだって最高な品さ」


 レオニスの嘘偽りない賛辞に、カイはいつものように優しい笑顔を浮かべていた。





====================


 ――カイがボロボロのブローチを受け取った直後の会話――


カ「レオちゃん、何がどうしてこうなったのか、一応聞いてみてもいい?」

レ(ラグナ教に触れなければいいか……)

 「実は四帝の【女帝】とちょいとやりあってな……」

カ「……四帝……女帝………………キュゥ」 ←手を組み泡噴いて失神

セ「ああッ、カイ姉さん!」

レ「ちょ、大丈夫か、カイ姉!?」


 さすがにそこで四帝の名が出てくるとは、カイも予想外だったようです。

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