第364話 ドライアドの血と記憶

 突如現れた『至高の杖ユリウスの館』の主、ユリウス。

 若緑色の長い髪を緩く一本にまとめていて、緑青色の瞳が知性的な印象を与える面立ちだ。すらりとした長身で、年の頃は三十路手前あたりに見える。


 扉を開けて店内に入ったユリウスは周囲を見回し、腰を抜かしている執事もどきと向かいにいるレオニスに目を留める。

 ははぁ、ここが原因か、と察したユリウスは、執事もどきの正面にいたレオニス達のもとに寄ってきた。

 そして双方の間に入り、頭を下げながら開口一番に謝罪した。


「当工房の従業員が何か粗相をしたようで、大変申し訳ございません」

「私は当工房の主、ユリウスと申します。どうかそのお怒りを鎮めていただけませんでしょうか?」

「従業員の失態は雇い主たる私にも責がございます。何卒お許しください」


 深く頭を下げるユリウスの後ろで、執事もどきが「……ユ、ユリウス様……ッ!」と呟きながら感涙に咽び泣いている。主が身を挺して庇ってくれたことに感激しているようだ。

 もっともその涙の半分以上は、ユリウス登場の前から既に鼻水とともに流れ出ていたのだが。


「……こうなった理由も聞かないうちから、さっさと頭を下げてしまっていいのか?俺が理不尽なことを言って従業員を困らせているだけかもしれんぞ?」

「それはありますまい。当工房の従業員は、荒くれ者相手であっても明らかに理不尽な要求に対して屈することは絶対にございません。それくらいの教育はしておりますし、そもそも表で接客を担当する者は腕力、胆力ともに鍛え抜かれた精鋭達にございます故」


 レオニスの鎌をかけるような質問に、ユリウスは動じることなく冷静に答える。

 ユリウスの理論でいけば『理不尽には絶対に屈しない従業員が腰を抜かすような有り様なのだから、その従業員には毅然とした態度を持って己が正義を貫けないに至る何らかの落ち度があったのだ』ということのようだ。

 実際この現状は、従業員がレオニスを見た目だけで判断し侮ったことにより引き起こされた惨事なので、ユリウスの推察は概ね正しい。そして今回のような『外見で客を侮り痛い目に遭う』といったケースも、高級店ならではのよくあるトラブルなのかもしれない。


 その鋭い洞察力と淡々とした中にも芯の強さを感じさせるユリウスの回答に、レオニスも次第に毒気を抜かれて怒りもだんだんと鎮まっていく。

 ユリウスが一切言い訳せず開口一番で謝罪を口にしたことも、レオニスの硬化した態度を軟化させる一因となっていた。


「……いや、こっちこそ店内を騒がせてすまなかったな。先日特殊な素材が手に入ったから、超一流と呼ばれる職人の手でワンドを作ってもらおうと思って今日ここに来たんだが」

「オーダーメイドは100万G以上?先払い?まぁ費用はいくらかかっても構わないんだが、オーダーメイド自体が二年待ちとそこの従業員に聞いてな」

「まぁ、超一流の職人ならそれも当然だよな。先に舐めた態度を取られたとはいえ、カッとなって頭に血が上った俺も悪かった」

「だがさすがにワンド一本でそこまで待ちきれないんで、他を当たろうと考えていたところだ」


 レオニスが簡単に経緯を説明し終えた後、小さくため息をつく。


「ま、そういうことで営業の邪魔して悪かったな。重ね重ねすまんかった。じゃあな」

「さ、次行くぞ。これ以上ここで騒ぎを起こしちゃ悪いからな」


 レオニスがライト達を促し、工房を出ようと踵を返す。

 ライトも慌ててユリウスにペコリと一礼してから、レオニスの背を追いかけ始めたその時。ユリウスが大きな声でレオニスを引き留めた。


「お待ちください!」


 その声の大きさを意外に思ったレオニスが、工房の出口手前まで進んでいた歩みを止める。

 それを好機と思ったのか、ユリウスがレオニスに近づいていく。


「……まだ何か用があるのか?」

「もしよろしければ、その『特殊な素材』というのはどのようなものなのか教えていただけませんか?」

「そんなことを聞いてどうする。俺はこれから他の工房に行くつもりなんだが」

「お客様の気分を害した身でありながら、大変不躾な質問であることは重々承知しております。ですが、どうしても知りたいのです」

「……何故そこまで知りたがる?」


 振り返ったレオニスと真正面から対峙するユリウス。

 不審がるレオニスからの質問に、ユリウスは臆することなく答える。


「手前味噌ではございますが、当工房も多少は名の知れた工房であるという自負がございます。そんな当工房にわざわざ持ち込む素材が、そこら辺にありふれた普通の素材な訳がありますまい」

「そりゃあな。俺達のような素人がぞんざいに扱っていい素材じゃないことは確かだ」

「それに……」


 これまで常に冷静沈着だったユリウスが、一息ついて呼吸を整える。それはまるで己の緊張を懸命に解きほぐそうとしているかのようだ。

 意を決したように、ユリウスは再び口を開く。


「貴方方から感じるのです。偉大なる神樹の加護を―――」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ユリウスの懸命の引き留めが功を奏し、ライト達は三人揃って最奥の工房主の部屋に通された。

 さすがにあの場でそのまま会話を続けるのは、他の客達の手前もあって憚られたからだ。


 工房主であるユリウス専用の執務室とも呼べるその部屋は、簡素なテーブルと質素なロングソファが二脚。他には壁に本棚があるくらいしか調度品はない。

 建物の外観や接客エリアの豪華絢爛さからは程遠い、とても質素な空間だ。

 おそらくはVIPルームとも違う、普段は外部の客を招き入れることなど絶対にない完全なユリウス個人の部屋なのだろう。


「私のわがままでお引き留めして申し訳ありません。どうしても貴方方とお話がしたくて……」

「まぁ、少し話をするくらいなら構わんがな。……で?一体何を話したいんだ?俺はもう他の工房に行くつもりなんだが」

「そのことなんですが……もしよろしければ、私の弟子をご紹介しましょう」

「何?……いいのか?」


 ユリウスの口から飛び出した、あまりにも意外な申し出にレオニス達は驚きを隠せない。

 接客エリアで散々お騒がせしたレオニス達に、自分の弟子とはいえ他の工房を紹介すると言うユリウス。そこには何らかの意図があるのだろうか。


「私の弟子も杖職人として一廉の腕を持って独立し、それぞれ各地で自分の工房を経営しております。ご所望とあらば、紹介状も書きましょう」

「ですが、まずはその持ち込む予定の素材が何であるかをお教え願えますか?木、石、金属、それぞれに素材の特性というものがございます。それらに合った、より得意な者をご紹介することができましょう」


 どうやらユリウスは、何としてもレオニスが持ち込もうとした素材の正体を知りたいようだ。そのためには自分の弟子を紹介してもいい、とまで言うとは相当な執着ぶりである。

 果たしてそれは単なる好奇心からなのか、それとも何か確信めいたものでも抱いているのか。


 だが、腕の良い弟子といっても素材により多少の得手不得手があるというのも一理ある。現に防具系の工房だって取り扱う素材別に工房が存在するくらいだ、素材によってその扱い方も大きく異なるはずである。


 もちろんユリウス程の名の知れた職人ならば、素材の特性に左右されたり得手不得手があるなどということはないだろう。

 だが、その弟子レベルでは独立済みとはいえまだその境地に至らないのも致し方ない。その界隈の巨匠と呼ばれるようになるまでには、それなりの年月を要するのだ。


 レオニスにもそのことが理解できたのか、目を伏せながら、ふぅ、と小さなため息をついた後に重たそうに口を開く。


「今回持ち込みで作ってもらいたかったのは、子供でも扱える短めのワンドなんだが。その素材は―――これだ」


 レオニスは話しながら空間魔法陣を開き、一本の木の枝を取り出した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 テーブルの上にそっと置かれた、一本の木の枝。それは紛うことなき神樹ユグドラツィから譲り受けた枝である。

 その太さは成人男性の二の腕くらいで、細い枝や葉っぱは全て切り落とし済みで小綺麗に処理されている。


 テーブルに置かれた神樹の枝を見たユリウスは、極限まで目を見開き驚愕に震える。

 それが神樹の枝であることを、レオニスはまだ一言も明かしていないのだが。どうやらユリウスは何かを感じ取っているようだ。


「ああ、やはり……これは、神樹の枝、ですよね?」

「……あんた、これが神樹の枝だって一目見ただけで分かるのか?」

「ええ。私の遠い祖先に、ドライアドと契りを交わした者がおりまして。一族の何代かに一度、先祖返りする者が生まれるんです」

「じゃああんたはその何代かに一度生まれる先祖返りというやつで、ドライアド―――木の精霊の気質を強く持っているってことか?」

「その通りです」


 ドライアドとは木の精霊の一種で、その存在はこのサイサクス世界でも広く知られているポピュラーな精霊だ。

 ユリウスが自分達の持つ神樹の加護を感じ取ったのは、その血のせいか……とライト達は得心する。

 それは木の精霊の気質を強く持ったユリウスだからこそ出来る芸当だったのだ。


 そしてライト達の神樹の加護を感じ取ったユリウスが、持ち込み素材の正体を知ることに強く執着した理由もこれで説明がつく。

 神樹の加護を持つ者が、杖職人のもとにオーダーメイド用に持ち込もうとした『特殊な素材』―――それはきっと神樹の枝のような稀少品に違いない、という、ちょっと考えればすぐに分かることを確信するに至ったのも十分頷ける。


 レオニスが取り出した神樹の枝は、一目見ただけでは普通の木の枝と何ら変わりない。だが、見る者が見ればそれが特殊なものであることが分かる。

 例えばそれは魔力や神気を感じ取る能力が高い妖精のラウルや、ドライアドの血を濃く受け継いだユリウスなどがそれに該当する。


 ちなみにライトやレオニスも、もともと魔力が高い上に神樹の祝福や加護を得ているので神樹の枝が放つオーラのようなものを感じ取ることはできる。ただし、ラウルやユリウスほど感受性は強くないが。


「ああ、何という神々しさ……こんな貴重な神樹の枝を、しかもほぼ切りたての生の状態で見られる日が来ようとは……」

「お客様……大変畏れ多いことではございますが、こちらの品を直接この手に持たせていただいてもよろしいでしょうか……?」

「…………ああ」


 目の前に置かれた神樹の枝を、嘆息とともに感激の面持ちで見つめるユリウス。

 木の精霊ドライアドからしたら、神樹はきっと神にも等しい存在なのだろう。その血を濃く受け継いだユリウスが、神樹の枝を目の当たりにして感動に浸るのも無理はない。

 そんな『感動のご対面』にも等しい状況で、ユリウスが神樹を持ちたいというささやかな願いを素気無く却下するほどレオニスも鬼ではなかった。


 神樹の枝を震える手でゆっくりと持ち上げ、歓喜の表情に満ちていくユリウス。枝の表面を愛おしそうに撫でながら、腕の中に抱き抱えていく。

 そして木の芳しい香りをそっと嗅ぐ。それはまるで森林浴でマイナスイオンたっぷりの空気を胸いっぱい吸い込んでいるかのようだ。


「ああ……これは五番目の神樹、ユグドラツィ様の古枝の先端部ですね。古枝特有の、悠久の時を経た芳醇な神気が流れ込んできて、たまらなく心地良い……」

「え。あんた、枝の匂いを嗅いだだけで産地とか分かんの?」


 神樹の枝の香りを堪能したユリウスが、うっとりとした表情でその枝の出自?が神樹ユグドラツィのものであることを看破した。

 その呟きを聞いたレオニスが心底驚く。ユグドラツィという枝の出処だけでなく、古枝の先端部ということまで見抜いたからだ。


「もちろん!ドライアドの血と記憶、そして杖職人として培ってきたこれまでの経験で分かります!」

「そ、そういうもんなの?」

「はい。特に神樹に関する知識においては、私の右に出る者はいない自信がございます。この世界には六本の神樹がある、と言われておりまして。この神樹の枝のもとであるユグドラツィ様は、五番目にお生まれになられた比較的若い神樹であらせられるのです」

「そうなんか……そいつは初めて聞いたわ……」


 サイサクス世界の神樹のうち、大神樹ユグドラシアと神樹ユグドラツィの二本はライト達も知っている。だが、ユリウスが言うには何と他にもまだ四本の神樹が存在するというではないか。

 しかも神樹ユグドラツィが二番目に若い樹とか、何気にレアな初耳情報まで把握している博識っぷりだ。

 レオニスですら知らない神樹情報を知っているとは、やはりこのユリウスという杖職人は只者ではない。


 己が崇め奉る神樹の話に移行したせいか、ユリウスの顔はほんのり上気して歓喜に満ちた表情になっていく。


「神樹だけでなく、大抵の樹木のことは分かりますよ。その種類はもちろんのこと、大まかな樹齢や産地も分かります」

「ええ、ドライアドの血を受け継ぐ私に分からぬ樹木などこの世に存在しません!」


 天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに宣言するユリウス。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。

 突如覇王と化して饒舌になったユリウスの勢いに、ライト達はただただ呆然としながらその後光を眺めるしかない。


 あー、ユリウスさんも覇王になれる人なんだぁ……まぁね、自分の好きなもの、こよなく愛するものを語る時には誰だってこうなるよね、うん。

 ライト達は内心でそんなことを思いながら、樹木ソムリエと化したユリウスに気圧されていた。





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 何か今回も約5500字という、結構なボリュームになってしまいました…( ̄ω ̄)…

 いえ、本当は二つに分けようかと思ったんですよ。ですが、前半だけ見るとレオニスが単なるクレーマーにしか思えんかもしれん……それはマズい、困るぅ><

 てな訳で、出し惜しみせずにキリのいいところまで一挙放出です。


 というか、この至高の杖職人ユリウスという新キャラ。

 最初の方こそ知的&クールな印象だったのに、最後の方では覇王と化してしまいました……嗚呼どうしてこうなった_| ̄|●

 一話のうちに本性がバレるとか、間違いなく最短記録だわッ・゜(゜^ω^゜)゜・


 まぁ杖職人という役柄上、今後の露出もそこまで多くはないだろうから、出番があるうちにサクッと明かしてしまえー!というのもあるんですけど。

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