職人の街ファング

第361話 受付嬢クレヤ

 建国記念日を祝う盛大な生誕祭が無事終わり、日常生活の日々が戻ってきた。

 だが、ライト達には休む暇もない。生誕祭三日目は1月18日の木曜日。その翌々日の土曜日には、職人の街ファングに出向かねばならないのだ。


 金曜日にはラグーン学園にいつも通り通い、帰宅してからは翌日ファングに出かける支度を万全に整えるライト。

 晩御飯の時にふとあることを思ったライトは、レオニスに確認がてら質問してみる。


「ねぇ、レオ兄ちゃん。ファングにもクレアさんの妹さんいるの?」

「ああ、あすこの冒険者ギルド受付嬢もクレアの妹がやってるぞ」

「やっぱそうなんだねー、名前は何ていうの?」

「んーとなぁ、確か名前は『クレヤ』で、十一番目だったかな」


 レオニスの話によると、ファングの冒険者ギルドにはクレア十二姉妹の十一女クレヤが受付嬢をしているという。

 このアクシーディア公国の主だった都市の冒険者ギルドには、全てクレア十二姉妹が受付嬢として君臨しているのだろうか。

 というか、その情報を全て把握しているレオニスも相当なものだ。やはりこのサイサクス世界には『クレア姉妹判別検定』なる資格があるに違いない。


「今回のファングは午前中に杖職人さん探しして、皆でお昼を食べてからレオ兄ちゃんはラグナ教支部の調査に行くんだよね?」

「ああ、そういう予定になってるな」

「そしたら、評判の良い杖職人さん、ユリウスさんだっけ?クレヤさんに先に聞けば、どこにお店があるかも分かるよね」

「そうだな、それが一番間違いないだろう」


 午前中はレオニスとともに杖職人のもとに行き、神樹ユグドラツィからもらった枝でライト用のワンドを一本作製依頼を出す。

 お昼を三人で食べた後、レオニスはラグナ教支部の調査に向かい、ライトはラウルとともに職人の街巡りをする予定だ。


「あ、あとね、杖職人さんより先に斧職人のガラルドさんのところに行っていい?」

「斧職人?……ああ、ラウルも馴染みの鍛冶屋にライトの学園の友達がいるんだっけ?」

「うん、そう。ペレ鍛冶屋のイグニス君ね。イグニス君のお父さん、今はファングの斧職人さんのところで修行しているんだって」


 ライトが同級生であるイグニスから頼まれた『ファングにいる父親に手紙を渡してほしい』という依頼を、レオニスにも改めて話して聞かせる。


「イグニス君から、ファングにいるお父さんに手紙を渡してくれって預かってるんだ。イグニス君への返事もその日のうちに書いてもらいたいから、手紙も早く渡さないといけないの」

「そうか、んじゃファングに到着したら一番真っ先に斧職人のところに行かないとな」

「うん!イグニス君のお願いを聞いてくれ!」

「何、ライトの友達のささやかな願いだ、それくらい叶えてやらんとな」


 出かけたついでにできる簡単な依頼だし、それがライトの友達の願いだと聞けばなおさらレオニスに否やはない。

 快く受けてくれたレオニスに、ライトも心から礼を述べる。

 明日の朝九時にラグナロッツァの屋敷を出発することにして、二人は早々に就寝した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おおお、これが職人の街ファングかぁ……」


 ラグナロッツァの冒険者ギルド総本部から、転移門を使ってファングに移動したライト達。

 冒険者ギルドファング支部の外に出ると、そこには素朴な街並みが広がっていた。

 道の作りはさほど堅牢ではないし、建物も平屋や二階建てが多く高い建物はほとんどない。だが、何と言うか『昔ながらの街並み』という感じがして、ほっこりとした穏やかな気分になる街だ。


 ちなみに建物から出る前、冒険者ギルドファング支部の受付窓口には噂のクレア十二姉妹の十一女、クレヤがいた。

 転移門のある部屋から広間に移動したライト達、早速クレヤに挨拶をしに受付窓口に向かう。

 受付窓口には、ラベンダー色に染まったクレアとほぼ同じ顔ののクローン姉妹が背筋を正して座っていた。


「おはようございます!」

「おはようございますぅ。元気なお子さんですねぇ、ファングにようこそ。本日はお買い物か観光にいらしたのですか?」

「えーと、斧職人のガラルドさんと杖職人さんのユリウスさんのところに用事がありまして」

「まぁ、ガラルドさんとユリウスさんですか?工房の場所はお分かりで?」

「いえ、これから探すところなので、もし良ければクレヤさんに教えていただこうかと」


 他のクレア姉妹同様の、のんびりとした可愛らしい声でライトの挨拶に応えるクレヤ。下から二番目の妹だからか、どことなくのんびり度合いが他の姉妹よりも強いような気がする。

 ライトは早速斧職人と杖職人の工房を教えてもらいたい、とクレヤに頼む。

 名乗る前から自分の名を呼ばれたクレヤは、かなり驚いた顔でライトに問うた。


「あら、私の名前をご存知で?どこかでお会いしたことがありましたっけ?」

「あ、ぼく、ディーノ村の出身でして。ディーノ村の冒険者ギルドにいるクレアさんにはいつもお世話になってまして」

「まぁ、クレア姉さんのお知り合いでしたか」

「今はラグナロッツァのラグーン学園に通っているので、クレナさんにもお世話になってます」

「あらまぁ、クレナ姉さんともお友達でしたかぁ。……って、後ろにおられるのはレオニスさんじゃないですかぁ」


 ライトが受付窓口まで真っ先に駆け出してから、しばらく遅れてレオニスとラウルがのんびりと歩いてやってきた。

 レオニスの顔を見てそれが誰だかすぐに分かるあたり、クレヤも優秀な受付嬢であることが伺える。


「よう、クレヤ。すんげー久しぶりだな」

「何年ぶりか分からないくらいに、ものすごーくお久しぶりですねぇ」

「まぁな、俺はもう武具を新調しにファングに来ることも全くないからな」

「えー、そんな寂しいこと仰らずにー。この街にはたくさんの凄腕職人がいるんですし。たまには何か良い武具を購入して、この街にお金をドカーン!と落としていってくださってもいいんですよ?」

「お前ら姉妹は、ホンットにそういう営業トーク上手だよね……」

「あらやだ、レオニスさんから褒められてしまいましたぁー」


 レオニスの顔を見た途端に、我が勤め先たる地元に金落とせ!コールを容赦なくかますクレヤ。地元愛に溢れたクレヤのその姿勢に、レオニスは半ば呆れつつ苦笑いするしかない。


「でもまぁな、今日はクレヤのその願いを叶えてやれそうだ。ドカンとした金額じゃないかもしれんがな」

「と、いうことは?何か武具をお買いになるので?」

「ああ。さっきこの子が尋ねた杖職人な。神樹の枝を入手したんで、この子用に一本ワンドを作ろうと思っていてな。それで今日はこのファングに来たんだ」

「まぁ、そういうことだったんですかぁ。それにしても神樹の枝とは、レオニスさんってば相変わらず規格外ですねぇ」


 レオニスとの会話で、今日のライト達の目的を知るクレヤ。神樹の枝などというレアアイテムを入手したと聞き感心するあたり、やはり神樹の枝はこのサイサクス世界ではかなり貴重な品らしい。

 そしてクレヤが改めてライトの方を見たので、ライトも自己紹介を始める。


「ぼくはライトと言います。レオ兄ちゃんといっしょに暮らしてます」

「……ああ!貴方が噂に聞くレオニスさんの養い子のライト君ですかぁ!姉達からお噂はかねがね聞いております、私はクレヤと申します。改めまして、よろしくお願いいたしますぅ」

「こちらこそよろしくお願いしますー」


 ここでもまず『レオニスの養い子』として認識されるライト。

 ライトの方も、もはやそれに抗うことなくおとなしく受け入れる。最初の取っ掛かりとして覚えてもらうには最適だし、その後ライトという名をちゃんと呼んでもらえればそれでいいのだ。


「今日は日帰りでこちらにいらしたのですか?」

「ああ、杖職人にワンド作りを依頼した後は職人巡りをしようと思ってな。……ああ、そうだ。この街に包丁専門の職人はいるか?」

「包丁職人ですか?それでしたら、バーナードさんのところに行くのがよろしいかと」


 レオニスの質問に、クレヤがスラスラと淀みなく答える。このファング内に居を構える有名な職人のことは一通り覚えているのだろう。やはりこのクレヤも受付嬢としてかなり優秀なようだ。

 そしてバーナードという名の包丁職人がいるという情報に、レオニスの背後に控えるラウルの目がキラーン!と輝く。


「そしたら今言った三ヶ所、斧職人のガラルドに杖職人のユリウス、包丁職人のバーナード、これらの工房の位置を教えてくれるか?」

「分かりました。今簡単な地図を書きますので、少々お待ちくださいねぇ」


 レオニスの要望に、クレヤが快く承諾する。

 地図を書くメモ帳とペンは、当然の如くラベンダー色のベレー帽の中からスチャッ!という華麗な動作とともに取り出される。もはやクレア十二姉妹のお約束の流れだ。


 スラスラと手際良く書き込み、あっという間に書き終えたクレヤ。その紙を綺麗に切り取り、レオニスに手渡した。

 レオニスはそのメモにサッと目を通し、懐に仕舞う。


「ありがとう。手間を取らせてすまなかったな」

「いえいえ、この程度のこと手間にもなりませんよ」

「じゃあ日が暮れる前に戻って来るわ。また後でな」

「はい、また後ほど。皆さんもお気をつけて、ファングの街を楽しんでいってくださいねぇー」


 クレヤに見送られながら、冒険者ギルドの建物を出たライト達。

 本日のファング訪問の目的のひとつ、各職人のいる工房の位置を地図でゲットしたライト達は予定通り、まずは斧職人のガラルドのもとに向かった。





====================


 クレア姉妹の十一番目、クレヤの登場です。

 クレア十二姉妹が出てきたのはこれで五人目ですが、あと七人もいつか全員出てくるのかしら?一応この先にもまだラグナ教事件の調査対象である港湾都市エンデアンが控えているので、最低限でももう一人出てくる予定ではありますが。


 というか、作者でさえ名前とか時折間違いそうになるってのに。何故にレオニスは区別がつくのだ。これでは『クレア姉妹判別検定』に落ちてレオニスに負けてしまうではないですか!(`ω´)プンスコ

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