第358話 突然の訪問者

「…………」

「…………」

「…………」

「♪♪♪」


 リリィ達と楽しく過ごしたライト、日が暮れる頃にラグナロッツァの屋敷に帰ったのだが。先に帰宅していたラウル達に、レインボースライムショーの話を報告するべく食堂に向かうと―――何とそこにはシャーリィがいた。


 昼間の大通りで観た盛大なパレードで、大きな神輿に乗って華麗な舞を披露していた黒髪巻き毛と黄金色の瞳を持つ妖艶な美姫。その人が今、ライトの目の前にいる。

 ライトがあんぐりと大きく口を開け、呆気にとられるのも無理はない。


 ニッコニコのとびっきりの笑顔で上機嫌な様子のシャーリィとは真反対に、食堂のテーブルに頬杖をつき斜め上を藪睨みしながら、思いっきり不貞腐れた顔をしているラウル。

 その二人の間で板挟みになり、どういう顔をしていいものやらさっぱり分からず冷や汗を垂らすマキシ。眉はハの字で口はミミズになりながら、頬がピクピクと引き攣っている。

 ライトも含め、四人ともしばし無言のまま動きを止めている。


 この、修羅場だか何だかよく分からない異様な空間を目の当たりにしたライト。それでも何とか我に返り、これは一体どういう状況なのかをまずは把握するべく口を開く。


「えーーーと……これは一体、何がどういうことになってんの?」

「そんなの俺が聞きてぇよ。シャーリィ、お前何でこんなとこに来てんだ」

「えー?こんなとこって、ラウル失敬すぎない?ここ、大陸一の英雄のお屋敷なんでしょ?すごいわよねぇ。人族の平民でありながら、首都のド真ん中にこんな素敵なお屋敷を下賜されるほどの活躍をするなんて。すっごく力のある人なのねぇ」

「………………」


 ライトが問うも、ラウルはブスーッとした顔で超絶ご機嫌斜めのままシャーリィに吐き捨てるように問い質す。

 そしてシャーリィはシャーリィで、のんびりとした口調でラウルの言葉の揚げ足を取りながら、上機嫌で質問を受け流す。

 思いっきりスルーされた形のラウル、ますます目に見えて機嫌が悪くなっていく。


「……お前、用事がないならとっとと帰れ。お前のいる踊り子の一団だって、今頃必死にお前を探して右往左往してるだろうがよ」

「用事?もちろんあるわよ?」

「おう、そうか。用事があってもとっとと帰れ。お前を探している踊り子の一団がここを嗅ぎつけて、無理矢理押し入る前にさっさと戻れ。お前の信者にあらぬいちゃもんをつけられて、この屋敷に迷惑をかけられるのだけは御免だ」

「ラウルってば、相変わらず取り付く島もないわねぇ」


 ラウルがなかなかに無体なことを言い放つが、シャーリィはたいして気にする様子もなく流す。シャーリィもラウルと同じプーリア族の妖精で、ラウルとは幼馴染だというからラウルの性格もよく知っているのだろう。

 だが、シャーリィも用事があってここに来ていると断言するからには、果たしてそれがどんな用事なのかを聞いてみなければどうにもならない。

 ライトは小さくため息をつきながら、再びシャーリィに向かって問うた。


「えーと、シャーリィ、さん?どういったご用件でここにいらしたんですか……?」

「あら、ラウルよりもよほど賢くてお利口そうな坊っちゃんね。シャーリィという名はラウルから聞いたの?」

「あ、はい、そうですが……」

「人里では愛称の『シャル』で通してるの。できれば君も私のことはシャルと呼んでくれる?」

「分かりました、シャルさん」


 シャーリィは人里では愛称の『シャル』という方の名を名乗っているらしい。

 偽名というほどのものでもないが、それでも本名ではなく愛称の方を呼んでほしいと願うあたり、やはりその素性は隠しているのだろうか。


「本当に素直で可愛らしい子ねぇ。ラウル、貴方もこの子を見習うべきよ?」

「うるせーよ。お前、そんな嫌味を言いにわざわざここまで来たのか?その嫌味がお前の用事か?用事が済んで良かったな、さぁとっとと帰れ」

「……あのね?ラウル。機嫌が悪くなるのも分かるけど、ここはもうちょい抑えてくれる?でないと話がちっとも進まないし、ずーっとこのまま同じことの繰り返しだよ?」

「…………分かった」


 ラウルにしてみれば、同郷の者はほぼ敵にしか見えないのだろう。故にシャーリィに対しても辛辣な態度ばかり出てしまうのだ。

 だが、このままでは何の進展もないまま空気だけが壮絶に悪くなるばかりだ。ライトはラウルを宥めつつ、何とか現状を打開すべく努力する。


「シャルさん、ごめんなさい。ラウルもいつもはこんなじゃなくて、本当は優しくて思い遣りもあるんだけど……故郷にあまり良い思い出がないようで、それでシャルさんにもキツく当たっちゃうんだと思います」

「ええ、もちろんそれは私も分かっているわ。あの里はラウルにとって、決して居心地の良い場所ではなかったから」


 ライトの懸命の執り成しに、シャーリィも目を伏せながら肯定する。


「で、シャルさんの用事って、やっぱりラウルに関係することですか?」

「そうね、特にラウルを探していた訳じゃないんだけど。今日のパレードでラウルを見かけてね?思わず懐かしくなって、つい痕跡を辿って訪ねてきちゃったの」

「…………チッ」


 シャーリィの言葉にラウルは頬杖をついたまま、変わらず不貞腐れている。よほど不本意なのか、何と特大の舌打ちまでする有り様だ。

 その特大の舌打ちに、ラウルの横にいるマキシは『ヒッ!』と小声で悲鳴を漏らしつつ、座席から小さく飛び上がる。

 ラウルのあまりの不機嫌さに、その横でずっとビクビク怯えるマキシが何とも憐れである。


「ところでシャルさんもラウルと同じプーリア族の妖精さんで、ラウルの幼馴染なんですよね?」

「ええ、その通りよ」

「ラウルは里に馴染めなくて飛び出したけど、シャルさんは里の中でも人気者だった、とラウルから聞きましたが」

「そうね、それも全部当たっているわね」


 ライトの質問を全て肯定するシャーリィ。妖精族とかラウルの幼馴染とかはともかく、自分が里の人気者だったというところまで否定しないどころか肯定するあたりすごい自信家だ。

 レオニスがいつだったかラウルに向けて溢した『謙遜のケの字も知らないって、ホントすげぇよね!』という評価に、シャーリィもガッツリ該当しそうだ。もしかしてこれはプーリア族の特性なのだろうか?


「そしたら、どうして人里に出てきているんですか?プーリアの里で何かあったんですか?」

「いいえ、何も起きてないわ」

「何も起きてない?全然?」

「ええ、何も」


 ライトとしては、シャーリィにも里にいられなくなる何事かが起きて人里に出てきたのだと思っていたので、シャーリィの答えは非常に意外なものだった。

 だが、そうなるとさらに訳が分からない。プーリアの里でも散々持て囃されてきたであろう人気者のシャーリィが、何故里の外にいるのか。

 ラウルの言葉じゃないが『本気で分からない』と言いたくなるところだ。


 だが、シャーリィは静かに語り続ける。


「ラウルがプーリアの里を飛び出した後ね、本当に何も起こらなかったの」

「いなくなったから皆で探そう、とか、心配だから早く戻ってきてほしい、とか」

「誰からも、そういう言葉が何一つ出てこなかったの」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 シャーリィの話に、ライトもマキシもしばし絶句する。

 ラウルが生まれ故郷の里に馴染めなかったとは聞いていたが、そこまで酷いものだとは思わなかったのだ。


「あ、いいえ、別に彼らにとってそれは悪意とか他意を含むものではないのよ?人族の言い方を倣えば『来る者拒んで、去る者追わず』ってところかしら。プーリア族ってそういう気質がとても強いのよ」

「人族の場合は『来る者拒まず、去る者追わず』って言うのよね。うちの団がそういう方針だから」


 シャーリィが言うには、プーリア族は排他的な上に他者への関心もかなり薄いらしい。

 そういう民族性なのだ、と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、それにしても薄情なものだな、とライトは内心で不愉快に思っていた。

 そんな気持ちが表情に出ていたのか、シャーリィがふふっ、と笑いながら話を続ける。


「人族からしたら、とんでもなく薄情者だと思うでしょう?人族って、自分の親兄弟や親しい友達には愛情深く接する者が多いものね。もちろん全員が全員そうじゃないことも知っているけど」

「それに比べて、プーリア族が薄情なのは本当のことよ。親兄弟や親しい友が死んだって、嘆き悲しむなんてことないもの」

「というか、そもそも妖精族には人族のような『死』という概念はないの。寿命が来れば、消滅して自然に還る。寿命より先に何らかの要因で消滅しても、それもまた運命で―――自然に還ることに変わりはない、ただそれだけのこと」


 シャーリィがプーリア族の持つ独特な概念を淡々と説明していく。

 プーリア族にとっての死とは、人族が思うような『永遠の別れ』などではなく、ただ単に『自然に還るだけ』というもののようだ。そこには惜別の思いや断ち切れない思慕の情など一切なく、当たり前のこととして受け入れるべき運命なのだ、という考えが根底にあるのだろう。

 カタポレンの森という壮大な自然の中で生きる妖精族ならではの、悟りにも似た意識なのかもしれない。


「私もね、消滅して自然に還ることは当然のこととして受け入れていたわ。それが寿命であろうとなかろうと、自然に還るのは当たり前のことだと思っていたの」

「だけど……ラウルがいなくなった時まで、皆が皆無関心だった時にね、これはちょっとおかしいんじゃないかって―――ふとそう思ったの」

「だってそうでしょ?ラウルは寿命を迎える歳なんかじゃないし、病気や怪我で消滅しそうだった訳でもないのに。明らかにラウルが自分の意志で外の世界に出ていったと分かるのに、誰も探しに行こうともしないんだもの!」


 ここでシャーリィが憤懣やる方ない、といった口調になる。


「魔物に襲われて怪我をして、動きたくても動けないでいるかもしれないのに……誰も心配しないで、放ったらかしで」

「『我々の前からいなくなった者は、消える運命にあったのだ』という考えが染みつき過ぎて、里の外に出た者まで探しもしないなんて―――」

「それを見た時、私思ったの。ああ、もし私がラウルと同じように外の世界に飛び出しても、誰も何とも思わないんだろうなって……」

「そう考え始めたら―――もう止まらなかった。……いえ、止められなかった」


 そして今度はシャーリィが顔を上げ、その真っ直ぐな瞳がラウルに向けられる。


「ラウル、貴方と同じように……里の外に出たくて出たくて、もうどうしようもなかったの」





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 作中では生誕祭三日目がもうすぐ終わる頃ですが。リアルタイムの本日は大晦日、2021年最後の日ですね。

 今年は作者にとって、なろう小説投稿デビュー等様々なことがありました。

 途中いくつかの紆余曲折はありましたが、こうして何とか毎日更新を続けてこられたのも読者の皆様方の応援あってこそのことと思っております。


 来年も毎日更新続けていけるといいな。相変わらずストックは全くなくゼロのままで、日々ギリギリの時間まで四苦八苦しつつ書いておりますが。

 おかげで誤字脱字が増えた気がする。つか、気がするんじゃなくて間違いなく増えてるという自覚あるんですが(; ̄ω ̄;)

 まずは!とにかく!毎日!更新!を続けていくことを優先してるんで、多少の誤字脱字はお許しください、後で読み返して直しますんで><


 2021年もあと僅か、残り数時間となりましたが。皆様良いお年をお過ごしくださいませ<(_ _)>

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