第305話 大晦日の夜

 その後もライトとマキシは懸命に敷地内の餅を拾い続け、お昼頃には一つ残さず全部回収し終えた。そこそこ広い敷地だが、二人で頑張って拾い続けた結果、意外に早く終了することができた。

 屋根の上や屋敷の裏側も何度も確認し、マキシが最後の一個の丸型の餅をライトのリュックに入れたところでラウルが帰ってきた。


「ただいまー、昼飯のために一旦戻って来たぞ」

「あっ、ラウル、おかえりー!ぼく達はちょうど今この家の分の餅を全部拾い終えたところだよー」

「おっ、もう終わったのか、早いな」

「うん、マキシ君と二人で頑張ったからね!ね、マキシ君?」

「はい!初めての餅拾い、とっても楽しかったです!ラウルもご近所さんの餅拾い、ご苦労さま!」

「おう、とりあえず屋敷ん中入るか」


 昼食のために一旦帰ってきたというラウル。早速三人して屋敷の中に入り、ラウルが昼食の支度をする。

 支度といってもラウルの空間魔法陣から作り置きのものを出すだけなので、ラウルにとってはお茶の子再々の朝飯前だ。もっとも、今は朝飯前ではなく昼飯前なのだが。


「「「いっただっきまーす」」」


 三人して手を合わせて、昼食を食べ始める。

 レオニス宅では必ず食前食後の挨拶をするが、マキシももうその習慣にすっかり慣れて堂に入ったものだ。

 昼食を食べながら、ライトがラウルに状況を尋ねる。


「ラウルの方の餅拾いはどう?結構進んだ?」

「おう、ぼちぼちな。まだあと二軒残っているが、日没前には完了するから問題ない」

「そっかー。日が暮れて暗くなる前に作業終えなきゃね」

「ああ、この餅は大晦日の日のあるうちに拾わないと消滅しちまうからな。何としても明るいうちに全部拾い集めなきゃならん」

「えッ、そなの!?」


 驚くべきことに、餅の精霊カガー・ミ・モッチが降らせた餅は大晦日の日中しか拾えないものらしい。日が暮れて夜になると、煙のようにスーッと消えてしまうんだとか。

 そうなる前に一度でも誰かの手に触れれば、その後消えることはなく長期保存できるのだそうだ。つくづく不思議な餅である。

 だが、精霊が人族への恵みとしてもたらしたものならば、誰かが必要としない限り立ち消えになってしまうのも理解できるかもしれない。


「でもまぁあと二軒なら余裕で全部拾えそうだね」

「ああ、三時のおやつの頃には十分間に合うな」

「そしたらぼくは三時まで何してようかなー。……そうだ、冬休みの宿題しとこう」

「それがいいな」

「じゃあ僕はラウルがいない間に、食器洗いやお風呂掃除なんかを済ませておくね」

「おう、よろしく頼むな、マキシ」


 そう、この世界の学校、ラグーン学園でも長期休暇には期間中にこなさなければならない課題が出る。

 ライトは現在初等部の初学年である一年生だから、さほど難しいものは出ない。だが、宿題なんてものはさっさとこなして終わらせてしまった方が心置きなく休暇を過ごせるというものだ。


 そしてマキシも、ラウル不在中に食器洗い等の家事を率先してやってくれるという。

 先程の食前の挨拶といい、人里に溶け込もうと懸命に頑張るマキシは本物の努力家である。


 昼食を食べ終えた三人は、それぞれこなすべきことをするために分かれていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「皆お疲れさまー!」

「おう、ご主人様達もお疲れさま」

「ラウルも山ほど餅を拾えて良かったな。マキシも初めての餅拾いどうだった?楽しめたか?」

「はい!レオニスさんの言ってたように、いろんな形の餅があってすっごく楽しかったです!」

「そりゃ良かった」


 外はすっかり日も暮れて、レオニスも帰宅したところで今年最後の晩御飯をラグナロッツァの屋敷で全員揃って食べる。

 明日の元旦からはまたラウル特製のお節料理やらカガー・ミ・モッチの聖なる餅入りお雑煮等々、たくさんのご馳走があるので今宵は控えめの食事だ。


「レオ兄ちゃんは今日は何のお仕事してたの?」

「今日はラグナ宮殿の餅拾いに駆り出されたわ」

「ん?レオ兄ちゃんも餅拾いだったの?」

「ああ、本来なら餅拾いは冒険者になりたての新人や初心者に優先されるべき仕事なんだが。今年は大量に降ったもんだから、ラグナ宮殿から緊急SOSが冒険者ギルドに来てな。それで俺がラグナ宮殿に急遽派遣されたんだ」


 ラグナ宮殿でも餅拾いはしており、宮廷魔導師や官僚達が手分けして拾っているらしい。

 だが、今年は一面の餅景色が広がるくらいに大量に降ったので、とても人手が足りなかったのだ。

 とはいえ、緊急で冒険者を雇うにしても身元がしっかりした者でなければ宮殿に入れることはできない。如何に餅拾いが初心者向けの仕事とはいえ、さすがに国の元首が住まう宮殿に実力も実績もない新人冒険者を立ち入らせる訳にはいかなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのがレオニスだった、という訳である。


「レオ兄ちゃんが拾ったお餅はどうしたの?そのままもらえたの?」

「ああ、宮殿側の取り分は宮殿側の人間が拾った分だけでいいって話だったからな。俺が拾った分はそのままいただいてきた」

「そうなんだー。ラグナ宮殿ってぼくまだ行ったことないけど、ものすごく広いんでしょ?たくさん拾えた?」

「そりゃラグナ大公の住む城だからな、だだっ広いことこの上ないし。俺は主に屋根や木の上とかの高い場所にあるのを任されてな、それなりに拾えたよ」


 レオニスは短時間なら空も飛べるので、常人には登れないような高所を担当させるにはもってこいだ。


「でもって、今日俺が拾った餅は俺の好きなようにしていいって言われてるからな。頃合いを見て孤児院に差し入れする予定だ」

「それはいいね、孤児院の人達もきっと喜ぶと思うよ!」

「だといいな」


 レオニスは、今日得た餅を孤児院に差し入れすると言う。かつて自分もディーノ村の孤児院で散々食べて世話になった餅を、大人になった今また孤児院に寄贈するのはレオニスなりの恩返しなのだろう。


「そうそう、今日はぼくも初めて餅拾いしたけど、面白い形の餅をとっといたんだ!後でレオ兄ちゃんも見てくれる?」

「お、どんな形のがあったんだ?」

「アイテムリュックに入れちゃうと分かんなくなるから、別の籠に入れて分けておいたんだ。広間に置いてあるから、ご飯食べ終わったら皆でいっしょに見に行こう!」

「おう、そりゃ楽しみだ」

「マキシ君もいろんなの見つけてとっといてあるんだよねー!」

「はい!僕のも見てくださいね!」


 今年最後の晩御飯は、いつも以上に賑やかで楽しい食事だった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「どれどれ、どんな面白い形の餅があったのか拝見させてもらうか」


 食事を終えて、ラウルが食後のお茶をワゴンに乗せてから全員で広間に移動する。

 広間に置いたというライトの話通り、テーブルの上に籠が二つある。ライトとマキシの二人分だろう。


「まずはぼくのからね!」


 ライトが片方の籠を手に取り、中身をテーブルの上に一つづつ並べていく。

 ちなみにそれらの餅は、個包装などという小洒落た梱包など一切なされていない。剥き出しの餅である。

 それって衛生的な面でどうなの?と思わなくもないが、このサイサクス世界は現代日本ほど衛生面は厳しくない。

 それに、降りたての鮮度抜群のな餅ならば、既に泥まみれとかでなければ拾った際に手で軽くパッパッと埃を払えば問題ないのだ。

 何なら浄化魔法とかあるし、最悪もしお腹壊しても解毒魔法もあるからね。キニシナイ!……そう考えたライトは、もはや立派なサイサクス世界の住人である。


 そんなライトがセレクトした『ベストチョイスセレクション』の数々。ハート型の他にも人型やイードのようなイカ、蛇や猫、ブタの鼻やスライム型などとても餅とは思えない形をかたどった餅がテーブルの上にずらりと並ぶ。


「おおお、こりゃまた面白楽しい形の餅ばかり集めたな」

「ジャジャーン!中でもぼくの一番のお気に入りはコレ!」


 ライトが満面の笑みとともにババーン!と皆に向けて披露したのは、ヒトデ型の餅。

 普通の星型と似ているが、よく見ると鋭角なはずの先端部分が全てカーブを描いて曲がっているのだ。この動きのある曲線は、間違いなく星型ではなくヒ、ヒトデ型だとぅ……ぷくく……ライトもよくこんな面白いもん見つけたなwww」

「でしょでしょー!これ絶対に星型じゃないよねー!」

「おう、確かにこりゃ星じゃねぇなwww」 

「これね、ひとつしか見つけられなかったんだよ!」


 ライトの逸品『星型のフリしたヒトデ型餅』を見て、思わず笑いを堪えきれないレオニスとラウル。


「次は僕のですね!」


 今度はマキシが選んだ餅のお披露目だ。

 ライトがしたように、マキシも一つづつ丁寧に並べていく。

 ちょうちょ型にヤツデの葉、四つ葉のクローバーなど自然のものに加えて、まるでどこかで見たようなサブレ型のハトまである。


「おお、マキシもいろいろ珍しいもの拾ったな」

「うん、宝物探してるみたいですっごく面白かった!」

「ホントホント、宝探しだったね!」

「「ねーーー♪」」


 ライトとマキシ、二人してガッシリと両手を合わせて満面の笑みで頷き合う。

 子供みたいにはしゃぐ二人に、レオニスもラウルも懐かしそうに微笑む。


「そういや俺も、孤児院時代は皆して拾い集めながら珍しい形の餅を見つけては自慢し合ったもんだ」

「俺も最初の頃の餅拾いは何しろ物珍しくて楽しかったわ」

「ま、楽しいのは子供のうちだけなんだがな」

「だなぁ。でも俺は今日の餅拾いは久しぶりに楽しかったぜ!」

「……ご近所十軒分近くの餅を全部もらえるとなりゃ、そりゃお前さんはさぞ嬉しいでしょうねぇ……相当な量になっただろ?」

「おう!これで和食スイーツや非常食には当分困らんぞ!」


 本日の大収穫の喜びを隠そうともしないラウルに、レオニスも苦笑する他ない。

 しかしそれもまた良い変化であることを、レオニスは知っていた。


 今までのラウルは、レオニス邸を守る留守番という名目でずっと篭もりっきりだった。

 だが、ライトのラグーン学園入学を機にこのラグナロッツァの屋敷も賑やかになった。

 そして根が真面目なラウルは、新たに加わった小さなご主人様であるライトの方針『ご近所付き合いは大事!』『日頃からこまめに交流すべし!』に従い、基本人見知りで引き篭もり大好きなラウルもなるべくご近所さんと良好な関係を築くべく努力したのだ。


 最初はライトと引っ越しの挨拶から始まり、普段の挨拶もするようにして食材のおすそ分けなどもするようになった。

 使用人同士の会話から、次第に厨房の料理人達や家令、時には貴族の当主とも話すようになった。

 そうした数々の努力の成果が、今年の餅拾いの依頼という形で大成したのだ。


「ねぇ、ラウル。明日のお雑煮には、この珍しい形のお餅を使って!ぼくの分にはヒトデと猫とスライムそっくりを入れてね!」

「あっ、そしたら僕のにはハトとちょうちょと四つ葉のクローバーでよろしくね、ラウル!」

「んじゃ俺はどの形でもいいから餅10個な」

「おう、料理のことならこのラウル様に万事任せとけ!」


 各自明日のお雑煮の餅をラウルに注文する三人に、ラウルは胸をドン!と叩きながら引き受けた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 すっかり夜も更け、もうすぐ日付も変わる頃。

 年越しカウントダウンなどという文化もないこの世界だが、その代わりなのかどこからか除夜の鐘の音が聞こえてくる。


 ラグナロッツァでは除夜の鐘が聞けるという、思いがけない話をレオニスから聞いたライト、『除夜の鐘を聞く!そして鐘が鳴り終わるまで絶対に起きてる!』と張り切って宣言したのも束の間、鳴り終わるどころか鳴る前に既に寝てしまった。

 今日の餅拾いではかなり働いたし、相当はしゃいでいたこともあって疲れたのだろう。


 広間の大きなソファで寝てしまったライトを、レオニスが抱き抱えて二階の寝室に連れていく。

 ベッドに寝かせて布団をかけたあと、レオニスはベッドの縁に腰掛けてスヤスヤと眠るライトの頭をそっと撫でる。


「今年はいろんなことがあったなぁ、ライト」

「お前もラグーン学園に通うようになっただけでなく、カタポレンの森の中の友達もたくさん増えて……やっぱりラグナロッツァに出てきて正解だったな」

「きっとお前もグラン兄のように……いや、それ以上に立派な冒険者になるだろうな」

「今年は本当に良い年だったな。また来年もよろしくな、ライト」


 ラグナロッツァで初めて迎える大晦日と新年の夜は、静かに過ぎていった。





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 本日は2021年11月8日ですが、作中のラグナ暦812年は大晦日で一年最後の日です。

 次話からは新年になります。ライトやレオニス達もさらなる飛躍の年であることを願うばかりです。

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