第269話 生贄と犠牲
「何と……ずっとマキシの体内に、穢れなどという恐ろしい呪いが植え付けられておったとは……」
ウルスが苦悶の表情を浮かべながら、声を絞り出すように呻く。
いや、苦悶の表情を浮かべているのはウルスだけではない。マキシの母であるアラエルも、ミサキを含む他の兄弟姉妹も皆同じように苦しげだ。
ライトが語って聞かせた、マキシを巡り人里で起きた一連の出来事の顛末。
マキシの魔力がこれまでずっと少なかったのは、外部から植え付けられた穢れにより魔力を奪われ続けていたせいだったこと。
その穢れの存在を、人族きっての稀代の天才大魔導師フェネセンが看破し、見事それを打ち祓い取り除いたこと。
急激に戻った魔力に身体を慣らすために、人里でずっと療養していたこと。そのために、八咫烏の里には帰りたくてもすぐに帰れなかったこと等々。
ちなみに最後の『療養で帰りたくても帰れなかった』というのは、マキシのことを考えてのリップサービスだったりする。
そう、家族に無断で里を飛び出して長期間戻らなかったマキシの立場や印象は決して良いとは言い難い。というか、どう考えても普通に悪い。
その悪い印象が少しでも軽減されれば、というライトなりの気遣いである。
「ライト殿。その穢れが廃都の魔城の四帝によって植え付けられたものというのは、確かなことなのか?」
「はい。マキシ君の中に潜む穢れの存在を見抜き祓ったフェネぴょ……いえ、大魔導師がそう断言しました。大魔導師たる彼がそう言うからには、それは間違いなく真実です」
「そうか……」
「その後マキシ君から聞いた話を考察し、その穢れはおそらくマキシ君が生まれた直後にこの里で起きた『集団スケルトンの襲撃事件』の時に埋め込まれたものだろう、とも言っていました」
「……120年前の、あの時のことか!」
ウルス達の顔が驚愕に染まる。
「本来このカタポレンの森に、スケルトンの集団なんてものは存在しません。単体でのアンデッドモンスターは発生しても、それらが集団行動するなんてのは、人族の間でも聞いたことがない」
「ですが、廃都の魔城の四帝をよく知る大魔導師の話によると、四帝の一角【女帝】は『死霊兵団』というスケルトンの集団を操っての工作活動に長けているんだそうです。実際に廃都の魔城の深部には、死霊兵団がたくさんいるのだとか」
「そして、マキシ君が生後すぐにスケルトンの集団に拐われたのは、魔力の高い八咫烏から魔力を搾取するのが目的だったようです」
「「「!!」」」
120年前に起きた、あの襲撃事件の真相を知ったウルス達。
特にウルスとアラエルは愕然としている。
「あの頃は、スケルトン達が執拗にこの里を襲撃し続けてきていた。撃退したのも一度や二度ではない」
「あの日はアラエルが、生まれたばかりのマキシとミサキを連れて沐浴に出かけた時に、数ヶ月ぶりかの襲撃に遭遇してしまい……マキシだけがスケルトンに拐われてしまった」
「八咫烏一族総出でマキシを捜索し、三日後に近くの谷でマキシを発見してスケルトン達の手から取り戻せた」
「それ以来、スケルトンの襲撃がピタリと止んだのは……我等は己の手でスケルトン達を完全に退けることができたのだとばかり思っていたのだが……」
「そうではなく、ただ単に奴等は目的を果たしたからもうこの里を襲撃する必要はなくなっただけ、ということか……」
ウルスが過去の状況を照らし合わせながら、己達の過ちに気づくと同時にアラエルが号泣した。
「ああっ!私があの時、ミサキとともにマキシを守ってやれていれば……こんなことにはならなかった!」
「マキシにだけずっと辛い思いをさせて……ごめんなさい!」
「あああああッ!!」
親として、我が子を守れなかったことに対する深い後悔―――慚愧の念に堪えられずに号泣するアラエル。その思いは今に限ったことではなく、マキシが生まれてからずっと苛まれてきたであろう。
だが、事の真相はアラエルにとってより残酷なものだった。
……
…………
………………
あの日里で一番大きな池で水浴びしていた、アラエルと生まれたばかりの双子達。
その池は『モクヨーク池』と呼ばれる霊験あらたかな池で、里で子を産卵した女衆が産後の肥立ちのために沐浴する水場としてもよく利用されている。
普段住む大神樹ユグドラシアの御座す場所から少し離れた場所にあり、ユグドラシアを中心部とした八咫烏の縄張りの中では外縁部の方にあった。
そんな場所に警護もつけずに出歩くとは、些か不用心な面も否めないが。その頃にはスケルトンの集団からの襲撃の頻度もかなり低くなってきており、誰もが油断していたのだ。
産後の身体を癒やすために親子で訪れた池に、突如現れた多数のスケルトン。
アラエルは、咄嗟に近くにいたミサキを抱き寄せることはできた。だが、ミサキよりも数歩離れたところにいたマキシは、ミサキが出した翼より数瞬早くスケルトンの手によって拐われてしまった。
「お前達、マキシをどこに連れていくつもりなの!?」
「やめて!マキシを返して!マキシ!」
「マキシーーーッ!!」
大声で叫びながら抵抗するアラエル。
片翼に幼いミサキを抱えながら、アラエルはもう片方の翼をマキシに向けて必死に伸ばす。だが、その翼はマキシに届くことなく―――
幼いマキシは、スケルトン達とともに八咫烏の里から姿を消した。
………………
…………
……
この時のことを、アラエルは今でもたまに夢に見るという。
マキシが行方不明になってから数日後に発見されて帰ってきたとはいえ、我が子を目の前で拐われた母親の心情を思うと気の毒としか言いようがない。
そして、これまでマキシの魔力のなさは生まれつきのものだと自他ともにずっと思われていた。
実は孵化したばかりの八咫烏の子は、まださほど魔力が高くない。それ故、襲撃事件の頃のマキシとミサキも魔力量はほぼ同じで変わりはなかったのだ。
だが、成長するにつれ二羽に差がつき始めた。
ミサキはぐんぐん成長して魔力も身体も大きくなっていくのに対し、マキシはどちらも小さいままなかなか成長しなかったのだ。
その差は月日を追う毎に広がっていき、とても双子とは思えないような大きな差になっていく。
それとともに、八咫烏の里に次第に不和が生まれていった。
その原因は、マキシがスケルトンの集団に拐われて穢れを植え付けられたせいだったのだと、今なら分かる。
しかしそんなこととは露知らぬ当時の八咫烏達は、マキシの成長の遅さとスケルトン達の襲撃の真相と結び付けることなどできず、到底考えも及ばなかったのだ。
そしてマキシは次第に、生まれついての無能者という烙印を押されるようになっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「んー……これはあくまでぼくの推測に過ぎないんですが」
「そのスケルトン達、本当は大神樹ユグドラシア様に穢れを植え付けたかったんじゃないですかね?」
「……何だって!?」
ライトの突然の推測に、八咫烏達が驚きとともに一斉にライトの方に目を向けた。
「穢れを祓った大魔導師が言ってたんです。マキシ君と同じように、魔力を奪い取るために奴等は世界中に穢れをばら撒いているはずだって」
「魔の森カタポレンだけでなく、特に人の目につきにくいシュマルリ山脈やノーヴェ砂漠などは格好の標的で」
「そしてそれは人や魔物に限らず、大樹や土地といった自力では動くことのできないものに対しても仕掛けられているだろう。と……大魔導師の彼はそう推察していました」
「ぼくはここに来るまで、八咫烏の里に大神樹が存在することを知りませんでしたが」
「もしぼくがスケルトンや廃都の魔城の四帝なら、八咫烏達よりもまず先に大神樹の方を狙うと思います」
そう、穢れを植え付けるなら人や魔物や神獣、霊長などの動くものよりも、大樹や土地などの自力で動けないものの方が奪い取る側には都合がいいだろう、とフェネセンは言っていた。
それを考えると、今ここにともにいる大神樹ユグドラシアは真っ先に廃都の魔城の奴等の標的にされてもおかしくなかった。
むしろ大神樹の持つ膨大な魔力は、廃都の魔城の四帝にとって最も手に入れたい垂涎の的であろう。
「でも、スケルトンの集団は大神樹ユグドラシア様には近づけなかったんですよね?」
「もちろんだ。そんな不埒なことは絶対に許さないし、八咫烏一族の存亡を賭けてでも絶対に阻止する」
「そうだ、あの時も里の者達が一丸となってユグドラシア様をお守りし、一匹たりともスケルトンを近づけさせはしなかった」
ウルスやフギンが胸を張りながら力強く言い切った。
「うん、八咫烏の皆さんの守りや抵抗が思った以上に手強くて、奴等の思うように事を進められなかったんでしょう。だからその標的の矛先を、大神樹ユグドラシア様ではなく八咫烏に変更したんだと思います」
「だって魔力を奪い取れればいいのなら、何も大神樹だけに拘らなくてもいいんですから」
「それこそ八咫烏だって、魔力の高さはかなりのものですからね。そこら辺のちょっと魔力高めの土地や木々に植え付けるよりも、はるかに良質な魔力を大量に奪えるはず」
「……もっと言ってしまえば、穢れを埋め込めるなら誰でも良かったんですよ。そう、マキシ君じゃなくても、ね」
「……!!」
誰に向けるでもなくキッと睨みつけるライトの言葉に、その場にいた全ての者が息を呑み絶句する。
言われてみれば確かにそうだ。魔力の多さこそ大神樹の足元にも及ばないが、それでも八咫烏の魔力の高さは神獣類の中でも随一にしてトップレベルだ。
本命の大神樹に近寄れないならば、その代わりとして八咫烏という種族そのものの方に目をつけられてもおかしくはない。
そして、ライトは言外にこうも言っているのだ。
『その生贄として拐われたのが、たまたま襲撃時に最も近くにいたマキシ君だったというだけの話で』
『実はその生贄には、誰がなっていてもおかしくなかった』
『マキシ君が長年受け続けてきた不遇は、貴方方の身に起きていたことだったのかもしれないのだ』
と。
その言外に込められた痛烈な皮肉に気づかぬほど、ウルス達八咫烏は愚昧ではない。
親や成鳥は、我が子や年若い者達を守るべき立場なのに。逆に自分達を含めて、今までの里の者達全員の無事は我が子一羽の不運と犠牲によって成り立っていたのだと思い知る。
ウルスは震える翼でマキシの頬に触れた。
「……マキシ、本当にすまなかった。我等が被っていたかもしれない不幸を、100年以上もの長い間お前一羽だけに一身に背負わせてしまっていたとは」
「今更謝ったところでどうにもならないが……」
「ああ、これから私はどうやってマキシに償えばいいのだ……」
ウルスはその大きな翼でマキシを抱きしめながら、次第に崩れ落ちるように膝をついていた。
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マキシの穢れに関するフェネセンの諸々の見解は、第117話から第120話で出ています。
そして今回は第269話。その時から、実に倍以上の話数が経過してしまいました。
月日が経つのは本当に早いものですねぇ……物語の方の月日はろくに進んでいませんが。
つか、皆様にツッコミされる前に自ら懺悔しときます。
アラエルとマキシ、ミサキが集団スケルトンに襲われた『モクヨーク池』。
我ながらセンス無さ過ぎでしょ!と思うんですよ。あまりのダサさに心底絶望しておりますよ。
ですが。どうにも他に思い浮かばず_(;ω;)
もう半ばヤケで『モクヨーク池』にしちゃいました。
シリアス回の中のプチジョーク、ほのぼのオアシス要員ってことにしといてくださいませ_| ̄|●
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