第268話 ウルスの懺悔

「貴様、何者だ?」


 長兄フギンがラウルに鋭い視線を向けながら問い質す。

 ラウルはその視線などものともせず、それをも上回る凶悪なまでの強烈な視線を以てフギンを睨み返す。


「貴様、だぁ?俺達ゃそこのマキシの父親から客人扱いしていただいてるんだが。それとも何か、お前はここにいる八咫烏の中で一番偉いのか?父親である族長よりも、誰よりも……いや、この大神樹ユグドラシア様よりも偉いってのか、あぁ?」

「何だと!?」

「いやはや、これは恐れ入った。八咫烏の身でありながら、大神樹ユグドラシア様よりも偉くて高位な存在でいらっしゃったとはな。ならば俺達如き瑣末な存在など、貴様扱いされても致し方なかろうなぁ?」

「…………」


 今日もラウルの鋭い舌鋒が炸裂する。その鋭さは、もはやそこら辺の剣や刀などよりよほど切れ味が凄まじい。

 しかも眉をハの字にして、フフッ、と鼻で笑い心底呆れたような苦笑い顔までしてみせる。その表情の小憎らしさたるや、まさに筆舌に尽くし難い。

 このラウルという妖精、料理の腕だけでなく煽りの腕も間違いなく一級品である。


 というか『貴様』という言葉を先に使ったのは、実は他ならぬラウルの方なのだが。今はそんな瑣末なことを突っ込めるような空気では毛頭ない。


「フギン、ムニン、やめなさい」

「しかし、父様……」

「彼の言う通りだ。私が客人として彼らを迎え入れているのだ、お前達もそのように心得よ。……もっとも、お前達が私を族長と認めていないというのならば、従わずに抵抗しても筋は通るがな」

「!!…………分かりました」

「私達八咫烏一族の族長は、絶対に父様をおいて他におりません」


 ウルスの窘めに、フギンとムニンは不承不承ながらも従い後ろに下がる。

 この舌戦、ラウルの完全勝利である。

 そしてウルスはライト達の方に身体を向き直し、改めて頭を下げた。


「身内の者が客人に対して無礼な態度を取ったこと、誠に申し訳ない」

「だが、この者達も里の警備を担う上級大将としての責務を負っているのだ。八咫烏の里や民を守ることに、誰よりも心血を注いで日々励んでいる」

「また、我が一族の尊厳を保つために自ら身を律することにも厳しいのだ。身内にだけ甘い顔をしていては、他の者に示しがつかぬからな」

「故に、今のように先走りしてしまうこともある。だが、決して悪意を抱いてのことではないのだ。どうかそれら諸々の点を考慮し、理解していただけるとありがたい」


 ウルスの見事な執り成しに、ライトは内心で舌を巻く。

 こんなふうに言われたら、さすがのラウルも矛を収めざるを得まい。しかしてラウルは小さくため息をつき、徐に口を開いた。


「八咫烏の族長にここまで言われてはな。引き下がらん訳にはいくまいよ」

「客人に気を遣わせてしまってすまない」

「いや、あんたは八咫烏一族の族長である前に、俺の親友マキシの父親だ。父親ならば、全ての子を守り惜しみない愛情を注いで当然だ」


 ラウルはそう言うと、フギンとムニンをちろりと見遣りながら、改めてウルスに問うた。


「ならばこそ問おう。何故マキシはここまで理不尽な扱いをされねばならなかった?何故あんた達はマキシを守ってやれなかった?」

「今日もこの里に入った途端、他の八咫烏からそれはもう酷い扱いをされたぞ?」

「あんた達と同じ八咫烏で、しかも族長一族に連なる者にも拘わらず、どうして……」

「どうしてマキシだけがあんなにも他者に虐げられて、惨めな思いをしなきゃならなかったんだ!!」


 最後は悲鳴にも近いラウルの痛烈な問いかけに、その場にいた八咫烏の面々は一言も言葉を発せなくなる。

 静かな沈黙が、長いこと議場を包む。

 その沈黙を破る声は、突如脳内に直接響いてきた。


『それは私からお話しましょう』



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 突如響いてきた大神樹ユグドラシアの声に、ウルスを始めとして他の八咫烏達が慌てふためくように周囲を見回した。


「今のお声は……ユグドラシア様!?」

「何と……ユグドラシア様のお声を拝聴できようとは……」

「何年、いや、何十年ぶりだ?」

「こうして再びユグドラシア様のお声が聴けるなんて……ああ、何とありがたいことでしょう」


 ミサキ以外の者達は、本当に久しぶりに大神樹ユグドラシアの声を聞いたようだ。


『長いこと貴方達に私の声が届かなかったのは、貴方達の心が深い嘆きと悲しみに染まっていたからです』

「ユグドラシア様、それは……」

『ええ、マキシの魔力問題です』

「「「…………」」」


 その場にいた全員が言葉を失い、沈黙が流れる。


『マキシの魔力の少なさは、この八咫烏の里に大いなる不和をもたらしました。もちろんそれは、決してマキシのせいではありません』

『ですが、里の他の者達はここぞとばかりにマキシを責め立て、あげつらい、笑い者にしました』

『そのことにより、貴方達一族はマキシの家族として深い悲しみに染まり、そしてまたマキシを嘲笑う者達も心の内に闇を抱え―――皆私の声から遠ざかっていきました』


 ウルス他族長一族は、未だ一言も言葉を出せずにいる。ユグドラシアの言うことに全員思い当たる節があるのだろう。

 そしてユグドラシアの言葉は、今度はラウルに向けて発せられた。


『其処な妖精。貴方は先程「どうしてマキシを守ってやれなかったのか」とこの者達に問いましたね』

「…………ああ」

『この八咫烏の里は合議制で運営されています。族長という首長こそ戴いていますが、族長ならば何をしても許されるというような独裁や恐怖政治は敷いていません。長い歴史の中にはそういう者もいましたが……』

「…………」

『そして、マキシを嘲笑った者達が振るったのは「言葉の暴力」のみで、怪我を負わせたりなどの直接的な危害を加えることは絶対にありませんでした』

『それ故に、族長もその者達を厳しく処罰するなどの強権を振るうことはできなかったのです』


 ユグドラシアがウルス達の心情を代弁する。

 だが、それでも納得のいかないラウルは吐き捨てるように反論す?。


「……にしたって、もうちょい何とかできるだろ。仮にも族長一族だろ?他の者をろくに従わせることもできずに、一体何をまとめ治めるってんだ」

「貴様……言わせておけば……!」

「やめなさい、フギン。彼の言うことはもっともだ」

「父様!ですが!」

「良いのだ、ムニン。私が不甲斐ないことに変わりはないのだから」


 ラウルの言い分にいきり立つ長兄と長姉。ウルスがその大きな翼を以て遮り、控えるように抑える。


「何故マキシがあれ程までに魔力が乏しいのか、その原因が全く分からずに今日まできた」

「いや、私達夫婦とて何も黙って手を拱いていた訳ではない。病気ならば何か治療法はないか、呪いならばその根源を突き止めて解く方法はないか、ずっと探し続けてきた」

「だが……何の手がかりも掴めぬまま、いたずらに年月ばかりが過ぎてしまった。そしていつしか―――マキシの治癒を半ば諦めてしまっていたのだ」


 俯きながら懺悔するウルスの後ろでは、妻のアラエルが声を押し殺しながら涙を流していた。


「魔力の高さこそが至上とされるこの里で、魔力が乏しいということは致命的な欠点とされる」

「マキシを嘲笑う者達にも、何度も注意や警告はしてきた。たが、八咫烏は魔力至上主義だ。それはもはや本能や本質と言っても過言ではない」

「魔力の高さが物を言うこの里で、いくら諌めてもその意識を覆すことは結局できなかった」

「八咫烏であるという誇りが自尊心を肥大させ、その結果魔力の乏しい他者を貶めても何ら罪の意識など感じぬ愚かな種族に成り下がってしまった」


 今度は一転して悔しげな声音になるウルス。


「マキシをこのままこの里に置いていても、虐げられるばかりで何一つ良いことなどない。だが、里の外に出せばもっと危険な目に遭ってしまう」

「魔力の乏しいマキシがこのカタポレンの森を一羽で闊歩しようものなら、すぐに他の強力な魔物に襲われて命を奪われてしまうだろう」

「かといって、他に預けられるような同族の里や盟友と呼べるような他種族との交流もなく……結局はこの里の中で、ただただひたすら家の中に篭もるように閉じ込めていただけに過ぎぬ」

「マキシ……お前一羽すら守ってやれぬ、情けない父ですまない」


 ウルスはマキシの方に向き直ると、その大きな身体を思いっきり屈めてマキシに謝罪した。

 一族の長が、我が子に頭を下げる。その衝撃的な姿に、他の八咫烏達はただただ絶句するばかりだ。

 そんな中、頭を下げられたマキシが静かに口を開いた。


「父様……頭を上げてください。僕はもう大丈夫ですから」

「……マキシ……」

「皆ももう分かってると思いますが、僕の魔力は完全に元通りになって本来の力を取り戻すことができました」

「ああ……本当に見違えるくらいに魔力が増大したな」

「はい。それも全て、今ここにいるライト君やラウルのおかげです」


 マキシはライト達の方に目を向けながら語った。


「ライト殿、我が子マキシが大変世話になった。心から礼を言わせていただきたい」

「えっ、そ、そんな、ぼくは特別なことはほとんど何もしてなくて……マキシ君の魔力が戻ったのは、フェネぴょんやレオ兄ちゃんのおかげです」

「ライト殿。詳しい話をお聞かせ願えるか?」

「はい」


 ライトはマキシがラグナロッツァの屋敷に現れた時からのことを、ウルス達に話し始めた。





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 あああ、今回のラウルが壮絶に凶悪モードだ……普段から口の悪いラウルですが、見知った相手にかますジョークや戯れのようなご愛嬌ではなく、相手をマジモンの敵認定すると一気に凶悪さに磨きがかかなるようです。

 もしサイサクス世界に『口喧嘩世界選手権』なるコンテストがあれば、ラウルは間違いなく殿堂入りすることでしょう。


 そして、八咫烏族の魔力至上主義についての作者的プチ悩み。

 筋肉至上主義は『脳筋』という、もはやポピュラーとなった単語がありますが。魔力や魔法を至上とする者達は何と表せば良いのでしょうね?

 ソシャゲのプレイヤーでも、魔法大好き陣は結構な割合でいると思うのですが。

 物理攻撃命な人々を指す脳筋という言葉があるように、魔法命な人々を指す単語がいつか生まれてくれませんかねぇ……?

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