第237話 マスターパレン

 翌日の昼過ぎ、レオニスは昨晩話した通りに冒険者ギルド総本部に出向いていた。

 用向きはもちろん、昨日起きたラグナ教内部の悪魔の件である。


 窓口のギルド職員に声をかけ、ギルドマスターへの取り次ぎを頼むレオニス。

 本来ならば、総本部マスターへのアポ無し訪問など問答無用で却下されてもおかしくない。だが、レオニスは現役冒険者最高峰の金剛級というランク故にそういった多少無茶な要求も許されるのだ。


 今日は運良くギルドマスターがいるらしく、その執務室に通されたレオニス。

 部屋の中には執務机でバリバリと仕事をこなす、一人の男性がいた。


「よう、マスターパレン。忙しいところを邪魔してすまんな」


 レオニスが声をかけると、その男性はそれまで忙しなく動かしていた筆を止め、顔を上げた。


「おお、レオニス君。久しぶりだな。息災そうで何よりだ」

「おう、あんたも元気そうで何よりだ」

「さぁ、こちらにかけていてくれたまえ。今から茶と茶菓子を用意しよう」


 男性は爽やかな笑顔とともに席を立ち、壁際に置かれていたワゴンのある方に向かった。

 ワゴンの上に置かれていたティーポットに別のポットの湯を注ぎ、二つのティーカップに茶を淹れる。

 そしてワゴンの中段にある小箱から、何やら茶菓子を取り出して小さな籠に入れていく。

 テキパキと手慣れた様子で来客者をもてなす準備をこなしていく男性。

 レオニスから『マスターパレン』と呼ばれたこの男性こそ、冒険者ギルド総本部マスター、パレン・タインその人である。


 冒険者ギルドの頂点に立つだけあって、見るからに筋骨隆々な体躯は素晴らしく逞しいの一言に尽きる。身長もレオニスより一回り大きく筋肉量もオーガ並みで、さながらミニチュアオーガといった貫禄だ。

 きりりとした男らしい上がり眉に垂れ目系の涼し気な糸目、笑うと夏の空の雲を思わせる真っ白な歯がキラリと輝く。

 年の頃は四十路前後といったところか。


 そして普段は髪はなく基本的にスキンヘッドなのだが、その日の気分によりつけ毛やカツラなどで装いを変えて楽しむのが趣味らしい。

 ちなみに本日のパレンの出で立ちは、なんちゃって中華服に辮髪べんぱつという、何故か無性に麺類を食べたくなってくるような姿である。


 応接セットのソファに座ったレオニスと自分の分の茶を用意したパレンは、テーブルの上にそれらを置いた後自分もレオニスと対面するようにソファに腰掛けた。


「先日の屍鬼化の呪いの件。大変有益な情報をもたらしてくれたこと、心より感謝している」

「いや何、そんなのは冒険者としての務めであり当然のことをしたまでだ」

「ハッハッハ、レオニス君は相変わらず謙虚だな!だが、それでこそ金剛級冒険者たるに相応しいと振る舞いというものだ」

「そんな御大層なもんじゃないがな。ま、お褒めいただいたことは素直に喜んでおくことにするよ」


 パレンは先日の大事件、屍鬼化の呪いの件に触れつつレオニスを褒め称えた。

 それに対し、レオニスは出された茶を啜りながら何事もないかのように受け答えする。

 ちなみに本日のお茶は烏龍茶、茶菓子は月餅である。なんちゃって中華コスプレに合わせたティータイムメニューとは、なかなかに趣向が凝っている。これもマスターパレンの趣味の一環か。


「して、本日の用向きは何かね?屍鬼化の呪いのことではないのだろう?」

「ああ、それとはまた違う案件だ」

「君自らが冒険者ギルド総本部に報告しに来る案件、か……屍鬼化の呪い以上に厄介な内容でないことを祈るばかりだが」

「相変わらず察しがいいな。その祈りの願いは叶わないことを今のうちに謝っておこう」

「これはまた穏やかじゃなさそうだね」


 パレンの問いに対し、レオニスが早々にパレンの願いを砕く宣言をした。


「ラグナロッツァ内に悪魔が潜入していた」

「……ンフォ?何だって?」

「しかもその潜入先は……ラグナ教だ」

「…………」

「神殿のNo.3である大主教イェスタ・リュングベリ。その正体はグレーターデーモンだった」


 レオニスの話に、上がり眉をピクリと動かすパレン。

 糸目のせいかその表情はあまり読めないが、内容が内容だけに内心ではかなり衝撃を受けているはずだ。

 真一文字に結ばれたパレンの口は、絶句したまま言葉を紡げずにいる。


 眉間に皺を寄せたパレンが二の句を継げない間に、レオニスが昨日起きたことを淡々と説明していった。

 ラグーン学園の理事長室で悪魔の正体が露見したこと、その悪魔から情報を得ようとしたが口封じ策で自爆してしまったこと、一応魔の者の死体は空間魔法陣で保存してあるのでいつでも出して見せられること、その場にはラグーン学園理事長やラグナ教大教皇も居合わせていて目撃者であること、必要ならばレオニスだけでなく理事長オラシオンや大教皇エンディも証言できること等々。


 ざっくりとだが、一通り説明し終わったところでレオニスがふとパレンの方を見ると、何やらパレンの辮髪の根元から煙のような蒸気がシュウウウウ……と立ち上っている。

 どうやらパレンの理解のキャパシティをはるかに超えてしまい、全身硬化のまま脳内回路ショートを起こしたようだ。


 それにしてもマスターパレンのファッションセンスって、ホント自由をとことん謳歌してるよなぁ……ま、それでも前に見た『ツインテールにエプロン付き水色ワンピース&ニーソ』に比べりゃ今日のはだいぶマシな方だよな。

 レオニスがパレンのショートからの回復を待ちがてら、ふと彼の過去におけるファッションショーを思い出してしまい遠い目になる。


 レオニスも遠い目効果で半分意識が飛んでいたのか、やがてパレンが脳内回路のショートから立ち直り我に返ったようだ。

 パレンが頭をブンブンと左右に振り、意識を覚醒させようとする。

 そして数回深呼吸をして気分を落ち着かせた後、ようやくその口を開いた。


「ンッフゥ……あー、うん、すまない。君の話があまりにも衝撃的過ぎて、さっきまで目の前が真っ暗蔵之介でどうも気絶していたようだ」

「あー、うん、こちらこそ気絶させてしまってすまない……」


 人はあまりにも驚愕し過ぎると、白昼夢や幻覚だけでなく瞬時に気絶してしまうこともあるようだ。

 確かにレオニスの話は、パレンでなくとも壮絶な衝撃を受けるだろう。

 このラグナロッツァの中に悪魔が潜んでいた。これだけでもかなりの大事件だというのに、その潜入先がよりにもよって世界規模の宗教組織ラグナ教だというのだから。

 それを聞かされて驚かない人間などいようはずもない。


「レオニス君のみならず、オラシオン君やラグナ教大教皇までもが目撃者で証言も厭わないとなれば……君の言うことは間違いなく真実なのだろう」

「だが……あまりにも事が大き過ぎて、これから何をどうすれば良いのやら私の一存ですぐには決めかねる。というか、どこからどう手を付ければ良いのかも全く分からん」

「ここまでのこととなると、国にも何らかの報告をせねばなるまいが……いや、まずはラグナ大公にのみ相談という形でお伝えすべきか……」


 パレンはレオニスの話を全面的に信じたようだ。

 そして、辮髪頭を抱えながら呻くようにその心情を吐露し狼狽するのも無理からぬことだった。


「確かにな。ラグナ教の担う役割や規模の大きさを考えれば、即刻解体という訳にはいかんだろうな」

「その通りだ……人々にジョブを与える役割だけでなく、診療所としての役目や多くの信徒達の心の拠り所でもある」

「だからといって、長年魔の者が内部に巣食っていたことを黙って見過ごす訳にもいかんのがな……自爆する前のグレーターデーモンの話では、奴が大主教として三十年間化けていたどころの話じゃなく、数百年に渡り侵食していたらしいからな」

「何と……数百年もの間、このラグナロッツァに悪魔が潜んでいた、だと……」


 レオニスの話に、再びパレンが絶句する。


「昨日のうちに、とりあえず神殿常駐者全員と全支部幹部の調査は済ませてある。更に細かい調査も行うはずだが、そちらはもっと手間がかかるだろうな」

「昨日の調査結果とは、どのようなものだったのだ?」


 パレンは息を呑みつつ、レオニスに尋ねる。


「ラグナロッツァの神殿内の魔の者は四人いた。次期大主教と目されていた主教、中堅司祭、新人の輔祭、門番の衛兵だ。そいつ等も捕縛は適わず服毒自害させられていた」

「大主教の後釜まで魔の者とは……用意周到過ぎて、数百年侵食されていたというのも事実なのだと頷ける結果だな」

「ああ。そして支部調査の方は三ヶ所が黒と出た。港湾都市エンデアン、職人の街ファング、商業都市プロステス。これらのラグナ教支部は昨晩のうちに緊急閉鎖措置を施してある」

「……!!」


 レオニスの口から語られた、いずれも名だたる重要拠点が出てきたことでパレンは再び驚愕に追い込まれる。

 だが、それでもパレンは腐っても冒険者ギルド総本部マスター。驚かされるのにも多少は慣れてきたのか、しばし考え込んだ後徐に口を開いた。


「その三ヶ所には冒険者ギルドからも調査員を派遣しよう。ラグナ教の支部だけでなく、都市や街そのものを疑ってかからねばならぬ」

「そうだな、俺もそうした方がいいと思う。ただし、世間に公表できないうちは他者に悟られないよう、秘密裏に調査すべきだろうな」

「ああ、そこら辺は弁えている。抜かりなきよう、調査の達人を派遣するつもりだ」


 そこまで話した後、ふと思いついたことがあるのかレオニスがパレンに問うた。


「というか、領主はどうする?都市や街全体を疑うなら、領主の関与も調べなきゃならんと思うが」


 そう、ラグナ教支部のみならず都市や街全体の関与や汚染を疑うならば、領主に対する調査も避けては通れない問題なのだ。

 そして領主、つまり貴族を疑うということは平民相手の調査とは訳が違う。対処を一歩間違えれば、悪魔出没と同じくらい厄介な事態になることは目に見えている。


「……そうだな、それも避けては通れんだろう。ラグナ大公にお知らせする際に、その件も相談して話をつけてこよう」

「俺は大公やらお貴族様相手の仕事とか絶対無理だからな。そこら辺はマスターパレン、全てあんたに任せる」

「うむ、私も君にそのような無理難題を押し付ける気はないので安心したまえ」

「そりゃ助かる。その代わり、ラグナ教との繋ぎや橋渡しは俺が担当しよう。向こうで何か新しい事実が分かればオラシオン経由で俺にも連絡するよう言ってあるし、冒険者ギルドからラグナ教に何か伝えたいことがあったら俺が代わりに伝えよう」

「おお、それは心強い。オラシオン君と君の二人で伝達ということは、伝わるまでに多少時間はかかるが……それでもこの話が外部に漏れる危険性を思えばはるかに良い」


 だいたいの話をし終えたところで、レオニスが冷めた茶をひと飲みして席を立つ。


「じゃ、当面はそういうことで頼む」

「ああ。先日に続き本日も重大な報告、心より感謝する」


 パレンも席を立ち、拱手で礼を示す。今日の服装に合わせた礼儀作法をするあたり、パレンの教養は相当に深いようだ。

 報告を終えたレオニスは、ギルドマスター執務室を後にした。





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 あああ、マスターパレンも初っ端からかなり濃いい……

 ですが、マスターパレンは首都ラグナロッツァの冒険者ギルド総本部マスター。いわば冒険者達の総元締め的存在です。

 そんな大役を務める重鎮だけあって、彼の実力は文武ともに超絶優れたお人なのです。……多分。

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