第236話 月明かりに浮かぶ影
結局その後、ライトの提案通りレオニスが大教皇エンディとオラシオンと同行して、魔の者に占拠されていたラグナ教支部三ヶ所を回ることになった。
レオニスもライトが言ったように、ラグナ教内部に食い込んでいた魔の者達の背後に廃都の魔城の関与を疑っているようだ。
同行する前に、ライトをラグナロッツァの屋敷に送り届ける。
屋敷の前まで来たライトは、胸元のラペルピンを外してレオニスに渡す。
レオニスはそのラペルピンを失くさないように、受け取ったその手ですぐにロングジャケットの下に着ている黒シャツの生地部分に留めた。
「レオ兄ちゃん、気をつけて行ってきてね」
「おう、任せとけ」
「理事長先生もお気をつけて」
「ライト君も今日は本当にお疲れ様でした。今日はもうゆっくり休んで、明日また元気にラグーン学園に通ってくださいね」
「はい!大教皇様も、これから大変ですが頑張ってください」
「いいえ、そんな……私は君に迷惑ばかりおかけしているというのに……本当にありがとうございます」
ライトが大人達三人にそれぞれ声をかける。
そして大人達もライトからの言葉に、労いの言葉を返す。
「皆、気をつけて行ってらっしゃーい!」
ライトが大きな声で三人を見送る。
三人はライトに軽く手を振りながら、行くべき場所に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニス、オラシオン、エンディの三人は、冒険者ギルドの転移門を使用して各地に向かった。
まずは支部の規模が最も小さい職人の街ファング。
支部の建物の中に入ると、そこには誰もおらずもぬけの殻だった。
「大教皇、このファングの教会は何人規模なんだ?」
「神殿の資料によると、幹部三人の他に七人、計十人で運営しています。ここは職人の街だけに鍛冶屋も多く、鍛冶作業中に負傷する者の対応のために街の規模に比べてかなりの人員がいたはずです」
「その七人が誰一人として不在か……こりゃ黒かな」
「そうですね……幹部三人が勅令書によりラグナロッツァに呼び出されたことで、他の者は危険を感じ取ってさっさと逃亡したのかもしれませんね」
建物内の各部屋や敷地内をくまなく歩いてみると、ライトから借り受けたラペルピンの破邪の力が弱い反応を示した。レオニスの胸元でラペルピンが淡く光り続ける。その光はとても弱く、ラグーン学園での対グレーターデーモン時に比べればかなり薄い反応だ。
だが、薄くとも反応が起きること自体が問題なのだ。それはつまり魔の者が発した邪気や瘴気の類いがそこらじゅうに残っていて、それに反応しているということに他ならないのだから。
本格的な捜索は後日改めて行うことにして、まずはエンディが教会の建物の全ての扉を施錠する。
その後、エンディの封印魔法により教会全体が閉鎖された。
その次に向かった商業都市プロステスも、ファング同様に人っ子一人いない閑散とした教会になっていた。
ここもファング同様、ラペルピンが弱い反応を示し続ける。他にはめぼしい証拠も残ってないことを確認した後、エンディの封印魔法により閉鎖措置を施した。
そして、最後に向かった港湾都市エンデアン。
レオニスが最も気がかりな拠点なので、ここだけは後日と言わず今日のうちになるべく念入りに調べることにした。
レオニスはラグナ教信徒ではないので、調査を後日に回されるとその場に居合わせることができなくなるからだ。
ラペルピンの反応を確認しがてら、机や祭壇等を三人がかりで調べていく。ラペルピンは他の拠点二ヶ所よりも若干強い光をずっと発している。
書類や移動用の馬車などの備品も見たが、特にこれといっためぼしい情報は得られなかった。
建物内や庭園等敷地内もくまなく見ていく。
ラグナロッツァに次ぐ力を持つという大都市の教会だけあって、夜目にも見事な庭園が広がっている。今は夜だからそこまでよく見えないが、昼間ならばさぞかし見応えのある庭園なのだろう。
そして最後に、三人は鐘塔に昇っていく。
この鐘塔はラグナ教の建造物だが、もともと廃都の魔城を遠くから眺め動向を監視する目的も兼ねていたと聞く。
廃都の魔城に最も近い拠点だけあって、鐘塔の最上階に昇るとはるか遠くに廃都の魔城と思しき影が見えた。
今宵の夜空は雲一つなく、満点の星空が広がり煌々とした月明かりが辺りを照らす。その月明かりに照らされてなお黒く、禍々しいオーラが廃都の魔城から上空に向けて放たれ漂っている。
かつてはアクシーディア王国の首都として栄華を誇り、サイサクス大陸一の花の都と呼ばれた場所。
今やその栄華は見る影もなく、魔の者達が跳梁跋扈する魔窟と成り果ててから数百年が経過しようとしている。
あの魔窟で一体何人の人間が無念の死を遂げたことか。これまでの長い歴史を考えると、とうの昔に六桁は超えているであろう。
「…………」
鐘塔の最上階の手摺を強く握りしめながら、無言で廃都の魔城のある方向を睨みつけるレオニス。
いつか必ず、この俺の手で四帝を完膚無きまでに仕留める。
そして、人類と廃都の魔城との長きに渡る因縁と戦いに終止符を打つ―――
レオニスは改めて己の胸の内で誓った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニス達三人がラグナロッツァに戻ってきたのは、深夜0時をとうに過ぎた頃。冒険者ギルドの持つ転移門を使用しての移動なので、移動地点は当然冒険者ギルドのラグナロッツァ総本部である。
今日は遅番担当なのか、総本部にはクレナがいた。
「レオニスさん、今日は夜通しお忙しいようですねぇ」
「おう、クレナも遅くまでご苦労さん」
「……レオニスさん、ちょっといいですか?」
「ん?何だ?」
クレナがちょいちよい、と手招きをしながらレオニスだけを呼び止める。
呼ばれたレオニスは素直にクレナのもとに歩いていった。
「何やら訳ありのようですが……何か事件でも起きましたか?」
クレナがちろりとレオニスの連れを見遣りながら、レオニスにだけ聞こえるように小声でこっそりと尋ねる。
オラシオンはともかく、ラグナ教の大教皇とともにこんな夜中にあちこち転移していたらクレナでなくとも疑問に感じて当然である。
「ん……まぁ、ちょっといろいろとあってな」
「そうですか。まぁ冒険者相手に詮索するのも野暮というのは分かっていますが」
「すまんな、本当にいろいろとあり過ぎて今の段階では話せないんだ」
「分かりました。何かあればいつでもご相談くださいね」
「ああ、その時はよろしく頼む」
クレナの問いに、言葉を濁すレオニス。
今日の出来事はあまりにも重く、またあまりにも多くの露見や新事実があり過ぎて何をどう話していいものやらすぐには判断がつかなかったためだ。
とはいえ、決してラグナ教内部だけで隠し通していい問題ではない。何かしらの報告および対処はせねばならぬだろう。
レオニスは再びオラシオン達のもとに戻り、冒険者ギルド総本部を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……さて。今日はもう遅いしひとまず解散するか」
「そうですね。レオニス卿、今日は本当にいろいろとご迷惑をおかけしました」
「レオニス卿、私からもお礼申し上げます」
冒険者ギルド総本部を出た後、三人は歩きながら当たり障りのない会話をしていた。
「いやまぁそれは別にいいんだが。これからどうするんだ?」
「私はしばらく内部調査にかかりきりになると思います」
「いずれは国や冒険者ギルドに何らかの報告はしなければならないでしょう。ですが、どういう形で話せばよいものやら……落とし所を考えねばなりませんね」
「まぁな……俺も今日はいろんな事が起き過ぎて、何をどう対処していいものやらさっぱり思いつかん」
三人して難しい顔をしながら思案する。
「上に報告するにしても、ある程度調査結果が出揃ってからでないと不味いだろう。ただ単に今日の出来事をそのまま報告したところで、過度の混乱を招くだけだ」
「しかし、事後報告というだけで上がヘソを曲げる可能性も無きにしも非ず、ですよねぇ」
「「「……んーーー……」」」
歩きながらの会話なので、誰に聞かれても問題ないように核心や要点には触れずに話す三人。
事の重大性があまりにも大き過ぎて今後どう対応すればいいのか、どうすれば最善なのかすぐには思いつかないのだ。
しかも、犯人である悪魔達を公の場に突き出そうにも全て口封じもしくは逃亡されてしまった。魔の者達の死骸はレオニスの空間魔法陣に保存してはあるかま、それ以外の証拠もろくにないまま悪魔云々話したところで信じてもらえるかどうかすら怪しい。
とはいえ、現役の金剛級冒険者にラグーン学園理事長、ラグナ教大教皇。この三人が証言すれば、少なくとも詐欺師扱いされたり鼻で笑われて門前払いを食らうなどということにはならなさそうだが。
「とりあえず俺が明日、冒険者ギルドの総本部マスターに話してこよう。大教皇は内部調査で何か新しい事実や証拠が見つかったら、オラシオン経由でもいいから俺にも知らせてくれ」
「分かりました。この先もレオニス卿だけでなく、兄上まで巻き込んでしまうことになりそうです。本当にすみません……」
「いや、私のことはいい。私もレオニス卿とともに情報共有すべきだと思いますしね」
とりあえずの方針は決まったようだ。
「じゃ、そういうことで頼むわ。またな」
「皆様お疲れ様でした。これからもよろしくお願いいたします」
「今日は本当にお世話になりました。ありがとうございます」
レオニスの解散の声を機に、それぞれがそれぞれの居場所に帰っていった。
====================
新しい地名が三ヶ所出てきました。RPGファンタジーゲームじゃないですが、新たな行き先解放されるとやることや遊ぶ要素も増えて楽しくなってきますよね!
港湾都市に職人の街に商業都市、いずれも書くネタや分岐点とか増えそうで作者的にも少し楽しみだったりします。
でもまぁ先のことなど作者自身も全く予測不可なんですけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます