第214話 屍鬼将ゾルディス

 ラキの家から出たレオニスとライトは、マードンを捕縛した場所に向かった。


「確かここら辺だったはずだが……」


 立ち止まったレオニスが、警戒しながら周囲をキョロキョロと見渡す。ライトもレオニスに倣い、周辺をぐるりと見回してみる。

 すると、ライトの視界の端っこに何か不思議な物体が入ってきた。


「……ん?何だ、あれ?」


 ライトがその不思議な物体に近づいていく。

 それはまるでタコ糸を隙間なくぐるぐる巻きにしたチャーシューのような、イモムシのような物体。

 ライトは一度そこから離れてレオニスのもとに駆け寄り、レオニスの服をくいっ、くいっ、と引っ張りながら声をかけた。


「ねぇねぇ、レオ兄ちゃん。あれ、何?」

「……あッ、あいつだ!あれがマードンて奴だ!」


 ええええ、あれがー?と怪訝な表情でマードンを見るライト。

 レオ兄、確か蝙蝠の魔物とか言ってなかった?一体あれのどこが蝙蝠よ、イモムシじゃん?

 ライトはそう思いながら、レオニスとともにイモムシもどきに近づいていく。


 地面にゴロリと転がされたままのイモムシマードン、ライトとレオニスがその距離数十cmまで近づいても微動だにしない。

 もしかして、死んだフリでもしているのだろうか?

 いや、もしかして本当に死んでいるのかもしれない。


「……レオ兄ちゃん、これ、生きてるの?」

「んー、分からん……俺はこいつにトドメを刺したり殺した覚えはないんだが……」


 ライトが近くに落ちていた木の枝を拾い、イモムシマードンの横にしゃがんでツンツンと突っついてみるも反応ははい。

 これはいよいよ死んでいる説が濃厚か?


 レオニスが麻紐の端っこを探し当て、イモムシマードンを身体ごと持ち上げてみる。

 ようやくイモムシマードンの顔が見えたかと思うと。何と此奴め、鼻ちょうちんを作りながら寝こけておるではないか。

 すぴぴぴぴ、スヤァ……という安らかな寝息まで聞こえる。


『ンぬぅー……ゾルディス様ァ、お給料もうちょッ……ち上げてくらしゃァい……』

『ご飯……おかず……もやァし飽きィたァ……』

『お見合いおデェトのための休みを……え、ダメ?……ゾルディス様ァ、そンな殺生なァァァ……』


 壮絶なまでに寝言ダダ漏れなイモムシモードのマードン。

 その寝言がまた何とも身につまされる内容である。社畜モード全開な夢でも見ているのだろうか。

 そしてその微妙に切ない寝言を聞かされたレオニスとライト、二人揃って半目の呆れ顔だ。


「これが本当に、屍鬼将の右腕にして側近中の側近、なのか……?」


 己の目線まで持ち上げながら、マードンを凝視するレオニス。

 しかしながら、敵陣ド真ん中でここまで堂々と寝こけていられるのもある意味大物といえば大物かもしれない。


 とりあえずこの寝こけたイモムシを近くの木の枝に吊るしてから、魔法で水を浴びせかけた。

 このイモムシが屍鬼化の呪いを操っていた可能性が高いので、直接触れることを忌避したのだ。

 レオニスの指先から水鉄砲のように細い水流が出て、マードンの顔を直撃する。


『……ンギャガガッ!ななな何ぞコレッ!』

「ようやくお目覚めか?敵地のド真ん中でぐーすか寝るたぁ、いい度胸じゃねぇか」


 目覚めの水浴びで起きたマードン。木に吊るされて今度はミノムシ状態である。


『ンぬぬぬぬ……弱ッちい人族の分ッ際で……許s』

「あ、そういうのいいから」

『ンギャッ』


 先程より若干強めの水鉄砲がミノムシマードンの顔を直撃する。


『ッキーーー!このマードン様をコケにしるとは何t』


 Σバシャーーーッ


『必ずや貴ッ様ァを奈落の底に叩ッき落とs』


 Σバシャーーーッ


とこしえェの闇の恐ォゥ怖を味わうがイ』


 Σバシャーーーッ


 与太るマードンに容赦なくひたすら水鉄砲を浴びせ続けるレオニス。

 先程までとは真逆のワンサイドゲームが繰り広げられる。

 次第に馬鹿らしくなってきたのか、レオニスが呆れるように零す。


「なぁ、本当にこいつが屍鬼化の呪いを撒き散らしたと思うか?」

「んー、そうだと思うけど……単眼蝙蝠以外の魔物はこれしかいなかったんだよね?」

「そうなんだよなぁ……単眼蝙蝠は既に全部殲滅済みだし……」


 俯きながら頭をガリガリと掻きむしるレオニスに、困惑を隠せないライト。

 本当にこのマードンという蝙蝠の魔物から、何かしらの重要な情報が引き出せるのだろうか?

 一抹どころか莫大なる不安しか感じられない。


 だが、次のレオニスの言葉がマードンの中の何かに火をつけた。


「でもまぁアレだ。こんなのを配下にしているゾルディスってのも、実際には大したことはないんだろう」


 マードンをちろりと見遣るレオニス。どうやら煽る方向を少し変えたようだ。

 レオニスの思惑通り、目の色を変えてレオニスを睨みつけるマードン。


『……我を愚弄するに飽きッ足らず、ゾルディス様をも愚弄するとは……決ェッして許ッさん』

『ゾルディス様こそ、暗黒に塗り替えし世を統べる御ッ方……今は【愚帝】様の一配下なれェど、いずれは世の全、て、ヲ…………ピエッ』


 今度はレオニスが突如ものすごい殺気を放つ。

 マードンの言葉の中に【愚帝】という、レオニスにとって聞き捨てならない言葉を聞いたためだ。

 その殺気は凄まじく、レオニスの横にいるライトですら身体の震えが止まらない。


「【愚帝】だと?貴様ら、廃都の魔城の四帝配下か」

「ならばますます貴様らをこのままのさばらせておく訳にはいかん」

「そのゾルディスとやらはどこにいる?是非とも俺からご挨拶に向かおうじゃないか」


 マードンを木に吊していた麻紐を、レオニスが目にも止まらぬ手刀で切り裂いた。

 その勢いで地面にドガッ!と落ちるマードン。『ピエッ』という情けない声がマードンの口から洩れる。

 レオニスの凍てつく瞳がマードンを見下ろす。天色の瞳は極限まで冷え切り、その視線の先にある者を全て凍らせてしまいそうだ。


 廃都の魔城の四帝―――それはサイサクス世界における諸悪の根源。そしてレオニスが兄と慕い続けるライトの父、グランの仇でもある。

 四帝に対するレオニスの憎悪はそれほどまでに深く、どこまでも尽きることのない底なしの深淵にも等しかった。


 地に落ちたマードンを踏みつけようと、レオニスが片足をのそりと上げる。

 涙目になりながら『ピエェ……』と震えるマードン。


 その時、辺り一帯にふいに声が響いた。


『―――その必要はない―――』



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 地の底から這いずり出すような、低く重厚な声が山彦のように幾重にも響く。

 その声が響いたと同時に、禍々しいオーラが辺り一帯に広がる。


「……誰だ!!」


 ライトは思わずレオニスの足にしがみつく。

 レオニスはライトを庇うように手をかけながら空を見回し、その声の主を探す。


『我こそは、そこな間抜けが語りし【屍鬼将ゾルディス】』

『屍鬼の頂点に君臨せし者なり


 悍ましい声が響き渡るが、その声の主の姿が一向に見つからない。

 すると、マードンが横たわってる地面が突如黒く染まった。


『この者は返してもらうぞ……こんなものでもまだ使い道はあるのでな』

『いずれまた相見あいまみみえようぞ』

『忌まわしき【勇者】の魂を受け継ぐ者共よ―――』


 レオニスの麻紐にぎっちり縛られたままのマードンが『ピエッ』という間抜けな言葉を発すると同時に、マードンの身体が地面の闇に飲み込まれていく。

 どうやらゾルディスはマードンを回収するために現れたらしい。


 ゾルディスの声とともに、音もなく消えたマードン。

 禍々しくも悍ましいゾルディスの発するオーラは消え失せ、地面に現れた闇も消えている。静寂を取り戻した辺りには微かな葉擦れの音が聞こえてくる。

 ゾルディスとマードンはこの場から完全に消え去ったようだ。


 緊張の糸が解れて、ヘナヘナとその場にへたり込むライト。

 あんな邪悪なオーラ、ライトの今までの人生の中で一度として遭遇したことはない。

 その禍々しさも尋常なレベルではない。普通の人間はもとより、冒険者でも中堅程度では邪気に中てられて失神してしまうだろう。


 現役の金剛級冒険者たるレオニスは耐えられて当然だが、8歳児のライトまで気を失わずにいられたのには理由がある。

 この世界に生まれてからずっと魔の森カタポレンで過ごしてきたことにより、長年育まれてきた魔力耐性。その抜群の高さが幸いしたのだ。


 レオニスはまだ辺りを見回してしばらく警戒していたが、それももう無用と判断したのか小さなため息をつく。

 そしてその場にしゃがみ込み、ライトの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「もう大丈夫そうだ。……よく頑張ったな、ライト」

「…………うん!」


 レオニスからの思わぬ労いの言葉に、先程までの恐怖が和らいだライトは嬉しそうに大きく頷いた。





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 今回のオーガの里襲撃事件の黒幕、屍鬼将ゾルディスのお出ましです。

 ですが、本体は表には姿を現しておらず、音声拡張魔法?のようなものでの会話のみの登場です。

 故に外見的な特徴は一切描写してないのです。


 というか、マードン。君も大概なキャラだな……その分上司がすんげー怖いけど。

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