第199話 友達記念日

 その後ライトは小人達が次々と運んでは目の前に出していく料理や果物に舌鼓を打ちながら、里の人達と交流していた。

 料理もライトから見ればサイズこそ小さいが、味はちゃんと美味しく感じられるし、何より小人達の心のこもった歓迎の意が込められているのだ。

 その心尽くしにはただただ感激あるのみで、サイズが小さい云々などとケチをつけようはずもない。


 そして、ライトの周囲には長や如何にも長老めいた風格のある村の重鎮的な小人達がたくさん寄ってきていて、様々な話をしていた。

 特に長は先程のポーションが甚く気に入ったようで、しきりに感心している。


「いやー、あれ程劇的な回復効果をもたらすとは。いやはや何とも人族の技術には驚くばかりだ」

「ついてはライト殿に、ひとつお頼みしたいのだが……」

「はい、何でしょう?」

「あのポーションという回復剤を、我等にいくらか譲ってはいただけぬだろうか?」


 長は瞬時にして真剣な顔つきになる。

 この時ばかりは新たな同胞としてではなく、小人族が人族に対して取引を行うための正式な交渉であり、小人達の集落の長として接しているのだ。

 故に、一族の代表者として顔となるのも当然のことだ。


 もちろんライトも、長のその胸の内や気概は十分理解している。こう見えても中身は前世で生きた分を足せば既に立派なアラフォー、精神面ではそこそこ老けているのだ。

 だがそんなことはおくびにも出さず、あくまでも外見通りに無邪気な子供として明るく振る舞う。


「もちろんいいですよ!むしろぼくの方から【加護の勾玉】をいただいたお礼として出すつもりでしたから!」

「ライト殿にそう言っていただけると、我等としてもありがたい」


 長はライトからの快諾を得たことで、ホッとしたような顔になり安堵する。


「そうですね、そしたらひとまずポーション20個とエーテル20個でどうでしょう?」

「……ん?また何やら新たなる言葉が……ライト殿、無知を晒すようでお恥ずかしいが、エーテルとは何だ?」


 長はまたも聞き慣れぬ言葉に出くわし、素直にライトに質問してきた。

 よくよく考えたら、ポーションすら小人達には未知の品だったのだ。エーテルもポーション同様に未知の品なのは当然のことである。


「あっ、エーテルというのはですね、魔力回復剤でして」

「ポーションは体力を回復したり怪我を治すもので、エーテルは魔法や魔術を使うことにより減った魔力を補充してくれるんです」

「小人族の皆さんも、魔法とか魔術を使いますよね?里の外にあんな強力な結界を張れるくらいですし」

「結界維持の他にも回復魔法や狩りなどで攻撃魔法を使う人は、エーテルを常に持ち歩くといいですよ。魔力切れを起こす心配が減りますので」

「人族の冒険者や魔法を使える人達も、必ず常に持ち歩く必需品なんですよ」


 ライトは小人達が知らないエーテルのことを、簡素にではあるがその概要を伝える。

 ライトの説明に、小人達は感心したように頷きながら聞き入っている。


「ほほぅ……体力回復とはまた別に、魔力回復専用の薬があるとは……」

「我等はこの魔力に満ち満ちたカタポレンの森に住まう故、多少魔力を使い過ぎたところでしばし休めばそれなりに回復はするが」

「それでもやはり、魔力切れを起こすことはそこそこある。特に里を守るための結界維持、これの強度を落とすことなく日々保ち続けるにはかなりの魔力を注がねばならぬのでな」

「だがそれも、エーテルとやらがあればかなり負担を軽くすることができるのか……」


 長はしばらく考え込み、意を決したように顔を上げた。


「では、ライト殿のご厚意に甘えてもよろしいか?」

「もちろんです!今日はぼく達がこうして友達になれた記念日ですし!」

「友達……」


 キラッキラの笑顔でフンス!と鼻息も荒く友達アピールするライトに、長はしばし呆気に取られている。

 確かに小人達はライトのことを同胞として認定したが、仲間という意味合いが強い『同胞』という堅苦しい言葉ではなくより親近感を感じられる『友達』と言ったライトの言葉が意外だったようだ。

 ライトが長の様子にきょとんとしていると、やがて長はフッ、と小さく笑った。


「そうか、友達、か……そうだな、我等は共にカタポレンの森に住む者同士であるな」

「そうですよ!しかもぼくの家はこの目覚めの湖から走って30分ちょっとくらいのところにあるから、ご近所さんですよね!」

「おお、そうなのか。彼の御仁の住まいがそんな近くにあったとは知らなんだ」


 小人達は基本的に里の中で自給自足で過ごし、結界の外に出ることは滅多にないという。だからこそ、レオニスの存在を風の噂に聞くことはあっても近所に住んでいることまでは知らなかったのだろう。

 だが、ライトもここ最近ずっと続けているトレーニングのおかげでかなり健脚になってきている。故にライトの言うところの『走って30分』、これが果たして本当にご近所さんと呼べる代物なのかどうかは甚だ怪しいところである。


「そしたら今度、レオ兄ちゃんもいっしょにこの里に遊びに来ていいですか?ぼく達ちょくちょく目覚めの湖に遊びに行ったりしますし」

「何ッ!?彼の御仁とともにここにお越しになる、と!?」

「あーでもレオ兄ちゃん、ぼくより大人だからなぁ。背丈ももっと大きいし、邪魔というかご迷惑ですk」

「迷惑などととんでもないッ!!森の守護者たる彼の御仁に対して邪魔だの迷惑だの、そんな罰当たりなことを欠片も考える訳がなかろう!!」

「…………」


 レオニスを連れてくると言った途端に、ライトの周囲は俄に色めき立つ。真っ先に聞き返してきた長だけでなく、他の小人達も興奮気味に食いついてきた。

 その熱気たるや、尋常ではない。小人達の様子を見ていたライトも、何やらレオニスがまるで人気絶頂スーパーアイドルのような気がしてきた。


「でも……レオ兄ちゃん、そのままじゃ結界内に入れませんよね?」

「いやッ!お越しになるまでに彼の御仁用に新たな【加護の勾玉】を用意する!」

「え、そんなすぐにまた作れるものなんですか?」

「無論今日明日のうちには無理だが、そうだな……一ヶ月!一ヶ月あれば何としても、何が何でも作ってみせる!」


 長は両の拳をギリギリと握りしめ、その背と黒茶色の瞳に不動明王も斯くやあらん業火の如き火焔が燃え盛る。

 小人達の憧れの存在であるレオニスを里に招くためならば、是が非でも新たな【加護の勾玉】を用意するという、壮絶なまでの決意の表れである。


「ライト殿!ついてはエーテルなる魔力回復剤をもう少し多めにお譲りいただきたい!」

「このヴィヒト、身命を賭して彼の御仁に捧げる【加護の勾玉】を早急に作り上げる所存だ!」


 今まで長としか呼ばれてなかったこの長、愛称は『ヴィヒト』というらしい。思わぬところで長の呼び名を知るライト。

 そしてあまりにも熱過ぎる危険なオーラを放つ長に、ライトはドン引きしつつ宥めにかかる。


「いや、えっと、あのー、ヴィヒト、さん?さすがに命懸けはちょっと困る、かなぁー……」

「むッ!?ライト殿、何故に我が決意に水を差すようなことを言われるのだッ!?」

「ええええ、だってぇ……レオ兄ちゃんに会う前に死んじゃってもいいんですか……??」

「…………それは、困る」

「ですよねぇ?」


 己の並々ならぬ決意に水を差された長は怒り心頭だ。

 だがその直後のライトからのもっともな指摘に、長はピタリと身体の動きを止め我に返る。


「ですので、命懸けにならない程度に頑張ってくれると、ぼくとしても安心というか嬉しいんですがー」

「……そうだな、私としたことがつい熱くなり過ぎてしまったようだ」

「あと、そんなに慌てて作ることもないですからね?新しい【加護の勾玉】を作るために無理し続けて身体壊したら、ぼくもレオ兄ちゃんも悲しいですし」

「相分かった。我が身の心配までしていただいて、誠にかたじけない。ライト殿や彼の御仁に納得していただけるような良い品を、じっくり丁寧に作っていくことにしよう」


 長のヒートアップをひとまず抑えることに成功したライト、心から安堵する。


「ポーションやエーテルだけじゃなく、他にも何か必要なものがあったらいつでも言ってくださいね!ぼくにできることなら、いつでも協力しますから」

「かたじけない。では早速村の倉庫にポーションとエーテルを収めておきたいのだが、よろしいか?」

「はい!」


 ライトはアイテムリュックからポーションとエーテルの小瓶を各30個づつ出して、目の前に順次置いていく。

 長の指示で小人達が1本づつ持ち抱え、里で共有している倉庫があるであろう場所に運び移動していく。

 その様子を微笑みながら見ていたライトは、おもむろにマイページを開いた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ライトがそそくさとマイページを開いたのには、理由がある。

 先程リルの怪我を直した時に、マイページから新しい通知が出たことを知らせる音が『ピロリン♪』と小さく鳴ったのだ。

 何事かと思いマイページを見ていくと、トップページの通知欄に


【イベントのクエストを達成しました!】

【報酬をお受け取りください】


と出てきているではないか。慌ててイベント欄のページを見ると


【クエスト1.ポーション1個 報酬:100G 進捗度:1/1】


となっており、報酬が受け取れる状態になっていた。

 これは間違いなく、先程リルの怪我を治すために使用したポーションがイベント1の進捗度にカウントされたのだ。


 このことから、クエスト2以降も何らかの方法で小人達にポーションやエーテルを渡せばクエストの進捗度が進みクリアできる可能性が高い。

 ライトがそう考えていたところに、長であるヴィヒトからのポーション譲渡要請話が出た。それはまさにライトにとって渡りに船だったのだ。


 クエスト3とクエスト4の達成条件は、ポーション10個にエーテル10個。

 だが、ライトは一応念の為に規定の個数よりかなり多めの各30個づつを提供することにした。

 歓迎の宴の様子を見るに、この里には結構なに人数の小人達が生息しているようだし、彼らのこれからの安全を少しでも支えられれば、というライトの純粋な好意もあったからだ。


 そしてライトの思惑通り、小人達がポーションやエーテルの瓶を運び出す度にクエスト2と3と4の進捗度がどんどん増えていく。

 あっという間にそれら3つのクエストが完了となり、現ページのクエストは残すところあとひとつ、クエスト5だけとなった。





====================


 家から走って30分ちょっと。この距離をご近所さん扱いするライト。

 どうやらレオニスの距離感のおかしさが伝染しつつあるようです。


 というか、30分以上走り続けるのってキツいですよねぇ。フルマラソンとは言わないけど、プチマラソンよね……

 そういや読者の皆様も学生時代に強歩大会という名の行事、ありませんでしたか?

 私の場合、中学高校とありまして。中学の時は近所の山の上にある人工湖を一周約12kmコース、高校は検索するとモロバレ即バレするくらいに全国区レベルの有名行事なので詳細は伏せますが、女子でもン十km走らされる行事でした。これを高校三年間、三回経験するという……今思い出してもうへぁ……


 あの時期はとにかく憂鬱でしたねぇ。体育は行事を見据えて長距離走になるし通学も普段はチャリ通なのにその行事の一ヶ月くらい前から徒歩通学にしたり。軽い喘息持ちで長距離走が苦手な私には、まさに地獄の季節でした……

 まぁ、それも今となっては良き思い出ですが。

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