第198話 人族への評価
「ライト殿、先程はリルが世話になった。ありがとう」
リルが元気に駆け出していった後に、長がライトのところに来て礼を述べた。
「いいえ、ぼくにできることをしたまでですから。それに小さな女の子が怪我をして泣いているのは、見ていて可哀想ですし」
「謙虚なのだな。だが、それでも礼を言わせてくれ。リルは私の姪なのだ」
「そうだったんですか」
「ああ。女の子の顔や身体に傷痕が残ってしまっては一大事だし、可哀想だからな。そうならずに済んだこと、本当に感謝している」
先程の女の子、リルは長の姪だという。見た目的には似ているところなどなく、長からそのことを聞かされるまでライトは全く気づかなかった。
「ところで、ライト殿。先程リルに使用していた薬のことなのだが……」
「ん?何でしょう、何か問題でもありましたか?」
長から先程使ったポーションについて突然訊ねられたことに、ライトは少なからず動揺する。
もしかして、何か不都合でもあったのだろうか?
「いや、そうではなくてな。その効力にびっくりしたのだ」
「我等は普段、怪我をした時には薬草を用いた傷薬を用いたり、病気になった時には複数の薬草を混ぜ合わせて練った丸薬を服用したりしているのだが」
「先程ライト殿がリルに使ってみせてくれた液体状の、ポーション?という薬?あれほど即効性のある薬は初めて見たのだ」
ライトにしてみれば、ポーションなんて身近にあって当たり前の日常品だ。だが、小人達にとってはそうではなかったらしい。
確かに考えてみれば、人族と小人族ではその習慣や文化は全く異なるものだろう。
交流のない種族同士ならば、見知らぬことや分からないことも数多あって当然のことだ。
「我等は普段、人族と関わることは滅多にない。そもそも人族がこのカタポレンの森に入ってくること自体がないのでな」
「そうですよねぇ」
「歴史的に見ても、我等が人族と積極的に関わった事例など皆無だ。よしんば交わることがあったとしても、大抵は人族からの侵略行為や資源目当ての侵攻に出くわすくらいなのでな」
「…………」
「人族とは碌でもない、脆弱なくせに強欲でどうしようもない愚物である、というのが人族以外の他種族の総意のようになっている」
「…………ごめんなさい」
「ライト殿が謝る必要などない。ライト殿が悪さをした訳ではないのだから」
「……でも……ぼくも人族であることに変わりはないですから……」
人族の過去の悪行と他種族から思われている最低最悪の評判を長から聞かされて、ライトは居た堪れなくなった。
ライト個人が悪さした訳ではないのだが、人族の端くれとして謝らずにはいられなかった。
「それにな、近年人族への評価が少しづつ変わってきているのだ」
「……そうなんですか?」
「ああ。先程ライト殿にもお話したが、カタポレンの森を守ってくださるレオニス・フィア。彼の御仁の存在が非常に大きい」
「レオ兄ちゃんの存在、が……ですか?」
「彼の御仁がカタポレンの森に住まい、常に見回ってくれるようになって早十年以上経つ……」
長は目を伏せながら語り続ける。
「最初のうちこそ、誰も気にも留めなかった。ただの人族がこのカタポレンの森に住むなど、今まで一度もなかったことだからな」
「脆弱な人族など、この魔の森に長く住み続けられる訳がない。いてもほんの数日程度で逃げ出すだろう。皆そう思っていたのだ」
「だが彼の御仁は我等の予想に反して、このカタポレンの森のど真ん中に居を構えずっと住み続けた」
「それどころか日々精力的に見回りを続け、意思疎通も適わぬ低級の悪しき存在は速やかに駆逐し、会話が可能な程度に知能のある魔物ならばすぐには駆逐せずに対話で懐柔を試みるなど、様々な努力をしてこられた」
「そのような真摯な姿を貫き続ける様を見て、心を打たれぬほど我等は薄情ではない」
「救いようのない愚物と称された人族の中にあっても、彼の御仁のような崇高な志を持つ気高き存在もあるのだな。と―――そう思うようになったのだ」
何だかレオ兄が、自身も知らないうちにものすごーく崇高な存在扱いされてるぞ……本人が聞いたら、恥ずかしがって悶絶しそうだな……
ライトは長の話を聞きながら内心でそんなことを思いつつも、自分が兄と慕う大事な家族であるレオニスが小人族からこんなにも高い評価を受けていることは素直に嬉しかった。
「だが、それでも人族に対する印象を根本的に覆すまでには至らない。彼の御仁は大変立派ではあるが、あくまでもそれは彼の御仁個人に対する評価であって、他の人族まで素晴らしい人格が備わっているかどうかは全く未知数にして別問題だからだ」
「故に、ライト殿がこの里を訪れてくださった時にも警戒せせねばならなかった」
「これまでの数々の非礼、改めてお詫びする」
長は深々と頭を下げて、ライトに謝罪した。
ライトは慌てて長の頭を上げさせようとする。
「いいえっ、そんな、気にしないでください!皆さんだって当然の対応をしたまででしょうし、ぼくも全然気にしてませんから!」
「……では、これまでの非礼は水に流してくださるのか?」
「もちろんです!水ならほら、すぐそこに、目覚めの湖にたくさんありますもんね!」
「遺恨とかわだかまりとか、そんなもんは目覚めの湖にきれいサッパリ流しちゃいましょう!……あ、そんなことしたらイードやウィカに怒られちゃうかな?」
「うなぁん?」
「あっ、ウィカ、ごめんね!目覚めの湖にゴミをポイ捨てしたりなんて絶対にしないからね!」
「…………」
長の『水に流す』という言葉を受けたライト、とっさに近場の目覚めの湖に流そう!などと軽く言ってしまった。だが、目覚めの湖にはイードという目覚めの湖の主にしてライトの大事な友達がいて、二体目の使い魔であるウィカの住処でもある場所だ。
どちらもライトにとって大事な友達である彼らの住処に、まるでゴミを捨てるような物言いをしてしまったことに慌てているのだ。
もっとも本当にゴミを捨てる訳ではないし、当のウィカは変わらずライトの肩に乗っかっていて、自分の名が呼ばれたことに対して「うなぁん?」とのほほんとした返事を返してくる程度には、全く以って咎められてもいないのだが。
そんなライトとウィカのやり取りを見ていた長、しばらく呆気に取られていたが。ふふっ、と小さく笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間には豪快な笑い声を上げた。
「ハハハハ!さすがは彼の御仁の弟御だけのことはある!」
「ライト殿もまた、人族にありがちな欲望や憎悪に塗れた無知蒙昧の徒ではない、極めて善良な性格であることがよく分かる」
「そして、先程のポーションという液状の回復剤。あれ程のものを人族が作り出せるようになっていたとは、正直なところ夢にも思わなんだ」
「人族は愚物―――そう見下していた我等もまた思考停止に陥った愚昧であったことを、此度のことで思い知った」
「人族は人族で、我等の与り知らぬうちに日々研鑽し成長し続けてきたのだな」
長はライトが提供したポーションの効果を目の当たりにして、思うところがかなりあったようだ。
人族への見解を改める旨をライトに伝え、意を決したように改めてライトに申し出る。
「ライト殿、先程お貸しした【加護の勾玉】をつけた右の手をこちらに出してくれるか?」
ライトは長に言われた通りに右手を長の前に出した。
長はライトの右手首から【加護の勾玉】を外して手に取り、ライトの手のひらの上に勾玉だけを乗せる。
勾玉の上に長の手を置き、何か呪文のようなものを小声で呟いた。
すると、ライトの手のひらの上の勾玉がパァッと輝き、柔らかく温かい光がライトの身体を包んだ。
突然の出来事にライトは驚いていたが、その光は5秒ほどでスーッと溶けるように消えていく。
驚いた顔のままのライトに、長が話しかけた。
「【加護の勾玉】をライト殿の身の内に取り込ませたのだ。これでライト殿は、晴れて我が里の同胞と相成った」
「この里を守る強固な結界に阻まれることなく、いつでも自由に出入りできる」
「そして我が里以外の小人族にも、その加護が我等からのものであることが分かる。故に、少なくとも敵対視されることはなくなるだろう」
「我等はライト殿を同胞として、心より歓迎する」
それまで事の経緯をじっと見守っていた他の小人達から、一斉に歓声が上がった。
「皆の者!新たなる同胞の誕生を、心より祝おうぞ!」
小人達に向けてさらに発破をかける長の言葉に、場の盛り上がりはますます加速し加熱していく。
小人達の奏でる楽器や歌の音、楽しげな笑い声があちこちから聞こえてくる。
そしてライトの前に敷かれた即席のランチマット?の上には、続々と彼らの料理や果物、飲み物などが運ばれてくる。
小人達の心からの歓迎に、ライトは照れ臭そうにしながらも心の内では喜びが溢れてくる。
彼らに温かく受け入れてもらえた嬉しさで、終始笑みが溢れていた。
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レオニスの善行がライトに恩恵をもたらしてくれました。これでライトは小人族の里に顔パス出入りし放題です!レオ兄ちゃん、ありがとう!(By.ライト)
そして小人族の女の子、リル。族長の実弟の娘ですが、顔つきは嫁さん側の母親似なのでぱっと見では長の親族とは分かりません。
よーく見れば目元がちょっとだけ似てるとか言えなくもない、かも?
でも、兄弟姉妹の子って可愛いもんですよねぇ。何であんなに可愛いのかしら?
残念ながら私には甥っ子しかいませんが、姪っ子がいたら甥っ子同様さぞ可愛いに違いない!
ですが、今から姉に姪っ子出産を望むのはさすがに不可能なので。甥っ子達の子供=姉の孫娘ちゃん誕生に期待することにします。
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