第195話 森に生きる民
森の中で人目が全くないのをいいことに、マイページを開いてみるライト。
イベント欄の【湖の畔に住む小人達の願いを叶えよ】をクリックしてその詳細を見てみても、まだクエストは出てきていない。
クエストが出てきていないということは、まだイベントは開始されていないということだ。
『んー、小人達の集落に辿り着けば自動的にイベント開始すると思ったんだが……そんな簡単にはいかんようだ』
『というか、まぁよくよく考えたらいきなり訪ねてきた異種族の、しかも敵視してるっぽい人族に対してすぐに心を開いてくれる訳ないもんなぁ』
『まずは小人達に受け入れてもらうのが先決かな』
考え中のライトが無言のままなのが気に入らないのか、衛士の小人は何やらキーキーと怒っている。
「こんなところに押し入ったって、お前ら人間が欲しがるようなお宝やいいもんなんて何もないんだからな!」
「分かったらさっさとおとなしくお引き取りくださいやがれってんだ!」
プンスコと怒る小人の衛士に、フォルとウィカがスッ、と近づいていく。
「……ななな何だよ、お前ら……」
「つーか、ホントに何でお前らこの結界内に入ってこれてるの?」
「人間じゃないし、魔物でもない、よな?ねぇ、ホント何なの?」
声の勢いやトーンがだんだんと落ちていく小人の衛士に、鼻を寄せてスンスン、と匂いを嗅ぐような仕草をするフォル。
ウィカも同じく、好奇心に満ちた眼差しで小人の衛士をじっと眺めている。
ライトからしたら小動物サイズのフォルやウィカだが、子供の膝下サイズの小人からしたらフォルやウィカも十分に大きく感じるはずだ。大きさの比率で言えば、ライトと大型犬くらいにはなる。
それ故に、フォル達に敵意が全くないことを感じ取ってはいても小人が及び腰になるのも致し方のないことだった。
身体をふるふると震わせて怯む小人に、フォルは頬擦りをした。
小さな自分よりもさらに小さな小人を押し倒してしまわないように、力の加減をしながら薄桜色のふわふわとした毛で小人にすりすりするフォル。
「!!!!!」
そしてウィカはウィカで、頬擦りするフォルの反対側を黒くて艷やかな細長い尻尾でさわさわと撫でる。
「!!!!!」
小人の衛士はフォルとウィカのふわもふに挟み包まれて、さながら『両手に花』ならぬ『両手にふわもふ』状態である。
全く予想もしていなかった展開に、小人の衛士は顔を真っ赤にしながら固まっている。
怒号が止んで言葉に詰まる小人に、ライトはチャーンス!とばかりに声をかける。
「えっとね、突然来てびっくりさせちゃってごめんね。ぼく、ここに小人達が住んでいるって聞いて、お友達になりたいと思ってきたの」
「ちょっとだけでもいいから、ぼくの話を聞いてもらえないかな?」
「あ、これ良かったらお近づきの印にどうぞ」
ライトは開いていたマイページのアイテム欄から、チョコレートケーキを一つ取り出して小人の衛士に恭しく差し出す。
手土産として甘いものを渡せば、少しは話を聞いてくれるかな?というライトなりの作戦である。
ライトから差し出されたチョコレートケーキを、胡散臭そうな目で眺める小人の衛士。どうやら彼は、チョコレートケーキが何であるか今ひとつ分かっていないようだ。
だが、それが美味しそうな食べ物であることを本能的に察知しているのか、最初は胡散臭げだった視線が次第に興味津々なものに変わっていく。
「んーーー……もう俺の一存じゃ判断できん!長を呼んでくるから、お前らここで待ってろ!」
衛士はそう叫ぶと、急いで奥の方にすっ飛んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何とか話だけでも聞いてもらえそうになったことに、ライトはほっと一息をつく。
最初はどうなることかと思ったが、どうやら交渉の糸口を掴むことができたようだ。
衛士に言われた通りにそのままおとなしく待っていると、奥から衛士とともに誰か出てきた。
衛士の背丈より一回りは大きい、屈強な戦士のような身体つきだ。
引き締まった身体に強者特有のオーラを感じさせる、威厳溢れるその姿からおそらくはこの小人達の集落の長だと思われる。
二体の小人は先程ライトがぽよよん、と弾かれた結界のあった辺りを越えてライトに近づいてきた。
「長、こいつらです!」
「……人間よ、この里に何の目的があって来た?」
背中の中程まである、緩やかなウェーブがかった蘇芳色の癖毛を一つに結わえている。外見は人間で例えると、三十代前半くらいに見える精悍な顔つきだ。
もっとも、おそらくはこの小人達もどこぞの妖精や霊鳥みたく人間よりも寿命が長く、見た目の年齢など全くアテにはならないだろう。
小人達の長の眼光は鋭く、黒茶色の瞳でライト達を射るように睨みつける。
だが、結界外にいるライトの肩に戻っていたフォルとウィカの存在に気づいた長は、目をクワッ!と見開いた。
「あれは……カーバンクル!?」
「そしてあちらの黒猫は……ウィカチャ!?」
「何故人間の肩に、森の友である幻獣や精霊が寄り添うように乗っかっているのだ……?」
歳若い衛士には分かっていなかったフォルやウィカの正体を、長は早々に見抜いた。その知識や物を見る目はさすが長という地位に就くだけのことはある。
そして、長にとってその光景はかなり衝撃的なものらしく、心底狼狽しているのが見て取れる。
「えーっと、この子達はぼくの友達なので……」
「あ、カーバンクルはフォル、ウィカチャはウィカって名前です」
ライトが長に改めてフォルとウィカを紹介すると、二体は再び結界の中にスルッと入っていく。
そして狼狽している長に向かって、先程の衛士にしたのと同じくフォルは頬擦り、ウィカは尻尾ですりすりした。
それらの行動は、フォル達なりの親愛を込めた挨拶なのだろう。
「!!!!!」
フォル達の親愛の挨拶に、長は先程の衛士同様に固まる。
彼曰く、カーバンクルやウィカは小人達にとって『森の友』と認める種族のようなので、少なくとも敵視したり無条件で毛嫌いするような関係ではないはずだ。
「我等と同じ、森に生きる民であるカーバンクルやウィカチャが認め慕う人族の子供とは……一体何者だ?」
フォルやウィカチャが再びライトの肩に戻ったのを見た長は我に返ったようで、改めてライトの顔をじっと見つめながらライトに問うてきた。
「んーと……『森に生きる民』という意味では、ぼくも皆と同じ仲間ということになる、のかな?」
「何?どういうことだ?」
「だってぼくも、このカタポレンの森に住んでますから」
「いやいやいやいや、人族の子供がこのカタポレンの森に住める訳なかろ?」
長はライトの言っていることがさっぱり理解できないらしい。
確かに普通に考えれば、このカタポレンの森は通称『魔の森』と呼ばれるくらいに魔力に満ち満ちた森であり、魔力耐性の低い脆弱な人族が住める場所ではない。
だが、ライトとしても本当のことを言っているだけであり、信じてもらえずに嘘つき呼ばわりされても非常に困る。
とはいえ、長にとっては俄には信じ難いであろうこともライトには理解できていた。実際カタポレンの森に住むような物好きの人族なんて、ライトとレオニスくらいのものだし。
さて、どう伝えれば信じてもらえるだろうか?ライトは困惑しながらも、会話を通じて模索しようと試みる。
「うーん、確かに信じてもらえないかもしれないけど……このカタポレンの森に住んでる人間なんて、レオ兄ちゃんとぼくの二人くらいだし」
「……ん?今何と言った?レオ兄ちゃん、と聞こえたが……」
ライトが戸惑い気味に零した言葉に、長がピクリ、と反応した。
「えーと、ぼくはレオ兄ちゃん……いえ、レオニス・フィアという人といっしょにこの森に住んでまして。レオ兄ちゃんも一応ぼくと同じく人間で、冒険者してるんですけど」
「レオニス・フィア、だと!?お前、いや、貴君は
フォルやウィカを見た時以上に、驚愕の色に染まる長。
「いえ、実の弟ではないですけど……実の弟以上に可愛がってもらってるし、レオ兄ちゃんはぼくの大事な家族です」
「そうか、貴君は彼の御仁の家族も同然なのか……道理でこの結界に触っても平気な訳だ」
「長は、レオ兄ちゃんのことを知っているんですか?」
どことなく安堵したような表情になった長。
どうやら長はレオニスのことを知っているようだ。
「知っているも何も……この森に住まう精霊で、彼の御仁のことを知らぬ者はおるまい」
「特に我等のような小さき者からしたら、彼の御仁は守護神にも等しい存在だ」
「彼の御仁が常にカタポレンの森を見回ってくれているおかげで、悪しき存在は悉く迅速に排除され、魔物の暴走もかなり抑えられているのだから」
「我等は直接お会いしたことはないが、その勇名はこの里にも大いに轟いている」
そうなの?レオ兄ちゃんて、冒険者界隈だけじゃなくてカタポレンの森に住むいろんな種族達の間でも有名なの!?
それにしては、シーナさんはレオ兄ちゃんのことを全く知らなさそうだったけど……あーでもあれか、シーナさんは精霊じゃなくて神獣だから当てはまらないのかな。
そもそもアル達の住む氷の洞窟周辺って、ここら辺からものすごーく離れた西の最果て側だもんなー。あっちの方まではまだ噂届いてないのかも。
あるいはもしかして、精霊のネットワークが井戸端会議マダム並みにすんげー強力なのか?
そんなことをライトが考えていると、長が横に控えていた衛士に何やらこしょこしょと話しかけている。
衛士はコクリと頷くと、すぐにまた森の奥の方に駆けていった。長が衛士に何か指示を出したようだ。
衛士が去った後、長は改めてライトの方に身体を向き直し深く一礼した。
「貴君が彼の御仁の家族だとは露知らず、衛士共々大変失礼なことをした。どうかお許しいただきたい」
「えっ、そ、そんな、頭を下げてもらうほどのことじゃ……」
「そもそも人族の子供が平然としながらこんなところにいられる時点で、只者ではないことを察するべきであった。己が目の節穴さを痛感した次第だ」
「いや、ぼくも突然押しかけた訳ですし……小人族の皆さんが警戒するのも当たり前です。びっくりさせてごめんなさい」
頭を深々と下げ続けている長に、ライトも自分の非を認めて謝罪した。
「では、今回はお互い様ということでよろしいか」
「ええ。ぼくとしては、小人の皆さんとお友達になりたかっただけなので……これから仲良くしてくれると嬉しいです!」
お互いに手を出し、ライトの人差し指を長が握る形で握手を交わした。
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長が口にする『
ですが実際にはそんな恐い話ではなく、単に長や小人族の大人達がレオニスを森の守護者として尊敬するあまり、いつしか真名を呼ぶのは畏れ多い!となっていったようです。
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