第190話 イードとウィカ
【ウィカチャ】とは、水中に住む猫の姿をした水の精霊である。
その身体の色は、ゲームの中では黒や白、金茶に焦茶あたりが標準で、中にはペールブルーやオレンジゴールドなんて激レアカラーも存在したが、今孵化したのは最もベーシックな黒。
全身黒一色の短毛は艷やかで、靭やかな流線型のボディラインが何とも美しく、凛とした雄猫の姿はとても魅力的だ。
瞳は月草色で、鮮やかな青の瞳が黒い身体によく映える。
「ウィカチャか……よし、この子の名前は『ウィカ』にしよう」
「うにゃぁーん」
ライトは孵化したばかりの使い魔、ウィカチャの名前をサクッと『ウィカ』と決めた。
その直後、ウィカが猫の鳴き声そのまんまの返事をする。まるで『了解!』と返事をしたかのようだ。
目を細めてニッコリと明るい笑顔を浮かべながら、猫語で返事を返してくるその姿はフォルとはまた別のベクトルで壮絶に愛らしい。
そんなウィカの頭をライトは優しく撫でてから抱っこして、イードの方に身体を向き直した。
「イード、この子は猫の姿だけど水中に住める水の精霊なんだ」
「このウィカを、目覚めの湖に住まわせてやってほしいんだけど、どうかな……って、ん?」
ライトが目覚めの湖の主であるイードに、ウィカをここに住ませてやってほしいと頼んだのだが。そのイードが猫の姿のウィカに対して何やらプルプルと震え、ものすごく戸惑っているように見える。
もしかしたら、『猫=魚介類大好き=僕も食べられちゃう!?』という三段方式がイードの中でぐるぐると渦巻いているのかもしれない。
だが、ライトが抱きかかえられる程度の身体の大きさのウィカが、巨大な体躯のイードを食い尽くせる訳などあるはずもないのだが。
「……んーとね、イード。この子は本物の猫じゃなくて水の精霊だから、イードを食べちゃうなんてことはないよ?」
「そりゃまぁ他の魚や貝や水藻とかは食べるかもだけど……イードのことは絶対に食べないように、ぼくが言い聞かせるから安心して?」
ライトがイードにそう話しかけると、イードは心なしかほっとしたような表情になる。
「ウィカ、ぼくの住む家からここまではちょっと離れてるけど、君は水の精霊だからこの広くて大きい目覚めの湖に住む方がウィカにとっても過ごしやすいと思うんだ」
「にゃうん?」
ウィカは首を傾げながら、ライトを見つめる。
「君はぼくの使い魔としてこの世界に誕生したけど、ここで自由に過ごしてていいからね。……あっ、もちろんイードに迷惑かけちゃダメだよ?イードの言うこともちゃんと聞いてね」
「イードに齧りつくとか絶対に禁止だよ、イードはこの目覚めの湖の主で大家さんなんだからね」
「ぼくも毎日は無理だけど、たまに様子を見に来たりウィカやイードにも会いに来るよ」
ライトはそう言いながら、ウィカを水辺に乗せた。
すると、何とも不思議なことにウィカは水に沈むことなくまるで床や地面に座るのと同様に、湖面の上にちょこんと乗っている。
そして湖面を一切揺らすことなく水の上をトテテッと走り、イードの身体をヒョイヒョイと登っていく。
あっという間にイードの頭?の一番高い場所に登りつめたウィカは、にゃおーん!と甲高い声で鳴いた。
イードは新たな友達ができたことが嬉しいのか、ウィカの鳴き声に呼応してキュイイィィッ!と声を上げる。
続けてイードはライトの身体を持ち上げて、ウィカと同じ一番高い場所に乗せて対岸まで運んでくれた。
「イード、ありがとう!ウィカもイードと仲良くしてね!また学園がお休みの時に遊びに来るからね!」
ライトはイードとウィカに別れの挨拶をして、すぐに帰途に就いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
必死に走って急いでカタポレンの家に帰宅したライト。
その甲斐あって日が暮れきる前に家に着くことはできたが、おかげで汗だくもいいところである。
家には既にレオニスも帰宅していた。
「おー、ライト、おかえりー。今日はえらい遅かったじゃないか?」
「うん、ちょっと目覚めの湖に出かけてたんだ」
「そうなのか?イードに用事でもあったのか?」
「そう、イードにお願いしたいことがあってね」
「そっか。まぁこれからはどんどん日が短くなって暮れるのも早いからな、あんまり暗くならないうちに帰ってこいよ?夜のカタポレンの森は、子供が気軽に出歩いていい場所じゃないからな」
「うん、分かってるよー」
レオニスはライトの遅い帰りを怒るでもなく、またイードに何をお願いしたかを根掘り葉掘り聞くこともなく、淡々と注意を促す。
それはひとえに、レオニスがライトのことを心の底から信頼している証であろう。
「ねぇ、レオ兄ちゃん、ぼくご飯より先にお風呂行ってもいいかな?走って帰ってきたら、たくさん汗かいちゃってベタベタしてるんだ」
「おう、晩飯の用意はしておくからその間に汗流してきな」
「はーい」
ライトは早速汗を流すために、風呂場に向かう。
常に新しい水が張られた浴槽に、炎の魔石をチャポン、と入れる。この状態で5分程度待てば入浴に適した湯温になるのだ。
その5分の間にバスタオルや着替えの服を用意し、汗だくの服を脱ぎ浴室に入るライト。まだ温めの風呂の水を使い、身体を洗い流してちゃちゃっと洗髪も済ませる。
それらの作業をささっと済ませた頃には、湯船はちょうど適温になっているのだ。
炎の魔石を専用の掬い網で掬って浴槽から取り出し、湯船の横に置いてある専用ケースに戻してから、ふぃー、と一息つくライト。
「あー、生き返るー……」
「二個目の使い魔の卵、無事に孵化できて良かったな……もう少し日数かかるかと思ってたけど」
「卵から生まれたウィカも可愛かったな。イードと仲良く暮らしていってくれるといいな」
湯船の中で肩まで浸かりながら、のんびりと今日の出来事を振り返り独り言を呟くライト。
すると、湯船からポコン、ポコン、と空気の泡がひとつふたつ浮かび上がってくるではないか。
……えッ、何!?ぼく今オナラなんてしてないよ!?
ライトが突然のことにあばばばば、と驚いて周囲をキョロキョロと見回していると、お湯の中から突如何かがザバァッ!と飛び出てきた。
「うにゃああぁぁん!」
「……えッ、ウィカ!?」
呼ばれて飛び出てジャンジャカジャーン!とばかりに、お湯の中から勢いよく飛び出してきたそれは、何と先程目覚めの湖で別れたばかりのウィカであった。
「えッ、ちょ、待、何でウィカが出てくるの!?」
ライトは混乱しつつも、お湯の中からライトにしがみついて抱っこされに来たウィカを抱きとめる。
そして、誰の目もないのをいいことに風呂の中でマイページを開くライト。
二個目の使い魔の卵を孵化させたのは、本当についさっきのことなのでマイページの使い魔欄をまだチェックしていないのだ。
ライトは急いでマイページの使い魔欄を見た。
「えーっと、えーっと、何故だ……どうしてこんなことに??」
「……ウィカは水の精霊だから、ある程度水のあるところならどこにでも行き来できる、ってことか……?」
「うなぁぁぁぁん」
マイページの使い魔欄には、確かにウィカチャのデータが追加されている。
ライトとともに湯船に浸かるウィカの顔とマイページのデータを交互に見ながら、懸命かつ急いで考察するライト。
そのライトの考察に、『うん、そうだよッ!』というような感じで頷きながら鳴くウィカ。
ウィカもフォル同様に、ライトの話す言葉をきちんと理解しているようだ。
「普通の猫は水場自体が大嫌いなはずだけど、そもそもウィカは猫じゃなくて水の精霊だもんな……」
「見た目は猫でも、その本質はあくまでも水の精霊。だから温かいお湯のお風呂も、単なるひとつの水場として扱っているってことか……」
「でもって精霊だから、湖や海や川でなくてもお風呂とかプールくらいのまとまった量の水があれば、どこでも繋がれて即時移動可能なんだな……」
あまりずっと湯船に長く浸かっていたらのぼせてしまうので、ウィカとともに一度浴槽から出て洗い場でウィカの身体を洗ってあげるライト。
ウィカはライトの手でふわふわとした泡に包まれながら、ふにゃぁぁぁん、と気持ち良さそうにその身を委ねる。
ウィカの身体の泡を洗い流してから、ライトは再びウィカとともに湯船に浸かる。
「ウィカ、ここに来たのはさっきぼくがウィカの名前を呼んだからなの?」
「うにゃぁん」
「そっかぁ、呼んだらいつでも来れるとか全然知らなかったよ。急に呼び出しちゃってごめんね」
「にゃうにゃう」
「ここから目覚めの湖に帰れる?」
「ぅなぁーん」
使い魔の言葉など全然分からないライトだが、それでもウィカの表情や返事の様子からすると目覚めの湖に戻ることは全く問題はなさそうだ。
ライトはウィカを抱っこしながら立ち上がり、ウィカの身体をそっと湯船の上に置いた。
「ウィカ、今日はありがとう。今ここに来てくれたこともだけど、ちゃんと生まれてきてくれてぼく本当に嬉しいんだ」
「これから冬になって寒くなるから、目覚めの湖とかでいっしょに水の中で遊んだりするのは当分先のことになるけど」
「何も遊ぶのは水の中に入ることばかりじゃないからね。これからいっしょにこの世界で、いろんなことをしていこうね」
「目覚めの湖に帰ったら、イードによろしく言っておいてね」
「じゃあ、ウィカ、またね」
ライトがそう言うと、ウィカは目を細めてとびっきりの笑顔で
「うにゃぁぁぁぁん」
と一声鳴いたかと思うと、湯船にとぷん、と溶け込むように沈んでスーッと消えていった。
====================
猫は魚介類好きなイメージですが、イカも好んで食べるんですかね?作者は猫の生態に全然詳しくないのでとりあえず検索してみたところ。生はダメだそうで、加熱すれば食べてもOKなんですね。
人間には有用成分でも他の動物には害になったり危険な食べ物になる例は多いようですし、ペットとして生き物を飼う時には十二分に気をつけねばならんのですね。
まぁ大変だったり苦労する分、ペットを飼うことで得るもの与えられるものも多いのでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます