第189話 二度目の孵化

 翌日の火曜日。

 ライトは一日の授業を無事終えて、速攻でカタポレンの森の家に帰宅した。

 そこまで急いで帰宅して、一体何をするのかと言えば。新たな使い魔の卵の孵化作業である。


 ライトは万が一にも新しい使い魔の卵が割れないように、頑丈な宝石箱の中に卵を入れてリュックに仕舞う。

 日のある明るいうちにライトが急いで出かける先は、目覚めの湖である。



『イードに差し入れするエクスポも10本ほど入れて……お土産のスペシャルミートボールくんも持っていこう』

『学園終了後に釣りをする余裕もないからなぁ……イードに頼んで魚を獲ってもらって、卵に餌として与える』

『これを何日か繰り返せば、今度は水棲系の使い魔が孵化する、はず』



 そう、ライトが得た二個目の使い魔の卵の餌。それを今度は魚系のルートで孵化させるつもりなのだ。

 持ち物を全てリュックに入れ、支度を整えたライトは急ぎ目覚めの湖に向かう。

 森の中での移動にだいぶ慣れたライトの足でも、まだ片道40分ほどかかる。目覚めの湖での滞在時間も含めて考えると、往復だけで1時間半はかかる勘定だ。

 秋も深まってきた昨今、日が暮れないうちに用事を済ませなければならない。


 目覚めの湖にも転移門あればいいのになぁ、それかレオ兄みたく短時間なら飛行できるくらいの装備が欲しいなぁ、などと考えながら目覚めの湖を目指すライト。

 目的地である目覚めの湖に到着したライトは、湖の畔にある桟橋の先まで行き大きな声でイードの名を呼んだ。


「おーい、イード、いるー?」

「キュイイィィッ」


 ライトがそう言い切るか言い切らないかのうちに、クラーケンのイードが湖から顔を出した。

 だが、ライトとの距離は結構離れている。イードはかなりの巨体なので、浅 瀬の湖畔にまで来れないのだ。


「イード、ぼくを中央の小島に運んでくれるー?」

「キュイッ」


 沿岸部に留めてあった小船に乗り込んだライトがそう言うと、イードは大きな触手を伸ばしてライトの乗った小船をそっと掴み、ゆっくりと曳きながら湖中央の小島に向かう。

 ちなみにこの小船は、ライトとレオニスが目覚めの湖で使うためにレオニスが夏の間に作ったものだ。屋根だけだが簡易的な専用小屋や桟橋も作り、小船が流されないように縄で桟橋の杭に繋ぎ留めるなどしてなかなかに本格的な運用をしている。

 小船が小島に到着すると、ライトは小船から小島にピョイッ、と飛び移り降りた。


「イード、ありがとうね!はい、これいつものお土産」


 ライトはイードにお礼を言いつつ、リュックを背中から下ろしてバスケットボール大の『魔物のお肉たっぷり激ウマ絶品スペシャルミートボールくん』をデデーン!と取り出した。

 実はこのリュック、レオニスがフェネセンとともに共同開発したアイテムバッグの容量無制限版である。


 このアイテムバッグならぬアイテムリュックは『カタポレンの森の中でのみの使用』を絶対条件に、レオニスからライトに先日与えられたばかりのものだ。

 基本人の住む環境ではないカタポレンの森の中ならば、アイテムバッグを使っても誰に見られる心配もないし、これから先フォルのための木の実やキノコ等々の採取の収納や魔石回収の際にも大いに活躍するだろう、というのが理由である。

 もちろん使用する際には一応周囲を見回して、万が一にも人がいないことを確認してから使うくらいにはライトも用心して気を遣ってはいるが。


 イードは大好物のスペシャルミートボールくんを貰い、機嫌良さそうに早速口に放り込みまくまくと食べている。

 そんなイードを見ながら、ライトが話を切り出した。


「ねぇ、イード。ぼく、イードにお願いがあるんだ」

「キュル?」

「あのね、ぼくにイードの力を貸してほしいの」

「キュルルィイ?」

「んーとね、この卵の餌というか、ご飯?に魚介類をあげたいんだ」


 ライトはリュックからガサゴソと宝石箱を取り出し、さらに中から使い魔の卵をそっと出してイードに見せた。


「この卵はね、たくさんの餌を食べさせてあげることで、何かが生まれてくるの」

「これと同じ卵から生まれた、幻獣のカーバンクルもいるんだよ。フォルって名前の子なんだけどね」

「今日は急いで来てすぐに帰る予定だから、連れてきてないんだけど。今度ゆっくり遊べる時に連れてきて、フォルのこともちゃんと紹介するからね!」


 湖面から顔を出したイードは、興味深そうにライトの手のひらの上の卵を眺めている。


「でね、この卵に魚介類をご飯としてあげたいんだけど、ぼくも毎日学園に通ってるから日中にここまで来れないんだよね」

「本当は天気の良いお休みの日に、のんびりと釣りとかしたいんだけどさ……それもなかなか難しくて」

「だから、イードにちょっとだけ力を貸してもらいたいんだ。湖のお魚とか貝類とかあったら、獲ってきてここに置いてもらえるかな?」


 ライトが少しだけ申し訳なさそうに、イードに協力を求める。

 すると、イードは大波を立てないようにスススー、と静かに湖の中に潜っていった。

 時間にして5分とか10分くらいだろうか。ライトがそのまましばらく待っていると、イードが再び湖面に姿を現した。

 そして、その太い触腕に抱えた様々なものを小島にドサドサと置いていく。ライトの横には、たくさんの水産物?が積み上がっていた。


「うわぁ……イード、ありがとう!」


 イードがライトのために獲ってきた水産物、それはもう様々な種類の魚介類だった。

 鮭のようにピチピチと跳ねる、ライトどころかレオニスよりも身の丈が大きな魚に、これまたライトの頭よりもはるかに大きなハマグリに似た巨大な貝、何故か筋骨隆々ムキムキマッチョなカニやエビ、どこかの配管工が大好きそうな赤地に黄色の水玉模様のキノコ風クラゲ、見た目がワカメで色がスイカ模様の縞々水藻なんてものもある。


 しかし、ライトはここではたと悩む。

 水藻や貝類はともかく、活きが良すぎるくらいにピッチピチに跳ね回る魚や逃げようとする甲殻類。これらを生きたまま卵に与えても良いものかどうか、さっぱり分からないのだ。


 だが、深く考えたところですぐには判断がつかないため、とりあえずはすぐに与えても良さそうなスイカ模様の水藻や巨大な貝を使い魔の卵の上に乗せてみる。

 すると、フォルの時と同じように瞬時にスーッと霧のように消えていく。どうやら餌としてちゃんと認識したようだ。


 一抱えもあるような水藻や貝類をせっせと与えていくと、これまたどんどん卵が大きくなっていく。

 それらのすぐに与えられそうなものを卵に一頻り食べさせた後、さてここからどうしようか、とライトは周りを見回した。

 すると、先程までピッチピチ跳ねたり逃げ回っていた魚や甲殻類が、どうしたことかぐったりとして動かなくなっているではないか。


 はて、これは一体何事ぞ?とライトはさらに辺りを見回してみると、イードがそれらの魚や甲殻類をその太くて大きな触腕でペシペシと叩いている。

 どうやらイードが獲ってきた獲物を、ライトのために自身で〆てくれたようだ。

 さすがはイード、その素早い行動力と人知を超えた高度な理解力は目覚めの湖の主だけのことはある。


「イード、ありがとう!」


 ライトはイードの有能さに感謝しつつ、早速巨大な鮭もどきやエビカニクラゲを使い魔の卵にどんどん与えていった。

 それらの大きさに比例して質量的にもかなりの量なので、使い魔の卵もぐんぐん成長して大きくなっていく。栄養というか経験値?もさぞかし豊富なのだろう。

 だが、イードが獲ってきてくれた水産物を全部与えきっても、卵の孵化には至らなかった。


 その大きさや殻の様子からは後一歩、本当にもう少しで孵化するところだというのが見て取れる。

 しかし、与えられる魚介類系の餌はもう手元に一欠片もない。イードに再び潜ってもらうにしても、空の明るさからしてもうそろそろ帰らないと日暮れ前の帰宅には間に合わなくなりそうだ。


「イード、今日は本当にありがとうね。ぼくもそろそろ家に帰らなくちゃ、日が暮れちゃう」

「また明日もお土産たくさん持って来るから、よろしくね。湖畔まで運んでくれる?」


 ライトがそう言うと、イードは徐にライトの方に二本の足を伸ばし―――

 次の瞬間、片方の足でもう片方の自分の足の先端を切り落とした。

 切り落としたと言っても、イードの体格やその足の長さからしたら爪や小指の先を切り落とす程度のものなのだが。


 それでもその大きさは、ライトの胴体程度の大きさはある。

 ライトは突然のことに、びっくりしながらイードを見上げた。

 イードはいつものように、ニコニコとしながら切り落とした自身の足の先端をライトに差し出す。

 これを使い魔の卵に食べさせてあげてくれ、ということなのだろう。


 ライトはイードのその献身的な優しさに打ち震えながらも、思わず声を上げた。


「イード!そんな簡単に自分の足を切り落としちゃ、ダメじゃないか!」

「ぼくはイードのことだって大事なんだからね!」


 それまでニコニコとしていたイード、ライトに突然叱られてビクンッ!となり、しおしおと萎縮していく。

 そんなイードの様子に、ライトはハッ!として慌てて言葉を続ける。


「あっ……ごめん、イード……イードはぼくのために、自分の足をくれたんだよね?」

「アルやシーナさんにも、お近づきの印にーっておすそ分けしてあげたくらいだもんね」

「イードにとっては、爪を切るくらいのことなんだよね……でも……ぼく、イードの身体も心配だから……」

「何度も切り落として、生えてこなくなったら困るもの……」

「ぼくがお願いして魚や貝を獲ってきてもらってるくせに、ぼくって本当に自分勝手だよね……本当にごめんね」


 ライトは俯きながら、イードに心から謝罪した。

 俯き加減で謝るライトを、イードが今度は心配そうに覗き込む。


「でも、君の善意は本当に嬉しい。ぼくと卵のために、ありがとう」

「早速卵に食べさせてあげるね」

「イードの美味しいお肉は栄養満点だから、これできっと卵も孵化するよ!」


 イードの好意を無駄にしてはいけない。そんな思いがライトの中を駆け巡る。

 ライトは先程イードが切り落として分けてくれた『クラーケンあんよのおすそ分け』を使い魔の卵に与えた。

 餌を食べた卵は再びぐんと大きくなり、遂にその殻に無数の罅が入り始めた。

 ライトの予想通り、孵化に至ったようだ。


 フォルの時よりも一回り以上大きい、ライトがギリギリ腕で抱えられるくらいに大きくなった卵から孵化したのは【ウィカチャ】だった。





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――使い魔の卵に餌をあげている時の、ライトとイードの会話――


ラ「イード、ぼくね、ここへ来る途中に気づいたことがあるんだー」

イ「キュイ?」

ラ「使い魔の卵、丈夫な箱に仕舞ってからこのアイテムリュックに入れたんだよ」

イ「キュイキュイ」

ラ「そしたらさ、何も今無理にすぐに孵化させずにこのリュックに入れておけば、好きな時に孵化させられるってことだよね?」

イ「……キュルァ」

ラ「……うん、ここに到着してから気づいたんだ……次からはそうするよ……」


 そう、孵化前の卵状態では使い魔登録されずに単なるアイテム扱いとなるので、アイテムリュックに入れられない生命体での扱いとはならなかったのです。

 ライトはひとつ賢くなった!

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